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ヴァルガンさんが求めたもの

 溢れる光。それは、部屋だけでなく魔王城自体を飲み込んでいた。そんな優しい光を通して、私の中に何かが入ってくる。


『ったく、君はいつもいつも』


 これは、何? それにここは?

 花がたくさん咲き誇っている庭の真ん中。そこにとても綺麗な銀髪の女の人が立っていた。振る舞いの一つ一つがとても気品に溢れて、なんだか近寄りがたい雰囲気がある。

 だけど、その声は遠慮することなくズカズカと女の人の心に踏み込んでいた。


『いつも、なんだい? もっとハッキリ言ってくれないとわからないよ、ファイ?』

『じゃあハッキリ言っておこう。少し邪魔だ、ヴァルガン』


 私は〈ヴァルガン〉と呼ばれた。どうしてそう呼ばれたのかわからない。

 でも、ヴァルガンと呼ばれた私は、少しだけ嬉しそうに笑っていた。


『また火の粉かい? 僕なら簡単に振り払うことができるけど?』

『自分の手で払うといつも言っているだろ。それに、君は容赦なく火を消すだろ? それだと困るんだ』

『邪魔者は消したほうがいい。世の中の常識さ』

『そういう考え方だから困るんだ』


 女の人は銀髪と黒いドレスを揺らして私に振り返る。よく見るとその手には、一冊の白くて分厚い本があった。


『また〈それ〉を持ち歩いているのかい?』

『悪いかい? 〈こいつ〉はいろいろと便利なんだ。そんなに邪険にするな』

『気色の悪い白だ。純白とは言えない禍々しさを感じるよ』

『だが、今の私には必要な代物さ』


 女の人は怪訝な顔をしている私に微笑んだ。すると私は、どこか機嫌悪そうに顔を逸らしてしまう。

 だけど女の人は、そんな私の顔に優しく手を添えた。


『全てが終わったら、君の元へ行こう。それまでは、我慢してくれ』


 私は、ヴァルガンさんは、その言葉を信じて口づけを受け入れていた。

 女の人、いやファイさんは白くて分厚い本を使って、何かをしている様子だった。だけどヴァルガンさんはそれが何なのかわからないでいる。

 何をしているのか知ろうとすると、ファイさんは誤魔化す。だからヴァルガンさんの中でもやもやが溜まっていった。

 だけど、それでもヴァルガンさんもファイさんも幸せそうだった。まるで夢の中にいるような、そんな感じがした。

 誰にも邪魔されない時間。でもその夢は、突然終わりを告げる。


『なんだこれは――』


 ファイさんが閉じこもっていた庭に、ヴァルガンさんがいつも通り訪れた時だった。

 誰かに荒らされたのか、花は散乱していた。踏み潰され、グシャグシャになってしまった花を手にして、ヴァルガンさんは言葉を詰まらせる。


『――ファイ』


 ヴァルガンさんは急いで庭の中心へと向かった。いつもそこで作業をしている大切なファイさんを見つけるために。

 でも、そこで待っていたのは力なく倒れているファイさんの姿だった。


『ファイ!』


 慌てて抱き起こすヴァルガンさん。懸命に身体を揺らして呼びかけるけど、一向に目覚める様子はない。


――クスクス。


 そんなことをしている時だった。誰かがバカにするような笑い声を零したんだ。

 ヴァルガンさんはつい睨みつけるように目を向けてしまう。するとそこには、真っ黒な髪と白いドレスを着たファイさんらしい女の子が立っていた。


『なんだ君は?』


 そのバカにした微笑みのせいか、ファイさんのような気品さは感じられなかった。それどころか、どこか冷たい感じがする。


『ひどいなぁー。私だよ、私。それとも、私のことを忘れちゃった? ヴァルガン』

『忘れた? 悪いけど君みたいなムカつく子供は知らないんだよ』


 女の子はそんな言葉に対して『ふーん』って興味なさげに返事をした。

 ヴァルガンさんはそれに、大きな怒りを覚える。だって、髪をいじる仕草とかがファイさんみたいだったからだ。


『ま、こんなことじゃ騙されないか。完全にコピーしきれなかったし』

『貴様、ファイに何をした!?』

『姿をもらった。ああ、記憶もたくさんもらったかな? 命はいらないからいただいてはないけど』


 ヴァルガンさんはファイさんを抱えていない腕を振る。途端に地面が抉れて、女の子を宙へ吹き飛ばした。

 でも、それだけだ。女の子は何事もなかったかのように笑って飛んでいる。


『ひどいなぁー。私はあなたになにもしてないよ?』

『黙れ!』

『キャー、怖い! このままじゃあ殺されるぅー!』


 そう言って女の子は背中に魔法陣を展開した。それは真っ黒で、今にも吸い込まれそうな深い闇を感じさせる。


『待て!』

『待たないもーん。殺される前に逃げるもーん』


 女の子はヴァルガンさんの言うことを聞かずに、魔法を発動させた。

 黒い光は、女の子の身体を飲み込んでいく。そして、ニッコリ笑ってこんなことを言った。


『せっかく手に入れた自由を満喫する。使命なんてくそ喰らえよ』


 女の子は闇に包まれて消えた。だけどヴァルガンさんはそれに呆然としていた。

 一体何があって、どうしてこうなったのかわからない。


『うっ……』

『ファイ!』


 呆然としていると、ファイさんが意識を取り戻した。慌てて『大丈夫か?』と訊ねようとする。でも、待っていたのは悲劇だった。


『あなたは、誰?』


 ファイさんは、あの女の子に記憶を奪われた。それはつまり、今までのファイさんじゃなくなってしまったということでもある。そしてそれは、楽しい日々も、悲しい時間も、怒った出来事も、何もかもが奪われたということでもあった。

 ヴァルガンさんはあの女の子を探した。でも見つからなくて、途方に暮れていた。

 長い時間、絶望に包まれていたんだ。大切な人は、ずっと本を読んでいる。楽しげな会話もしてくれる。だけど、ファイさんじゃなくなった。

 どうしようもなくて、頭を抱えている時だった。


『新しい魔王?』

『はい。ですがご安心を。獣人に変わるいい商品を用意いたしました』


 私の噂を聞きつけたんだ。そして、私の紋章の能力を知る。

 もしかするとその能力で、ファイさんを取り戻すことができるかもしれない。そう考えたから、ヴァルガンさんは動き出す。


『ダマーシィ、悪いがそれは買わない』

『え?』

『だが、ある頼みを聞いてくれたら大金をやるよ。どうだい?』


 こうしてヴァルガンさんは私の元へやってきた。そして、僅かな希望を掴み取ることができなかった。



◆◆現在◆◆



「…………」


 何だろう。なんだかとても悲しいよ。

 必死にやってきたのに報われないなんて、こんなの間違ってる。


「ハハ。僕は、負けたのか」


 倒れているヴァルガンさんを、私は見下ろしていた。

 そんな私をヴァルガンさんは、少し憎々しく見つめる。


「そんな顔を、するな。僕に、勝ったんだろ?」


 勝ったよ。でも、だけど――


「さあ、殺せ。僕は、それだけの、過ちを……犯した」

「できないよ。そんなことをしたら、ファイさんが悲しんじゃう」


 ヴァルガンさんは、驚いたような顔をしていた。どうしてって訊ねたそうにする。

 私は、何も話さない。だけど、わかってしまったからこそこれ以上の攻撃なんてできなかった。


「魔王、わかって、いるのか? 僕を、殺さないと――」

「できないったらできない! 私は、私は! ヴァルガンさんを殺したくなんてないよ!」


 私の中の答えが、言葉に出ていた。

 みんながとても不思議そうな顔をして、私を見つめている。でも、それでも、そんなことできなかった。


「マオ様」


 そんな私の隣に、セバスチャンさんが立った。ゆっくりと肩に手を置いて、ニッコリと笑ってくれたんだ。


「ここは私に任せてください」


 そう言ってセバスチャンさんは私の前に立ってくれた。そのままヴァルガンさんを見下ろして、ゆっくりと口を開く。


「あなたはとんでもないことをしました。この代償は大きいです。ですが、我が主はあなたを殺したくないと言っている。ならば、我が魔王軍に降ってみてはどうですか?」

「まさか、仲間に、なれと?」

「ええ。マオ様が殺さないと言っているんです。ならば生き延びて恥をさらして、罪を償うしかありません。言っておきますが、拒否権はありませんよ?」


 思いもしない提案。思いもしない言葉。

 それに私は、目を大きくしていた。


「セバスチャンさん!」


 セバスチャンさんはにっこりと笑う。そして、ヴァルガンさんに優しい目を向けた。


「どうですか?」

「どうもこうも、拒否権が、ないんだろ? なら、ありがたく、受け入れさせていただくよ。僕には、まだやらなきゃ、いけないことが、あるからね」


 ヴァルガンさんはそう言って、笑った。セバスチャンさんも満足げに笑っていた。

 みんなは、まだ不思議そうな顔をしている。でも、次第に状況がわかって、笑ってくれたんだ。


「ようこそ、ヴァルガンさん。私達の、魔王城へ」


 とても嬉しかった。

 ヴァルガンさんは、ちょっと戸惑っていたけど。だけど、それでも嬉しかったんだ。


「それよりもマオ様」

「何? セバスチャンさん」

「大きくなられましたね」


 私はセバスチャンさんに指摘されて気づいた。

 あれ? なんだか視点が高い。


「えー!」


 身体をよく見ると、手足がスラリと長くなっていて、ぺっちゃんこだった胸もそれなりに膨らんでいる。

 どうりで服がキツイなって思っていたら、身体がこんなことになっちゃってるよ!


「あらー? あらあらー?」

「お母さん、いろいろ大きくなったぁー!」

「ま、魔王! その胸を触らせろ!」

「お姉ちゃんが、お姉ちゃんらしくなった!」


 みんながいろんな反応をする。なんだか恥ずかしいような、嬉しいような。

 そんなことを思っていると、身体から力が抜けて足から崩れてしまう。


「大丈夫ですか?」


 だけどセバスチャンさんが、私の身体を支えてくれた。私はちょっと照れながら「うん」って返事をする。


「ここ二日は頑張りましたからね。今日はごゆっくりしてください」

「うん。でも、足が……」

「ならお運びしますよ」


 そういってセバスチャンさんは私の身体を持ち上げてくれた。


「お姫様抱っこだぁー!」


 メイちゃんが叫ぶ。すると一気に部屋が歓喜に沸いた。


「いいぞー!」

「私のお姉ちゃんをよくもー!」

「あーん、私がしたいー」


 は、恥ずかしい! だけど動けないし逃げられない!


「セバスチャンさんー」

「ふふ、案外軽いですね」


 私はそのままセバスチャンさんにお姫様抱っこされていく。

 部屋を出ていくまで、ずっと。だからそれまで、みんなは騒いでいたんだ。

 こうして、ヴァルガンさんが起こした騒ぎが終わった。

 でも、あの現象は何だったんだろう? それにあの女の子は?

 私の中に、わからないものが増えた日でもあった。


ヴァルガンとの決着がつき、なぜか仲間に!

だけどちょっとした謎が残った。ファイの記憶を奪った女の子は、一体何者なのだろうか?

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