接点
公園に戻ってきた。俺は車から降りたが、仲西には被害者の会社へ向かうように指示した。
りまをつれて、事務所へ向かう。中には、まだ管理人がいる。
「まともに取り合ってもらえるとは思えないよ。中を覗いて、時間を確認して」
言われたので、窓からこっそり覗くと、時計が見えた。時間は……俺の時計とのずれは無い。
「間違いないみたいだ」
「そっか……」
腕を組んで、考えている。
「俺なりに考えてみたんだが、りま、君は、あの事務所の時計がずれていると思ったのか?」
「うん」
頷いた。
「でも、写真の中の事務所の時計と、それを撮影した時刻は、多少のずれはあるが、同じだったぞ?」
「それがわからないの……そもそも、事務所の時計が、犯行当時にずれていたと証明できなきゃ……あっ」
何か閃いたようだ。
「犯行があったのって、深夜だよね? その時間まで待って、それからもう一度来てくれる?」
「わかった」
夜まで、まだ時間がある。離れたところで仲西からの連絡を待つことにした。
「ねえ、省吾」
「どうした?」
「さっきの、その……守内刑事、なんだけど」
「あの人が、どうかしたのか?」
訊くと、りまの顔がサッと青くなった。
「ううん、何でもない!」
「? ……何か気になることがあるなら、訊いてくれ」
「大丈夫、多分、私の気のせいだと思う」
「……わかった」
気にはなるが、そこまで言うのならそうなのだろう。
その時、背広に入れていた携帯が鳴った。
「赤石です」
「仲西です。被害者がカメラを持っていた理由なのですが、あの小屋、色々、怪しいところがあったみたいで……それを撮影するために、カメラを持っていると、同僚に話していたそうです」
「怪しいところ……具体的には?」
「そこまでは、わかりませんでした」
「そうか……」
怪しい事務所。確かにそうかもしれない。犯行当時の悲鳴が聞こえ、不良の声だと思って確認しなかったのも、よく考えればおかしい。管理人なら、すぐにでも確認しなければいけないはずなのに。
「あ、それと、もう一つ聞いたことが……被害者の会社に、清水さんのお姉さんが勤めてたんです」
「それは本当か?」
「はい、同じ部署に、被害者と付き合っていた元恋人がいまして、その方の証言で……でも、もうずっと前に、退社してるみたいです」
「そうか……わかった。一度、本部に戻るから、戻ってきてくれ」
「わかりました」
仲西からの電話の内容をりまに伝えると、また腕を組んで考えた。
「被害者と清水さんには、接点が、あるといえばあったってことだね」
「そうだな。でも、とても関係しているようには――」
思えない、と言いかけて、思い出した。
情報収集の甘さ。昨日、彼女と捜査をして、わかったことだ。
「……いや、何か、関係あるかもしれないな」
仲西にメールで、清水さんの姉のことを調べるように伝えた。
「先輩!」
しばらくして、仲西が公園に戻ってきた。
「お待たせしました……行きましょう」
「ああ」
車に乗り込むと、仲西が手帳を開いた。
「清水さんのお姉さんなんですけど、被害者から、酷いセクハラを受けていたらしいです。退社の理由は、一身上の都合、ということにはなっているみたいですが、恐らく、それが原因ではないかと、社内では噂になっています」
「そうか……」
何となく、動機も見えてきた気がする。
「あの、先輩」
「うん?」
「先輩の携帯、非通知電話って来てないですよね?」
自分の携帯を握りしめ、不安そうに訊いてきた。
「僕、ずっと待ってるんですけど、鳴らないんですよ」
「……」
すぐには答えられなかった。電話の主は、すぐそこにいる。
「ま、まあ、そういう日もあるだろう」
「そうですよね」
答えて、携帯をしまった。
「仲西、数日前に、携帯を落とさなかったか?」
「え、落としましたけど、それが何か?」
「……いや、何でもない」
りまの、仲西の番号の入手経路が、彼の不注意と油断であることがよくわかった。
仲西の運転で、本部に到着した。そこは見慣れた、俺達の職場だ。
「車を止めてくる。先に行ってくれ」
「はい」
ドライバーを交代し、ハンドルを握った。
「りまは、来たことがあったんだったな」
「来たことはあるけど、正面玄関からちゃんと入るのは初めてかも」
「……そうか」
他にどんな入り口があったのだろうか。
長い廊下を渡り、『捜査一課』と書かれた部屋の扉を潜ると、見慣れた机に座った。
「赤石君、おはよう。座ったところ悪いんだけど、捜査の報告してくれる?」
「はい」
遠くから声をかけてきた女性……斎藤一課長のもとへ向かった。
一通り報告を終えると、俺の顔を覗き込んできた。
「随分眠そうね……仮眠取る?」
「そうします。犯行が起きた時間、もう一度現場に行くので」
「あら、大変ね。無理しちゃだめよ?」
「はい」
失礼しますと頭を下げ、階段を降りて地下駐車場へ向かい、運転席に乗った。
「りま、少し、仮眠を取りたいんだが、君はどうする?」
「私は……ちょっと考えたいから、このままでいいかな」
「わかった」
グローブボックスからアイマスクを取りだし、リクライニングを倒して装着した。
普段は仮眠を取る時は、腕を組んでいるが、そうすると胸ポケットを潰してしまうので、スラックスのポケットに両手を突っ込み、目を閉じた――。




