罪悪感
帰宅して、風呂に入った後、テレビをつけると、さっきの事件がワイドショーで取り上げられていた。病院で、立て籠もった犯人が、刑事を撃ったと言っている。
「もうニュースになっているのか」
食事を持ってきた省吾が言った。今日は疲れたから、昨日の残りを温めたものだ。
「チャンネル変える?」
「いや、このままでいい」
好き勝手に話すコメンテーターを見ながら、食事を口に運んだ。
「……今日の事件ってさ、一日の間に、始まって終わったんだよね」
「そうだな、仲西も君も、よく頑張ってくれた」
「私はそんな、胸ポケットにいただけだから……省吾も大変だったね、色々と……」
「俺の方こそ何も、だ。君と仲西に助けられた。それと……反省しなければならない。仲西のことを蔑ろにしていた気がする」
「それって、仲西刑事に過去のことで話を聞いたこと? でも、それは事件解決のためであって……」
「とはいえ、デリカシーが無かっただろう。それと、これは言おうかどうか迷っていたんだが……俺はずっと、仲西の下の名前を知らなかった」
「えっ」
思いもよらないカミングアウトだった。
「いや、聞いてはいたはずだから、忘れていた、が正しいが……この場合、変わらないな。俺は、仲西に対して無関心だった」
「確か、仲西刑事の下の名前って、晶だよね」
「ああ、病室のベッドの名前を見て、思い出した。先輩がこうだなんて知ったら、傷つくかもな……」
「忘れてた件は、言わない方がいいかもだけど……今からでも覚えていけば、いいと思うよ」
「……そうだな」
「ところで、仲西刑事がいない間、省吾はどうなるの? もしかして、一人で捜査するの?」
「そうかもしれないが、近いうちに代理の人間が来ると思う。勘のいい人間だと、君のことも気付いてしまうかもしれないな」
「それは、困るかな……」
「まあ、何とかなるだろう。君のことは俺が守るから、心配しないでくれ」
「え、あ……うん」
急に小っ恥ずかしい台詞を言われ、何と返せばいいのかわからなかった。
食事を終え、早々に寝る準備を始めた。
「電気消すぞ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
言葉をかけて布団に入ったが、目が冴えて、なかなか寝付けない。
「省吾、寝た?」
「……いや」
それは、省吾も同じなようだった。
「ねえ、もう少しだけ、近くで寝てもいい?」
「え?」
素っ頓狂な声を出した。まあ、そうなるよね……。
「その、少し心細くなっちゃったというか……あの、テーブルを、少し近づけるだけでいいから」
なんだかんだ、私自身も知らないうちにショックを受けていたらしい……。
「わかった」
布団から抜け出し、ゆっくりと慎重に、テーブルをベッドまで寄せてくれた。
「これでいいか?」
「うん、ありがとう」
ベッドの真横にテーブルをくっつけた状態。いつもよりぐっと距離が近くなった。
「煩わしくなったら、いつでも声をかけてくれ」
「あ、うん」
自分から言っておいて、煩わしいは、なかなか言いにくいと思うけど……。
とはいえ、近くなったところで、そう簡単に眠れるものでもない。ベッドに入る気も失せてしまった。
「りま、どうした?」
省吾が声をかけてきた。
「……なんか、今になって、急に怖くなってきて」
ドールハウスを抜け出し、助走をつけて走り、ベッドに飛び移った。
「! ……危ないな」
省吾が起き上がって言った。
「ご、ごめんなさい、つい」
テーブルとベッド、離れているわけじゃないから、大丈夫だと思ってた……。
「私ね、さっき仲西刑事が撃たれたニュースを見て、漸く実感が湧いたと言うか……もしあれが省吾だったら、とか考えちゃって」
実際、近くにはいたわけで……省吾に当たる可能性は、十分に考えられる。
「もし、省吾が撃たれていたら、私、今頃どうなってたかな、とか、そう考えると、仲西刑事が撃たれてよかったのかな、なんて考えてしまって……ごめんなさい、最低だよね、こんなの……」
責められてもおかしくないことを、言ってしまった。
「……気持ちはわかる。仲西じゃなく、俺が撃たれていたら、君はどうなってしまうのか、俺もつい考えてしまった。犯人を捕まえる時、もし逆上して殴りかかられでもしたら、以前なら何とかできたとは思うが、今は違う、君がいる状態でそれはできない」
「それは、私がいると邪魔だから?」
「……そう言うと思った」
小さく首を振って、優しくそう言った。
「君のことを邪魔だと思ったことは、一度もない。俺にとって君は大切な存在だ、だからこそ、俺の身に何かあれば、君を守れる人がいなくなる。仲西や課長は、信頼していても頼めないからな……そういう意味では、もう前のような無茶はできなくなった」
「……」
また、反応に困るようなことを言われた。
「りま、俺は君を軽蔑しないし、自分の身を削るような無茶もしない、約束する。君はどうも、自分の評価を低く見る傾向があるが、俺はそれも、本当は否定したいくらいだからな」
「……ありがとう。私には勿体ない言葉だよ」
嬉しさのあまり、ベッドの上に置かれた右手の人差し指に、思っきり抱きついてしまった。
「ま、まあ、俺も歳だからな、これ以上の無茶はできなくなってきたというのもある……で、どうだ、眠れそうか?」
「うん、ありがとう、もう大丈夫」
帰りはさすがに省吾に移動させてもらい、ベッドに潜り込んだ。
少し話をしたからか、その後はぐっすりと眠ることができた。




