休日
翌日、起きてすぐ、りまの様子を確認した。ドールハウスの住み心地が気になっていたからだ。
見ると、普段は俺よりも早く起きるはずのりまが、珍しくまだ眠っていた。
空色のワンピースを着て、気持ち良さそうに眠っている。暫くそのまま見ていたかったが、さすがに悪いと思い、顔を洗う水を置いて、シャワーを浴びに行った。
顔を洗い、頭も洗い、浴室を出ようとして、ふと、着替えを持ってきていないことに気付いた。たまに、この失敗はしてしまう。
取りに行けばいいのだが、タンスは、りまがいるリビングにある。まだ寝ているだろうか。タオルを巻けば平気か……。
ずり落ちないようにしっかりタオルを巻き、足音を立てずにリビングへ向かい、タンスを開けた。
ちらっと横目でドールハウスを見るが、りまはまだ起きていないようだった。
こそこそと脱衣所に戻り、服を着て、リビングに戻った。
改めて、りまが寝ていることを確認し、朝食を作りにキッチンへ向かった。
皿に盛り、テーブルに運ぶと、りまが起きているのが目に入った。
「りま、おはよう」
声をかけると、俺を見上げた。
「ふぇっ!? お、おはよう……」
慌てながら答えた。
「どうかしたか?」
「い、いや、何でもないよ」
「そうか。朝飯、できてるぞ」
「うん……」
いつもの朝食。食べてる最中、りまが俺を見上げた。
「あ、あのさ、省吾……お願いが、あるんだけど」
「何だ? 遠慮無く言ってくれ」
「その……テレビを、買ってほしいんだ」
サラダのキャベツを食べながら言った。
「テレビ、か」
ふと、部屋を見渡す。俺の部屋に、テレビは無い。バラエティー番組やドラマには興味が無いし、ニュースは携帯のニュースで十分だと思ったからだ。
「無いと、何かと不便かな、と思って」
「確かにな……」
独り暮らしなら無くても平気だったが、今は違う。
「よし、買いに行くか」
朝飯を食べ終え、身支度をして出発した。りまは、ワンピースからいつもの服に着替えた。どうやら、あのワンピースはパジャマになったようだ。
「服、ワンピースだけじゃ足りないかもしれないな」
マンションの駐車場に停めていた車に乗りながら言うと、胸ポケットのりまが答えた。
「まあ、そう、だね……にしても、省吾、どうしてあそこまで器用なの? 何か、やってたの?」
「何か……やってたにはやってたが、大したものじゃない。中学の時、実家にあったミシンで、姉貴の服をよく作ってたんだ」
「それって、部分的に手を加えてたってこと? 裾直しとか……」
「そういう時もあったが、下着以外ほぼ全部、布から作った時もあったな。革細工を作ったこともあった」
「へ、へえ……そういえば、昨日、採寸したいって言ってたよね……帰ったら、お願いしてもいい?」
「ああ、任せてくれ」
マンションから車で三十分程走り、大型の家電ショップに到着した。
「テレビと言ったが、あまり大きいと、君が操作できないかもしれないからな……ポータブルのテレビでもいいか?」
「う、うん、それがいいかな」
というわけで、悩んだ結果、十インチのポータブルテレビを購入した。それでも、りまにとっては映画のスクリーン並みに大きいサイズだ。
「ありがとう、省吾」
胸ポケットの中で、りまは嬉しそうに笑った。
家電ショップの駐車場に戻り、車に乗り込んだ。
「さて、この後はどうする? もう帰るか?」
「うーん……せっかくの休みなんだよね? もう少し、出掛けたいかな……それから帰って、テレビの設定とか、しようかな」
それを聞いて、俺は一つ、思い付いた。
「……だったら、りま、ちょっと付き合ってくれないか?」
駐車場から車で二十分。大通りに面した喫茶店にやってきた。
「ここって?」
りまが顔を覗かせた。
「前に、姉貴に教えてもらったんだ。雑誌で話題になった店だとか……ここのチーズケーキが、美味いらしい。テイクアウトして家で食べよう」
入り口の扉をくぐると、甘い良い香りが漂ってきた。店内のテーブルが八割程、客で埋まっている。相当な人気店らしい。
「ねえ、省吾、折角だからお店で食べようよ」
りまが小声で言った。理由を聞きたがったが、人が大勢いる今、胸ポケットを覗くのは不自然だ。……とりあえず、言われた通りにしよう。
店内利用の旨を伝えると、運良く、隅っこのテーブルに案内された。
周囲の客に背を向けるように座り、チーズケーキとコーヒーを注文した。
「テーブルに降りてもいい?」
そう言うが、既にポケットから身を乗り出している。
「い、いや、もうちょっと待ってくれ」
小声で答え、ポケットに戻ってもらった。……どうしたんだ? 今日はやけに積極的だ。昨晩とは随分違う。
「お待たせしました、チーズケーキです」
運ばれてきたのは、ボトム生地に乗った、二層のチーズケーキ。実に美味そうだ。
コーヒーと伝票をテーブルに置き、店員が去っていくのがわかったのか、りまがまたポケットから出ようとした。
「ほら」
掌を差し出し、テーブルに降ろす。俺が壁になって、他の客からは見えないはず……。
ケーキの二層の境目の部分をフォークで上手く削り取り、皿の端に乗せた。
「ありがとう。……うん、美味しい!」
俺を見上げてにっこりと笑った。
「省吾も食べてみて!」
「そうだな」
フォークを近付けた――その時。
「きゃあああっ!!」
女性の悲鳴。ガタン、という、何かが倒れる音。一瞬にして、店内が静かになった。
りまも俺も、周りの客も、音を出したそれを見た。
立ち上がったまま放心状態の女性と、その向かいで、倒れている女性――彼女の口からは血が溢れていた。
周りの客から、戸惑う声が聞こえる。
「省吾!」
りまが、俺の空いていた左手に飛び付いた。
「あ、ああ……」
咄嗟に理解し、りまを胸ポケットに誘導し、倒れている女性に近付いた。
苦しんで倒れたのだろうか、右手で自分の胸元を掴んだまま、固まっている。
「お、お客様、どうしましたか!?」
店員が駆けてきた。
「すぐに、救急車と警察を呼んでください」
「は、はい」
指示を出すと、店員はバックヤードへ消えていった。




