取り調べ
到着した救急隊によって、その場で死亡が確認された。
「そんな、まきちゃん、ううっ……」
泣き崩れる女性の目の前で、担架に乗せられ、運ばれていった。
数分遅れて、警察が到着した。被害者のそばにいた女性以外の客と店員は、全員店の入り口の椅子に座ってもらった。
「赤石先輩、どうしてここに? お休みのはずですよね?」
仲西が白い手袋をはきながら俺の元へ歩いてきた。
「プライベートで、客として来ていたんだ」
「お一人で、ですか?」
首を傾げた。やっぱり、こういう場で男一人(実際には違うが)というのは、違和感があったらしい。
「いけないか? 姉貴からこの場所を教えてもらって……折角、休みだから、な」
「へえ……」
頭から足まで、舐めるように見られた。何か、怪しまれている?
「……ってことは、先輩は、現場に居合わせたってことですよね? 詳しく聞いてもいいですか?」
「ああ……そうだな」
ちらりと横目で、被害者と一緒にいた女性を見る。泣き崩れていて、女性警官が付き添っていた。もう少し落ち着いてから、話を聞いた方がいいだろう。
とはいえ、俺から話せることはあまり無い。席についてからはずっと、周りの客に背を向けていたので、そちらの様子まではわからなかった。
「どうして、背を向けていたんですか?」
「他の客に、食べている姿を見られたくなかったんだ」
こういう言い訳はすらすら浮かんでくる。刑事をやっていると、色んな犯人と対峙して色んな言い訳を聞くから、覚えてしまった。
「でも、何もやましいことはしてないんですよね? 何も背中を向けなくったって……」
だが、仲西も刑事だ。俺の言葉に不信感を覚えたらしい。でも――。
「君もさっき疑問に思っていたが、こういう場に男一人は変だろう? 周りの視線を感じると食べにくい」
「そ、それもそうですね……」
仲西も、まだまだ、俺の言い訳には勝てないようだ。
……って、どうして俺は、仲西から尋問を受けてるんだ? 今はそれどころじゃないはずなのに。
「とにかく、俺は被害者が倒れる前のことは、何も見ていないからわからない。できる限り協力はするが」
「その様ですね……わかりました」
うんうん、と納得し、席を立った。
「じゃ、被害者と一緒に来ていた女性に、話を聞いてみますか」
仲西の調べによると、被害者は来田真紀。二十五歳の写真家だ。今日は友人の羽石直美と、この喫茶店でスイーツを食べに来たそうだ。
「私達、高校の時からずっと仲が良くて、大学も一緒で……会社は別になったんですけど、つい一ヶ月前にばったり再会して、その後に真紀ちゃんが、ここに行こうって、誘ってくれたんです。それが、まさかこんなことに……」
ハンカチで目頭を押さえながら言った。
「あの……来田さんが倒れる前、何か変わったことはありませんでしたか?」
「いえ、特には……あ、真紀ちゃんが写真集を出版したそうで、見せてもらっていました……」
「写真集、ですか」
ちらりとテーブル見ると、ニ人分のケーキとコーヒー、お冷の傍らに、綺麗な花の写真集が置いてあり、黒いユリのページが開いたままになっている。
「あ、ちょっと失礼します」
そう言って、仲西がバイブの鳴るスマホを取り出した。
「はい、仲西です。……ありがとうございます。先輩、被害者のお冷だけ、毒物の反応が出たそうです」
「コーヒーとケーキからは、出なかったのか?」
「そうですね……お冷だけ、です」
「じゃあ……」
天井を見上げるが、監視カメラの類いはなかった。
きょろきょろする俺を見て、仲西が言った。
「客のプライベートを尊重するために、カメラは設置していないそうですよ。でも、別のお客さんが、SNSにアップするために、お友達と一緒に店内の様子を撮影していたみたいです」
「そ、そうなのか、じゃあそれを見せてもらおう」
店側にカメラがなくても、最近は一般人でもカメラを持ち歩ける時代だ。りまが映り込んでいたらどうしようか……。
客に許可を得て、スマホから事件が起きた時に撮影していた映像を転送させてもらった。確認すると、客自身が頼んだケーキが乗った皿が映っている。少しして、隣の席に来田さんと羽石さんが座り、楽しそうに談笑を始めたが、映像には羽石さんの姿しか映っていなかった。
暫くして、奥の席に俺が座ったのが見えた。幸い、りまは映ってはいなかった。
「うーん……来田さんは映ってませんでしたけど、映像の中では、羽石さんに不自然な点はありませんね」
仲西が呟いた。この場合、被害者の一番近くにいた羽石さんが怪しいと考えるのが妥当だが、その彼女には、お冷に毒物を入れるなどの不審な動きは見られなかった。
「あの、関係あるかわからないんですけど……」
撮影者の客が小さく手を挙げた。
「動画を撮った後で、本を読んでた女の人が席を離れて、その間にウェイターさんが水を足しに来てたんですけど、倒れた女の人と、何か話し込んでたんです。注文っぽい感じもなかったから、変だなーって思って」
「それ、どんなウェイターさんでしたか?」
「えっと――」
客からの証言で、一人のウェイターが呼び出された。名前は猿渡凌馬。二十三歳の大学生で、この店ではアルバイトとして働いているそうだ。
「あれ……?」
羽石さんが何かに気付いたように立ち上がった。
「もしかして、猿渡君?」
「……どうも」
猿渡さんは、気まずそうに答えた。




