潜入捜査
しばらくして、寝息が聞こえてきた。
ポケットの中は、当然だが、人が入るようには作られていない。元々不安定だが、胸が、リクライニングして斜めになっている上、呼吸で上下しているから、立ったり座ったりしていると、バランスが安定しない。
「よいしょ、っと……」
とりあえず私も、横になって、省吾に全体重を預けることにした。重さはあまり感じないはずだから、大丈夫……だと思う。
それにしても、あの守内刑事、何者なんだろう。
名前自体は聞いたことあるけど、顔を見たのは初めてだ。
あの人の顔を見た時の省吾の目は……嫌悪そのものだった。
私は省吾に見つかる前から、省吾のことは、仲西刑事を通して見てきた。どんなに凶悪な犯人に対しても向けない目を、守内刑事にだけは、向けていた……。
「どうして? 省吾……」
訊いたが、答えてくれない。眠っているから、当然だ。
……いや、今は事件のことを考えよう。
犯人は十中八九、清水さんで間違いない。
先程出てきた、四つの時計のうち、犯行時に確実にずれていたのは事務所の時計。
わからないのは、ずれた理由と、撮影された時間。
それを知るためには、最低でも、事務所の中に入る必要がある……。
要するに私は、潜入捜査をしようと考えている。
管理人が、警察に協力したくないくらい、何かを隠しているのは明白……入れてもらえないなら、入ってしまえばいい。私の身体なら、余裕だ。でも、省吾が何て言うかな……。
推理より、説得方法を考えていると、省吾が目を覚ました。
「ふぁあ……」
大きな欠伸をしている。言うなら今かもしれない。
「省吾、ちょっといい?」
「ん、どうした?」
リクライニングを戻し、アイマスクを外した。眩しそうに目を細めている。
「夜になったら、もう一度現場に行くでしょ? その時に――」
潜入捜査をしたい旨を伝えると、うーん、と考えていた。
「……わかった、やってみよう」
約束は取り付けた。絶対、成功させよう。
夜になるのを待ち、他の刑事が次々と帰る中、省吾は車を走らせ、現場へ戻った。
午前二時。被害者の死亡推定時刻の辺り。
「管理人は……まだいるな。事務所の灯りもついている」
管理人に気付かれないように、周囲を散策していると、ドア枠の下に隙間を見つけた。
私を胸ポケットから出し、そっと地面に降ろした。
「できるだけ、無茶はしないで、なるべく早く戻ってきてくれ」
「うん、わかった」
笑顔で答え、隙間から事務所に潜入した。
中に入って見えたのは、例の時計と、ソファ、壁に打ち付けるタイプの棚と、テーブル。管理人はそこで、夜食だろうか……カップ麺を啜っている。
テーブルの下にあったあるもの。それを見た時、店主が何を隠しているのかわかった。
大きな平たい鉢植えに、植えられた沢山の植物……。
以前、忍び込んだ家で、家主が、警察に密着する番組を観ていた。その映像に、それも一緒に映っていた。
「……大麻だ」
思わず口にした。なるほど、これは確かに、警察を中には入れられないわけだ。
これはこれで省吾に知らせないと……と思った、その時。
「にゃあお」
その声が聞こえた時、総毛立った。
遥か上空、壁に打ち付けられた棚の上に、明らかにこちらを見ている、巨大な白い猫。瞳孔は開いていて、お尻を振っている。
私を、狙ってる――。
「おい、じっとしてろよ、あげないからな」
管理人が言った。きっと、カップ麺を狙っていると思い込んだのかもしれない。それを聞いたのか、猫は私から目を離した。
た、助かった……?
一旦、ここから出ようと踵を返した、その時。
「にゃあ」
また聞こえた鳴き声に、振り返った。が、今度は私を見ていない。
棚の端から、目一杯前足を伸ばして、あるものを必死に叩いている。
「あっ、おい、また……仕方ないな、後で直しておくか……」
管理人の呟きを聞いてから、私は急いで、ドア枠の隙間から外に出た。




