酒盛り
その日の仕事を終え、俺は真っ直ぐ家には帰らず、近くのショッピングモールへ向かった。
三階にある大型の玩具販売店で、入店するなり、ドールコーナーへ向かった。
「何かお探しですか?」
物色していると、笑顔の店員に話しかけられた。
「親戚に子供が生まれまして、人形の服を買いたいのですが、四センチの人形に合う服はありますか?」
「四センチ、ですか……少々お待ちください」
インカムで話す店員の後ろ姿を見て、俺は、目的の物はここには無いと察した。
その後、やはり無かったので、別の物を買い、店を出て、手芸店に寄り、生地を何種類か購入し、地下の食料品売り場で酒類とつまみを購入し、駐車場へ戻った。
「りま、戻ったぞ」
声をかけると、助手席に待たせていた小さな影と目があった。
「随分、時間がかかってたみたいだけど……何を買ったの?」
「酒と、つまみだ。君は、酒を飲むのが今回が初めてだと言っていたから、色々選んでいたんだ」
「……ふうん」
じっと、こちらを見ている。生地を買ったこと、バレているだろうか。
「早く帰ろうか、今夜は飲むからな」
買い物袋を後部座席に置き、りまを胸ポケットに入れ、エンジンをかけた――。
りまが「酒が飲みたい」と言った時、俺はかなり面喰らった。
「それで、良いのか?」
「うん。私、十八で家を出たから……ちゃんと、お酒を飲んだことが無くて。機会が無かった訳じゃないんだけど、ほら、お酒って、飲むと眠たくなったり、注意力が散漫になったりするって聞くじゃない? だから、もし、私がお酒を飲んで、そうなったら、危険かな、と思って。だから、省吾に、何かあった時に介抱してほしいなーって……」
「なるほど……わかった」
――そんなこんなで、今に至る。がさがさと買い物袋を揺らしながら鍵を取りだし、部屋に入った。
「先に、風呂に入ってしまおう」
酒を冷蔵庫に入れ、てきぱきと風呂の準備を進め、りまに先に入ってもらい、俺自身も風呂場へ向かった。
「ここにするか……」
取りに行けないとはいえ、部屋の隅に置いたままにしてしまうと、頭のいい彼女なら、気付いてしまうかもしれない。そう考え、脱衣所の棚に玩具店で買った物と手芸店で買った物をしまった。
入浴後、夕飯と酒を用意し、席に着いたところで、りまが風呂場から出てきた。
「もう準備できたの? ……やけに張り切ってない?」
「そうか? これくらいはすると思うぞ。でもな……」
ビールの缶を開けて、自分のグラスに注いだ。
「君のグラスにどう注いだらいいか、考えていたんだが、浮かばなかった」
差し出したのは、ドール用の小さなグラス。玩具販売店で買ったものだ。
「あ、じゃあ……ペットボトルの蓋ってある?」
「確か、キッチンにあったな。ちょっと待っててくれ」
飲み終えたペットボトルの蓋を、丁寧に洗って持っていった。
「これに注いで。これから汲むから」
「わかった」
ビールは泡とのバランスがいいんだがな……まあいいか。
「それじゃあ、今日はお疲れ様」
「お疲れ」
グラスを軽く掲げて、口にした。
「……うん、美味しい」
にっこりと笑った。
「そうか。飲みすぎには注意してくれ」
「わかってるよ」
酒を飲みつつ夕飯を済ませ、次の酒を用意していると、りまが言った。
「ねえ、省吾。……手に乗せてくれる?」
「手に? どうしたんだ?」
「ちょっと、お尻が痛くて……」
もじもじしている。テーブルは硬いから、何かクッションが欲しいのだろう。
「手でいいのか? ベッドもあるんだが」
「ううん、手がいいの。何かしたかったら動くから」
「わかった」
テーブルに力を抜いて左手を置くと、グラスを持ったまま、掌に座り、指に背をもたれた。
「省吾、そういえばだけど……お姉さん、いるんだね」
「ああ、言っていたな」
清水さんとの会話を思い出した。
「歳は? いくつぐらい離れてるの?」
「五つ離れていて、今四十だ」
「四十歳かあ……えっ!?」
目を見開いた。
「どうした?」
「いやっ、その……お姉さん四十歳で、五つ離れてるってことは、省吾、三十五歳なの!?」
「そうだが……そんなに驚くことか?」
「だ、だって、二十代かと思ったから」
「君と同じくらいだと思ったということか? それは嬉しいな」
「え、いや、二十九くらいかなあって」
「……そうか」
少し調子に乗りすぎたようだ。
一時間くらいたった頃、りまに変化が現れた。
「……」
口数が減り、目がうつろになってきた。
「りま?」
「あっ……」
声をかけると顔を上げる。
「ちょっと、休憩……」
僅かに残っていたグラスの中身を飲み干し、テーブルに置いた――その時。
「うーん」
掌に倒れこんでしまった。
「大丈夫か? ……りま?」
声をかけるが、返事が無い。よく見ると、寝息を立てている。
「りま、起きてくれ、そこで寝ると風邪を引いてしまう」
指先で軽く突いてみたが、起きない。
友人や部下と飲みに行った時も、必ず、みんな寝てしまうから、こういうのには慣れているが、今回ばかりは状況が違う。
「仕方ないな……」
頭を掻いて立ち上がり、脱衣所へ向かった。




