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ミーシャの儚い恋

「ほら、手が止まっていますよ?」

「うう、ダメぇー。もう動かないよぉー」

「そんなことではいつまでも終わりませんよ? さあ、もっと早く動かしてください」


 はぅー。手首が痛いよぉー。全然書類の山は減らないし、お腹は空いたし。

 もういやだぁー! こんなこともうやりたくないよぉー!

 そんなことを嘆いていると突然扉がノックされた。セバスチャンさんが「誰でしょう?」と言葉を零しながら確認しに向かう。


「おや、ミーシャ様ですか。どういたしましたか?」


 どうやらミーシャが何か用事があってやってきたみたいだ。一応、私は作業の手を止めてミーシャの元へ向かう。


「あの、その、少し頼みごとを……」

「何でしょうか? できれば手短に――」

「ゆっくりしていって! 全部聞いてあげるから!」


 セバスチャンさんがとても怪訝な顔をしていたけど、私は気づかないふりをした。

 そのままミーシャを部屋の中へ入れる。そしてソファーに座らせて、ミーシャの頼みごとを聞いてあげることになった。


「それで、どうしたの?」

「えっとね、ちょっと身体が変なの」

「身体が変? それはどうおかしいのですか?」


 ミーシャは顔を赤くした。なんでそんなにほっぺを赤くしているんだろう?

 私は何気なくミーシャを見つめる。するとミーシャは自分の胸を抑えて、こんなことを言ったんだ。


「あの人を見ると、とても胸がドキドキするの。こんなの初めてで、なんだかわからないけど苦しいの」

「え? それってもしかして、恋なんじゃあ……」


 ミーシャは驚いたように目を大きくさせる。そしてすぐに「そんなことない!」って否定をした。


「あり得ない。あり得ないよ! だってあの人は昨日まで敵だったんだよ!? そんなことある訳が――」

「敵?」


 私はセバスチャンさんと顔を見合わせる。そしてゆっくりとミーシャに振り向いて、確認を取った。


「もしかして、ヴァルガンさんに惚れたの?」


 ミーシャはこれまでにないほど顔を真っ赤にした。


「そ、そそそ、そんなこと、ない! だだって、あの人は人じゃないし、敵だったし、そんな関係になれないし!」


 とてもしどろもどろなんだけど。もう好きってことが丸わかりだよ?

 にしても、ミーシャがヴァルガンさんに恋をしたのかぁー。なんだかとても複雑な気持ちだよ。


「ほう、面白い状況ですね」


 面白がらないでくださいよ! 大切な妹がとんでもない人に恋をしたんですよ!?


「あの、私、どうすれば……?」

「うーん」


 何とも言えないなぁー。ヴァルガンさんにはヴァルガンさんで好きな人がいるし。というかその人のためにあんなことをしたしなぁー。

 それを考えるとミーシャの入り込める隙間なんてない気がする。だけどそれを伝えようにもどういえばいいんだろ?


「そうですね。デートしてみればどうですか?」


 ちょっとセバスチャンさん!? とんでもないことを言わないで!

 デートって、そんなハードルの高いことがミーシャにできるはずないでしょ!


「デ、デート!?」


 ああ、ミーシャが頭から煙を噴き出している。何を想像したのか全くわからないけど、とても誘えるような状況じゃないよ。


「そうです。相手のことを知るなら、まずは遊ぶことです。そして深い関係になりたいのなら自然体になることです。つまり、最初はデートをして互いの好みを知ることから始めればいいのです!」


 なんだかもっともらしいことを言っている!

 しかもとんでもなく顔が活き活きしているよ。どこか楽しそうだし。


「な、なるほど。一理あるわ」

「まあ、彼のことですからデートぐらいは付き合ってくれるでしょう。問題は、どういったデートプランを立てるかですね」

「デートプラン?」

「ええ。あまりにもハードだと相手は疲れますし引きます。しかし、ソフトすぎれば楽しかったで終わってしまうのが落ちです。ちょうどいい感じに引き締め、相手を楽しませる。これがあれば次に繋がるものですよ」


 セバスチャンさんのアドバイスをミーシャはメモを取りながら真剣に聞く。

 たぶん、あまり役に立たないアドバイスだと思うんだけど、それでもミーシャはメモに書き記していく。


「あの、ゴルディアートでは何が名所なんですか?」

「デートに適している場所はシャーネルドラゴンの寝床ですね。ちょっとした恐怖感を味わうことができ、なおかつ安全です」


 とんでもないところを教えてる! ミーシャ、そんなのメモしちゃダメだよ!

 たぶん、いや絶対に安全じゃないから!


「他には何かありますか?」

「のんびり過ごすならトトカ村でしょうね。あそこには乗馬体験ができる牧場もありますし、それに様々な美味しいものがございます」

「最高じゃないですか! ありがとうございます!」


 あれ? 思ったんだけどヴァルガンさんって普通のものを食べられるのかな?

 ヴァンパイアだから血を食料にしていそうだけど……


「お姉ちゃん!」

「え、はい!?」

「私、頑張るよ! 絶対に振り向かせてくるね!」


 すごくやる気満々!? なんだかさっきと違ってとんでもなく活き活きしているけど。

 大丈夫なのかなぁー?


「では、ご健闘を祈っております」

「ええ、ありがとうございます。セバスチャン」


 こうしてミーシャは鼻歌を零しながら意気揚々と部屋を出ていった。

 私は、とんでもなく心配になりながらその背中を見送ったのだった。


突然舞い込んできたミーシャの恋。

だけどその結末はなぜかわかりきっている!?


この恋の行方は一体どうなるのだろうか?

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