潜入捜査
根岸さんを他の警官に任せ、連行してもらった。
「パワハラ社長に、その社長夫人と不倫関係の社員、更に、社長を陶酔するあまり、殺人まで犯した社員……あの会社、再起は難しいだろうな」
パトカーを見送りながら、呟いた。
「そうですね……そういえば、パワハラの音声データの入ったボイスレコーダーですけど、どうやって手に入れたんですか?」
「それは……拾ったんだ」
「どこで?」
「治田さんの車の中で、だ」
「鑑識からは、そんな報告ありませんでしたが……」
照井は首を傾げているが、本当は違う。
りまに言われて、向後さんと社長夫人の不倫を暴いた後、りまに会社に戻るように言われた。
「照井刑事は、治田さんや向後さんの机は調べてたけど、ロッカーは調べてなかったよね……もしかしたら、何か理由があるのかも。犯人が、治田さんから鍵を奪ったとか、マスターキーが無かったとか」
「ロッカーに、何かあるのか?」
「ドライブレコーダーだよ。もし犯人が社長さんなら、家も近いし、すぐに破棄したり、隠蔽することはできるけど、もし根岸さんが犯人なら、どこかに隠し持ってるかも。ほら、機械に弱いって、向後さんも言ってたし……出社してから一度も会社から出てないみたいだし、あるとしたら、今言った治田さんのロッカーかな……わざわざ自分のロッカーや車に、証拠の品をしまうことはないと思うし。だから、治田さんのロッカーを調べさせてほしいんだ」
「なるほど、また潜入捜査か」
「うん、ロッカーなら、私が入れる隙間も、どこかにはあると思うから……」
というわけで、会社に戻った後、すぐにオフィスには行かず、ロッカールームへ向かった。
思った通り、治田さんのロッカーの背面に、りまなら出入りできそうな空気穴があった。
「気をつけるんだぞ」
「うん、何かあったら知らせるね」
りまが中に入って数分後、何かを握りしめて、空気穴から出てきた。
「見つけたよ、決定的な証拠! 暗くてよくは見えなかったけど、中に壊れた機械みたいな物があって……レンズとかがついてたから、ドライブレコーダーかも。私の指紋がつくかもしれないから、持ってくることはできなかったけど」
「じゃあ、この中に、犯行の瞬間を映したデータがあるかもしれないんだな」
「うん、だから、ちゃんと開けてもらって、取り出した方がいいと思う……あ、でも、これは持ってきたよ」
そう言って差し出したのは、りまの掌に乗った小さな何か……俺にはよく見えない。
「あ、ちょっと待って、戻すから」
手をかざすと、一瞬で俺の掌のサイズに膨らんだ。
「これは……ボイスレコーダーか」
USBタイプのボイスレコーダー。再生すると……先程聞いたような、白本社長のパワハラの様子が記録されていた。
「これは推測だけど……」
胸ポケットに戻るなり、りまが言った。
「治田さんがあの時間に会社にいた理由は、パワハラの証拠を掴むためだと思う。犯人に呼び出されたか、それとも張り込みでもしてたのかは、わからないけど……それで、犯人が治田さんを殺害して、ドライブレコーダーを治田さんのロッカーにしまったんだよ」
「そういうことか……だが、ロッカーの中にドライブレコーダーがあったのはわかったが、それを根岸さんがしまったという証拠はないぞ。治田さんのロッカーの鍵を、根岸さんが持っているところでも見つけないとな……」
「持っているところ、ね。それって、根岸さんの持ち物から、ロッカーの鍵が出てくればいいってことでしょ? だったら、次は根岸さんのロッカーを調べさせてよ。鍵があるかも――」
というわけで、次は根岸さんのロッカーを調べてもらったが、何も収穫はなかった。
「ということは……省吾、後でみんなの前で、向後さんの不倫の件と、根岸さんの殺人の件を話すと思うから、その間に私が、根岸さんの机を調べるよ。多分、引き出しの何処かに、鍵を隠してると思う」
「どうして、引き出しにあると思うんだ? 照井が、持ち物は全て調べたと言っていたはず……」
「それって、引き出しの中とかでしょ? 鍵って私くらいの大きさで、小さいから、どこかに貼り付けたりして隠すこともできると思う。ロッカーの中には怪しいものは無かったから、多分、あるなら机だよ。重要な証拠の品ほど、自分の近くにあれば安心できるし」
「そういうことか……って、ちょっと待ってくれ、まさか、また二手に別れて行動するのか?」
「え、そうだけど」
何か? とでも言いたそうに、首を傾げている。
「……」
思わず黙ってしまったが、それをどう捉えたのか、りまは自信たっぷりに言った。
「大丈夫だよ、この前だって、何とかなったんだから」
「……わかった」
あまり引き止めるのは、りまを信用していないと思われそうだ。心配は心配だが……仕方ない。
その後、俺は照井を含めたみんなの前で先程の推理を披露した。その時、ちょうどいいタイミングで、鍵が根岸さんの机から落ちた。恐らく、りまが落としたのだろう。それを拾うタイミングで、りまが視界に入ったため、鍵ごと回収した。根岸さんにはバレていなかった……と思う。
結局、今回も、りまに頼って事件を解決した。
「照井、そういえば、向後さんの車を映した防犯カメラの映像……映像を借りればよかったのに、何故画像だけ持ってきていたんだ?」
「ああ、それは……あれだけでも十分かな、と思いまして」
「ロッカーも、そこまで調べなくてもいいと言っていたな。……それだけで、向後さんを犯人と?」
「あれは、引き出しに凶器があったからで……」
「とはいえ、いくらなんでも調べなさすぎだ。刑事としてどうなんだ……手錠をかけた経験があるんだろう?」
「あ、それは、先輩が逮捕した犯人に、私が手錠を……」
「つまり、君が逮捕したわけではないんだな」
まあ、確かに、手錠をかけたことはある、と言っていただけで、逮捕したことがあるとは言っていない。
「今回、君は早とちりをした。誤認逮捕目前だった。それについてはどう思う?」
「申し訳なかったと思います。張り切りすぎた、と言いますか……」
俯いてそう呟く様子を見て、反省は十分にしていると判断した。
「わかってくれたならいい。俺も初めはそうだった……今後、気をつけよう。……俺達も戻ろうか」
「はい」
照井を助手席に乗せ、俺は運転席に座った。
「そういえば、課長が話していたんですが、赤石刑事は、仲西刑事に運転をさせていたそうですね」
シートベルトを締めながら言った。
「させていた、というのは違う。仲西が俺に運転させたくないと言って、運転席を譲ってくれないんだ。以前、仲西を助手席に乗せて運転してたら、信号無視の車がいて、止まるように言っても止まらなかったから、ドリフトかけて前に回り込んで停車しただけなんだが……ん?」
俺も締めようとしたシートベルトのバックルを、何故か照井が掴んでいた。
「……私も」
「どうした?」
「私も、赤石刑事には運転させたくないです。今すぐ降りて替わってください」
「え……」
俺の返事を待つ前に、照井が車を降りて運転席の扉を開けた。
「どうしても、か?」
「どうしても、です」
そう言う照井の目は、俺に運転させまいと誓った仲西と同じ目をしていた。




