居酒屋で聞き込み
現場から車で十分程離れた場所にある居酒屋に来た。
既に来ていた他の刑事の話によると、二人は犯行を否認しているという。
一人目の酒屋の男性は、七時半頃は自分の店にいたと言い、もう一人の居酒屋経営の女性は、その時間は午後の開店に向けて準備をしていたと言うが、二人とも証人はいないという。
「酒屋は現場とは近いのか?」
「車で五分位と言ってたそうです」
アリバイはないし、ここから現場への距離もそう遠くは無い。二人にも犯行は可能、ということになる。
「一応、話を聞いておくか」
「はい」
まずは一人目、酒屋経営の男性、堺真澄さんから話を聞く。
「えっと、さっきも言ったんですけど、七時半頃なら、ここに酒を届けるために、自分の店で準備をしていました。証人はいませんよ、一人でしたから」
「でも、店内に防犯カメラとか、無いんですか?」
「いや、ありますけど、映らない場所で作業していたんでねぇ。一応見てみます?」
「じゃあ後程……被害者の大石さんに対して、恨みを持っていたりしますか?」
「ああ、あの野郎、学生の頃、自転車でうちの店の扉に突撃して壊しやがったんですよ。修理費用は奴の親が持ったんですが、当の本人は反省の色一つ無くて……今思い出しても腹が立ちますよ」
「なるほど……」
「まぁ、腹が立つからって、今更襲ったりはしませんけどね……」
続いて、居酒屋経営の女性、結城紀子さんに話を聞く。
「さっき言ったじゃないですか。七時半頃は開店に向けて準備をしていたって」
「ちなみに、開店は何時からですか?」
「午後四時からです」
「え、それで、この時間から準備を?」
「ええ……いけませんか?」
「あ、いえ……大石さんには、何か恨みを?」
「そりゃあもう! 腸煮えくり返るくらい酷い事されたわよ!」
「ぐ、具体的には何を?」
「あいつは元々、妹の彼氏だったの。でも、他に好きな人が出来たとか言って、こっぴどく振ったのよ。おかげで妹、数日間寝込んじゃって……大変だったんだから!」
「そうだったんですか……」
「とは言っても、付き合っていたのは、妹もあいつも学生だった頃だから、大体十年も前……今更復讐したりなんて考えませんよ」
粗方聞き終えたところで、店を出た。
「双方、共に、被害者に恨みがあるようだが……決定打が無いな」
「一つわかる事は、被害者は学生時代、かなりヤンチャだった、ということですが……」
「ヤンチャだったにしてもな……あの二人には動機が無い。仮に復讐だったとしても、十年近く経って今更復讐っていうのは変だろう」
「それもそうですね……」
と、その時、胸ポケットから小さな衝撃を感じた。彼女が呼んでいるようだ。
だが、仲西の前で彼女を出すわけにはいかない。
「仲西、さっきの酒屋の男性が言ってた防犯カメラの映像を見てきてくれないか?」
「わかりました」
走り去って行った。
……さて。
「どうした?」
背広を広げて中を覗いた。
「被害者がこの近辺に来たのって、車を貸していたから、だったっけ?」
「ああ、友人に貸していた車を返してもらって、それから仕事に行くと言ってたらしい」
「じゃあその友人の事も詳しく調べてみて」
「……わかった」
色々疑問は残るが、さっそくその友人のところへ向かおう。
――と思ったのだが、仲西に鍵を預けっぱなしだったので車に乗る事も出来ず、徒歩で向かうことになった。
「そういえば、被害者の家もこの付近にあるの?」
「確かそうだったな。今から向かう友人の家とは反対方向にあるが……それがどうかしたのか?」
「いや、学生時代に色々事件を起こしたのに、まだこの街に住めてるんだと思って」
「親の都合で引っ越せなかった、とか?」
「だとしてももう二十代後半だよ? 独り立ちしてても良い年齢だし……」
「それもそうだな……」
と、ここで、さっき浮かんだ疑問をぶつけてみよう。
「ところで、君は何故、被害者の友人の所へ向かおうなんて言い出したんだ? この事件に関係あるとは思えないが」
「関係無いと思っている、その発想が間違いだよ」
ハッキリ言った。
「それはつまり……どういう事だ?」
「被害者が襲われた前後の時間、関係ありそうな人物は徹底的に調べる。たとえ無関係と思われそうな人でも、調べた方が良いって事」
「……なるほど」
情報収集において詰めが甘い。
検挙率が低くなった原因の一つかも知れない。
「ここが、被害者の友人の家だ」
たどり着いたのは、居酒屋から十分ほど歩いたアパートだった。ここの、二階に住んでいるらしい。
部屋の前まで行き、インターホンを鳴らす。
「はーい」
出てきたのは、若い女性だった。
「こういう者です」
警察手帳を見せると、女性は驚きつつ「もしかして、ニュースに出ていたあの事件で?」と訊いてきた。
「ええ、まぁ……大石さんのご友人で、間違いないですね?」
「はい。普通の、友達です」
「車を借りていたという話ですが……」
「確かに借りていました。今は駐車場に止めてありますが……見ますか?」
「じゃあ是非」
被害者の友人は男性だと思っていた。思い込みというのは恐ろしいものだ。
「この車です」
駐車場にて、女性が示したのは、普通の白い軽自動車だった。
外見から判断して、別におかしなところはない。
「もうよろしいですか? 彼のお見舞いに行きたいので……」
「あ、はい。ありがとうございました」
そう言うと、早歩きでアパートへと戻って行った。
「ということらしいが……ん?」
ふと背広を広げて中を覗くと、彼女はポケットの内側――俺の胸に身体を密着させていた。
「……何してるんだ?」
「いや、何か聞こえるなーと思って」
「え? ……もしかして、心臓の鼓動の事か? そりゃ聞こえるだろう、そこにいたら」
「まぁそうなんだけどね……」
……で。
「今の話を聞いて、どう思った?」
「私の話を聞く前に、あなたはどう思ったの?」
そう来たか。
「友人が女性だったということに若干驚いた以外は別に……車も普通の軽自動車だったし――」
その時だった。
背広のポケットに入れていた俺の携帯電話が鳴った。
「はい、赤石です」
「ちょっと先輩! どこ行ってるんですか! 居酒屋で待ってると思ったのにどこにもいないし!!」
俺は基本、自分の電話の相手は確認せずに出てしまう。悪い癖で、いつか直さなければいけないとは思っているが……相手は仲西だった。
「ああ、すまない。ちょっと場所を移動していた」
「じゃあ場所を教えて、そこで待っててください。今から迎えに行きますんで……絶対ですよ!?」
「わかったわかった」
場所を伝え、電話を切って、その場で待つことに。
「あ、あのー」
ふと、後ろから話しかけられた。
振り返ると、そこにいたのはエプロンをつけたパンチパーマの四十代くらいの女性と、二十代くらいの若い女性だった。多分どこかの主婦とその娘だろう。
「何か?」
「あなた、刑事さん?」
主婦が訊いてきた。
「そう、ですけど……なぜ自分が刑事だと?」
「だって、さっき、向こうの交差点で捜査してたから」
「ああ、それで……」
「事件の犯人、捕まったんですか?」
ワクワクしながら聴いてきた。野次馬の延長か……。
「捜査の内容は教えられないんです。申し訳ありません」
「えー、ちょっとくらい良いじゃない。みんなにも教えたいし」
サラッと何を言ってるんだこのおばちゃん。
「ちょっとお母さん、駄目だって」
さすがに娘が止めに入った。
「別にいいじゃないの。で、どうなの? 犯人の人相とか、何も報道されてなくて……あなたなら、知ってるでしょ?」
「すいません、本当に無理なんです」
「……もう、仕方ないわね」
不機嫌そうに去っていった。
「すいません、ご迷惑をおかけしてしまって……」
娘がその場に残って、頭を下げてきた。
「あ、いえ、気にしないでください」
「うちの母は噂好きなもので、すぐ周りの人に言っちゃうんです。昨日だって、近所の居酒屋のおばさんに被害者の男性の事を話していましたし……」
「居酒屋の、というと、結城さんですか?」
「ええ。被害者の……大石さん、でしたっけ。あの方が、女性の家に車を止めた、とか何とかで。私は興味無かったので、詳しくは聞いていないのですが……その事を、結城さんに言いに行かなきゃ、って言ってました」
じゃあ私、これで失礼します。と言って、おばちゃんが去った方向へ走って行った。
「ああいうのも最近多いんだよな……」
「ねえ、ちょっと!」
ポケットの中の彼女が呼んできた。
「何だ?」
「さっきのおばちゃん、もしかしたら重要な人物かもしれない」
「え、あの人が?」
「うん。後でさっきの二人に、私が今から言う事を訊いてみて」
「……わかった」
その時、後ろからクラクションが聞こえた。
「先輩、迎えに来ましたー」
俺の車に乗った仲西だった。
「署に戻りましょう。乗ってください」
「いや、例の居酒屋に戻る。二人はまだいるんだろう?」
「いえ……連絡先だけ聞いて、帰しちゃいましたけど」
「……じゃあまずは居酒屋に向かおう」
助手席に乗った。
「まだ何かあるんですか?」
「ああ。ところで、監視カメラの方はどうだったんだ?」
「店主が言った通り、映ってはいませんでした」
「なるほどな」
居酒屋へと戻って来た。
「え、あの……まだ何か?」
怪訝な表情をされてしまったが、とりあえず、さっき彼女が言っていた事を訊いてみよう。
「実は、訊きたい事がありまして……この近辺に住んでいる、四十代くらいのパンチパーマの主婦に、最近いつお会いしましたか?」
「え? ああ、あの人? 最近会ったのは……二週間前かしら」
「お会いした時、何か話されましたか?」
「普通に、世間話ですけど……それが何か?」
「あ、いえ……ご協力ありがとうございました」
次に着いた酒屋でも、同じ質問をしてみた。
「え? パンチパーマの? あの人なら、つい昨日、ここに来ましたよ」
「それは、どういった用件で?」
「どうもこうも……大石の事ですよ。『あの男が、女性のところに車を置いて行った。きっと彼女だ。明日、車を取りに来るらしい。』って……あの人、うちの扉の騒ぎを知っているから、あの男が何かしたら、何でもかんでも逐一報告に来て、正直うんざりしているんです……」
「なるほど……わかりました。ありがとうございます」
酒屋を出た。
「……先輩」
「ん?」
「さっきの質問、何なんですか?」
「いや、気にしないでくれ」
「気にしないでくれと言われましても……」
彼女から話を聞くためにも、また仲西を遠ざける必要があるな……。
「そうだ、仲西。さっき話していた四十代くらいのパンチパーマの女性がどこに住んでいるか、調べてくれないか?」
「え? ……いいですけど、何か関係はあるんですか?」
「事件が起きる前日、被害者の事に関して、酒屋の主人と話をしているんだ。関係ないとは言い切れないだろう?」
「それもそうですね……わかりました。調べてきます」
走って行こうとして、「あっ」と、振り向いた。
「……今度は勝手にあちこち行かないでくださいよ?」
「わかっている」
「絶対ですからね!?」
「わかったわかった」
何度かこちらを振り返りつつ、走って行った。
……何だか、仲西を厄介者扱いしているような気がして、少し申し訳なくなってきた。
「例の質問をしてみたぞ」
周囲を確認して、背広をめくった。
「うん……」
彼女は、腕を組んで、何やら考え込んでいた。
「どうした?」
「ねぇ、背筋を伸ばして気を付けをしてみて。三十秒くらいでいいから」
「え? ……こうか?」
とりあえず、言われた通り、背筋を伸ばして姿勢を正してみる。
何やら彼女が、ポケットの中で、もそもそと動いているような気がするが、きっかり三十秒待って、再びポケットを覗いた。
「――わかったよ、犯人が」
さっきとは違い、笑顔でそう言った。