ミーシャvsスーパーゴブタさん
撤退信号を見たみんなは一斉に魔王城へと戻ってきた。一体どんな作戦があってそんなことをしたのかわからないけど、カアたんの敗走以外はかなりの戦果を上げたってウィンディさんが説明してくれる。
「でも、このまま戦えば勝てるんじゃあないですか?」
「ええ、普通はそう考えるわ。でも、あいつは普通に勝とうと思っていないみたいよ」
どういうことだろう? セバスチャンさんは何か考えがあるのかな?
「少なくとも、あなたの意志を汲み取ってやっている。今のところはだけどね」
「私の意志?」
もしかして、ミーシャやみんなが傷ついてほしくないって思っていたのバレていたのかな? だとしても、どうしてみんなを撤退させたんだろう?
「さて、そろそろこちらの切り札を出すみたいね。戦況的にはちょっと出すの早いんじゃないかしら?」
水晶を覗き込んでみると、半分の半分に減った国王軍と勇者のジュリアちゃんがまっすぐと攻めてくる。その中にはミーシャがいて、今まで見たことがないほど勇ましい顔をしていた。
もしこのまま攻め込まれたらミーシャと戦わなきゃならない。下手すると私はミーシャを殺す、もしくはミーシャが私を殺すなんてことが起きるかもしれないんだ。
そんなのいやだ。ホントに戦わずに勝てればいいんだけど。
「そんな不安そうな顔しちゃダメよ。マオちゃん、あいつにも言われたでしょ?」
「う、うん……」
不安と言うか、心配というか。
何とも言えない気分だなぁー。
「さて、そろそろ切り札の登場よ。マオちゃん、しっかり見ておきなさい」
水晶に目を向ける。そこには進軍をやめる国王軍とジュリアちゃんの姿があった。そんな軍隊の前に立つ一体のゴブリンさん。それは魔王軍で最強の男だ。
『あれは、まさか――』
一人がゴブタさんの正体に気づく。その瞬間に、ゴブタさんは息を吸い込んだ。途端に大気が痺れ始めて、大地が唸り声を上げる。
『生きていたのか、伝説のゴブリン……』
『伝説のゴブリン!?』
『まさか、勇者レックと互角に戦ったとされるあのゴブリンか!?』
ざわつく国王軍。そんなにゴブタさんってすごいんだ。そんなことを思っていると、ゴブタさんの色が金へと変わっていく。
目覚めるスーパーゴブリン。その緑色の瞳は、襲いかかってくる敵へと向けられていた。
『何が伝説のゴブリンよ。あんなの私だけで十分よ!』
体調が戻ったジュリアちゃんが突撃する。でもゴブタさんは振り下ろされた剣を人さし指と中指を使って簡単に挟み取った。
『なっ』
ジュリアちゃんは当然のように驚いた。ゴブタさんはそれを確認するとお腹に軽く蹴りを撃ち放つ。転がっていくジュリアちゃん。そのままお腹を抑えて呻き声を上げていた。
「うわー、痛そー」
「かなり力をセーブしているわね。よく殺さなかったわ」
勇者とゴブタさんの実力差は歴然だった。だからなのか、国王軍は攻めるどころか数歩後退している。
『く、退けぇ!』
国王軍が逃げ始める。よかった、ゴブタさんのおかげでなんとかなりそうかも。
でも、そんな中をまっすぐと進む兵士がいた。それはミーシャだ。
『ほう、逃げないのかい? 嬢ちゃん』
『なさねばならない目的があります。だから私は、どんなことがあっても突き進みます』
かぶっていたカブトを捨てる。現れる短い亜麻色の髪。それは太陽の光を反射してとても綺麗に輝いていた。
『なら、一戦やろうじゃないか。その信念、いや目的を折ってやるよ』
『折れません。何があっても、絶対に』
ゴブタさんとミーシャがゆっくりと構え始める。静かな風が吹き、咲いていた花の花びらを舞い上がらせた。そしてそれが二人の前にゆっくりと落ちると同時に、二人は駆けた。
それは何が起きているかわからない戦いだった。私の目には一瞬にしか見えない。でも、わかる。それは一瞬ですまないぶつかり合いだと。
その証拠に、ミーシャは後ろへと飛ばされて木へとぶつかっていた。
『へぇー、なかなかやるじゃねぇか』
そんな言葉を零すゴブタさん。途端に身体がバッテンに斬られて勢いよく血を噴き出していた。
よろめくゴブタさん。そんなゴブタさんを見て、ミーシャはニヤリと笑っていた。
『あなたこそ』
驚いた。まさかゴブタさんとここまでやり合えるほど強くなっているなんて。ミーシャ、なんでそんなに強くなったんだろう。
『クク、いいな。こんなにワクワクしてきたのはリフィル以来だ。楽しませろよ、嬢ちゃんよぉー!』
ゴブタさんが拳を握って突撃する。ミーシャは慌てて回避すると、後ろにあった木へ拳が突き刺さった。
木は簡単に折れて倒れる。でもその間にミーシャは距離を取って、剣を振ると同時に何かを飛ばした。
だけどそれはゴブタさんに当たらない。簡単に攻撃を避けてまた突撃していた。
ぶつかり合う二人。でも見る限りミーシャが不利だ。
『くぅっ』
『嬢ちゃん、アンタは強いぜ。でもよ、柔軟性に欠ける』
ゴブタさんが消える。直後にミーシャが空へと打ち上げられていた。
飛んでいく先にはゴブタさんがいる。何か構えているみたいだけど、何をするつもりなんだろう?
「必殺技を打とうとしているわ。おそらくこれでトドメを刺す気よ」
「え!?」
ミーシャがやられちゃう。私は思わず叫びそうになった。だけどそんなことをしてもゴブタさんは止まりそうにない。
『喰らえぇぇ!』
輝く拳。そこから放たれる魔力らしき塊。ミーシャは避けることができないまま突撃していく。
このままじゃあミーシャが死ぬかもしれない。そんなことが頭に過った瞬間だった。
『ハハっ! ボロボロじゃねーか。ミーシャよぉー!』
ミーシャはその塊を切り裂いた。ゴブタさんは思いもしなかったことに目を大きくして、少しだけ動きが止まる。ミーシャはその瞬間を狙ってゴブタさんを勢いのまま切った。
『ガァッ』
ゴブタさんは力なく落ちていく。そんなゴブタさんに目を向けるミーシャは、どこか怖かった。
『クク、ハハハ』
笑い方はミーシャじゃない。
目付きもミーシャじゃない。
まるで別人だ。
「な、何が起きたの?」
「あの子、まさか――」
何が何だかわからないまま、私はへたり込んでいた。
身体が震えていることにも気づかないまま、ずっと俯く。それだけショックだった。
ミーシャに何が起きたのか?
それは次のお話で!
次回は明日の午後5時頃に更新予定です。




