食事
「あー気持ちいい……」
耐熱容器の縁に突っ伏して、そう呟いた。
省吾が作った手製の風呂場。中は省吾が言った通り、豆電球一つしかないため、部屋全体を照らすことが出来ていなかった。
でも、これだけの事で文句を言ってはいけない。汚れた水溜まりよりはマシだ。
にしても……。
名前と身長と、過去を少し明かしただけなのに、どうして、泊めてくれるまでに至ったのだろう? もし私が、小人じゃなくて普通の人間だったら、同じ様に泊めてくれただろうか……。
「……ま、いっか」
今度訊けば良いよねぇ……。
その後、布の切れ端で身体を洗ったり、髪を洗ったりしているうちに、お湯が冷めてきた。
そろそろ上がろうかと思っていると、外から良い匂いが漂ってきた。
「夕飯、出来てるぞ」
そんな声が聞こえた。
「あ、うん……」
身体を拭き、服を着て風呂場から出た。
テーブルの上には、既に食事が並んでいた。
が、中身は良いのだが、器が変だった。
お椀に入っているはずの味噌汁が、何故か小皿に入っていたり、メインであろう肉料理が、細かく切られて、これも小皿に盛り付けられていた。
「すまない、箸やスプーンが用意出来なくて、小さい器も、これしかなかったんだ……」
申し訳なさそうなトーンでそう言った。
今日、一緒に捜査をしてて思ったのだが、省吾はとにかく無表情だ。何を考えているのか、全くわからない。色んな意味で、不安になってしまう。
同居の誘いといい、風呂場の事といい、今日は驚いてばかり……表情から読み取れれば、ここまで驚くこともないのに……今までに会ったどの人間にもいないタイプだ。
「別に、良いよ。食事があるだけありがたいし……気にしないで。いただきます」
笑顔でそう言って、素手で肉を掴んでかぶりついた。
「……美味しいっ」
久々の食べても良い食事に、思わず涙ぐんでしまった。
「大丈夫か? 味、どこか変だったか?」
省吾が心配そうに訊いてきた。
「ううん、大丈夫。とっても美味しいよ」
「そうか。なら良かった」
そう言って、箸を取った。
相変わらず、無表情のままだ。……無理に表情を作れとは言わないが、少し寂しい感じがする。
そんな事を考えながら、何気無く顔を上げた。
そして、目の前にある光景を見て、思わず固まってしまった。
なんて事はない。人間の、普通の食事の様子。
箸でおかずを持ち上げ、口に運ぶ。それだけ。
ただ、持ち上げたものの一つ一つが、私の身体くらい大きいというだけ……。
別に、人間の食事を見たことが無いわけではないが、ここまで間近で見たのは久しぶりだ。
不思議と恐怖は感じなかった。それ以上に、衝撃的すぎて、釘付けになってしまった。
「ん……どうした?」
省吾が私の視線に気付いた。
「いやっ、その……凄い光景だなって」
そう言うと、一瞬目を丸くした。
「嫌だったか?」
「え? あ、いや、そういう訳じゃないの。気にしないで」
適当に誤魔化して、再び肉にかぶりついた。
省吾が作ってくれた料理、小皿に盛られたそれらを、あっという間に食べ切った。
「ご馳走様」
食器を片付けてもらい、テーブルの上にいると、省吾が何かを持ってきた。
「りま、これ」
それは、複数枚のハンカチ。
どれもこれも、店で売られているような袋に入っていた。
それと、木で出来た小さな箱を持ってきた。
広さは、縦横五センチくらい。深さは私の腰くらいはある。
「……これは?」
「ベッド、のつもりだ」
「ベッド……」
まさか、そんなのまで用意してたなんて……。
「急ごしらえだから、こっちはあまり自信が無いな……」
そんな事を言いながら、ハンカチの封を切って取り出し、木箱に詰めていった。
「……よし、こんなものだろう、寝てみてくれ」
「え、あ、うん」
言われるがまま、木箱のベッドに横になった。
ハンカチが何枚も重なっているからか、ふかふかでとても暖かかった。
「どうだ?」
「……すっごく、ちょうどいい」
「そうか、なら良かった。どうする、もう寝るか?」
「うん……そうしようかな」
布団が気持ち良いからか、段々と眠たくなってきた。
「じゃあ、電気消しておく。俺は風呂に入ったりするから、物音を立てると思うが、煩かったら言ってくれ」
それじゃ、おやすみ、と言って、電気を消した。




