真相と反省
結城さんの妹は、学生時代、大石さんと付き合っていた。大石さんから告白される形で、交際が始まったという。
妹さんは、大石さんの趣味で、それまで好きではなかった黒い服やマスクを身につけさせられた。それでも、妹さんは大石さんを愛してたから、必死でそれに応えていた。――でも、大石さんが、妹さんに別れを切り出した。
「他に好きな人が出来た」
酷くフラれた妹さんは精神を病み、自殺未遂をした。
場所は、大石さんの友人が住んでいるあのアパート。その屋上。
二階建てだということもあり、幸い命に別状は無かった。だが、当たり所が悪く、一生歩けない身体になってしまった。
大石さんは、その事は自分とは関係無いと言って、妹さんの見舞いにすら行かなかった。
姉である結城さんは、大石さんが許せず、密かに復讐の時を狙っていた。
そして、大石さんが友人に車を貸している事を知った。
妹を酷い目に合わせ、まだこの町に住み続け、別の女に手を出している。しかもその女は、妹が自殺未遂をしたあのアパートに住んでいる……。
勘違い等の様々な条件が重なり、結城さんは犯行に及んだ――。
「……なるほど、そういう事だったんですね」
パトカーに乗る結城さんの後ろ姿を見て、仲西はそう呟いた。
「でも、どうして、大石さんはこの町に住み続けていたんでしょう? 面の皮が厚かったんですかね?」
「いや、大石さんには、考えがあったんだ」
「考え?」
堺さんを居酒屋に呼ぶ少し前、胸ポケットの彼女に言われて、大石さんがいる病院に行った。
「気になる事があったんだ。相手は、マスクやサングラスで顔を隠していたけど、色を全て統一させていた。どうしてそんな事をする必要があったんだろう? 被害者と何か関係があるのかもしれない。と思ってね」
確かに、サングラスはまだしも、マスクまで同じ色にする必要があったのだろうか?
大石さんは、大事を取って入院することになっていた。
怪我人に話を聞くのは気が引けたが、仕方がない。
「マスクまで黒だったんですよね? 何か、心当たり、ありませんか?」
「……わからない、です」
病室のベッドに横たわる大石さんは、少し間を置いて答えていた。
今思えば、彼は、犯人が誰なのか、わかっていたのかもしれない。でも、言い出せなかった――。
「刑事さん、犯人捕まったら、裁判とか、やるんですよね」
「そうですね」
「あの……減刑とかって、されるんですか?」
「それはまだわかりませんが……何故、そんな事を?」
「あ、いや、気にしないでください……」
「……減刑の事に関してはわかりませんが、もしかしたら、引っ越した方が良いかもしれないです。言いにくいのですが、刑期を終えて、出てきた犯人に、またやられてしまうかも……怨恨の可能性があるので」
「いやっ! それはっ……出来ないです」
「何故ですか?」
彼は、少し口ごもって答えた。
「……俺、あの町の人達に、悪い事ばかりしてて……あの場所で、償いたいんです。弁償とか、全部母に任せていたんで、せっかく就職先を見付けたんだから、自分で金稼いで、ちゃんと金返したくて……でも、みんなに言ったら、良い子ぶってるって言われそうだったから、母にも内緒で――」
つまり、こういう事だ。
「大石さんは、あえてこの町に残り、自分の力で、今まで迷惑をかけてきた人達に謝罪をしたかった。でも、それには、まず稼ぎがなければ話にならない。車は、たまたま友人が仕事で必要だったから貸していただけ……内緒になんかせず、初めからキチンと謝罪や弁償の旨を伝えていれば、こんな事にはならなかったのかもしれないな……実際、必要な金が貯まるまで、後少しだったらしい」
「減刑の事を訊いたのは、自分の所為で、結城さんがあんな事をしたから、これ以上負担を掛けないため……」
「今更そんな事をしたところで、怒りは治まりませんけどね」
俺達の会話を聞いていた、堺さんがそう呟いた。
「堺さん……これから、どうするんですか?」
仲西の質問に、ため息をついて答えた。
「……大石を待ちますよ。反省の意思があるようですからね! ちゃんと聞いてやらないとこっちが悪者になりそうだ。にしても、カッコつけて内緒にするなんて……みんなに知らせないと!」
それでは、と言って、歩いていった。
「にしても、赤石先輩、名推理でしたね。普段はああいう事、あまりありませんよね?」
「ん? あ、ああ……まぁな」
全て胸ポケットの彼女の推理なんだがな……。
「それじゃ、先輩、僕達も戻りましょうか」
「いや、もう一度現場に行きたい」
「えっ? ……良いですけど、何かあるんですか?」
「ちょっと、用事があるんだ」
というわけで、現場に戻ってきた。もう夕方になっている。
「ここで待っててくれ。すぐ戻るから」
仲西をその場に残し、路地に入った。
病院を出た後、彼女に頼まれていた。
「この事件が解決したら、私と最初に会ったあの路地まで連れていってもらってもいい?」
その頼みに、すぐに了承する事が出来なかった。
「それは、何故なんだ?」
「これ以上、あなたと一緒にいるわけにはいかない。迷惑にもなっちゃうし……」
「……わかった」
一度は納得した。いや、無理矢理、自分に納得させようとした。
でも、やっぱり、納得出来ない。
「着いたぞ」
背広をめくり、胸ポケットを広げる。
「ありがとう。地面に下ろして」
指示に従い、彼女を掌に乗せ、そのまま地面に下ろした。
「今日は、ありがとう。人間と事件の捜査なんて、初めてだったから、良い経験になったよ」
俺を見上げて、笑っている。
「……本当に、良いのか?」
「え?」
困惑する彼女を見て、彼女が持っていた携帯電話を取り出した。
「今朝も言ったが……後わずかしか電池が無い。連絡が取れるのも後何回あるかわからないんだ。これは提案なんだが、せっかく知り合ったんだから、俺が住む場所を探そうと思うんだが……どうだ?」
俺の言葉を聞いて、彼女はポカンと口を開けていた。
「……大丈夫」
だが、そう呟いた。
「電池は、何とかする。電池の事だけじゃない。これまでだって何だかんだ遣り繰り出来てたんだから、大丈夫だよ」
それはまるで、自分に言い聞かせているようだった。
「だから……ね?」
「わかった……」
携帯を開き、彼女の近くに置いた。
「力を貸してくれて、ありがとう。捜査の基本を学んだ気がする。また機会があれば、一緒に捜査がしたい」
「うん。……じゃあね」
手を振る彼女を見て、立ち上がり、路地を出た。