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刑事の俺と小人の君  作者: 颪金
刑事編 第五「代理の刑事」
40/43

真相

りまに言われてあることを調べた後、照井のいるオフィスに戻った。時間は午後四時。空がオレンジ色に染まっている。

「やっと戻ってきましたか。で、どうでした?」

手錠を手にした照井が言った。……令状がないと、逮捕はできないはずだが……鋭い、と思った俺の評価は間違いだったのかもしれない。

「まず……向後さんのアリバイ、証明できそうだ」

「アリバイですか……どんな?」

「君が持ってきた、防犯カメラの画像に写っていた白い車。恐らく、向後さんの車で間違いない。だが、行き先は会社ではない」

「では、どこに行ったんですか?」

「それは……社長の家だ」

そう答えて、照井に見張られていた向後さんに近付いた。

「向後さん、あなたの口から言ってください。社長の家に、何をしに行ったのか……このままでは、殺人犯になってしまいます」

俺の言葉に、向後さんは項垂れた。

「……社長の奥さんと、不倫してました」

向後さんは、半年前から、社長夫人と不倫関係にあった。

その日も、社長命令で夜遅くまで残り、家には帰らず社長夫人と会い……一緒に過ごした後、午前四時に白本社長にバレないように、慎重に夫人を家に送り届け、帰路についた。その際に、例のコンビニの前を通りかかったそうだ。これは、りまが立てた仮説に近いものだった。

「さっき、社長の家の向かいにある家の住人に確認させてもらった。幸い、防犯カメラがあったから、はっきり映っていたぞ、向後さんの車から、社長夫人が降りてきているところが」

「そんな……じゃあ、この凶器は?」

向後さんの机の、鍵のかかった引き出しの中にあった、血のついたロープ。これは誰が入れたのか。

「まず、向後さんが犯人ではないとすると、引き出しの中にロープがあるのは不自然だ。誰かに罪を擦り付けられた、ということになる」

「擦り付けられた?」

「その説明の前に、この事件、解明しないといけないことがいくつかある。殺人を犯したのは誰か、ロープは誰が入れたのか、何故治田さんは、午前三時から五時の間という早い時間に、この会社に来ていたのか……それの他に、殺害後、車の扉が開けたままになっていた理由と、荒らされていた車内、君がさっき電話で伝えてくれた、車内にあった治田さんではない人物の髪の毛……向後さん、もしかして、遺体を見つけた後、車内にある何かを探していたんじゃないですか?」

向後さんは、震える手を握りしめ、小さく頷いた。そして、ポケットからあるものを取り出した。

「車の扉が開けたままになっていて、おかしいと思って近付いたら、助手席や後部座席にこれが撒いてあって……」

それは、写真の束。全て、向後さんが社長夫人と一緒にいるところを、隠し撮りされていたものだ。

「こんなの、バレるわけにいかないです。社会的に、終わってしまいますし……だから、他にも無いか、車の中を探してました……髪の毛、多分、僕のです」

「どうして、言ってくれなかったんですか」

「言えるわけ、ないじゃないですか」

照井の言葉に、弱々しく反論した。アリバイになるとはいえ、現場に行かずに不倫していましたとは、さすがに言えない。

「話は、わかりました……まず、犯人だと決めつけたこと、お詫び申し上げます」

深々と、頭を下げた。

「自分からも、お詫びします。よく言って聞かせますので」

俺も頭を下げた。向後さんはほっとしたように、「もう、いいですよ」と呟いた。


さて、真犯人は誰なのか。

「扉が開けたままになっていた件と、写真の件、ロープの件を考えると、やっぱり、誰かに罪を擦り付けられたということに……でも、誰がそんなことを? そもそも、引き出しの鍵は、どうやって開けたんですか? というか、午前三時から五時の間にこの会社にいた理由も、まだわかっていないです」

「ああ、それはだな――」

「刑事さん、まだやってたんですか」

俺が説明しようとすると、白本社長がオフィスに現れた。

「他の社員が話してましたよ、向後が犯人らしいじゃないですか、さっさと連れて行ってくださいよ」

嘲笑いながら言った。

「それはできませんね、向後さんは犯人じゃないです」

「へえ、じゃあ誰が犯人なんです?」

「その前に、今回の事件の犯人の動機、正確には動機の一部ですが、あなたのパワハラが影響しています」

「パワハラ? 私が?」

何のことかわからない、とでも言いたそうに、首を傾げた。

「勤務時間外の労働や、残業代の未払い、学歴や出身地の差別は、パワハラになる可能性が高いです。その態度も、改めるべきだとは思いますが……」

こほんと咳払いをした。今はそんな事を言っている場合じゃない。

「治田さんは、あなたのパワハラの証拠を、揃えようとしていたみたいですよ」

俺は背広の内ポケットからあるものを取り出した。それを見て、向後さんは「あっ」と声を上げた。

「それ、治田が持ってた、ボイスレコーダー……」

そう、USBタイプの、ボイスレコーダー。向後さんは、それに何が記録されているのか、知っているようだった。

再生すると、雑音に混じって、白本社長の音声が聞こえてきた。


『どうしてこんな簡単な仕事ができないんだ? これだから高卒は、だめなんだ――』

『残業代を支払え? 舐めた口を聞くな、今すぐお前をクビにしてもいいんだぞ!』

『お前の休日なんざ知ったことか、俺のために動いていればいいんだ!』


……他にも色々とデータが入っていたが、そこまで再生したところで、白本社長が声を上げた。

「誤解ですよ、ちょっと説教してやっただけじゃないですか。これだから最近の若者は……」

「そうですか。まあ、パワハラの件は、警察の仕事ではないので、置いておきます。問題は、このデータを治田さんが持っていたことです。これを持っていたから、口封じに殺害されたんです。恐らく、他にもデータはあったと思いますが、残念ながら、犯人に処分されてしまったようですね。……俺達の目の前で」

「もしかして……」

照井が、ある人物の机の上にある卓上シュレッダーに視線を移した。

「治田さんを殺害し、向後さんにその罪を着せようとしたのは、根岸さんです」

名指しされた根岸さんは、驚くことなく、堂々としていた。

「刑事さん、そっちの刑事さんも言っていたと思いますけど、机の引き出しには鍵がかかっていたんですよ。それは、どうやって開けたんです?」

「普通に、鍵を複製すればできます」

その時、カラン、と何かが落ちた音が響いた。

場所は、根岸さんの机……床に、何かが落ちていた。

「これは?」

「あっ」

根岸さんよりも先にしゃがんで、拾い上げ、よく見ると、持ち手がベタついている二つの鍵だった。一つはオフィスの隣の部屋にある社員用ロッカーの鍵のようだ。持ち手に『治田 ロッカー』と書かれたテープが貼られている。もう一つは真新しい鍵で、どうやら事務机の鍵のようだ。

「これ……今、あなたの机から出てきましたね」

試しに、二つ目の鍵を向後さんの机の引き出しに刺して回すと、鍵がかかった。

「一つは向後さんの机のもの、もう一つは治田さんのロッカーのもの……どうしてあなたが、これらを持っていたんですか?」

「そ、それは……」

「ちょっと待ってください」

照井が割って入った。

「さっき、私が持ち物検査をした時は、鍵なんてありませんでしたよ」

「鍵をよく見てくれ、妙にベタついている。もしかしたら、引き出しの裏にでも貼られていたのかもしれないな」

それなら、持ち物検査では見つからないだろう。

「ところで……照井、治田さんのロッカーを調べたか?」

「い、いえ、調べていないです。そこまでは必要ないと思いまして……」

気まずそうに言った。……まあ、その話は後でしておくとしよう。

「……少し、調べてみるか」

向後さんや根岸さんにも同席してもらい、治田さんのロッカーを開けると、開けてすぐ、あるものが降ってきた。

「うわっ……こ、これって」

向後さんが声を上げた。そこにあったのは、壊れてコード類が剥き出しになったドライブレコーダーだった。

「慌てて入れたんでしょうね、中の物も少し荒らされています」

替えのシャツや日用品などが、倒れていたり落ちていたりと、散らかっていた。

「これ、本体は壊れていますが、データは生きてますね。向後さん、パソコンをお借りしても?」

「わ、わかりました」

許可を取り、パソコンに繋いでデータを再生してみた。

時間は午前三時二十五分。初めに映っていたのは、治田さんの自宅と思われるマンションと、運転席に乗り込む治田さん本人。音声もしっかり記録されていた。


『根岸君、社長に呼び出されたって本当?』

次いで、根岸さんの声も聞こえてきた。

『はい、急いで来てください』

『わかった、僕もすぐ行くから、とりあえずそのまま言うことを聞いてて、これも立派な証拠になるから』

ハンズフリーで電話をしながら、会社へと車を走らせていく。

三十分後、会社に到着した。駐車場に根岸さんが立っている。

『根岸君! 社長は? 呼ばれたんじゃないの?』

エンジンをかけたまま、治田さんが車から降りた。

『社長、ここにはいないですよ』

『え、どういうこと? 呼ばれたって聞いたから来たんだけど……でもいないなら、いいか。送ってくから、車に乗って……うっ!』

根岸さんが、車の助手席側の扉を開けようとした治田さんの首を絞めた。

『社長はパワハラなんてしていない。あの人は俺の恩人だ! 邪魔するんじゃねえ!!』

根岸さんの怒号。苦しそうな呻き声。映像を見ていた向後さんが顔を背けた。

絶命した治田さんをその場に倒し、車のシートに紙のような物を撒いている。不倫現場の写真だろう。

そして、ドライブレコーダーを乱暴に外し――映像が途切れた。


「恐らくこの後、治田さんが持っていたロッカーの鍵と、会社の鍵を持ち出したしたんですね。そして、ドライブレコーダーをロッカーにしまい、向後さんの机に、予め複製していた鍵を使って引き出しを開け、凶器を隠した。そして治田さんの遺体に会社の鍵だけを返して、何食わぬ顔で出社した……」

ドライブレコーダーという、動かぬ証拠がある。もう言い逃れはできない。

「ロッカーまで調べられるとは思わなかった……うまくいくと思ったんだけどな」

根岸さんは、深く、ため息をついた。

「俺、機械に弱いんですよ。ドライブレコーダーとかボイスレコーダーとか、よくわかんなくて……後で何とかしようと思って後回しにしてたら、まさかそれが証拠になるなんて」

「根岸、どうしてそんな……お前だって、社長に……」

向後さんが社長を横目で見ながら、気まずそうに言った。

「パワハラのこと? 社長の奥さんと不倫してた人が何言ってんの?」

その言葉に「お前、何やって……!」と、社長が向後さんを睨みつけた。

「社長は、俺の恩人だよ。俺は社長を護ったんだ。俺の周り、昔からしょうもない奴らばっかりでさ、毎日遊んでるようなヘラヘラした奴らばっかりで、せっかく入った大学もくだらない場所で……底辺の大学を卒業して地元の会社に就職しても、やりがいのない仕事ばっかりで、上司はくだらない仕事しか回さないし、同期や後輩は、ちょっと圧をかけたくらいで辞めてくし……終いにゃ俺がパワハラ扱いでクビだよ、ふざけた会社だった。でも白本社長は、俺を会社にスカウトしてくれた。仕事中も休日も問わず、仕事くれるし、やりがいだってある。やりがい貰えるなら金なんていらないだろ? ろくでなしの親や学校の悪口も、俺の代わりに言ってくれる。こんな素晴らしい人をパワハラで告発なんておかしいだろ、お前等が堪え性の無い甘えた人間なだけじゃねえか!!」

がん、と机を蹴った。大きな音がして、引き出しがへこんだ。

「……根岸さん、続きは署で聞きます」

照井が根岸さんを連行する。その時、根岸さんが振り返って白本社長を見た。

「社長、俺は必ず戻ってきますからね、待っててください!」

根岸さんは笑っていた。目尻に皺を寄せて、歯を剥き出しにして……満面の笑みだった。

「……」

白本社長は、青ざめた顔で硬直し、額に汗を掻きながら、連行される根岸さんを見つめていた。

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