捜査開始
翌日、署につくなり、課長に呼び出された。
「赤石君、昨日はお疲れ様。……休めた?」
「まあ、ぼちぼちですね」
「そうよね。そんな時に悪いのだけど、あなたの臨時の相方を呼んだの、あなたよりも後輩よ」
「昨日の今日で、急ですね」
「これは、あなたのためでもあるのよ。……こっちに来てちょうだい」
課長に呼ばれてきたのは、小柄な細身の女性刑事。年齢は二十代後半といったところか。パンツスーツに身を包み、長い髪を後ろで一本に束ねている。
「どうも、照井優子と申します」
「赤石だ、よろしく」
「よろしくお願いします」
ニコリともせず、無表情。仲西とは正反対のタイプだ。
手短に挨拶を済ませ、事件現場に向かうことにした。
「照井、君は事件の捜査は、どのくらい経験がある?」
「殺人現場も強盗も、捜査の経験はあります。手錠をかけたことも、それなりに」
「え、そうなのか? それは頼りになるな」
「頼りにしてもらっては困ります。現場は遊びじゃないので、しっかりしてもらわないと」
「……そうだな」
意外と厳しいな……。
現場は東沢町にある、小さな会社の駐車場。午前六時頃、出勤してきた社員が、駐車場の隅に止められた車の脇で、倒れている被害者を発見した。死亡推定時刻は午前三時から五時の間。死因は、首を紐状のもので締められた事による窒息死と思われる。その証拠に、首にはしっかりと索条痕と、抵抗した際に残る爪痕――吉川線が残っていた。
被害者の名前は治田徹。三十代の男性で、この会社の社員だ。
「いつも、僕が最初にここに着くんですけど、治田の車が、扉を開けたまま停まっているのが見えて、おかしいなと思って近付いたら、隣に治田が倒れていて……」
そう話すのは、第一発見者で、被害者と同じ歳で同期の向後さん。遺体を見つけたショックか、手が震えている。
向後さんが話した通り、遺体発見時、車の扉は開いていた。中は荒らされており、ドライブレコーダーを持ち去った跡があった。だが、金品の類は持ち去られていないことから、強盗目的の犯行ではないことがわかる。
「治田さんはここ最近、おかしな様子とかはありませんでしたか? それと、ご遺体を発見した時、周囲に他におかしな点はありませんでしたか?」
照井が矢継ぎ早に質問した。
「と、特に何も……仕事中も普通でした……」
気圧されそうになりながら答えた。
「ところで、午前六時に遺体を発見されたそうですが、始業時間は八時のはずですよね?」
「あ、それは、社長命令でして……朝早くに来て会社の掃除をしろ、と言われているんです。僕、先月のノルマ達成率が他の人よりも低くて、その罰だって」
「罰……その間の給料は?」
「出ませんよ、当然。あ、これ、僕だけじゃないですからね、治田も、他の人だって……あ、根岸が、一番酷いかも」
「根岸、というのは?」
「この会社で一番若い営業の社員です。ここに入って二年くらい経ちますね」
「その方は、どのようなことを、社長からされていたんですか?」
「そりゃあもう酷かったですよ、噂じゃ社長がスカウトして入社させたそうですけど、機械に弱くて、それをいびったり、サービス残業は当たり前、休日でも平気で呼び出して、運転手代わりに使ったり……勿論、給料は出ません。労いの言葉もないです。お察しの通り、酷いパワハラ……いや、それ以上ですね。ストレスで会社を辞めた人も何人もいますし、ここを辞めて他に行こうとしたら、同業他社にないこと言い触らして再就職できなくしたり、学歴や出身地を悪く言ったり……あ、これ、社長には内緒ですよ」
「そうですか。ちなみに、被害者の治田さんは、あなたよりも早く会社にいたと思われるのですが、そんな時間に何をしに来ていたのか、心当たりはありませんか?」
「さあ……さすがにそんな時間に、仕事は無いですし……やっぱり、社長に呼び出されたとかですかね」
「では、あなたはその時間は何を?」
「寝てましたよ、真夜中ですから」
「それ、証人はいますか?」
「いないですね……男の一人暮らしなので」
「じゃあ最後にもう一つ……いつも、この会社に最初に来るとのことですが、鍵をお持ちということですか?」
「はい、僕と治田、社長が、鍵を持っています――」
向後さんから一通り話を聞き、次に、話に出ていた根岸という人物からも、話を聞くことにした。場所は会社内のオフィス。
歳は照井と同じくらいの二十代の若者。机の上に卓上シュレッダーを置いて、書類の処分をしていた。
「治田さんですか? 真面目で優しい人でしたよ、よく飲みにも連れて行ってくれましたし……残念です」
「治田さんは、酷いパワハラを受けていて、あなたもそうだと伺ったのですが」
「パワハラ? ……ああ、社長の」
「あなたも、休日に呼び出されて、運転手をさせられたとか」
「あれはっ、遊びに誘われただけですよ! うちの社長、ちょっと豪快な人だから休日にいきなり誘われることはありますけど、社員と仲良くしたい証拠なんだって言ってましたし」
「そうですか……ちなみに、今日の午前三時から五時の間は、どこで何を?」
「その時間なら、家で休んでました。証人はいないですよ、一人暮らしなんで」
照井の聞き込みを横で聞いていると、胸ポケットから衝撃を感じた。
一通り聞き込みを終えたタイミングで、声をかけた。
「照井、会社近くにコンビニがあるはずだから、防犯カメラを見てきてくれないか? その間に、俺は社長に話を聞いてみる」
「わかりました」
足早に会社を出たのを見てから、会社の裏まで移動して胸ポケットを覗いた。
「どうした?」
「何か、あの根岸って人、変だなと思って」
「というと?」
「パワハラの話を出した時の反応、変じゃなかった?」
「反応……言われてみれば、少し間があったような」
「それと、何か早口っぽかった。何か隠してるかも。もう一度話を聞く必要はないけど、警戒しておいた方がいいよ」
「そうだな」
会社の入り口に戻ると、照井が立っていた。
「照井、もう確認してきたのか?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、ここで何を?」
「それはこちらの台詞です」
鋭い瞳で俺を見上げた。
「私がコンビニに向かったすぐ後、会社の裏手に回ってましたね。……そちらに社長室は無いはずですが?」
「……少し、考えをまとめていた」
「それ、聞かせていただけますか?」
「君が話を聞いた根岸さん、パワハラの話を出した時の反応が妙だったはずだ」
りまから聞いた内容を、そのまま照井に伝えた。
「なるほど……確かにそうですね」
どうにか、誤魔化せたようだ。
「それじゃ、俺は改めて、社長に話を聞いてくる。君は防犯カメラ、頼むぞ」
「わかりました」




