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GiFT*ガキのままの俺に届いた贈り物*  作者: 田村優覬
二幕*ヒイラギかざろう*
10/29

第九夜*御恩と奉公と、義理と人情と*

 笹浦駅前交番。

 日没間近の午後五時前。辺りの外灯が無ければ足元が見辛いほどの、早すぎる冬夜が訪れようとしていた。この時間では主に下校途中の学生諸君で溢れ、不審者の数が増える危険傾向の中で帰宅する姿が多く見受けられる。

 そんなあやぶまれる環境のもとにはもちろん、市民の安全を第一に考える警察官――羽田はだ信太郎しんたろうの瞳が交番外へ向けられていた。


――「あ、信太郎おじさんだぁ!」

――「こんばんは~! 信太郎おじさん!!」

――「こんばんは~。今日も疲れたよ~」

「おぉこんばんは、みんな。今日も学校お疲れさんな。暗くなるのが早いから、家まで気を付けて帰るんだぞ? いいな?」

――「「「は~い!!」」」


 地元の帰宅小学生たちから気軽に声を掛けられるほど、名は老若ろうにゃく男女なんにょ問わず知られている。しかし、それも不思議ではなく必然的な現実だ。なぜなら信太郎は本日の如くほぼ毎日、こうして交番から身をさらけ出して市民を見守っているからである。事件事故の知らせ時にすぐ飛び出していく姿はもちろん、時には悩める学生たちの人生相談相手にもなるほどで、警察官としての幅を越えた人間性に信頼が寄せられている。



『――子の悩みを放っておけるほど、オレは人間できてねぇからな』



 腰に手を当て、薄夜空を見上げた信太郎。今宵も澄み渡る天には白く落ち着いた月と、逞しきオリオン座が浮かんでいる。師走の季節には何の変哲もない景色だが、かえって平和な世界が仰ぎ見られる。こちらの地上世界も同じくあってほしいと、つい願掛けしてしまうほどに。


「センパ~イ! 署への報告書完成しました。チェックお願いします」

「おぉ児島こじま。どれどれ~……」


 交番内で作成中だった児島こじま秀英しゅうえいのもとへ、信太郎は早速報告書の推敲を始める。訪問者が比較的多い駅前という場所に加え、まだまだ警察官成り立てで間もない後輩だ。背の高さは大敗しているが、先輩としていつもチェックを漏らさず行っている。

 もちろん甘やかすことなく厳しい目付きで、誤字脱字並びに言葉遣いを注視していく信太郎だが、やはり秀才な秀英の報告書には小さなミスも見当たらず、自分のことのように嬉しい頬上げを放つ。


「問題ねぇな。このまま署に持ってけば大丈夫だ!」

「ありがとうございます、先輩!!」


 陽も射すことがなくなって完全な冬夜を迎えたが、秀英の喜ばしい一声にも援助され、交番の灯りは負けず増していた。この時期にはありがたい、暖かくも感じられる雰囲気に包まれながら。


「それにしても先輩。最近は事件がめっきり減りましたね。まぁおかげさまで、報告書もすぐ書き終わって助かりますが……眠気との戦いになりそうですね」

「そうだなぁ。でも、眠気なんかに負けたら、警察官務まんねぇよ」


 これから朝の五時までの夜勤が始まろうとしていたが、信太郎を怖れる眠気は襲ってこようとしなかった。むしろエネルギッシュな低身体と心構えぐらいしか取り柄がなく、勤務中の居眠りなど御法度である。


「もう少しで年越しかぁ……へっ。結局今年も、一人のままで終わっちまうんだろうなぁ~」


 つい一人言をオリオン座に飛ばした信太郎は、自嘲気味に笑いながら肩を狭めていた。実のところ信太郎は、彼女という存在を未だに持った試しがない独身男性だ。決して結婚観や恋愛観がない訳ではなく、むしろ異性と共に過ごしたい気持ちが男心に根付いている。毎年一人の残念さがこの季節に押し寄せ、年々寒さが増している気がした。自分も冬の師の如く走り、素敵な相手を見つけたいところだ。


「はぁ~……警察なんて、出会いの機会もねぇしなぁ~」

「あの、先輩?」

「ん? なんだよ児島?」

「あの……これは、ぼくの提案なんですが……」


 妙な間を空ける後輩が気になり、信太郎は秀英へ太い首を傾げる。一体何に対する提案なのかもわからないままだが、目が合わさった刹那、とんでもない考えがおおやけにされる。



園越そのごえ常海とこみさんと、結婚してはいかがでしょうか?」



「は……ハァァァァァァアア゛!?」

 ず太い轟声が交番内を襲い、薄い窓ガラスが確かに揺れていた。北風すらも跳ね返す驚愕を放った信太郎だが、秀英の発言には落ち着けず詰め寄ってしまう。


「オメェどういう意味だよ!? 常海を不倫におとしいれろってことかよ!?」

「まぁまぁ落ち着いてくださいって。だって先輩、常海さんと仲がいいではありませんか?」

「そりゃあ昔からの付き合いだからだよ!! テキトーなこと言ってっとシバくぞ!?」

「こ、こわ~……」


 いくら苦笑いする後輩とはいえ、信太郎は敵意剥き出しの睨み付けで秀英の解答を聞いていた。確かに園越そのごえ常海とこみとは高校時代からの知り合いで、結婚した今でも友だち感覚が続いている。が、同い年の親友――園越そのごえ岳斗がくととの子持ち既婚者であることを決して忘れてはいけない。この波乱な御時世に、目の前の後輩は何と勝手なことを言ってくれようか。


「……それに、常海さんには風真ふうまくんという、かわいい息子さんだっているんですよ?」

「それと不倫がどう直結すんだよ!? そこのやなぎ川に沈めんぞコノヤロウ!!」

「せ、先輩……ぼくら警察官警察官……。まず、落ち着いてくださいって」


 いつしかヤクザとも捉えきれない信太郎の悪台詞だが、それも致し方無い。

 道徳心を抱くべき警察官が、罪でなくとも世にゆるされない不倫を起こしてはいけないのだ。しかもその相手が親友の既婚者であるだけに、熱い友情を重宝する男としてはあるまじき非道徳的行いと呼べる。

 まだまだ言いたげな様子の秀英にはすでに呆れていたが、少し落ち着いてきた信太郎はとりあえず耳だけ傾けることにした。事務机の椅子に座り、頑固親父の如く腕組みで背を向けたが、再度息を飲まされてしまう。



「母子状態の園越家には、健全な大黒柱が必要だと思いませんか?」



「――っ! ……ま、まぁ、それはわからなくもねぇけどよ……」

 声のトーンと同じように、信太郎の背が徐々に丸まっていく。ポケットに両手を入れた後ろ姿は何とも儚げで、表情を見なくてもわかるうつむいた気持ちだった。


「常海さんだって、もう疲弊しきってるのは明らかだったじゃないですか? 今日の顔色、すごく悪そうでしたし」

「そうだな……。そりゃあ一人身で仕事と病人の面倒やってたら、寝るもねぇだろうよ……」


 本日の日中、笹浦国立病院へ出向き会った常海の目下には、遠くから見てもわかるほど隈が浮かんでいた。秀英が放った言葉は残念にも真実で、信太郎の瞳はまぶたの闇に覆われる。


「それに風真くんだってかわいそうじゃありませんか!! あの歳で心臓病をわずらって……そんなあの子のもとに父親がいないだなんて……あんまりです!!」


 風真の話になった途端、秀英の声に鋭利が増していた。父親不在をここまで否定する彼からは、一種の家族愛を受け取れる。辛いときこそそばにいてやり、くじけそうなときには応援してやるのが父親だと示さんばかりに。


「そうだな……でもよぉ~、風真の父親は、岳斗だ。他人のオレなんかには務まんねぇよ……」


 信太郎の声はどんどん静寂に移ろいでいくが、ふと背後から舌打ちを鳴らされた。思わず顔を上げて見えた窓ガラスには、やはり秀英の怒れる眉間のしわが反射され、先輩後輩の関係を無視した睨みに襲われる。


「児島……」

「お、御言葉ですが! 先輩はどうしてそこまで、園越容疑者に肩を貸すんですか!? れっきとした犯罪者なんですよ!? それも家族を置いていく、非情なヤツなのに!!」


 有頂天(うちょうてん)気味な反射姿の秀英から、明確にも見下ろされていた。しかし、彼の警察官志望動機を考慮すれば、極めて自然な感情の訪れだと知っている。



『――児島の家族は、殺人強盗犯に襲われたんだもんなぁ……』



 先日の警察署内で行われた会議でも挙がっていた事件――連続殺人強盗事件における一人の被害者が、今年入所した児島秀英なのだ。復讐とも捉えられる志望動機であるが故に、彼は罪人を心の底から嫌悪している。

 どんな理由であれ、罪を犯した者を決して許さない。

 勧善かんぜん懲悪ちょうあくを胸に深く刻んでいる秀英だからこそ、信太郎は罵声をぶつけられてしまったのだ。振り返って実像を窺う勇気もなく、椅子の背凭せもたれに身を委ねる。


「児島……」

「どうしてですか、先輩……? どうして、善でない悪を尊重するんですか? ぼくには、意味がわかりません……」

「ゴメンな、児島。お前の正義感は、絶対に間違ってねぇよ。絶対に……」


 音量は下がってきた秀英だが、反射された両拳が震えを放ち、やはり憤怒ふんぬに解かれていなかった。大切な家族の命を、理由もなく奪われたのだ。そんな泥まみれな気持ちなど、平凡な未経験者が踏み入れてはいけない底無し沼である。独身の信太郎も、その憎悪の深さなど理解できない。



 しかし、信太郎にだって抱く想いがある。



「なぁ、児島。ちょっと昔話に、付き合ってくれよ……」

「昔話……?」

 話の流れに相応ふさわしくない発言には、窓の児島から首すら傾げないまばたきを返された。が、信太郎は後ろ姿を保ったまま昔話を開始する。


「県内最弱ともバカにされた、笹浦二高硬式野球部。そこに、岳斗と常海、そしてオレはいたんだ……」


 十五歳の高校一年次。中学では軟式野球部に所属していた青年――羽田信太郎は興味本意で硬式野球部に入部した。期待のキャッチャー志望者とも先輩方にうたわれ、入部早々スタメンマスクを被ることにもなった。

 晴々しい高校デビューを迎え、願わくば甲子園出場とまで高き目標まで掲げたのを覚えている。しかし時間が進むに連れて、信太郎の心の旗は無情にも折られてしまう。


「でもそこはオレの想像と違って、愛好会みてぇな部でよ~。バイトで練習休む連中もいたし、テスト二週間前になったら誰もグランドに出やしねぇし、ボールすら触らねぇヤツばっかでさ。意識の低さなら、どこの高校にも負けちゃいなかったと思うぜ……」


 高校球児なら誰もが経験する血濡れた練習など、信太郎には覚えがない。かさつく寒い冬場は無論三月までオフ期間、熱中症の危惧される夏場は午前中三時間だけで、活動時間の短さが意識の低さと相関していた。もちろん試合内容さえ、見下せるほど高が知れている。


「そりゃあ試合なんか一勝もできなかったよ。それもほとんどコールド負けでさ……。まぁ唯一、九回までやり抜けたのは、引退が掛かった最後の県内予選だけだったな……」


 甲子園出場最後のチャンスとなる、県内予選の一回戦。しかし三年次を迎えてもなお、笹二野球部内の低俗な空気は続いていた。

 打球よ、こっちに来るな。

 試合なんか早く終わってくれ。

 早く受験勉強に切り換えたい。

 キャッチャーであるが故に守備人にベンチ全員の顔が見える信太郎には、そう聞こえてならなかった。気づけば自分も周りに流されて声が出ず、構えるべきミットが俯こうとしていたときだった。



「そのとき、エースで四番で、キャプテンの岳斗だけが、最後の一瞬まで力を注いだんだ……まぁ、勝てなかったけどさ」



 たとえ仲間の誰かが打席で三振しても、また誰かが守備でエラーをしても、チームの主役だった岳斗はいつもこう言って鼓舞していた。


“「諦めんな! ラスパだぞ~!!」”


 チームプレーを重視した輝かしい姿を、バッテリー同士でキャッチャーの信太郎はいつも目に焼き付けられた。大量リードされてもひるまず、ひたすら全力投球し続けた岳斗の活躍ぶりまで。

 しかし、儚くも引退試合になってしまったのが現実だった。



「それで試合が終わると、みんな喜んでたっけ。これで明日から暇な時間ができるってさ……。でも、一人だけ泣き崩れてた岳斗は最後、みんなにこう言ったんだ……」



 そして何よりも、あの瞬間頭を下げた岳斗からの一矢が、信太郎の胸には今でも突き刺さったままなのだ。



「“勝つ楽しさを教えてあげられなくて、ゴメン”ってな……。アイツはマジで、チームのために躍動やくどうしてたんだ……」



 確かに岳斗はエースであり四番でもあり、そしてチームの大黒柱を示すキャプテンだった。とはいえ、もともと雰囲気に欠ける県内最弱硬式野球部だ。チームへの責任感など生まれる方が不思議で、反って身を滅ぼしかねない心意気だとも捉えられる。

 それでも、岳斗はボロボロになってまで勝利を求めた。出会えたチームのみんなのために、一人も欠けてはいけない仲間たちのために。


「挙げ句の果てに、岳斗は右肘を壊してたんだと……。ピッチャーにとって必要不可欠な利き腕を、オレたちザコ野球部なんかのために、捧げたんだよ……」


 活動無しの日だけでなく、部員みんなでの練習が終わった放課後でも、岳斗はこっそり別の場所で投げ込み練習をしていたそうだ。もちろん当時の信太郎は知らず、高校卒業後、当時マネージャーだった常海から初めて聞かされた真実である。夜な夜な投げ込みを続けていたようで、結果的にはドクターストップまで掛けられる負傷者にちてしまった。プロを目指していた青年でもあり、大学でも野球を続けるはずだったのに。

 これで長い昔話は終了だと語るように、信太郎は秀英に背を向けたまま起立する。


「要するにだ、園越岳斗っていう人間は、誰かのために身を滅ぼす、呆れるほどバカなヤツなんだよ……。知ったこっちゃねぇんだよ、どんな想いでやってるとか……」


 相手が抱く想いを知らされたことで生じる罪悪感は、必ず時間に比例する。想いなど最初から言えば良いものの、なぜ後々になっておおやけにするのだろうか。いっそのこと、冥土めいど土産みやげとして持ち去ってほしいばかりだ。


「でも、そんな岳斗を見てたから、今のオレがいる……。アイツは、オレにとっちゃ恩人なんだよ……」

「恩人……?」

「あぁ。だからさ、オレはそんなヤツを……」


 すると信太郎はようやく、実像の秀英に顔向けする。先ほどまでの怒れた表情は消え、瞳を合わせながら素直な想いを吐き出す。



「――容疑者と呼べるほど、大した勇気はねぇよ」



「先輩……」

 秀英の驚いた目の見開きを見せられた信太郎。しかし発言の後悔など全くなかった。なぜなら園越岳斗とは罪人である以前に親友――いや、一人の恩人なのだから。


「誰かのために、全身全霊を掛ける素晴らしさを、岳斗は教えてくれたんだ。ちなみにそれが、オレが警察官になろうと決めた、志望動機でもある」

「誰かのために、全身全霊で……」

「あぁ。オレは別に、児島の罪人嫌いを否定してる訳じゃねぇ。あくまでこれは、オレ個人の、岳斗に対する考えだかんな」

「は、はぁ……」


 結局秀英には渋い了承で済まされてしまった。が、信太郎の表情には深夜にも負けない明るさが灯し出し、太眉を立てた前向きさを顕にしていた。警察官として罪を許すつもりはないが、その人を憎むまでの復讐心は無い。罪人でさえ、今後があり未来があるのだから。

 全てが許されるほど寛容な世の中でないことは、信太郎もよく理解している。しかし一つだけ、どうしても譲れない想いが根底に潜んでいた。



『――御恩を受けたら奉公すんのが、義理と人情だ。岳斗の未来は、誰にも渡さねぇよ……』



 それは最終回ツーアウト満塁で迎えた、一打サヨナラのラストチャンスにそっくりな、恩返し精神だった。



 ***



 サンタ教習所。

 夜を迎えるまで実技演習を行った岳斗たち二十四班とイブだが、今度は屋内での活動――基礎体力特訓が始まろうとしていた。しかし、前回担当者のブリッツェンから告げられ場所に訪れたものの、室内は何も見えないほど真っ暗闇に染まっている。


「……ここでいいんだよな、イブ?」

「いいんですか? いいんです! クゥ~!!」

「サッカーファンに怒られるから辞めなさい」

「ムムっ!」


 相変わらず世話役とは思えない発言に、岳斗は精神攻撃を真に受けてため息を漏らす。しかし次の瞬間、見えなかった白の吐息が姿を現す。


――パシャッパシャッ……。


 突如として室内の照明が点灯し、岳斗たちには再び不思議な景色を目にする。


「ん? ママチャリ……?」


 不思議なあまりまばたきを繰り返しながら呟いた岳斗には、所々錆び付いた婦人用自転車が、ローラー台に載せられた光景だった。四限目となる今回の内容は基礎体力特訓だと聞いているが、これでスタミナでも着けろというのだろうか。


『いや待てよ……。まさか、これで……?』


 嫌な予感から存在しない寒風に襲われた岳斗は身震いを示したが、その刹那、周囲より特別明るいスポットライトが室内奥へ飛ぶ。



――「「ドモドモ~!! 基礎体力特訓場へ、よ~こそ~!!」」



 イブにそっくりな少女のかん高い声が鳴らされ、五人二十五組の罪人たちの不審焦点が一致する。スポットライトが当てられたままの奥はなぜかステージの如く段差構造で、その上に先ほど声をふるわせたであろう人物が二人ほど見受けられた。恐らくは今回の担当者に違いないのだが。



「――コンニチワオ~ン!! ダンサーでぇす!!」

「――コンニチワイ~ン!! プランサーでぇす!!」

「「――手と手合わせて! ダンサープランサーでぇぇす!!」」



『あ~あ……。これまた酷~い人選ミスだ……』

 こめかみを強く握りながら思ってしまった岳斗。なぜなら今回担当になる両者は、小さなイブよりもさらに幼さが観察される――うり二つなそっくり幼女たちだったからである。スーツ姿はもちろん、癖毛ありの緑ショートツインテールから身長、声の高さまで同等で、阿吽あうんの呼吸で踊り回る二人は双子姉妹のようだ。敢えて見分ける判断材料を示すのならば、赤いリボンを結んだ方がダンサーで、青のリボンがプランサーだ。ただ、リボンをすり替えられてしまえば、もはやどっちがどっちだか検討が着かなくなるだろう。


「「それでは皆さ~ん!! 早速基礎体力特訓をやりましょ~チャチャチャ!!」」


 何かと踊りながら落ち着けないダンサーとプランサーには、岳斗も腹立たしさを覚えてならなかった。しかし、無理強いにも説明を聞くことにする。

 今回はやはり、目の前の婦人用自転車に乗りながら行うそうだ。電動式ローラー台に合わせながらペダルを回し、時間が経つに連れてスピードアップが設定されているらしい。


 しかし、基礎体力特訓で使用する道具がなぜ自転車なのか。


 気になるところだが、既に察し済みの岳斗は歯軋りを鳴らし、踊るばかりのダンサーとプランサーに突っ込む準備が整っていた。



「「――本番当日も、プレゼントは自転車で配ってもらうからねぇぇ!!」」



「せめて原付きだろうがァ!!」

 罪人を代表して叫んだ岳斗だが、ダンサーとプランサーの前向きスマイルは顕在のままだった。


「もぉ~。ワガママだなぁ~!」

「ライトにブレーキ、それにギアまでついてるのにぃ~!」

「「ねぇぇ~~!!」」


 最後に互いのまばゆい笑顔を見せ合った双子姉妹。しかし岳斗は納得ができず、強張った肩を震わしていた。郵便配達に新聞配達でも原動機付き自転車が主流だというのに、まるで子どもの御使いではないか。

 箱詰め作業でも沢山の宛先を見た限り、本番当日だって多くの件数を回ることだろう。が、ダンサーとプランサーの陽気な考えに変化は皆目見当たらず、悩ましいため息を吐いて特訓を始めることにした。

 まずはぎやすいようにイスを高く設定し、固定化してからペダルに足裏を載せる。乗車してみたが、やはり一万円程度で購入できそうなギア付き中古自転車感否めない。

 二十四班のメンバーたちも特訓の準備を始め、輿野夜こしのよきよるはすでに万端といったところで、また沫天まつあまのぞみも深呼吸をしてから開始を試みていた。一方で流道りゅうどう留文とめふみ路端土みちばと芽依めいの二人だが、

「芽依ちゃん大丈夫なの? さすがに危ないんじゃ……」

「今は、大丈夫。当日、危なかったら停めて……」

「う、うん……」

 と、何やら走行確認していたが、岳斗が考える間もなく、ダンサーとプランサーによる開始宣告が鳴らされる。


「「それでは基礎体力特訓!! ミュージック~~スタートォォ!!」」


――ズチャチャズチャチャ♪


 ついにランニングマシーンも稼働したが、室内にはなぜか大音量の音楽まで流され始める。ハイテンポな曲調ながら、どこの国のポップソングなのかは検討がつかない。しかしダンサーとプランサーも踊り回る愉快な雰囲気もあり、漕ぐペダルが軽く感じられる効果があった。


『まぁ脚には自信あるし、これもやってのけてやろう!』


 ローラー台のスピードアップは連続的にほどこされるが、前向きな岳斗は懸命ながらケイデンスを増やしていった。すぐに汗がひたいに浮かび、息も苦しいまでに荒れていくが、前傾姿勢を保ちながら一回り一回り強く踏み込んでいく。


――ズチャチャズチャ……。

「「ハイハイちゅ~も~く!!」」


 ローラー台は停止しなかったが、突如室内音楽がむ。すると、ステージ上のダンサーとプランサーの間にはなぜか、マイクを持ったイブが訪れていた。これからライブが始まるかのように、スポットライトで身をきらめかせて。



「「こちらは本日の特別ゲスト~!! サンタアイドルのイブちゃんでぇぇす!!」」

「それでは、聴いてください……。“聴いてください”」



『わっかりづれぇタイトルだなぁ! 他に無かったのかよ?』

 現在歌い始めたイブはもちろん、二回繰り返して注目を集めた訳ではない。あくまで“聴いてください”というタイトルのJポップソングを言ったまでだ。

 ノリノリの曲調には、赤リボンのダンサーは踊り回り、青リボンのプランサーに関しては踊り跳ね、イブライブを活気付けていた。

 だが、幼女に美声は持ち合わせていないようだ。初めて聴いてもわかるくらいに音程を外し続け、完全に彼女だけが楽しんでいる状況である。相手を楽しませることがアイドルの必須条件であることを、まだまだ知らないらしい。


「ハァ……ハァハァ……」


 ローラー台のスピードは立て続けに上昇し、岳斗はもはや立ち漕ぎで挑んでいた。早急に酸素ボンベが欲しくなるなるほど喉が荒れ、脈打つ心拍数もハイテンポだ。一端休憩の時間が早く訪れてほしいと、そう願った矢先である。



――ガシャガシャ、バタッ……。



「――っ!?」

 背後から突発的に、自転車が倒れた金属音と、また何かが地に落ちた鈍音が鳴らされた。岳斗はペダルを回しながら背後を窺ってみたが、予想していなかった非常事態を捉え、すぐに自転車から降りて当事者のもとへ駆ける。



「――沫天!? しっかりしろ~!! 沫天ッ!!」



 悲壮な叫びを繰り返した岳斗に抱き抱えられたのは、自転車と共に地に倒れた望だ。過呼吸による痙攣が治まらず、意識すら飛んでいる緊急事態に直面していた。


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