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GiFT*ガキのままの俺に届いた贈り物*  作者: 田村優覬
三幕*あわてんぼうのサンタクロース*
12/29

第十一夜*八頭の担当者*

 サンタ教習所の一室――園越そのごえ岳斗がくとの一人部屋。

 普段はやかましい世話役のせいで、寝るだけのはずの牢屋ろうや的空間とは掛け離れた一部屋だが、本日分の教習を終えた今宵こよいは、また別の騒々しい世界と化していた。



――「祝!! 箱詰め作業お疲れさまァァァァ~~!!」


――パカーン!!


 屋根瓦まで吹き飛ばしてしまいそうな一声を轟かせた、岳斗の自称世話役サンタ幼女――イブがさらにクラッカーを弾かせた。どこから持ち運んできたのかは見当など着かないが、辺りに舞った紙吹雪が落ちると、四人が持つそれぞれのコップ一挙に集まる。


――「「「「かんぱ~~い!!」」」」


 眩しいほどの笑顔まで集合させた四人とは、岳斗を始めとした二十四班のメンバー――高らかに声を上げた流道りゅうどう留文とめふみ、そんなチャラけた彼と手を繋ぐ路端土みちばと芽依めい、そして姉御肌なたくましい微笑みを交わす沫天まつあまのぞみだ。

 今回岳斗の部屋では、誰もが見て取れる祝賀会を開いているのだ。理由など言うまでもなく、先日無事に全てのプレゼント創作――箱詰め作業を終了させたからである。どうも他の班よりも早急に完了できたらしく、ブリッツェンら首鈴スーツ担当者八名からもたたえられた。何とも個性豊かな教官たちだったため、それぞれ異なった祝福コメントを頂いて。

 岳斗が教習所内で最初に出会ったブリッツェンからは、

「さすがは、俺様が認めた男の中のおとこ、岳斗だぜぇ」

 と、相変わらずゲイ疑惑を促す名指しをされた。また彼の相棒のドンダーからは、

「……」

 と、いつまでたっても無口な人見知り姿のままだった。が、最後にはほんの少しだけ頷いてくれたことが、沈黙しながらも認めてくれた様子で嬉しかった。

 他にも、婦人用自転車を漕ぐはめになった基礎体力特訓の担当者――双子姉妹のダンサーとプランサーからは、

「おめでたいねぇ~ラ~イ!!」

「めでたしめでたしだねぇ~ラ~イ!!」

「ラ~イ?」

「ラ~イ?」

「「ライ! ライ! ライ!! ラララライ♪……」」

 と、いつかテレビで見かけたエクササイズを披露しながら、愉快にはしゃぎ回っていた。

 また、学課教習の際に出会った担当者――半侍男のダッシャーと口喧しい女のヴィクセンからは、

「フムフム! しかと成し遂げたようで、拙者せっしゃは感心でござる!」

「ていうかさぁ~! なんでそんなに早く終わる訳ぇ~? 何か裏の力とか働いたとかぁ? それともなに? 早く終わらせたからスゴいでしょアピール? うわぁ~アタイそういうヤツら嫌いだわ~。周りのヤツらを踏み台にして、自分らだけ目立とうとしてるんだも~ん。マジひくー。そもそもさ~、グループ活動のどこがいい訳ぇ? あんなの個性死んじゃうだけの公開処刑場みたいなもんじゃない。人間が群れて生きるとか、アタイには理解できないしキモくて見てらんないわ~。あ、今アタイに友だちいないだろって思ったでしょ? えぇいないわよ! それの何が悪い訳よ!? だいだいねぇ、友だちなんか作るだけ自由な時間がなくるなるだけなのよ! なんで世間のアホどもはそれも知らずに、積極的に連絡先交換したがるんだろうねぇ~しかも同性と! マジ意味わかんないわ~。アタイが愛した一匹狼のヤツの方が何兆倍もスゴいわ……。でもアイツもアタイのことフッたからどうでもいい存在よ。思い出しただけでもホンットムカつく~……だって聞いてよ!? アイツったら夜な夜な吠えてばっかり……」

 と、小一時間程度の嫉妬しっとークを繰り広げられてしまった。もちろん後半の発言は全く聞いていない。

 そして、記念撮影の写真をくれた、箱詰め作業の担当者――コメットとキューピットからも心から祝福された。


「スゴいスゴ~い! コメットみたいにビュンビュン早くて、もう特急ビュンビュン丸だよ!! ねぇ~キューピット?」

「……」

「キューピット?」

「っ! ……フフフ、そうですね。どうやら皆様がたは、恋ではなく、愛で繋がっているのですね。恋愛の神であるわたくしを惑わせるほどの、深い愛で……」


 何かを考えていたキューピットの様子が否めなかったが、とりあえずは喜んでやり過ごすことにした。他の罪人の面倒で忙しいはずの担当者から、貴重なコメントをもらった身だ。こちらこそ、素直に感謝の意を評すべきだろう。

 とどまらぬ歓声に包まれた、岳斗たち二十四班。今はこうして、食堂からこっそり持ってきたガラス性コップに水道水を入れ、乾燥した喉を潤している。鉄分の味を覚えてしまいそうで、天然水のありがたさも理解できる中、タンドリーチキンなどの食材も一切持ち込まれていない質素な祝賀会だ。しかし、二十四班のメンバーたちとの会話は心躍り、まったく不備を感じない暖かな環境で楽しめている。やはり今回でも孤高を気取る輿野夜こしのよきよるは不参加だが、盛り上がりに関しては十分だった。



『――こんな時間が、ずっと続けばいいなぁ~』



 班の皆を笑わせたいあまり、もはや何を言っているのか伝わってこない留文。

 きっと留文の発言意味など理解していないのだろうが、静かにフフフと愛想笑いを溢す芽依。

 いよいよ呆れた表情で留文を注意し、酷にも不愉快だとショックをぶつける望。

 そして、幼女自慢の大声で高鳴るイブ。

 当初の時点では考えにも浮かばなかった、楽しく愉快な目の前の光る景色。今ではまだ一人だけ、聖の存在が見当たらない。が、きっと時間の流れが彼の心を引き寄せてくれるだろう。イブから始まって、留文と、芽依とだって、ついには望とまで、ここまで明るく接し合う仲にまで至れたのだから。バラバラだったはずの氷柱たちがこうして集まり、不完全ではあるが(アスタリスク)を型どっているのだから。

 いつか聖も、この輪の中に入っていただきたい。

 今では歓迎精神旺盛と換わった岳斗はそう願いながら、室内の温暖な空気に溶け込んでいた。


――ガチャッ……。


 祝賀会の歓喜ムードに包まれた一室だが、ふと扉が開けられた。誰かと思いながら焦点を当てた岳斗たちには、あの疑惑付き茶髪巨漢が目に映る。


「ブリッツェン……」

「よぉ~オメェラ。なかなか楽しんでんじゃねぇかぁ」


 俺様も混ぜろと言わんばかりに登場したブリッツェン。普段着と化したグラサンスーツ姿で侵入してきたが、どうもまた別件のようだ。


「なぁオメェラ。教習が一つ減ったんだ。どうせ暇だろ?」

「え……ま、まぁ……」

「なになになに~!? もしかして、アタシとデートとか!? やっぱりブリッツェンもロリコンだったんだね!! ウケる~」


 イブが間を無理やり割って入ったが、岳斗はそのまま空気に溶かすことにした。

 確かにブリッツェンの言った通り、箱詰め作業が完了した現在は、他の班より教習時間が短くなった。他の三課に遅れず向かえばいいだけで、気分としては、だるいながら残りの最低出席日数のため登校する、推薦で先に合格が決まった受験生のようなものだ。

 とはいえ、なぜブリッツェンはわざわざこの場で、そんな確認をしに来たのだろうか。それは酷にも、真面目で勤勉者こそが損する、ブラック企業的システムへの御誘いだった。



「明日の夕方、オメェラの町に出向かねぇか? クリスマスの前菜として、町のガキどもに風船配りをしてほしいんだよ」



「な、なんで、そんなことを……?」

 これでも犯罪者で追われ身の岳斗には理解できなかった。なぜおおやけの場に出向き、しかも風船を配らなくてはいけないのか。この期に及んでブリッツェンは、大人しく警察に捕まれとでも考えているのだろうか。


「言ったろ、前菜だって。ボスがよ~、少しでも多くのガキどもに笑顔を贈りたいって、毎年これをやってんだ。んで今回は、今一番暇してるオメェラを指名したってことさ」

「ボスって、あのサンタクロースのおじいさんが……?」

「他に誰がいるんだよ? まぁ心配すんな。俺様たちの方で、着ぐるみぐらいは用意すっからさ」

「あ、あぁ……そっすか……」

「そっか~。実はサンタのおじいちゃんもロリコンだったのか~。ウケる~」


 恐らくイブは一生涯、サンタクロースからプレゼントを貰えないことだろう。無邪気とはいえ、サンタクロースを侮辱する悪いなのだから。


「っつうことで、明日の夕方、実技演習場でな。まぁこの場にいねぇ眼鏡ヤロウはいいや。オメェラ四人と世話役ちゃんで頼んだぜ。あばよ!」


――バタンッ……。


 結局は半強制的に決まってしまった、突如な明日の日程。仲良くなりたい聖をはぶくことを前提とされた岳斗は、あまり前向きになれず顔を渋めた。が、彼こそボランティアのような活動には興味なさそうだからだろう。ブリッツェン自身もそう考えた上でのチーム編成だったのかもしれない。

 いつしか、聖がいないことが残念に思えるように変化した岳斗だが、今はこの場の和やかな雰囲気を味わうことにし、留文と芽依に望たちと思う存分に喜び合った。



 ***



 サンタ教習所の屋外――実技演習場。

 夕方を迎えたオレンジ空の下、岳斗たち二十四班とイブは影を長く伸ばして待っていた。さっきまで共に実技演習を受けていた聖はそそくさと姿を消し、昨晩告げられた通りの四人と世話役が立ち並ぶ。

 支給されたトランシーバーやロープと手袋が入ったリュックを背負っているが、恐らくはこれから、岳斗の出身地である笹浦市に出向き風船配りをするのだろう。しかし、果たしてどういった手段で向かうのだろうか。


『いくら田舎っつっても、笹浦市にはこんな高原ないしなぁ……』


 周囲の広大な芝生環境を見つめながら、岳斗は静かに思っていた。近頃衰退気味の笹浦市と言えども、決して皆が想像するような田舎町ではない。外灯はもちろん所々に設備され、駅近くには外国出身者まで多く見受けられる。多少のトラブルも発生するのが問題視されているが。

 仮にサンタ教習所が笹浦市以外の場だと考えても、岳斗にはかなりの移動距離を感じてならなかった。このあと車にでも乗せられるのだろうか――しかし周囲には車もなければ車道もない。ならばバスや電車を利用するのだうか――いや、バス停も駅も皆目見当たらない。まさか、基礎体力特訓で散々漕いだママチャリで移動なのだろうか。



『――てか、そもそも俺たちって、どうやってここに連れてこられたんだ?』



 思い返せば逃亡中に気絶させされ、目が覚めた時点でサンタ教習所にいた。今更ながら不審なクエスチョンマークが頭上に浮かんでいたが、ふと芝生を踏む足音が近づいてくる。



――「おぉオメェラ!! 待たせたな! 俺様との約束を守るとは、さすが罪人らしくねぇ野郎どもだぜ!」



「ぶ、ブリッツェン……っ! そ、それにみんなも!?」

 足音に振り向いた岳斗は、ブリッツェンだけでなく他のスーツ姿の人間を捉え驚いた。計八名が夕焼けの中で出現したが、彼ら彼女のらの正体は、隣ではしゃぐイブが説明してくれる。


「うわぁ~い!! ブリッツェンにドンダーに、キューピットとコメット!! それにヴィクセンとダッシャーに、ダンサーとプランサーも!! 全員集合!! ロリコンオールスターズだねぇ!!」

「もはやみんなロリコンくくりかよ……」


 イブが叫んだ通り、岳斗たちの前に現れたのは、ブリッツェンとキューピットを中央に配置した、四課それぞれの担当者八名だ。夕陽をバックにしながら横並び歩く姿には妙にも威厳を感じ、一昔前にテレビで見かけた刑事物ドラマのワンシーンを眺めているようだった。ただ、首に鈴を着けていることからギャグにしか感じられない。

 てっきりブリッツェンのみが提案した件だとばかり思っていた岳斗は、久方ぶりに目の当たりにしたスーツ集団には多少の武者むしゃぶるいを起こす。


「フフフ。二十四班の皆様。今回は風船配りの御協力、誠にありがとうございます。たいへん助かる想いで、感謝の意を心より評します」


 御辞儀までしたキューピットに告げられたが、どちらかといえば強制的にここへ呼ばれた方だ。しかし謙虚けんきょな彼の想いを尊重することにし、岳斗はため息だけ発した。


「フフフ。それでは時間も時間なので、早速向かいましょうか」

「あの、どうやって……?」

「フフフ。もちろん貴殿あなたがたのことは、わたくしたち八匹が運びますよ」

「はぁ?」


 匹といい運ぶといい、キューピットの疑問だらけな発言には、岳斗だけでなく望も首を傾げていた。なぜか留文と芽依は平然としていたが、どうも疑念ばかりがつのって仕方ない。


「わぁ!! 岳斗!! 見て見てぇ!!」

「なんだよイブ……? ソリ……?」


 突発的にも再度騒ぎだしたイブの方角先へ振り向くと、いつの間にか木製ソリが参上していた。五人は余裕で乗車可能な広さで、すでに風船やガスボンベなどの荷物が乗せられている。正しくサンタクロースが利用するような茶色の大型ソリだが。


「ぶ、ブリッツェン……これで移動するの?」

「ったりめぇだろ。てか岳斗、オメェまだ知らねぇのか? 俺様たちのこと。去勢された雄って言ったじゃねぇか」

「はぁ?」

「フフフ。どうやらまだ、存じ上げていない様子ですね」

「キューピットまで……」


 スーツしか似つかわない二人から笑われた岳斗だが、彼らが何を意味しているかは無論理解できていない。



「――さぁ~てと。んじゃ、ちょうどいいや。せっかくだから、オメェの目ん玉に見せてやるよ」



 するとブリッツェンが注視を促し、八名のスーツ集団が揃って頷き合う。一体何を始めるつもりなのだろうと考えた刹那、それぞれ首に着けた鈴に小指を近づける。


――シャリン……。


 そのまま鈴を揺らすように動かし、乾いた音色が八重奏(オクテット)として奏でられる。温度は低いながらも、優しく穏やかな夕陽に溶け込むようにして響き渡った。

 徐々に鈴の音が落ち着き、余韻よいんが完全に無くろうとしていた。しかしその刹那、岳斗たちとイブの目の前では現実離れした世界が垣間見えてしまう。


「……ッ!! お、おい!! なんか全身光ってんぞ!?」

「オ゛オォォ~~!! 本物のメタモルフォーゼだぁ!!」


 興奮気味のイブだが、それどころではない。岳斗たちに映っているのは、確かにあの担当者八名が、白い輝きのベールに包まれていく幻想的映像だった。特撮の変身シーンを間近で観ている錯覚を起こすほど鮮明で、眩しいはずなのに目が閉じられない。

 当人らの人影もはなはだしく変わっていき、頭からは二本の角が生え、全身まで人離れした大きさまで膨張し、終いには四足歩行の動物らしき物影に移ろいでいく。


――ピカーンッ!!


 そして光のベールが粉雪の如く砕け散ると、八人の――いや、八頭の新たな姿がおおやけにされる。鈴が着いた首は何倍も拡大し、異なった色の毛並みで整った全身も、もはや馬を思わせるほどの巨大さだ。物影通りの四足歩行に尻尾まで垂らし、口先が伸びた頭の上に生えた角が、枝のように長く別れていた。



『うそ……コイツらって、人間じゃなかったのかよ……』



 思い返せば、人間として相応しくない瞬間移動、それにカラフルに個性着けられた髪色、何よりもサンタクロースをボスと呼び、己の数えかたを匹で統一していた。

 その理由がわかってしまった岳斗は驚愕のあまり、腹底から声を轟かせる。



「――お前らトナカイだったのかよォ!?」



 できれば否定してほしかったのが正直なところだ。突然ファンタジーに富んだ世界を見せられ、焦りは冷や汗と共に止まらない。しかし、完全に姿を公開した八頭のトナカイたちが、それぞれ閉じていたつぶらな瞳を開け、まずは茶色の一頭が面を上げる。



「――威風(いふう)堂々《どうどう》轟く、あま駆ける稲妻……俺様ブリッツェンだ! よぉろしく~!」



「しゃ、しゃべった……。トト、トナカイが、しゃべった……」

「ヒューヒュー!! いいぞブリッツェ~ン!! もっとやれ~!!」

 青ざめた岳斗は片言になりつつあるが、エキサイトしたイブに応じるように、次に白毛並みのトナカイが一歩前に出る。



「――万人の恋を愛へ発展させる、世界の恋愛立役者……わたくしキューピットです。以後、お見知りおきを」



「……これ、一人ずつやってくの?」

「イエ~イ!! キューピット~!! 君かわうぃ~ねぇ!!」

 変わらぬイブとは違って、次第に驚愕が薄れていく岳斗だが、無情にも次の青色トナカイへバトンが続く。



「――ビュンビュンビュ~ンっと!! 満天の星を応援しちゃう、蒼き彗星……コメット! たぁだいま参上!!」



「あと五人も聞かなきゃいけねぇのか……」

「いいぞ~コメット~!! 次は次は~!?」


 すでに飽きてきた岳斗だが、今度は焦げ茶色のトナカイがすぅっと静かに前へ出る。



「――恐れるな……。おののけ……。電光石火……ドンダー」



「アイツ、こんなときでも人見知りかよ……」

「ウェ~イ!! やっぱドンダーはクールタイプだねぇ!! 胸キュンだよぉ~!!」


 緊張のせいか、ドンダーの台詞は物切ればかりだった。が、まだまだ登場者の発言は続いてしまい、次は紫色の一頭の隣にいる黒毛のトナカイが喉を鳴らす。



「――聖夜が故に、静かなる夜を。代わりに走り回らん……ダッシャーとは拙者せっしゃでござる!!」



「代行ドライバーに頼むわい……」

「キタァ~~!! ダッシャーでござる~!! ニンニン!!」


 ハキハキとしたダッシャーが終わると、次はやはり隣の紫トナカイにバトンが移るが。


「……」

「あ、姉御殿。次は、姉御殿の番でござる」

「はぁ~あ。どうしてもこれやんなきゃいけない訳ぇ~? 正直ダルくて仕方ないのよ~これ。だいたいさ~、ヒーローってよく、敵の前でこんなに長々と話せるよねぇ~。アタイには考えられないわ~。だって隙だらけじゃない? アタイが敵側だったら、変身途中のうちに必殺技の準備ぐらいするっつうの。ワンキルってやつ~? てかそもそもさ~、対象は子どもとか言われてるけど、あれ結構酷い話だと思うのよねぇ~。だってさ~、いざ子どもたちが成りきって遊ぼうとしたとき、絶対に白けるはずなのよ~。アンタも考えてもみなさいよ~。ジャンケンで負けて渋々敵役になっちゃった子が、とぉぉっても嬉しそうに長々とポーズ決める相手の子を待ってる姿を……。はぁ~……アタイにはかわいそ過ぎて、想像もしたくないわ~。たぶんその子は金輪際こんりんざい、ヒーローに憧れることはなくなって、大人の階段を登り始めるんだろうねぇ……。大人になる瞬間って、決まっていつも悲しいことが発端になる世の中よ。そりゃあアタイみたいな考え持つヤツ増える訳よ~もう。それに比べて今の男ってさ~、どうしてこう、乙女の気持ちをわかってあげられな……」

「……お前だけいつも尺取りすぎなんだよ!! 早く終われ!!」


 苛立ちを押さえ切れなくなった岳斗が言葉尻を被せ、何とか基本路線に戻す。



「――はぁ~あいあい……。ヴィクセンで~す。アケオメコトヨロハピバー……」



「うっわ、テキトー……」

「やっぱりヴィクセンってスゴいなぁ。わが道を行くって感じで、乙女の憧れだよ!!」


 イブの言ったことは男の岳斗にはわからずじまいだった。すると次は緑の二頭が同時に飛び出し、それぞれの角に備えた赤いリボンと青いリボンを踊らせる。


「日夜躍り回る、赤い情熱! ダンサー!!」

「リオにも負けない、青き不屈の心! プランサー!!」



「「――ふたりはダンプラ!!」」



『前々から思ってたけど、コイツら東映にケンカ売りすぎだろ……。てか、人称が匹じゃねぇし……』

「イェイイェイイェイ!! じゃあアタシも!! 世界に広がる、ビッグな愛!! キュアラ……」

「……お前は黙っとれ」

「リー?」


 もはや声に出す気力さえ無くなりかけていた岳斗。ガックリと肩は落ち、半開きな冷たい目で八頭を睨んでしまう。こんなヤツらが教官だったと知った今、人生における約二十日間を損した思いに駆られた。


「へへっ。どうだグァ~クト。かっこよくて、羨ましいくらいだろ~?」

「俺の顔見て、よくそう思えるな……ポジバカ」

「さぁて! 時間もねぇから、とっととソリに乗って行くぜ!」

「どこの変質者集団のせいだよ……間違えた、変質物」


 気づけば夕陽も地平線へ眠りにこうとしている中、岳斗たちはブリッツェンに言われた通りにソリへ身を乗せる。背後には荷物が並んでいるため窮屈さを感じるが、何とか五人無事に乗車できた。

 トナカイ八頭にも決められたポジションがあるそうで、ソリから最も離れた先頭一列目にはダッシャーとダンサーが、二列目にはプランサーとヴィクセン、三列目にコメットとキューピット、そして四列目にドンダーとブリッツェンがそれぞれの配置に着く。ソリと繋がったロープを、自ら太い胴体に巻く姿はもはやUMAだが、平気で日本語を話せるトナカイどもを多目に見ていただきたい。



「――よっしゃ~! じゃあ行くぜ! 野郎ども!!」



 するとブリッツェンの、天を引き裂く雷鳴のような轟音により、ソリが動き出す。始動直前はもちろん地に接したままだが、スピードが上がるに連れてトナカイの足が宙を舞い、共にソリの摩擦音が消えていく。


「スゴ~い!! スゴいよ望!! アタシたち飛んでるよ~!! ピーターパンみたい!!」

「ま、マジか……。落ちたり、しねぇよなぁ……?」

「大丈夫大丈夫!! 望は怖がりだなぁ~もう。岳斗もそう思うでしょ?」

「じゃん……」


 もはやイブの返答にまで面倒くささを覚えた岳斗に、驚きの表情など皆無だった。むしろため息が漏れてしまうほど、気力は弱まるばかりである。



『――要するにだ、俺たちは知らず知らず、異世界に来てたんだと……』



 外の景色を初めて見たときから、どうもおかしいとは思っていた。周囲に人気もなければ、山や川に木々すら見当たらない高原地帯。そんな現実離れした、広々しい地域でしかない。しかしそれを結論着けるためには、岳斗が思うように異世界と判断せざるを得ないだろう。なんせ現代ファンタジーなのだから。


「さぁワープと行こうぜ!! 目指すは、茨城県笹浦市だぁ!!」


――キラキラキラキラ……。


 八頭の中で主に指示するブリッツェンの発言後、岳斗たちの周囲の空気が揺めき始める。すると再び目を疑ってしまうほどの、七色の空間に包まれてしまう。まるで虹のトンネルを走っていくかのように、周囲は光の粒子と共に流れ、光学的な異空間と変わり果てた異世界に視野を埋め尽くされた。確かに笹浦市に向かうとは叫んでいたが、永続的な一直線の虹奥からは出口など覗けない。無事に着けるのかすら危ういのではと疑いつつも、トナカイたちが懸命に前へと突き進んでいく。


「さぁもう着くぜ!!」 

「はぁ? 出口なんてまだ見えないじゃんか?」

「まぁいいから、空気に落とされねぇよう、しっかり捕まってなぁ!!」


 ブリッツェンがそう叫んでの、間もなくだった。


――パリ~ン……。



 突如として虹の空間はガラスの如く砕け散り、次第にトンネル外の世界が顕になる。気圧の変化のせいだろうか、つよい突風が吹き付けられたが、あらじめブリッツェンに言われた通りにソリへしがみつき、落とされることなく済んだ。

 まず上を見た岳斗には、先程までいた教習所と同じ色の薄暗空が見えた。雲も一切観察されない上空にはすでにオリオン座も雄々《おお》しくうなり、癒しの月明かりまでえている。



「あ、ほら!! みんな見て見て!! アタシたちの笹浦市だよ~!!」



 すると、ソリから身を乗り出したイブが指先を地上に向け、望と岳斗だけが目を落として窺う。


「た、高……ウチら、マジで落ちねぇよなぁ?」

「マジで、笹浦市だ……」


 恐らく高所恐怖症だと捉えられる望だが、一方で岳斗は真下に広がる模型のような世界――茨城県笹浦市の夜景に目を添える。田んぼに囲まれた中央には数々の民家が並び、駅前に高々と聳える市役所がすぐ見つかる。月明かりと夜景に美しさを加えて反射するやなぎ川を追えば、開けた笹浦総合公園まで観察され、本当に地元へ帰ってきたようだ。


「んじゃあ、地上に降りるぜ! 息抜きだと思って、気軽に配ってくれよ!」


 たとえ飛んでいてもブリッツェンの声は弱まらないまま、ついに岳斗たちは現実世界へ、久しぶりに足を乗せることとなった。


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