能力
「……仲西、大丈夫か」
店を出た後、仲西に声をかけた。時間はすっかり夕方だ。
「大丈夫……には、見えないですよね」
必死に笑顔を作っているように見える。
「そうだな、少し、頭を冷やした方がいい」
「わかりました……」
とぼとぼと、駐車場へ歩いていく。
さて、俺はどうするか――そう思ったその時、視界の隅で何かが光った。
「うん?」
見ると、店の入口近くの植え込み……俺のスマホのライトが光っていた。
「省吾!」
そのそばに、りまが隠れていた。
「りま、無事だったか」
手を出し、胸ポケットに誘導した。
「お疲れ様、大変だったろう」
「大丈夫だよ、ありがとう。でも……後味の悪い話だね」
「そうだな……」
少なくとも、羽石さんの学生時代の悪行は知れ渡ってしまっている。もうモデルデビューは絶望的だろう。
「何はともあれ、事件解決だ。今回もありがとう」
「どういたしまして、と言いたいところだけど、まだわからないところがあるの」
「何が、わからないんだ?」
「来田さんのスマホ、仲西刑事は、その中身を見ることができた。まさかこのご時世にロックがかかってないわけないと思うし、どうやって突破したんだろう、と思って」
「ああ……多分だが、飼い猫が関係しているのだろう」
「飼い猫? 確か、すずって名前の」
「そう、すず。来田さんのスマホを確認した時に、トップ画面が猫の画像だった。恐らくそのすずだろう。命よりも大事にしていると、猿渡さんも言っていたし、怒りを忘れないように、命日をパスワードにしているのかもしれないな。あのノートも、持ち歩いていると言っていたし、命日くらいは載ってるだろう。仲西は、それを見たんだ」
「うーん……」
りまは、まだ何か引っかかっているようだった。
「復讐したいなら、飼い猫が死んだ直後に行動に移せばよかったのに、どうして今になって……」
「来田さんと羽石さんは、一ヶ月程前に、ばったり会ったと言っていた。その時に、羽石さんがモデルとしてデビューすることを知って、今回の計画を実行に移そうと思ったのかもしれない。積もり積もった恨みが、モデルデビューで爆発したのかもな」
「でも、それまでは、来田さんもきっと、お仕事に専念したりして、羽石さんを忘れられた瞬間とか、あったはずだよね。写真集まで出したりできるくらいだし、写真家としての実力、あったはずでしょ」
「そうだな……まあそこは、来田さんしかわからない部分だな。だが……羽石さんへの恨みは、忘れることができなかったはずだ」
「どうして、そう思うの?」
「……黒いユリ、羽石さんが見ていたページに載っていた写真だ。その花言葉は知っているか?」
「あ……」
言わずとも、りまはその意味を知っているようだった。
「殺意は、ずっと持っていたのだろうな」
「羽石さん、それに全く気付かなかったんだね。端から、人を苦しめているなんて思わなかったんだよ。現に、仲西刑事が他者とのトラブルについて訊いても、来田さんがトラブルに巻き込まれているんじゃなく、トラブル起こしていたことを否定してたから」
「人を傷つけている、ということ自体、頭になかったんだな」
自分の身近な人間が、実はずっと自分を恨んでいた……それに一切気付かないなんて、怖い話だ。
「仲西、俺もそろそろ帰らせてもらうぞ」
「あ、はい、ありがとうございました」
駐車場で頭を冷やしていた仲西に声をかけ、車に乗り込んだ。
「せっかくの休みなのに、台無しになってしまったな」
助手席に置いてあったポータブルテレビを見て、そういえば、今日はりまへのご褒美のための外出だったことを思い出した。
「とりあえず、帰ろうよ、お腹空いちゃった」
「……そうだな」
ケーキ、食べそびれたな……。
帰宅後、先に風呂に入ることにした。
「夕飯を食べたら、テレビを設定しよう」
風呂をセッティングし、俺も風呂場へ向かった。
「省吾、もう一つ、お願いを聞いてもらってもいいかな」
夕飯を食べている最中、りまが恐る恐る訊いてきた。
「どうした? 何でも言ってくれ」
「その……私専用の携帯が欲しくて……ほら、また今日みたいなことが、ないわけじゃないし」
「なるほど。仲西のことを言っているのなら、今日、君との関係を話してしまった」
「え、話したの?」
「ああ、君が話したと、仲西から聞いたから……いけなかったか?」
「いや、そんなことはないけど……仲西刑事、省吾に聞いたんだ」
「仲西は既に気付いていたし、俺のことも責めなかった。そうだ、今後もよろしくお願いします、その気があれば、仲間に入れてほしい、と言っていたぞ」
「仲間には、難しいけど……わかったよ、それじゃ、今は携帯はいいかな。ちなみに、その……私が小人だってことも、話したの?」
「いや、話していない。というか、聞かれなかった」
「じゃ、大丈夫かな……」
「もしかして、仲西にバレたくない理由は。小人であることを知られたくないから、か?」
「うん、みんながみんな、省吾みたいに、私を人間扱いしてくれるとは、限らないし」
そう言って、夕飯の焼き魚にかぶりついた。
「携帯といえば、俺も気になっていることがある」
箸を置き、背筋を正してりまを見た。
「? どうしたの、改まって」
「りま、君は今日の捜査中、どうやって移動していた?」
「えっと……歩いて移動もしたけど、警官の足にしがみついたりして……」
「それも、気にはなるが……俺と別れた直後だ」
「直後……」
俺が何を訊きたいのか、わかったようだ。
「りま、君は俺と別れた後、まだペーパーホルダーの上にいた。だいたい、俺の腰の高さくらい……君にとってはとんでもない高さだ。それと、俺のスマホ」
スマホを取り出した。
「これも、君にとってはかなりの重さだと思う。どうやって、持ち運んだ? ペーパーホルダーからは、どうやって移動したんだ?」
「……」
手を止め、俯いてしまった。もしかして、訊いてはいけないことを、訊いているのかもしれない。
「すまない、今の話は、忘れてくれ」
「ううん、いつかは言わなきゃならないことだから」
顔を上げて俺を見た。
「ペーパーホルダーからは、ペーパーを床まで垂らして、それをつたって降りたの。スマホはね……私、物を小さくする力があるんだ」
「……それは、どういう?」
「えっと、だから、その……こんな風に」
そう言うと、テーブルの上のスマホに近付き、両手で触れた。
その瞬間、まるで風船が萎むかのように、スマホが縮んでいき、りまの掌のサイズになった。
「凄いな……そんなことができるのか」
「う、うん、まあ、そんな感じ……ごめんね、内緒にしてて」
「いや、責めるつもりはないが……ちなみに、人を小さくすることはできるのか?」
「それは、試したけどできなかったよ、生物は無理みたい。電子機器も、このままじゃ使えないの。元の大きさに戻さないと……」
そう言って、あっという間に元の大きさに戻した。
「どこまでの規模のものなら、小さくできるんだ?」
「あまり大きすぎると難しくて……普通の人間のサイズくらいなら……」
「それなら、衣類や食器は、小さくできるのか?」
「できなくはないよ」
「そうか……前から気になってたんだ、君の着ていた服、どこで手に入れたのか」
「ああ、あれね」
今は俺が作ったワンピースを着ている。ドールハウスにある、りまが着ていた服を指した。
「あれは、そう、私の母親が用意してくれたものを小さくしたんだ」
「ということは、俺が作らずとも、既製品を小さくすれば解決するということだな、食事の問題もそれで……」
「で、でも、省吾の作ってくれた服も気に入ってるし、全然不便じゃないよ! 食事だってこれで大丈夫っていうか、むしろこれがいいよ!」
「そうなのか? ……まあ、君がそう言うなら、今後もそのままでいくか」
「そう、それがいいよ!」
りまが何故か必死になっていたが……彼女の言う通りにしよう。




