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航宙船長シリーズ

航宙船長まりにゃん。その2

作者: 吉村ことり

航宙船長まりにゃん、第2弾です。

不定期掲載の連作短編。

 まりにゃんは航宙船の船長である。


 まりにゃんは猫人なのでとても飽き易い。


「もうやだー飽きたよー」


 まりにゃんたちは昨日また宙賊に襲われた。

 彼女の幸運遺伝子により、いつもの如く船と乗員に被害はなかったが、積荷は根こそぎ奪われてしまった。

 そのため船長であるまりにゃんは、警察に届ける被害報告書やら、本社への損益報告など、どっさりと書類を書く必要が出ていたのである。

 積荷にまで幸運が効けばいいのに、と、副長のうるにゃんはがっくり肩を落としながら、被害状況をまとめてまりにゃんに渡し、受け取ったまりにゃんは不承不承、書類を書き始めていた。

 だが、うるにゃんが自分の仕事に追われて目を離してものの10分。まりにゃんはこっそりスレート端末を取り出すと、インストール済のゲームを始めていたのだった。


 うるにゃんはまりにゃんのスレート端末を取り上げながら言った。


「ああっ、もー何すんの!」

「何すんのじゃないです。まりにゃんは船長でしょう? あなたがやらなきゃいけない仕事は沢山あるんです」

「うー、昨日の事件で疲れてるんだってば、後でやるから――」

「そう言いながら、一昨日、船内時間の朝には出すはずの報告書を、夕刻に出したのは誰ですか」


 そう、3日前もこの船は宙賊に出会って、命懸けで逃げ延びたは良いものの、散々逃げ回って予定外のコースを通ったために、積荷は大幅に到着が遅れ、結果として損失を出してしまっていた。

 うるにゃんは猫人に多い過眠症持ちだが、猫人としては珍しく勤勉なタイプである。毎度のように宙賊に狙われ、その度毎に損失を出す航宙にはほとほとうんざりとしていた。


「ねえうるにゃんー、代わりにやってくれたら――」

「だめです」

「取りつくしまもない―」

「しまはないです。私は縞猫じゃなくて三毛ですし」

「そういうんじゃなくてっ!」

「まりにゃんは、終業の時に書く航宙日誌はささっと書くのに、こういう報告書はなんで苦手なんですかねえ」

「だってさ、終業の日誌書いたらお仕事終わりじゃない? この書類は書けば書くほど次が出て来るじゃない?」

「書かなかったら後からあちこちにしわ寄せが行くんです」

「もうぅ」

「牛じゃないんだからモーモーいってなくてさっさと書く」

「良く分かんないんだもん。うるにゃん下書き書いて見せてよ」


 うるにゃんはやれやれという顔で適当なエディタを立ち上げると、数秒、ものすごい速度でタイピングしていたかと思うと、顔を上げた。


「草案、メッセージソフトで船長のコンソールに投げておきましたよ」

「ありがとうっ!」

「そのままコピペは出来ないようにあちこち誤字を入れて、段落も入れ替えてます」

「えー、なんでよー、もういじわるっ」


 そう言いつつもまりにゃんは、うるにゃんの書いた草案を必死で読みながら報告書を書き始めた。


「では私は、睡眠発作の予兆を感じるので仮眠室に居ります。何かあったら起こしてください」

「えー、晩ごはんは?」

「起こしてくれたら調理室で何か作って差し上げますよ」

「わかったーっ」


 甘いなあ私も。

 うるにゃんはそう思いながら仮眠室に向かった。

 まりにゃんはうるにゃんの作るご飯が大好きだった。

 うるにゃんもまた、まりにゃんが美味しそうに食べているのを見るのが好きだったから、手間暇かけてご飯を作るのがむしろ楽しくはあった。食べてる最中に端末を立ち上げてゲームするのだけはちょっと控えてほしいが……。


 しかし、運命の女神は容赦がなかった。二度ある事は三度あるのだ。


§


 うるにゃんが過眠に入り、まりにゃんが書類を必死で書いている最中だった。


「警告! 何者かが本船へのインターセプトコースを取ってワープアウトしてきました」


 警告を聞いたまりにゃんはびくっとして顔を上げる。


「えー、どうしよう」


 書類を慌ててセーブすると、まりにゃんはレーダーを確認した。


「3隻もいる。こまったなぁ」


 当然のように機関部から船長室に連絡が行く。


『まりにゃん船長、また宙賊が接近中ですよ』


 まりにゃんにはどうせ対処が出来ないだろうし、彼女の能力で死ぬことはないと思ってる船員は、気の抜けた報告をしてきた。現状、積荷は空だったから、何か盗られる心配もない。前の宙賊に奪われてそのまま帰投中だったのだ。

 だが、船員は状況と、まりにゃんの能力を軽く考えすぎていた。


 眠い目を擦りながら、緊急アラートでたたき起こされたうるにゃんが、まりにゃんより先にブリッジにやってきた。


「あ、副長。丁度相手から通信が来てます」

「ビューワに出して」


 ビューワに出てきたのは猛禽類。梟人だ。フクロウの愛らしさや獰猛さを移植された亜人で、猫人とニッチを取り合う仲だったが、猫よりマイナーという事もあってか、増えすぎた個体が宙賊に身を落としていることも少なくなかった。


『ほほぅ、猫人か。命が惜しいなら積荷を渡せや』

「大変相済まない、当船は先日別の宙賊に襲われたばかりで、積荷は空っぽだ。何なら船体をスキャンしてみてくれ給え」

『なんだ、空っけつかよ。そりゃ仕方がないな――なんて、大人しく引き下がると思ってるのか馬鹿猫! そんな事は知った事じゃないんだよ』


 話している最中に、ブリッジにまりにゃんがやってきた。


「うるにゃんー」

「あ、船長」

『船長だ? ほほぅ、これは上玉の猫人だな』

「あたしよりうるにゃん――副長の方がかわいいもん」

『どこがだよ、すっかりとうが立ってる年増の三毛じゃないか』

「年増で悪かったね」

『まあそう怒るなって。提案だが、船長を差し出せばこのまま見逃してやる』


 船員の顔に希望の光がともったが、うるにゃんは渋い顔をした。


「残念だがそれは出来ない」

『刃向うって言うのか、命知らずだな』

「副長、他の全員が助かるんですから――」

「まりにゃんのお蔭で助かってるのを忘れたか?」

「そんなもの本気で信じてるんですか」

「ああ、絶対だ」


 うるにゃんと船員が訳の分からない話をしているので、梟人はイライラしてきたようだった。


『さっきからごちゃごちゃと訳の分からない話を――。船長を渡さないって言うなら、力ずくで奪いに行くまでさ』


 そういうと、通信が切れた。


「あんなこと言ってますよ、ヤバいですよ」

「まりにゃん船長の幸運遺伝子を信じろ。医者のお墨付きもある」

「あたしそんなの良く分かんないんだけど」


 当のまりにゃんが自分の事をいちばん信用していなかった。

 そして、うるにゃんの方に向かって歩いて行こうとして、何もない所でこけた。

 ブリッジは無重力で、吸着ブーツで歩くことで姿勢を保っている。なので、一旦こけてしまうと、宙を漂うしかなくなる。

 まりにゃんはうるにゃんにぶつかると、二人とも宙を漂って航宙士の座席目がけて飛んで行った。

 うるにゃんは航宙士にぶつかりそうになって避け、航宙士はその瞬間に操作パネルに触ってしまった。もちろん、そういう状態になった時の為に誤動作を起きにくくするため、操作パネルはワンボタンでは操作が出来ない様になっている。しかし、複数人が飛んできて触ってしまったため、予想外の操作入力となって仕舞った。


「ワープシェル展開! 本船はランダムワープしました」

「航路は!?」

「現在確認中――」

『おい、貴様ら! 逃げようとしても無駄だぞ!』

「敵船インターセプトコースです!」

「ワープアウト地点確認。――恒星のど真ん中です!」

「直ちにワープ中止!」

「ランダム設定なのでうまく解除できません! ワープアウトまであと20秒」

「ワープシェルの継続展開は?!」

「駄目です! ワープアウト時に一瞬ワープシェルが解除されて、その間に我々は蒸発します!」


 まりにゃんの幸運遺伝子があるのに、彼らは恒星のど真ん中に向けて無慈悲な死の突撃を止められないでいた。


§


「やつら、何をトチ狂ったのか、恒星に向けて突っ込むコースですぜ」

「結構な上玉だったがなぁ、追っかけて我々までやられては元も子もない。インターセプト解除だ」


 宙族たちは追跡をあきらめた。

 まりにゃんの船は無慈悲に太陽へのコースをワープしていく。ワープ中は別の時空に切り取られた状態だが、光だけは伝わる。それでも伝わるエネルギーは瞬時に蒸発するほどの熱ではない。問題は恒星内でワープアウトしてしまう事だった。


「うちの船のフォースフィールドではどの程度耐えられる?」

「せいぜいが数ピコ秒です、――あともう20秒で突入です」

「何か方法は――」


 こんなシリアスな展開は某所の三毛猫船長にでもやってほしいところだ。まりにゃんは事態がよくわからずにおろおろしていた。


「どうしよう、私やばいことやったんだよね、何かできることない?」

「いいから黙ってて」

「うるにゃん怒んないでよー」

「怒ってない!」

「嘘つき、絶対怒ってるよ」


 もうすぐ命がなくなろうというときに、この子は……。うるにゃんはそう思ったが、年貢の納め時だとも思った。だから、せめて最後はと思って、うるにゃんはまりにゃんをギュッとハグした。


「私が悪かったんです。ごめんなさいね。こんな終わり方なんて」

「終わる、って? やだよそんなの」

「もう打つ手が残ってないんです、最後の時間はせめて抱きしめさせてくださいな」


 だが、そういううるにゃんの言葉を聞いて、まりにゃんは激しく反発した。


「やだ! 最後なんて言わないで!」


 そういうと、まりにゃんはコンソールに走っていく。


「えと、これがこれで、これが、ああもうわかんない、多分これ!」


 まりにゃんはかなりでたらめにコンソールを操作した。しかし、幸運遺伝子恐るべしである。こんな土壇場に、奇跡が起きた。


 「がっくん!」という激しい振動が船内を襲った。


「な、なにが起きた?」

「――エンジン部、切り離されました。主船体は間もなくワープシェル解除されます」

「ちょっと待って、こんなところでエンジンなくしたら、死にはしなくても漂流しちゃうじゃないの」

「え?」


 まりにゃんは、ワープを止められないエンジンだけを切り離してしまった。直接的な死はまぬかれたが、彼らは宇宙を漂う棺桶になったも同然だった。


「もっと悪いですよ、さっきの宙族のスキャンです。本船は敵に発見されました」

『お前らはバカか? いくら恒星に突っ込むのを止める為とか言っても、エンジン捨てちまったら自殺行為だろうが』

「ええ、まったくバカだと思うわ」

『だがこれでこっちは、ありがたくお前らの船長さんを土産にできるってもんだ』

「そうかな、お前ら逃げたほうがいいと思うぞ」

『うるさいな、とりあえず変なことをできないようにお前らの船はロックした』

「ああそうかい、しかし、お前らはうちの船長の価値を本当にわかってるのか?」

『何の話だ』


 うるにゃんは敵と会話しながら、船のフォースフィールドを操作していた。片壁面だけを必要強度に強化するのは可能らしい、方向をチェックして起動コマンドを押す。


「何だ、変に話を引き延ばしたと思えば、強化フォースフィールドなんか張りやがって、片方だけにそんなもん張ったって無意味なんだよ」

『お前ら用じゃないよ』

「お頭! ヤバいです!」

「何がだよ」

「恒星が爆発して――」


 それ以上の会話は続かなかった。


 恒星内部でワープアウトしたしたエンジンは、猛烈なエネルギーを放って爆発した。そのエネルギーは恒星すらも一部崩壊させ、そこから発せられたエネルギーは宙族たちとまりにゃんの船を襲ったのだ。その間およそ5分。うるにゃんはそれを考慮に入れて会話して引き延ばしをしていたのだった。


「敵船、エンジン損壊。行動不能です」

「死傷者は?」

「負傷者多数ですが、死者は出ていない模様。本線側に被害はありません」

「なるほど、宙族のお頭さん、救助を呼ばないと、うちもそちらも命はないようですがね」

「うぬぬぬー―」


 まもなくして、救助船が到着した。


「君の幸運には本当に感心するよ」


 うるにゃんの皮肉交じりの呼びかけに、まりにゃんはにっこり笑った。


「えへへ」


 ちなみに、まりにゃんの船は甚大な被害を被ったが、宙族たちを捕らえることに貢献したことで報奨金が出て、収支はプラスになった。ご褒美ということで、彼らは新造船に乗り換えることとなったのであった。


「災い転じて福となす、か」

「私のおかげよね」

「うーん、まあそうね」

「ね、じゃあご褒美にキスして」

「なんでそうなるのよ」

「えー」


 というわけで、うるにゃんとまりにゃんは、明日もまた、宇宙船乗りを続けるようです。


連作短編なので、なるべく前の話を見なくても楽しめるようにと考えつつ書いてますが、いろいろ難しいですねー。

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