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刑事の俺と小人の君  作者: 颪金
刑事編 第五「代理の刑事」
39/43

疑惑

再び照井を見送り、社長室へ向かう道中、周囲に誰もいないのを確認し、胸ポケットのりまに小さく声をかけた。

「照井、随分鋭いな……もしかしたら、あまり話を聞けないかもしれない」

わかってはいると思うが、一応、そう声をかけて、社長室へ向かった。

「ああ、うちの社員がね……良い奴だったんですが、残念です」

そう話すのは、社長である白本氏。二十代の時に会社を起こしたやり手社長……と、自分で話していた。今の見た目では、四十代といったところか……。

「ここの社員の向後さんが、朝六時の出勤の際に遺体を見つけたそうですが……そういえば、随分早い出勤ですね」

パワハラと聞いた件は社長には内緒で、とのことなので、改めて疑問に思ったていで訊いてみた。

「奉仕活動ですよ、あいつは仕事の進みが遅くてね、会社に尽くそうとする精神が足りていないと思いまして」

「なるほど……ちなみに、被害者の治田さんは、それよりも前にこの会社に来ていますが、何か心当たりは?」

「ああ、最近たるんでるんで、早く来て仕事始めてろって言っておいたんです。残業させると残業代出さなきゃいけなくなるし、労基がうるさいかなと思って」

「……では、これは皆さんに聞いていることですが、本日の午前三時から五時の間、どこで何を?」

「家で寝てましたよ、当然でしょ」

「それを証明できる方は?」

「妻がいますが……身内の証言は信用に欠けるんでしょ?」

徐ろに、社長椅子の背もたれに身体を預けた。

「刑事さん、早く犯人を見つけてくださいよ、このままじゃ、うちの社員も、まともに仕事ができないです」

「そうですね……尽力します」

社長室を後にし、小さくため息をついた。

奉仕活動、か。白々しいとはこのことだ。いや、もしかして、パワハラの自覚が無いのか?


その時、オフィスから騒ぐ声が聞こえた。

「な、何ですかこれ、僕、知らないです!!」

急いでオフィスに向かうと、慌てている向後さんと、そんな彼を睨みつける照井がいた。周囲の社員が恐る恐る様子を見ている。

「照井、どうした?」

「赤石刑事、犯人は向後さんです。今、机から凶器が出てきました」

そういう照井と向後さんの目の前には、向後さんの机。一番上の、開けっ放しの引き出しには、血のついたロープが入っていた。

「それと、この近くのコンビニの防犯カメラの映像を確認しましたが、午前四時頃、向後さんの車が映っていました」

その言葉と、凶器と思われるロープに、強い違和感があった。

「待ってくれ」

咄嗟に間に入った。

「照井、まずその防犯カメラの映像を見せてくれないか?」

「画像ならあります」

見せてもらった画像には、レジの内部と店内が写っていて、午前四時ちょうどに、画像の隅に見切れている道路に、白い車が写っていた。車種や色は確かに、向後さんのものと同じに見えるが……。

次に、引き出しのロープを確認し、改めて照井に向き直った。

「向後さんを犯人と決めるのは、まだ待ってくれないか」

「何故ですか、ここまで証拠が揃っているんですよ」

「そう言うが、おかしいとは思わなかったか? 君の持ってきたこの画像には、確かに車が写っているが、向後さんの車は、どこにでもある車種と色だろう? ナンバーが写っているわけでもない。同じ車を持つ別人が、たまたまこの時間に通りかかった可能性もある。それに、このロープ、凶器だとしたら、机の引き出しなんてわかりやすいところに、普通入れるか? 俺なら、現場に残すか捨ててしまう。君の判断は早計だと思うぞ」

「この凶器が入っていた引き出しには鍵がかかっていました。向後さんが犯人でないのであれば、どのように鍵を?」

鍵がかかっていたなんて、聞いていないぞ……。

「きっと、何か理由がある……とにかく待ってくれ。この画像とロープだけで犯人と決めつけるのは、信憑性に欠ける。もしかしたら、他に犯人がいるかもしれないだろう? その証拠を持ってくる」

俺と照井を、向後さんは不安そうに見つめていた。

「……夕方まで待ちます。それまで何もなければ、犯人と断定します」

「わかった、そうしてくれ」


オフィスに照井を残し、現場に戻った。

「省吾、随分思い切ったこと言ったね」

りまが、話しかけてきた。こころなしか、楽しそうだ。

「そうだな。なんというか……あのままではまずいと思ったんだ。犯行時刻である午前三時から五時の間に、向後さんのアリバイは確かに無いんだが、あの画像やロープを証拠と言われると、違う気がしてな……だが、他に証拠も根拠もない。刑事なのに、情けないな……」

「大丈夫だよ、防犯カメラの画像とロープは、私もおかしいと思ったから。もっと自信持って!」

とんとん、と胸ポケットの内側を叩いた。

「……ありがとう」

そうだ、俺らしくない。もっと堂々としていなければ。

「夕方までに、どうにかして、他の証拠を見つけないとな」

「夕方ね……燃えてきたよ。ところで、どうして現場に?」

「とりあえず戻ってみたんだ。何か発見があるかもしれないからな」

「そうだね、少し調べてみよう」

現場に止めたままの治田さんの車に近付き、中を覗いた。どこにでもある普通の黒い乗用車だ。

「そもそも、どうしてあの時間に、ここに来てたんだろう?」

「社長命令じゃなかったか? 早めに仕事を始めろって」

「でも、いくらなんでも早すぎじゃない? 社長さんは早めに仕事を始めろとは言ったけど、日が昇る前に会社に来いなんて言ってないよ」

「確かにな……」

その時、背広のポケットに入れていたスマホが鳴った。

「はい、赤石です」

「照井です。たった今、鑑識から報告がありまして……治田さんの車の座席から、治田さんのとは違う髪の毛が出てきたそうです。犯人のものかもしれませんので、今調べてもらっています」

「そうか。……照井、少し気になることがあるんだが」

「何でしょう」

「君は何故、向後さんの机の引き出しを調べていたんだ?」

照井と話をしていて浮かんだ疑問だ。何か、きっかけでもあったのだろうか。

「防犯カメラに、向後さんの車が映っていたからです。何か証拠になるものを持っているのではないかと思い、手始めに机を調べていました。治田さんの机も調べましたが、事務用品くらいしか、出てこなかったので」

「その過程で、凶器と思われるロープを見つけた、と……他の社員や、社長の持ち物検査はしたのか?」

「行いましたが、特に異常はなかったです。……もしかしたら、向後さんの机、他にも何か証拠があるかもしれません。もう少し調べてみます」

そう言うと、俺の返事も待たずに通話を終えてしまった。

「夕方になる前に逮捕してしまいそうな勢いだな……照井はコンビニの防犯カメラに向後さんの車が映っていたから、机を調べたらしい……その防犯カメラの映像、俺達も見てみるか」

「うん……」

りまの態度は、何だが煮え切らないものだった。

「どうかしたか?」

「ちょっと、気になることがあって……でも、今は映像を見に行こう」

会社近くのコンビニの店長に頼み、再度映像を見せてもらった。コンビニの位置は、会社と同じ通りで、約五百メートル、離れている。

午前三時頃から映像を再生し――午前四時頃、一台の白い車が現場の方角とは逆に走っていくのが映っている。車種と色は、確かに向後さんの車に似ているが……運転手もナンバーも映っていない。これだけでは、判断できない。

「この映像、お借りできますか?」

店長に訊くと、快く了承してくれた。

「やっぱり、おかしいよ」

コンビニを出たところで、りまが声を上げた。

「何がおかしいんだ?」

「さっきから気になってたんだけど、どうして照井刑事は、映像じゃなくて画像を持ってきたんだろう。店長さん、映像を借りるの、あっさりオーケーしてくれたのに……それに、あの映像、行きが映ってなかった」

「画像を持ってきた理由は、後で本人に聞いてみるか……行きが映っていなかったのは、道を変えたから、とか?」

「それならどうして、そんなことをしたんだろう……この辺りの地図、ある?」

「ちょっと待ってくれ」

地図アプリを開いてりまに見せた。

「周辺の情報はある? 例えば……通行止めとか」

「いや、特には無いな」

「なるほど……ちょっと待って、考えをまとめるから」

そう言うと、胸ポケットの中に引っ込んでいった。


俺も少し考えよう……防犯カメラには、確かに向後さんのものと似た車が映っていた。だが、向後さんのものとは断定できない。それに、りまが言う通り、行きが映っていない。もし本当に向後さんのものであるなら、何故あの時間にあの場所を通りかかったのか、行きはどうしたのか……。

「うーん、気になることが多くて、まとまらない」

りまが言った。彼女でも苦戦する事件らしい。

「何が、他に気になるんだ?」

「治田さんの車、遺体を見つけた時、扉が開いてたんだよね? それが気になって……防犯カメラの車の件は、私の中で何となくだけど、仮説を立てたから」

「仮説って、どんな?」

「それはまだ言えない、あくまでも仮説だから。もう少し調べたら、教えるよ」

「……わかった」

気にはなるが、りまがそう言うなら、あまり訊かないでおこう。

「向後さんは、治田さんの車の扉が開いていたから、おかしいと思って近付いて、遺体を見つけた……逆に言えば、扉が開いていなかったら、遺体を見つけることはなかったってことだよね。どうして、扉は開けたままになってたんだろう?」

「確かにな……」

犯人が開けたのか、治田さんが今際の際に逃げるつもりで開けたのか……謎がまた増えてしまった。

「それに、車の中、荒らされてたけど、金品は取られてなかったんだよね? でもドライブレコーダーは盗られてた……犯行の記録を残したくないなら、ドライブレコーダーだけでいいはずなのに、どうして他の部分も荒らしたりしてたんだろう。荒らせば荒らす程、証拠って残るものだよね?」

「そうだな……」

指紋や毛髪が、どこかに残るリスクは高まってしまう。

「そういえば、照井が、車内から、治田さんのものとは違う髪の毛を見つけたと話していたな」

「……ねえ、もう一度、地図を見せてくれる?」

「ああ」

スマホの地図アプリを開いた。

「……」

真剣な表情でそれを見つめた後、俺を見上げて言った。

「省吾、今から言う場所に行ってくれる? さっき立てた仮説、道中で話すから」

「わかった」

完全にりまの操り人形状態だが、タイムリミットが迫っている今、頼らせてもらおう。

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