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第1話 マオのお仕事

 これは、夢だ。とても不思議な夢なんだ。

 真っ白な世界。その中心にあるとても綺麗なお花を咲かせている木の下で、ひょろっとした人がいたんだ。


『やぁ、初めまして』

『は、初めまして』


 その人は屈託のない笑顔で挨拶をしてくれた。私もつい、誘われるように微笑んでしまう。


『マオ、だったね。悪いけど、僕のお願いを聞いてくれないかな?』

『お願い?』

『うん、お願い。もし聞いてくれるなら、君のお願いを聞いてあげるよ』


 私は少し困った。でも、なんでなのかわからないけど、頷いてしまう。

 その人は優しく微笑む。だけど同時に、どこか悲しそうな目をしていたんだ。


『じゃあ、言うよ。死んでしまった僕の代わりに、魔王になって家族を守って欲しい』

『魔王?』

『ああ、魔王だよ。いいかな?』


 そんなこと聞かれても。

 返事に困っていると、その人は私の身体を抱きしめた。その手はひどく震えていて、何かを恐れているような感じがしたんだ。


『あの?』

『ごめんね。だけど、ありがとう。僕は、僕のわがままで君を巻き込んでしまった。でも、君ならみんなを守れる。笑顔にさせられる。だから――』


 その人は何かを言おうとして、口を閉じた。

 笑顔はそこにはない。優しく微笑もうとしているけど、その細い眉は緩やかに下っていて、どこか元気がなかった。

 涙で潤んでいる目。明らかに悲しそうな雰囲気があった。


『君の願いを聞いてなかったね。聞いてもいいかな?』


 無理矢理その人は、笑顔を作る。その笑顔はとてもぎこちなくて、さらに弱々しかった。

 一体どうしてそんな顔をするんだろう。なんでそんなに、諦めたような目をしているんだろう。

 よくわからないけど、それがとても堪らない。


『どうすれば、あなたは笑うの?』

『え?』

『そんな顔をしちゃダメだよ。あなたは、笑っていなきゃいけないんだよ』


 出会って間もないけど、そう感じた。この人は、こんな悲しそうな顔をしちゃいけないんだ。

 それに、そんな顔をしてたら――


『ハハッ。これはやられたね。ホント、なんでこんないい子が次の魔王なんだよ』


 その人は目頭を抑えて泣いていた。ひどく、とてもひどくボロボロに。


『あの、悲しいの?』

『ああ、少しだけ。でもそれ以上に、とっても嬉しいんだ』


 その人は、涙を拭った後に満開に花を咲かせている木を見た。そして、ゆっくりとその幹に触れて、笑ったんだ。


『そっか、この子に全てを託すんだね』


 その言葉の直後に木は突然、淡く赤く輝いた。とても綺麗なその光は、一度空へ昇っていく。

 徐々に、その光は人の形になっていって、そして翼を広げたんだ。


『綺麗……』


 単純にそう思った。だからついそんな言葉を、零してしまう。すると赤い天使は、私に向かって微笑んだ。

 光が四つに分散される。そして、それは嬉しそうに笑いながら私の胸へ飛び込んできた。


『あなたには、太陽のような優しさを』

『あなたには、ささやかな美しさを』

『あなたには、微笑ましい知性を』


 仄かな光が胸に灯っていく。どんどんと大きくなっていく光が、祝福するかのように踊っていた。


『最後に、その全てを兼ね備えた勇気を』


 熱い。とても熱い。一体、何が起きたの?


『ありがとう。君なら、みんなを任せられる。世界が君を選んだ理由もわかったしね。だから、これから蘇る君に名前を与えよう』


 その人は、笑っていた。

 とても嬉しそうな顔をして、笑っていたんだ。

 どうしてそんなに嬉しそうだったんだろう。どんなに考えても、わからなかった。


 だけど、そんな顔を見たからかな。

 どこか安心しちゃった。


『マオ・ファンディル・シルバニアン。魔王として蘇ったら、そう名乗ってくれ』


 それは、消えていくその人がくれた名前。

 最初で最後のプレゼント。

 でも、この名前がどういう意味があるのか、この時の私はわからなかった。



◆起床直後◆



「魔王さま、起きてください。魔王さま」


 うぅん、うるさいなぁ。こんな朝から何なのぉー?

 お母さん? それともミーシャ?


「参りましたね。新しい魔王さまは、先代よりも寝坊助ですよ」

「それにしても、とてもかわいらしいですね。とても魔王には見えませんよ」

「そうですね。ですからこそ、私達がしっかりとサポートしないといけません」

「ふふっ。気合が入っていますね、セバスチャン。では、私は部下達の働きぶりを見てきます。お目覚めになりましたら、お願いしますね」

「ええ。いってらっしゃい、リフィル」


 どこか精悍で、頼もしい声。その人が「まだ起きないのですか?」と囁いてくる。

 うーん、まだ寝ていたいのに。一体私の睡眠を邪魔するのは誰?

 あ、もしかしてミーシャをいじめるヴァンだな! よーし、懲らしめてやる。


「それにしても、なぜこんな子が魔王に。世の中は不思議なものですよ」


 何かをブツブツと言っている。よくわからないけど、すっごい近くにいることだけはわかった。

 ふふ、見てろぉー。今にもその憎たらしい顔に頭突きを御見舞してあげるんだから。

 それ、いち、にの、さん!


「この、バカァー」

「うわっぶっ!」


 決まった。私の渾身の頭突きが決まった。

 ふふん、どうだ参ったか。


「ヴァン、これで懲りたら二度とミーシャを――」

「っ……、ヴァンとは一体、どなたのことですか?」


 あれ? なんだこのおでこを抑えている素敵な人は?

 見たことも会ったこともない人なんだけど。

 あれあれ? それよりここはどこ?


 見た限り、すっごく豪華な部屋だ。よくわからないペナントがあるし、とても恐ろしいライオンの剥製があるし、刃が尖そうな剣や槍が飾られているし。

 ここ、私の部屋?


「全く、蘇って早々こんなことをするとは。さすが魔王さまですね」


 私は顔を蒼白させた。

 その素敵な人は、明らかに怒っている。笑っているけど笑ってない笑顔で、私を見つめている!

 わ、私、やらかした!


「これは早々に罰をしないといけませんね――魔王さま、お覚悟を」


 迫ってくる恐ろしい手。私は大きな声で叫ぶ以外、どうすることもできずに捕まってしまった。



◆一時間後◆



 私、こう見えてお菓子を作るのが大好きだったんだ。お母さんと妹のミーシャに食べてもらって、褒められるのが大好きだったの。

 新学期だってちょっとは楽しみにしてたよ。そりゃあ、勉強は嫌だけどそれでもみんなと会えるの楽しみだったし。

 でも、どうして、こんなことになっちゃったのかな。


「どうしましたか? 手が止まっていますよ?」

「そ、そんな……。ちょっとは休ませ――」

「おや、いけませんね。そんなんではいつまで経っても終わりませんよ?」


 甘い吐息が耳にかかると途端に身体がひくついた。私は懸命に手を動かす。でも全然終わる気配はない。


「後がつっかえています。早くしてください」

「でもぉ」

「泣きごとはメッ、ですよ」


 励ましに似た意地悪な言葉。それに私は泣きたくなった。

 うう、まだこんなにもたくさん残ってる。

 もう無理だよぉー


「さあ、とっとと終わらせてください。でないとお昼ご飯は抜きです」

「やぁ、手が壊れちゃう……」

「早くしてください。まだ書類はたくさんあるんですから」


 ふえーん、どうしてこんなことになってるのー?

 山積みにされた書類。待っているたくさんの人。鬼の形相で睨む執事さん。

 私、なぜかこんな人達と紙切れに囲まれてデスクワークをしています。


「前任者はなんやかんやでたくさん残しちゃいましたからね。とっとと処理してください」

「ひぃーん! たくさんありすぎるー!」

「泣きごとは後でお願いします。それとも、特別な教育でも受けたいですか?」


 え? それどういう意味?

 とても怪しげに笑っているんだけど。とても怖いんだけど。


「とにかく、その紙束がなくなるまで自由時間はなしです。わかりましたか? マオ様」


 私は不満たらたらにしながら頬を膨らませた。

 隣に立つ黒いスーツを着た男の人。名前は確かセバスチャンって言って、魔王専属執事って自己紹介をしてくれた。


 そして私はマオ。えっと、今は確かマオ・ファンディル・シルバニアンだったかな? ファミリーネームは本当なら違うんだけど、魔王になったからこういう名前になったらしい。

 元々は片田舎に住んでいる普通の女の子と言えばいいかな。そりゃ男の子相手にケンカを買ったりしたこともあるけど、見た目も声も女の子だよ? それが朝起きたらいきなり魔王になっているってどういうこと?


 そういえば変な夢を見たなぁー。でも、どういった夢だったかあんまり覚えてないし。そもそも、どうして私が魔王になっているの? 下手すると勇者や王国派遣の兵隊とかに倒されちゃうじゃん!

 あーもー、イライラする!

 どうして魔王なの?

 魔王になっちゃったの?

 というか魔王って書類処理するの?


「手が止まってますよ? マオ様」

「ひっ」


 うう、セバスチャンさんがなんだか怖いよぉ。

 ああ、なんで私がこんな目に。

 誰か代わってよぉー!



◆三時間後◆



「はい、よくできました」


 終わった。やっと終わった。

 ああ、なんで朝からこんな精神も体力もガリガリに削られなきゃならないの?


「でも――」


 とにもかくにもこれで自由だ!

 思えば魔王さまって学校に行かなくていいよね? じゃあ仕事さえ終われば思いっきり遊べるってことだよね?

 そりゃ命の危険があるけどさ。だからこそこの仕事終わりをたくさん満喫してもいいじゃないの!

 思えばセバスチャンさんは背が高くて、綺麗な黒髪があって凛々しい目や顔立ちしてるし、実はとんでもない男前。中身の問題がなければとんでもないイケメンだよ!

 ああ、今になって実感してきた。魔王さまになってよかったって。


「さて、魔王さま」

「なぁに? セバスチャン」

「これからご教養を養ってもらいます」

「え?」


 ごきょうよう? ごきょうようって、もしかして――


「勉学をしてもらうということです」


 セバスチャンさんはニコッと笑った。


「そんな……」


 悪夢だ。ナイトメアだよ!

 これじゃあ学校に仕事がプラスされただけじゃない!


「いやだぁ! もうこれ以上デスクワークはいやだぁ!」

「勉学です」

「いやだって言っているでしょ!」


 絶対にやらないから! 絶対に遊んでやるから!

 というかなんでこんなにも自由がないの?

 こんなのおかしいよ!


「わがままなお人だ。これはお仕置きをしないといけませんね」


 わがままを言っているとセバスチャンさんの目が豹変した。まるで肉食獣のような恐ろしく鋭いものになっている。

 よくわからないけど、身の毛がよだって堪らない。


「で、でもぉ」

「ふふ、私の教育は厳しいですよ?」


 うっ、セバスチャンさんがジリジリと寄ってくる。なんだかわからないけど、このままじゃあとても危ない気が――


「はい、トラップボタンをポチッと」

「ふえっ?」


 突然四方八方からシュルシュルと音が響いた。それが手足に絡みついて私は動けなくなる。そしてそのまま空中で磔にされた。


「何これぇ!?」


 いや、磔というより拘束かな。

 どっちにしてもとてもよろしくない状況だよ! どうにかしなきゃ――


「魔王さま」


 セバスチャンさんがニッコリと笑っている。そして、私にこんな選択肢を与えてくれた。


「勉強と教育、どっちを受けますか?」


 私は、いろんなことを諦める。


「勉強します……」


 ああ、魔王って辛い。


2017/02/23に修正をしました!

2017/02/23にさらに修正しました!

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