独自の捜査方法
省吾と別れた後、私はすぐに行動を開始した。
まず、トイレを出て、近くを歩いていた警官の足に乗って店内を移動した。
簡単に言っているが、普通に危険な行動だ。
「先輩、あの小瓶の中身、毒物だったそうです」
仲西刑事の声が聞こえてきた。
小瓶って、来田さんのバッグから出てきた小瓶だよね?それに毒が入っていた……。
「どうしたんですか? 先輩」
「い、いや、何でもない」
省吾の声も聞こえた。見ると、足元を気にしている。……私を、探しているのかな。
「君はあのノートをどう考えている?」
「恐らく……羽石さんから、日常的に、嫌がらせを受けていたのかと」
仲西刑事の言葉には、妙に説得力があった。ノートを見つけた時の反応からして、何か、過去にあったのかもしれない……。
「お冷の入っていたコップから、羽石さんと来田さん、それと猿渡さんの指紋が出たそうです。それと、微量ですが、来田さん以外のDNAが検出されたと――」
仲西刑事から、どんどん新しい情報が出てくる。えっと、状況を整理すると……まず、来田さんは毒殺。そしてその毒は、コーヒーやケーキではなく、お冷から出てきた。ということは、誰かがお冷に毒を入れたか、自分で入れたということ……で、来田さんが飲んでいたお冷から、羽石さんと猿渡さんの指紋、誰のものかわからないDNAが出てきた。
コップから出るDNA……多分、唾液だよね。じゃあやっぱり、誰かが先に水を口にしていたってこと? お冷の回し飲み? まさかね……。
その時、仲西が、私がしがみついている警官に近付いてきた。……いや、その後ろにいる羽石さんの元へ行こうとしてるんだ。
「よいしょっと」
素早く足から足へ飛び移った。まるで忍者だな、と自分で思ってしまう。
「すみませんが、もう一度お話を伺ってもいいでしょうか?」
仲西刑事が羽石さんに聞いた。何かヒントが得られるかも。
「はい……」
羽石さんも時間が経って冷静になっているようだった。
「まず、来田さんとの関係を、教えてください」
「学生時代からの友人です。昔はよく一緒に遊んでたんです」
「具体的には、どんな遊びを?」
「カラオケに行ったり、家で遊んだり……真紀ちゃん、お父さんも写真家で、家にたくさん道具があって」
「そうですか」
来田さん、お父さんも写真家だったんだ……確かノートには、お父さんの仕事道具って……。
「あ、飼ってる猫ちゃん、すずちゃんだったかな、おやつをあげさせてもらったことが」
すず。ノートにその名前があった。飼い猫の名前だったんだ。それが出た時のページが、一番恨みがこもっていたような……。
「でも、一度しか会ったことなくて、その後入院したって、真紀ちゃんのお母さんが」
「……」
不思議そうに首を傾げた。……なんだか、仲西刑事から怒りのオーラのようなものを感じる。だめだよ、落ち着いて、冷静に……。
にしても、飼い猫が入院って、いったいどうしたんだろう。
「今日は、来田さんから誘われて、この店に来たそうですね」
「そうなんです。私、今度モデルデビューするんですよ。今日はそのお祝いだって、ここに連れてきてもらったんです。それが、こんなことになるなんて……」
「そうですか、ここに、猿渡さんがいることは知ってましたか?」
「いえ、さっき知りました。猿渡君、真紀ちゃんのこと、ただの先輩と後輩だって言ってましたけど、あの二人、付き合ってるって噂があったんですよ」
「付き合っていた……来田さんの学生時代について、他に知っていることはありませんか? 例えば――誰かとトラブルを起こしていた、とか」
思わず、えっ、と小さく声が出た。随分と思いきったことを訊いたな……。
「真紀ちゃんが誰かをトラブルを起こしていたとかは、訊いたことないですね……むしろ私達が、あまりやんちゃするなって怒られてたくらいで」
その言葉に、強い違和感があった。
「なるほど。お話、ありがとうございました――」
次に、猿渡さんに話を聞いた。
「猿渡さんも、お願いします」
「はい。……と言っても、僕はただの後輩ですよ。この前、ここでバイトをしていることを話したら、じゃあ友達を連れて行く、と」
「それ以外に、何か話したりはしませんでしたか? 羽石さんのこととか」
「いえ、何も話してないです」
「羽石さんと来田さん、この店に来てからどんな様子でしたか?」
「普通のお客さんと変わらなかったですよ。というか、忙しい時間帯だったので、そこまでちゃんと見ていなくて……来田先輩の席に水を持っていった時だって、友達との関係を少し訊いたくらいで」
「友達との関係、具体的にはなんて答えてました?」
「高校の時の同級生で、久々に会ったから連れてきた、と。その時の様子も変わりなかったです」
「そうでしたか……」
仲西刑事が話をある程度聞いたところで、その場から離れた。
再び別の警官に乗って移動し、店の裏口から外に出たタイミングで人目につかない路地へ移動し、スマホから仲西刑事に連絡した。ちゃんと、非通知設定にするのも忘れていない。
「もしもし」
数コール後、仲西刑事が出た。
「事件の真相について、お話します」
いつもなら戸惑うか、私の正体について聞こうとするところを、私がゴリ押して推理を話し始めるのだが……。
「いえ、今回は必要ありません」
まさかの返答だった。
「それは……どうしてですか?」
私もつい、訊いてしまった。
「ここ最近、僕の先輩が、いい推理をしてくれるんです。だから、もうあなたの助言は必要ありません。どうしても話したいんでしたら、正体を教えてください」
「……」
どうしよう。省吾なら一人でも大丈夫と言いはしたけど、あれは彼を安心させるために言ったのであって、正直まだ不安だし……。
そもそも、仲西刑事に正体を明かしたくないというのは、私のわがままだ。私が、なんとかしないといけないんだ。
「私の正体については、教えられません。私の身の安全にも関わってくることなんです」
「身の安全? 僕に知られることが、危険なんですか?」
「それは、その……私自身、特殊な体質をしてまして、それをあまり人には知られたくなくて」
もし、仲西刑事から、警察の上の立場の人に私のことを知られてしまったら、どうなるかわからない。小人なんて空想上の生き物だし、下手をすれば、研究機関に送られて、解剖とかされかねないし……今のこの生活はできなくなるかもしれない。ああ、考えただけでぞっとする……。
「知られるとまずいような、特殊な体質なんですか?」
「そうです」
「それ、赤石刑事は、知ってるんですか」
「……知っています」
もう言ってしまう。赤石省吾と私は、繋がっている。
「やっぱり、そうなんですね」
仲西刑事は、やっぱり気付いていた。
「赤石刑事には、私の件は誰にも言うなと伝えてあります。これは私のわがままです、だから、彼を責めないでください。……これで、推理を聞いてくれますか?」
「わかりましたよ、話を聞かせてください」
なんとか、納得してくれたようだ。
「ありがとうございます。まず、先に言ってしまいますが、来田さんは毒殺です、自殺じゃありません」
「それじゃ、あの小瓶は? 来田さんのバッグには毒物の入っていた小瓶が入っていましたよ」
「あれも来田さんのものです。まず……来田さんは、羽石さんを殺すつもりで、この店に羽石さんを呼び出しました」
「殺すつもりで……でも、亡くなったのは来田さんですよ」
「それは――」
その瞬間、裏口の扉が開き、店員が出てきた。ゴミを捨てに来たらしい。
私のすぐ横を通り過ぎていく……喋り声、聞こえてないよね?
「どうしました? もしもし?」
「あ、えっと……」
いけない、集中しないと。
「来田さんは、自身の写真集を見せるなどして羽石さんの気を逸らし、その間に……」
ごみ捨てを終えた店員が、また私の横を通り過ぎていく。
「……その間に、羽石さんのコップに毒を入れました。でも、それを来田さん自身が口にしてしまったんです。自分のお冷だと思いこんで」
「思い込んで? 間違えたってことですか?」
「いえ、あれは……お冷の置いてあった場所を、故意に入れ替えられたんです。羽石さんか、猿渡さんに」
「入れ替えたのは、どうして、その二人だと? どうして、羽石さんのお冷に毒を入れたとわかったんですか? そもそも、どうして入れ替えて、来田さんを殺害する必要が?」
仲西刑事から沢山質問が飛んできた。
「あのコップについた指紋、来田さんと羽石さん、それと猿渡さんだけなんですよね? それなら、入れ替えたのは、羽石さんか猿渡さんの可能性が高いです。コップについた来田さん以外のDNAは恐らく羽石さんの唾液によるもの……毒を入れた後に口をつけたなら、羽石さんが生きているのはおかしいので、羽石さんのコップに毒を入れ、羽石さんを殺害するつもりが、誰かによってコップを入れ替えられ、自分がその水を飲んでしまった、ということです。入れ替えた理由は……わからないです。来田さんとの間に、警察にはまだ話していない、何らかの繋がりがあるのかも。もう少し、スマホの連絡履歴などを調べれば、わかるかもしれません。以上が、私の推理です」
「……わかりました、ご協力、感謝します」
礼を言われ、通話を終えた。




