日記
「猿渡君と真紀ちゃん、高校生の時によく一緒につるんでて、付き合ってるんじゃないか、なんて言われてたんです」
「別に……ただの先輩と後輩なだけです」
猿渡さんは気まずそうに答えた。
「来田さんとは、高校を卒業してからも交流があって、ここでバイトをしてると話したら、友達を連れてくるという話になったんです」
「来田さんと、何か話をされていたそうですが……」
「ただの世間話です。友達との関係とかを聞いてました」
「なるほど……」
その時、来田さんのバッグを確認していた警官が仲西を呼んだ。
「仲西刑事、これが……」
一冊のノートを差し出した。
「これは?」
それを開いた仲西の表情が凍りついた。
「仲西、どうした? ……仲西?」
目を見開いていて、手が震えている。明らかに普通じゃない。
「仲西!」
肩を掴むとハッと顔を上げた。
「す、すみません……」
「どうしたんだ?」
手からノートを取り上げ、中を読んだ。
「四月六日。最悪だ、また羽石と同じクラスだ。あの女の名前を見るだけで吐き気がする。」
「四月七日。早速羽石にパシリにされた。いい加減飽きてほしい。でも文句を言ったら、もっと酷い目にあってしまう」
「五月十五日。体育の時間にわざと顔にボールをぶつけられた。制服も隠された。先生に言っても面倒くさがって対処してくれない。お父さんやお母さんは、迷惑かけたくないから言えない」
「七月二十五日。教科書とノートをぼろぼろにされた。テスト前なのに……」
「八月二十日。夏休みなのに、羽石が私が家で一人なのを知ってて、取り巻きを連れて大勢で家に来た。止めたのに、お父さんの仕事道具や宝物にまで、手を出された。
許さない
くそ女」
「あいつが すずを
死ね しね
ころしてやる」
その後のページにも綴られていたが、徐々に殴り書きへと変わっていき、最後の方はペンでぐちゃぐちゃに塗り潰されていたり、ページが握りつぶされたようにしわくちゃになっていて、読めなくなっていた。
「これは……」
顔を上げ、まだ涙ぐんでいる羽石さんを見た。
「な、何ですか?」
ぽかんとした顔でこちらを見つめている。
「……羽石さん、あなた本当に、来田さんとは友達だったんですか?」
仲西が訊いた。明らかに羽石さんを睨んでいる。
「仲西」
声をかけたが、聞こえていないのか、前に踏み出した。
「と、友達、ですけど」
「本当ですか? あなた、本当は来田さんのこと――」
「仲西!」
咄嗟に間に入った。
「熱くなりすぎだ。落ち着きなさい」
「……すみません」
肩を押して近くの椅子に座らせると、がっくりと項垂れた。
「あの……赤石刑事」
ノートを見つけた警官が声をかけてきた。
「その、お休みとは思いますが、仲西刑事があの様子で……これも見つけました」
その警官の手には、空の小瓶が握られていた。
「これは……中にまだ痕跡が残っているかもしれない。調べてみてくれ」
「はい」
喫茶店を出ていく警官を見届けてから、仲西に声をかけた。
「仲西、大丈夫か?」
「はい……」
数回深呼吸をして立ち上がった。
仲西がここまで取り乱すことは、滅多にない。先輩として、しっかりしないといけない、が……胸ポケットから衝撃を感じた。りまが呼んでいる。
「すまない、トイレに行ってもいいか?」
「え? ……どうぞ」
仲西からの視線を感じながら、客用のトイレに入った。
鍵をかけたのを確認し、胸ポケットを覗いた。
「りま、どうし……」
た、と言い終える前に、りまが口に指を当てて、静かに、のジェスチャーをした。
そのまま、自分の耳を指差した。……耳を近付けろ、ということか。
ペーパーホルダーの棚にりまを下ろし、屈んで左耳を近付ける。
「仲西刑事に相当怪しまれてるよ。声を出したら、外にも聞こえるから、今は私の話を聞いて」
小さく頷いた。
「ありがとう。それで……仲西刑事の目を欺くために、ここからは別行動を取りたいの」
え、と思わず声に出しかけた。身体を起こして彼女を見る。自信満々の顔をしている。
別行動はさすがに不安だ。悩んだ末、俺は首を横に振った。
それをりまは、別の不安だと思ったらしい。
「大丈夫だよ、省吾なら一人でも捜査できるよ。一人立ちすると思って、ね?」
そうじゃない、俺の不安はそこじゃない……だいたい、君はそう思ってないだろう。前回の事件の捜査でも、俺は不甲斐ないところを見せまくっていた。
声を出すと外に漏れる。スマホを取り出してメモアプリを開いた。
『君に危険が及ばないかが心配だ』
それを見て、小さくため息をついた。
「私なら、大丈夫だよ。仲西刑事が怪しんでるのに、私から情報を聞くためにいちいち避けてたら、いつか本当に見つかっちゃう……そもそも、仲西刑事に私のことを話せばいいのに、それを嫌がったのは私なんだから……今回は、ね?」
『責任を取って、ということか?』
しっかりと頷いた。
言いたいことは、わからないでもない。りまは、俺に会うよりも前から、一人で捜査していて、修羅場はいくつも潜り抜けている。俺に出会う前の状態に戻るだけだ……だが、おこがましいとわかってはいるが、とてつもなく不安だ。
「お願い、省吾……」
懇願してくる。俺はもう一度スマホに視線を落とした。
『わかった。だが、危ない目に遭いそうになったら、すぐに逃げてくれ』
「ありがとう、省吾。じゃあ、スマホをそのまま置いていって、何かあったらそれで仲西刑事に連絡するから」
指示に従い、ホルダーにスマホを残して、トイレを後にした。




