表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刑事の俺と小人の君  作者: 颪金
小人編
22/43

矛盾

目を開くと、真っ暗な室内。外から指す月明かりと、遠くにある別の小さな光が、視界に写った。

あれ、私、どうしたんだろう……そうだ、省吾と飲んでいたら、眠っちゃったんだっけ。また、迷惑かけちゃった……。

起き上がると、すぐ目の前に壁が見えた。

「?」

手を伸ばして触れる。土でも紙でも漆喰でもない。これは、プラスチック?

見上げると、天井……といっても、省吾の部屋とは違う。手は届かないけど、省吾の部屋の天井より低い。

目が慣れてきて、わかってきた。壁にも天井にも、綺麗な花柄の模様が描かれている。

見下ろすと、いつものハンカチじゃない。ふかふかの、これは……布団? プラスチックの箱の上に、布団が載っている。いや、違う、これはベッドだ。省吾の作ったものとは違うベッドだ。

その横に、小さな箱。中には何も入っていない。これは棚だ。

「どういうこと……?」

困惑していると、遠くにあった小さな明かりに影がさした。

「起きたか、りま」

はるか上空、私を見下ろす省吾の姿があった。彼がいる側は、いつもの部屋の光景が広がっている。

「省吾、これって……」

声が震える。私の想像通りなら、これは……。

「ドールハウスだ」

優しく微笑んで、そう言った。やっぱり、そうだったんだ。

省吾が買ったドールハウスは、二階建てだった。二階部分に寝室があり、一階にダイニングがある。

階段を降りて、いつもの大きなテーブルに降り、改めてハウスを見上げた。

とても大きな、一戸建ての家。半分は壁がなく、中が剥き出しになっている。

「これ、いくらしたの?」

不躾だとはわかっていた。でも、聞かずに入られなかった。

「四千円くらいだな」

「……」

結構するなあ、と思った。

見回すと、省吾の部屋のリビングの電気は消えていたが、キッチンの電気はついていた。遠くの明かりの正体はこれだった。

「キッチンで何してたの?」

「これを作っていたんだ」

そう言って、差し出したのは、私と同じくらいの大きさの、青空模様のワンピースだった。

「本当は採寸したかったが、君が寝てしまって……でも、サイズはあってると思うぞ。結構力作なんだ。是非、着てみてくれ」

楽しそうに言う。こんな省吾を見たのは初めてだ。……って、そうじゃなくて。

「あ、あのね、省吾……できたら今度から、こういうことは、止めてほしいんだ」

そう言うと、目を見開いた。

「好みじゃなかったか? それは、すまなかった」

「あ、いや……」

そんなんじゃだめだ。もう少し、はっきり言わないと、この人はわからない。

「省吾はさ、住み着いた虫に、家を用意したりする?」

そう言うと、省吾は真顔で言った。

「……すまない、言っている意味がわからない」

「……」

もっと、直接言わないとだめか……。

「私には、家をやるような価値は無いよ」

「いや、俺は、そうは思わない」

見上げた省吾は、私の顔をじっと見つめていた。

「要するに君は、自分は虫と同じだと、言いたいのか?」

「同じっていうか、それ以下なんじゃないかな」

そう言うと、省吾は深刻な顔で黙ってしまった。何を考えているんだろう、無表情だから、考えが読めない。

「どうしてそんなことを言うのか、俺にはわからない。君は人間だろう?」

「人間じゃないよ、私なんて」

首を振って、更に続けた。

「私は、確かに、形は人間に似てるけど、大きさが違う。このテーブルの上から、逃げ出すことすらできない、ちっぽけな存在……蝿みたいに空を飛ぶことも、蟻みたいに壁を這うことも、できない。家をやる価値なんて無いんだよ」

お風呂の地点で、やりすぎなくらいだった。

「それは違う」

省吾が、僅かに語気を強めた。

「違わない。はっきり言うけど、困るんだよ、こういうこと。これでもし、皿を洗えとか、部屋を掃除しろとか言われても、何もできないし……それどころか、私には、お皿を持つことすら、できないんだよ……」

何だろう、胸が苦しくなってきた。自分で言ってて、とても、辛い。顔を見られなくて、俯いた。

「俺は別に、見返りとかは望んでいないんだが……というか、それを言うなら、君からは、推理という形で、返してもらっている」

「それは、初めて来た時に話したけど、家賃代わりだよ。住まわせてもらう見返り。置かせてもらってることは、本当に感謝してる……でもここまでされたら、私、どうしたらいいか……」

「そこまで言うなら、どうして、初めに風呂やベッドを出した時に、言ってくれなかったんだ? それに、君は服を欲しがった。酒も飲みたがった。それは何故だ?」

確かに、そうだ。

「あの時は、省吾も、すぐ皆と同じになるって思ってたから、何も言わなかった。服だって、安いのを買ってくれればいいと思ってた。器用だとは言ってたけど、まさか、本当に作るなんて、思ってなかったから……」

目の前に置かれた、綺麗なワンピース。正直、着てみたい。

「……とにかく、私は、何も返せないよ」

手が震える。涙が出てきた。

「りま、君は確かに、他の人間と大きさが違う。でも、それだけで、他は全て同じだ。衣食住を必要とする普通の人間だ。それに、俺は君に見返りを求めたりはしない。俺は、同居人にサプライズをしたと思ってる。……趣味じゃなかったなら、申し訳ないことをした。でも、俺のしたことをそういう風に捉えられるのは、正直、心外だ」

思わず顔を上げた。省吾は、悲しそうに私を見ていた。

「だって……だって、おかしいよ」

「じゃあそのおかしいところを、俺が納得いくように説明してくれ」

「えっと、その……」

何て言ったらいいんだろう。

「りま、自分の言っていることが矛盾していること、気付いているか?」

「……」

確かに、矛盾している。わがままを言っておきながら、困るだなんて。

「はあ……もういい、今日はもう寝よう。俺は明日は休みだから、二人でゆっくり考えよう」

おやすみ、と言って、電気を消して布団に潜ってしまった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ