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刑事の俺と小人の君  作者: 颪金
刑事編 第四「母の想い」
34/43

過去の出来事

課長から伝えられた住所にあったのは、隣町の、山に囲まれた村にある大きな一軒家。隣には大きな蔵が建っていて、周りは畑ばかりで、静かなところだ。

尋ねると、すぐに一人の男性が顔を出した。

「警察のものです。萱野さんですね、息子さんの件で、お話を伺いに来ました」

手帳を見せて挨拶をすると、何かを察したようで、「……どうぞ」と、俺達を招き入れてくれた。

「ニュースで見ました、銃の乱射事件、被害者の友人を捜してるって」

通された和室にて、丁寧に茶を出しながら言った。

「そうですね……今現在、息子さんの居場所を探しています。何か、心当たりはありませんか? 連絡とかは?」

「何も。むしろ、妻の方が色々知ってそうですが」

「それが、奥様も、現在居場所がわからないんです」

「本当ですか!? そんな……」

明らかに、息子のことより焦っている。

「奥様のことも、何かご存知ないですか?」

「いえ、何も……別居してから、息子としか、やり取りをしていなくて」

「別居……すみませんが、詳しく理由を伺っても?」

「……妻の、病気の件で」

ちらっと、横目で、リビングと繋がっている和室を見た。奥には仏壇があり、中学生くらいの少女の写真が立ててある。

「娘の彩羽を、事故で……あいつは、それを自分のせいだと思ってるんです」

「自分のせい、とは?」

デリケートな話題だ、慎重に聞いていこう。

「一年前、妻が、伸一の誕生日祝いの品を買いに行こうと、彩羽を誘って、二人でデパートまで買い物に行ったんです。でも、近くの交差点を渡る途中、信号無視の車が彩羽を……妻はその瞬間を見てしまいました。自分が、彩羽を買い物に誘わなければ、と、とにかく自分を責めて……それから、あいつは、一日中ぼんやりしている時もあれば、何かに取り憑かれたように家事に没頭する時もあり……事故のことを話す時もあれば、そんなことまるでなかったかのように接してきたり……まるで、別の人格があるみたいで」

ふう、とため息をついた。

「終いには、近所や職場でもトラブルも起こすようになって……このままではまずいと思いまして、どこか田舎で静養させようと思って、少し前に別居して、私だけ先に引っ越したんです。もうすぐ、妻と伸一を招き入れる予定だったんです。それが、こんなことに……」

「あの……こんなことに、とおっしゃいましたが、お父様は、この事件、伸一さんがやったとお考えで?」

仲西が、随分と思い切ったことを訊いた。

「伸一は、そんなことするような子ではありません。これはきっと……妻です」

父親から帰ってきた言葉も、思いも寄らないものだった。

「それは、一体どういう――」

「僕から説明します」

そう言って入ってきたのは、息子の伸一さんだった。服装はジャージではなく、普通のセーターを着ている。

「伸一、出てくるなと言っただろう」

「ごめん、父さん。でも、僕から説明しないと……」

そう言いながら、腰を下ろした。

「刑事さん、あの事件が起きた時、僕は父さんのところに行くために、始発の電車に乗っていました。駅員さんに聞いてもらえれば、わかると思います」

「わかりました。……仲西」

「はい」

仲西が駅員に電話で確認するため、その場を離れた。

「母さんには、そのことを伝えてはいたんですけど、多分、その後に、別の人格が出ちゃったんですね……事件の後、竹原君から連絡が来ました。あいつも僕がやったと思っていたみたいで……でも、きっと母さんです。顔も僕と似てますし、僕のふりをして、みんなを……僕が、母さんを一人にしなければ……」

拳を握りしめて、俯いた。

「先輩、確認取れました。間違いないです」

戻ってきた仲西が、耳打ちした。

「わかった。……話してくれて、ありがとう。君のお母さんは、俺達が責任を持って見つけ出す。約束しよう」

「……お願いします」

目に涙を浮かべ、父親と共に頭を下げた。


「ちなみに、お母さんは、銃を犯行に使用していました。どこかで入手したと思われるのですが、何か、心当たりはありませんか?」

「……多分、うちの蔵からじゃないかと」

父親が気まずそうに呟いた。

「ここは私の祖父の古い家でして、戦時中に使われていたものが蔵にしまってあるんです。多分、銃とかも、いくつかあったかもしれません……少し前に、お試しで妻をここに連れてきたんですが、その後に蔵を確認したら、鍵が壊されていて……伸一も知らないと言っていたので、恐らく妻かと」

「どうして、その時に警察に?」

「その、身内のことなので……申し訳ありません」

深々と頭を下げる姿に、それ以上責めることはできなかった。


その後、父親に代わって、伸一さんが玄関まで見送りに来た。

「伸一君、ちょっと訊きたいんだけど……君、学校でいじめられてはいなかった?」

仲西が、奥にいる父親に聞こえないように、小声で訊いた。

「いじめなんて、ありません。周りはいい友達ばかりです」

当然だが、少し不機嫌そうに答えた。

「そう……ごめんね、嫌なこと訊いて。実は、君の家の、ノートを見てしまったんだ」

「ああ、それで……あれは、母さんがやったんです」

「お母さんが? どうしてそんな……」

「母さんの人格の一つが、そうさせたんです。善悪の判断がつかないみたいで……ノートの置き場には気をつけてたんですけど、うっかりしてて」

その瞬間、辺りに銃声のような、発砲音が響いた。

「!?」

咄嗟に辺りを見渡すが、俺達以外に人はいない。

「ああ、狩猟ですよ、あの山で行われてるんです」

指したのは、村の東にそびえる、大きな山。

「この音を聞いて、母さん、銃を使おうなんて、考えちゃったのかもしれないですね……」

山を見つめながら言った。


車で、署へ戻る。道中、ハンドルを握る仲西がため息をついた。

「僕、てっきり、いじめが原因の事件だと思ってました」

「だろうな。俺も、少しだけそう思っていた」

流れる景色を見ながら返す。

「思い込み、ってやつですね。あのノートを見た時に、つい、他の可能性を頭から消してしまってました」

「だが、君がその件で、伸一さんに話を聞いたからこそ、銃の入手経路の可能性が見えてきたんだ。だめだったわけではないさ」

「ありがとうございます。でも、刑事として、どうなんでしょうね……ここ最近も、あの女性に助けてもらってばかりですし」

「それは……俺だってそうだ」

りまがいたから、解決できた事件が沢山ある。

「僕、この事件、自分で犯人を逮捕したいです」

「君の熱意は理解できるが、まずは萱野さんがどこへ行ったか、突き止めないとな」

「それもそうなんですけど、僕、萱野さんが矢内さん達を襲撃した理由が、ずっと気になってるんです」

言われてみれば確かに、動機がわからない。

「それがわかれば、居場所の特定にも繋がる気がするんですけど……」

「……そうだな」

りまの意見を聞きたいが、ここは走る車の中だ。今は厳しい。

「とりあえず、署に戻って課長と合流するか」


署に戻り、駐車場に車を止め、仲西だけ先に行かせた。

「りま、どう思う?」

胸ポケットを覗くと、どうやらまだ考えている途中のようだった。

「萱野さんに複数の人格があるっていうのは、意外だったかな……でも、そのうちの一人が、事件を起こした可能性が高いね」

「ああ、息子のノートに落書きをするような面も、あったみたいだしな」

「幼稚な人格と、凶暴な人格がいるってことなのかな……でも、そうだとしたら、ますます一人にしておけないよ」

「そうだな」

「それと、もう一つ気になることがあって……どうして、銃だったんだろう」

「殺傷能力が高いから、とか? それか、狩猟に使う猟銃の音を聞いて、これだ、と思ったとか……」

「そうかも知れないけど、銃なんて手に入りにくいものを使うなんて、随分、用意周到というか……被害者の家が、あの時間は鍵が開いていたことも、知っていたみたいだし、突発的な犯行じゃないよ」

「以前から、萱野さんは矢内さん達に対して殺意を抱いていた?」

「そう。でも、その殺意って、何から来るものだったんだろう」

息子のノートに落書きをして、更にその友人まで手にかけてしまう、その理由……。

「……聞いてみるか」

「え、萱野さんに? でも、場所がわからないはずじゃ……」

「いや、いるんだ。何か参考になりそうなことを言ってくれそうな人物が……少々聞きにくいが」

車を降りて、その人物のもとへ向かった。


「なんですか、先輩、話って」

誰もいない部屋に仲西を呼び出し、席に座るように促して話を始めた。

「君、今回の事件、自分の過去と照らし合わせている部分はないか?」

「……ないわけじゃ、ないですけど」

気まずそうに答えた。

「俺にはわからないんだ。息子のノートに落書きをするような人物が、どうしてその友達を襲ったのか、何故、それに銃を使ったのか……」

その言葉に、俺の質問の意味を理解したようだ。

「僕のは、状況が違います」

「それでもいい、君の意見が聞きたい」

「……」

少々渋っていたが、少し待つと、口を開いた。

「多分、ですけど、萱野さんには、息子のノートに落書きをする、子供のような人格と、母親として息子を愛する人格、その二つがあるんです。ノートの落書きを見せた時、萱野さんはそれを初めて見るような反応をしていました。自分がやったという自覚がないんだと思います。これは僕の推理ですけど、子供の人格がノートに下品な落書きをして、それを母親の人格が見てしまった時に、息子がひどいいじめを受けていると思い、前々から用意をして、いじめの主犯格を確実に殺せるように計画していた――としたら、どうでしょう」

「全ては、母親が一人で突っ走った結果だった、と?」

「はたから見ればそうでしょうけど、息子を守るために、母親として、直接手を下した、と思っているかもしれないです」

「それに、矢内さん達は巻き込まれた、と……」

「あくまで、僕の推理ですけどね。それを行うのに銃を使った理由は、わからないです」

仲西が俯いた隙に胸ポケットを覗くと、りまが同意するように頷いていた。

「……いや、的確な推理かもしれないな、話してくれて、ありがとう。それと、すまなかった、辛いことを思い出させてしまって」

呼び出す前に買っておいた、自販機の缶コーヒーを渡した。

「いえ、そんな……こういう仕事です、思い出す機会なんていくらでもありますよ」

そうだ、と、立ち上がった。

「先輩、僕なりに考えてみたんですけど、萱野さんは、まだ黒木さんや矢内さんのお父さんを、狙っている可能性があります。一度、病院に行きませんか?」

「そうだな。課長に報告して、それから行くか」

課長に手短に報告し、再び病院へ向かうために車を走らせた。

その道中、電話がかかってきた。

「はい、赤石です」

「私よ」

電話の相手は課長だった。


「今、病院から連絡があって……萱野さんが、病院の一室で、銃を持って立て籠もっているらしいわ」

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