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刑事の俺と小人の君  作者: 颪金
刑事編 第四「母の想い」
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説得

俺と仲西が駆けつけた頃には、既に他の警官も到着して、患者や病院職員の避難誘導が行われていた。

萱野さんは、矢内さんの父親がいる病室に、黒木さんも人質にして立て籠もっていると、警官が話していた。

「それと、竹原を連れてこい、とも言っていました」

「竹原さんを? まさか、ここで三人共殺すつもりなんじゃ……」

俺の言葉に、仲西が声を上げた。

「先輩、僕に行かせてください。きっと、今の萱野さんは、母親の人格が出ているはずです。話せば、わかってくれるかも」

「……わかった、君に任せよう」

防弾チョッキを着せ、俺と仲西、数名の機動隊員と、病室に向かった。

「萱野さん、仲西です」

扉の前で、仲西が声を掛けると、ゆっくりと開いた。仲西だけ中に入り、俺達は入口付近で待機。中で話している声が聞こえてきた。


「竹原さんはいません。僕一人です」

「……」

「萱野さん、もうやめましょう、これ以上罪を重ねるのは、伸一君のためになりませんよ」

「あんたに何がわかるのよ、伸一はこいつらに苦しめられているのよ!? 親として、当然の行動でしょ!!」

さっき会った時と様子が違う。そして、やはり、自分がノートに落書きをしたという自覚がなかった。

「聞いてください、矢内さん達は何もしていません。ノートに落書きをしたのは、萱野さん、あなた自身です」

「ふざけたこと言わないで、私はそんなことしない!」

「よく見てください。……これはあなたの筆跡です」

恐らく、あのノートの写真を撮っていたのだろう。それを萱野さんに見せているようだ。

「嘘よ、私がそんな事するわけ」

「萱野さん、息子さんは、いじめられていたとして、どうしてお母さんに相談しなかったんですか? 相談しなかったとして、息子さんの様子に、おかしな点はなかったですか? サインのようなものは、出していませんでしたか?」

「……」

「わかってますよね? あなたは自分の中に、もう一人の別の自分がいることに気付いてる。それが、ノートに落書きをしたということも、本当はわかってるんじゃないですか?」

「あれは……こいつらがやったのよ! 私には、息子を守る義務がある、これは、私にしかできないことで……」

「……彩羽さんを守れなかったから、ですか」

仲西が、かなり思い切ったことを訊いた。

「少し、調べさせてもらいました。彩羽さんは、突発的に起きた事故に巻き込まれたんです。あなたのせいじゃありません」

「な、何、知ったようなことを……何も知らない癖にっ」

声を張るが、狼狽えている。

「……わかりますよ、僕も、大切な家族を無くしてるんです。僕がもっとしっかりしていればよかった……悔やまなかった日は、ありません。伸一さんは、そんなあなたのそばに居続けてくれています。彼を、更に苦しめることになるんですよ? これ以上、罪を重ねるのはやめましょう?」

優しく、でもしっかりと、仲西は萱野さんを説得していた。

――それから、少しの沈黙の後、扉が開いた。

古い拳銃を手にした仲西と一緒に出てきた萱野さんは、高校のジャージを身に纏い、両手に手錠をかけられていた。目は虚ろで、憔悴していた。

「……よくやった」

「……」

俺の言葉に、浮かない顔で、一度頷いた。


萱野さんをパトカーへ連れて行く途中、伸一さんが現場に来ているのが見えた。警官に萱野さんを任せ、彼のもとへ走った。

「伸一さん、どうしてここに」

「テレビで、中継してて……母さん」

伸一さんもわかってはいただろう。でも、母親が逮捕される瞬間は、見ていて気持ちのいいものではない。

「刑事さん、ありがとうございました」

でも彼は、気丈に振る舞っていた。丁寧に、俺達に頭を下げてくれた。

「……あっ、それと、さっき蔵を確認したら、銃が入っていた箱が見つかって……もしかしたら、銃は二丁あったかもしれなくて」

「二丁? 萱野さんは一丁しか持っていなかったはず――」

「おいっ、萱野、これどうなってるんだ?」

その時、人混みから、竹原さんが走ってきた。

「刑事さん! 黒木と矢内のおじさんの見舞いにきたら、こんな……何があったんですか?」

見るからに慌てている。どうやら、立てこもりがあったことは知らないらしい。

「竹原君、実は……」

伸一さんが説明しようとしていると、背後から騒ぐ声が聞こえてきた。

振り返った視線の先に、暴れる萱野さんと、取り押さえようとしている警官達。萱野さんの手には、懐から取り出したもう一丁の拳銃が握られていた。

それが、揉み合いになっているうちに、俺達に向けて発砲された。

仲西が咄嗟に伸一さんと竹原さんを突き飛ばし――銃弾が、仲西の頭部に命中した。

「伸一! そいつから逃げて、伸一!!」

錯乱している萱野さんを、警官達が数人がかりで引きずっていった。

伸一さんはその様子を呆然と眺め、竹原さんは恐怖で腰を抜かしていた。

「仲西!」

俺は、たった今撃たれた仲西に駆け寄った。いけないことだとは思うが、頭が真っ白になっていた……身体を揺さぶり、声をかけた。既に、地面には血溜まりができていた。

「……」

意識を失う直前、何かを言おうと口を動かしていたが、何を伝えようとしていたのか、俺にはわからなかった。

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