終局【そして彼は想う。そして彼女は歌う】
愛しています
例え千の者が認めなくとも貴方を愛します
狂おしい程に貴方を求め何時までも貴方の隣に立ち続けたい
愛しています
例え万の兵器に囲まれようと貴方が隣に立っている。それだけで私は万の兵器を凪ぎ払いましょう
俺は貴女が好きだから。だから笑ってほしい
俺は馬鹿だし、自分で言うのもおかしいけど不器用で思ったこともおかしな結果でしか渡せないけど。そんな俺を見て笑ってほしい
だって俺を貴女がどうしようも無いくらい好きだから
24日。午前10時40分
彼はふらつく足取りで駅へと向かい走っていく
彼の表情は暗く、それでも休むこと無く必死に走り続けている
電車を待つ彼はずっと俯き、まだ来ぬ電車を待ち続けた
彼女は真っ直ぐ目的地へと歩む。少しずつ頭上を覆い始めた雲には目もくれず、たまに声を掛けてくる若者を張り倒しながら目的地である彼の家へと。彼に会いたいからこそ彼女は他に目もくれず歩み続ける
昼過ぎに到着した彼女は玄関に立ち、彼を待ち続ける
想う心とは裏腹に時は少しずつ刻んでいく
一時間が過ぎ、二時間が過ぎ、されど彼女は微動だせず待ち続ける
どれだけ待っただろう。彼女は微動だせず待ち続けている
強く降りだす雨をただ眺め彼女は待ち続ける
その時家の中の電話が鳴り出す。しかし出る者は無く、二度鳴り、三度鳴り、四度目が終わると留守電が作動した
彼女は記憶に留めぬよう外部との音を遮断しようとした
だが留守電の最初の一言で全て変わった
彼女は全力で走り出す。さらに強くなる雨を振り払い、募る不安を凪ぎ払う様に
電話は病院からだった
時は遡る
彼は必死に走り続ける
歪む視界を辿り
鉛の様に重い足を引き
弾けそうな心臓に鞭打ちながら
それは早歩き程度の速度だろう
それはさして遠くもない見知った道だろう
それは彼の身体能力からすれば問題無いことばかりだ
だが彼は既に疲労困憊である。本当ならばその場に倒れてもおかしくない程に全てが壊れ始めていた
彼はそれでも走り続ける
少しでも速く彼女に会うため。少しでも速く彼女に詫びるため
しかし運悪く縺れた足は彼の体を大きく傾け、前から歩く数名の若者にぶつかってしまった
「つっ!いってえなこら。何処見てんだよ」
「す・・・すいま・・・・・せん」
彼は荒れる呼吸をなんとか落ち着かせ頭を下げる
しかし若者達は仲間に目配りすると無理矢理彼を連れ薄暗い路上へと消えていった
薄暗い路地に連れ込まれた彼はいきなり壁に叩き付けられる
「カハッ!・・・つぅ・・・・・・」
よろめく彼は頭を押さえながら振り向く
4人の若者は皆嫌な笑みを浮かべ此方を見ている
「なあ、テメェーのせいで肩痛くしちまったよ」
「うわひで〜な。こりゃ病院行った方いいだろ」
小芝居染みたやり取りを続ける若者だが、彼の頭は速く帰る事しか考えていなかった
「すいません・・・今・・急いで帰らなきゃ・・・・いけないんです」
「はぁ?んなの知ったこっちゃね〜よ」
「金出せってのが伝わんね〜のかよっ!」
彼は頬に熱い衝撃を受ける。よろめく彼はゴミ置き場に倒れ込む
若者達はゆっくり近付き彼の腹部をおもいっきり踏みつける
苦悶に歪む表情を楽しむ様に何度も殴り、踏みつけ、罵詈雑言を吐き続ける。それでも彼は耐え続け、そして彼女に会うことだけを考えていた
雨に打たれた体を気にする素振りも見せず、彼女は真っ直ぐ病院へと走る
電話の相手が言っていた総合病院のすぐ目の前まで近付いた彼女は人の間を風の様にすり抜け直ぐに受付へと辿り着いた
「すみません。先程この番号に救急のメッセージが入っていたのですが」
「ああ、あの人の御家族の方ですか?」
「いえ。知り合いです」
「そうなの。実は・・・・・・」
看護師の方は困った様子で話始めた
路地からゆっくり現れたのは、額から血を流す彼だった
「ったく・・・・約束破っちまったじゃ・・・・ね〜かよ」
ふらつく彼は壁に手をつきながらゆっくり歩き出す。先程の若者達は立てない程度にボコボコにしてやった
「くぁ・・・クラクラしやがる・・・やべぇ」
そう感じた時には遅く、徐々に強くなる雨の中、彼は路上に倒れ意識を失う。身体中に降り注ぐ雨音だけが残思した
彼が目を覚ました時、そこには白い天井と周りを囲む汚れの無いカーテン。そして特有の匂い漂う部屋
「病院・・・・だよな」
上手く回らない頭で今ある情報を組み立て答えに至る
ベッドの横にある時計は既に夕時の5時を差していた
「マジかよ!」
彼は重い体に鞭を打ち、手早く着替えを済ませ病室を飛び出す
気絶している間に治療は済んだらしく、体調は大分良くなった
強さを増す雨を気にせず彼は走る。見知った道を走り、大通りを抜け、近道の商店街走る
彼女に会ったら真っ先に謝ろう。謝って謝って何度も頭を下げよう
殴られようが蹴られようが絞められようが関係無い
許してもらえるまで何度でも謝ろう
商店街を後少しで抜ける。その時誰かが彼の名を呼ぶ
勢いを殺し荒れる呼吸なまま振り替える
そこには彼女がいた
「脱走した?」
「そうなんですよ。39℃の高熱と頭部に打撲傷と腹部に複数の痣。立ってるのもやっとの筈なんですけど」
事情を聞いた彼女は一礼すると病院を飛び出し彼を追う。彼なら見知った道の最短ルートを行く
それに病み上がりの彼になら直ぐに追い付く
大通りを抜け、商店街を疾走する。疎らになった人混みを潜り抜け、商店街をの終りに差し掛かろうとすると一人の青年の後ろ姿を見る
彼だ
彼女は直感する
後ろ姿、走り方の癖。見覚えある私服
彼女は確信した。だから彼女は彼の名を呼ぶ
人前であろうと気にすること無く
彼は驚きの表情と共に振り返る
彼女はゆっくり彼に歩み寄る。彼は一瞬戸惑い、それでも彼女の元へ走る
彼との距離がどんどん詰まり後1メートル
彼は目の前で深々と頭を下げ大声で謝った
彼女は彼の顎を直下から全力で殴り飛ばした
裕に電話ボックスを超える高さまで飛翔した彼は高所から地面に落ちた蛙みたいな声を吐き出し頭から落ちる
周りからは拍手が沸き起こるが今は無視している
彼はゆっくり起き上がり又もや頭を下げ大声で謝った
彼女は懐に滑り込み、肘で溝を抉り吹き飛ぶ彼に一瞬で追い付き神速の踵落としで路面に叩き付けた。無論彼は無事では済まない
ピクンピクンと痙攣を始める彼。どうやら病み上がりに踵落としは致死量に値する様だ
彼女は彼の襟を掴み無理矢理立たせ背負い投げ
もうぐうの音も吐かない彼は大の字で倒れたままだ
周りの野次馬は『もう一回!もう一回!』なんて無責任なアンコール
もとからそのつもりらしく、彼女は再度投げた。周りからはわあぁ!と歓喜の声と拍手。無責任にも程がある商店街連中だ
彼女は決して軽くない彼を軽々と担ぎ上げ、歓喜と拍手に包まれた商店街を後にした
帰路を辿る途中彼が微かな呻き声と共に覚醒し始めたので器用に頸動脈を絞め落としながら帰ったのは余談である
すっかり日は落ち、辺りはまだ降る雨音と路上を照らす街灯。そして家族を照らす家々の灯りのみが町中に拡がる
無論二人の居る家も又灯りが漏れていた
「え〜っと・・・・・・ごめんなさい」
「・・・・知りません」
二人の前には豪華な食事が並んでいます。勿論彼女の手作りです
料亭並の手の込んだ料理を前に彼はお預けです。22日の夜食以来絶食状態の彼には最悪の仕打ちです。まあ自業自得なんですけどね
「ごめんなさいごめんなさい本当に心配掛けてごめんなさい半日待たせてごめんなさい然り気無く病院の治療費払ってくれありがとうございます」
「知りません」
プイッとそっぽ向く彼女がメチャメチャ可愛いなんて今現在銃で脅されても言えない彼は頭を擦り付けて土下座している
彼はかなり凹んでいた。クリスマスプレゼントも結局駄目(当たり前)。彼女は激怒(お前のせい)
なんと最悪なクリスマスだろう
交際2年最初のクリスマス。マジでヤバイと最悪な未来予想図を脳内展開し始めた彼に、彼女はそっぽ向いたまま急に話し掛けてきた
「何処に行っていたのですか?連絡が着きませんでしたが」
「ははいっ!え〜っと・・・・青森の陸奥湾です」
「青森?何故その様な場所に」
「え〜っと・・・・」
彼は余すこと無く全て話した。勿論ホタテ貝から真珠を取ってプレゼントするためですとばか正直に言いました
結果
彼女は頭にクエスチョンマークを並べ彼を見る。そして笑った
静かに笑い、肩を震わせ笑い、彼を見て笑った
「ホタテから真珠を・・・貴方はやはりとても面白いです」
笑い過ぎて溢れた涙を拭い彼に常識を教えた
「えぇぇ!取れないのホタテから!マジすか!」
「はい。本当に稀にですが見付かると小耳に挟んだ事は有りますがそう都合良く見付かる代物では御座いませんよ」
彼はがっくり項垂れその場で脱力する
「うわぁぁ・・・・無駄じゃん昨日と今日のホタテ取り」
「寧ろ漁業権の違反で逮捕されるのでは?」
彼は再度驚き、もうどうにでもなれみたいにその場に横になり不貞腐れた
そんな彼の横に音もなく立つ彼女は膝を下り静かに座り、彼の頭を優しく撫で、そっと膝の上に乗せた
彼は赤面で驚き彼女を見上げる。彼女は優しく微笑み彼の頬を撫でる
「私のためですか?私のために貴方はそこまでしてくれるのですか?」
「は・・・・はい。だって・・・俺貴女の事好きだから」
そんな彼の馬鹿正直な答えと笑みに、彼女は狂おしい程に歓喜し、荒れ狂う心に従い彼の唇を塞ぐ
優しく彼の頬に手を添えたまま、全てを委ねる様に長く長くキスをする
そんな彼女を他所に彼は未だあたふたと手足をばたつかせ驚きに目を見開き心臓バックンバックンさせていた
10秒近いキスを終え、名残惜しそうに彼女が離れると彼は高速で正座して彼女の肩をがっしり掴む
「ちょちょっちょっと!いきなり何してるすか!死ぬかと思ったよ!」
「・・・嫌でしたか?」
「超最高でしたよ!いやそうじゃなくて、何故にあんな嬉し恥ずかし接吻なんぞ!」
言わずとも分かると思うが彼の脳内は既にショートしている
「私は貴方の事を愛しているからです」
「はひぃぃぃぃ!」
壊れたようだ
「愛しています。たとえ千の者が認めなくても貴方を愛します。狂おしい程に貴方を求め、何時までも貴方の隣に立ち続けたいです」
真っ直ぐ見つめる彼女に彼は少しずつ冷静になり座り直す
「え〜っと・・・・・・俺もです。大好きです」
「例え万の兵器に囲まれようと貴方が隣にいる。それだけで私は万の兵器を凪ぎ払いましょう」
「え〜っと・・・・・それは流石にちょっと」
「・・・・・」
「いやいや俺も何でも出来ます!やります!やってみます!」
彼女は今まで見せたことの無い泣きそうな笑みで彼に倒れ唇を重ねる
突然の奇襲に彼は成すまま後ろに倒れる
何度も唇を重ね、彼女は涙を流す
何度も唇を重ねられ、彼は全てを受け止める
いつの間にか雨は止み、白い雪が大地に降り注いでいた
「ごちそうさまでした。もう美味すぎです!流石プロですね!」
「御粗末様ですか。美味しく頂いて貰えて私も嬉しいです」
「嫌もう美味い以外言った奴今日の兄ちゃんみたいにボッコボコですよ・・・・はっ!」
「約束・・・破りましたね。あれだけ他の人には使わない約束でしたのに。悲しいです」
「何故に笑顔なんですばぁぁ!」
右ストレートHit
「とても悲しいです」
10combo!11combo!!
「泣きそうです」
finish!
哀れボロ雑巾と化した
「慎様。罰は覚悟していますよね?」
「ごめんなさい夜喜さん。マジ勘弁したって」
「駄目です」
笑顔で最終勧告した夜喜と呼ばれた女性は、慎と呼ばれた青年に妖しく微笑み問答無用で羽交い締め。ミシミシ骨が悲鳴を上げているが手を緩める気無し
「どうすれば良いか分かりますか?」
「・・・・・」
「強情ですね」
いえいえ違います。そんなに絞めてたら喋れませんよ
現状に気付いた夜喜は軽く緩め、慎はスルリと抜け夜喜を膝枕した
何故?
「良く分かりましたね」
馬鹿大正解
「そりゃ超小声で『御膝暖かそうですね』なんて言われたら誰でも」
馬鹿カンニングですね。すると夜喜は名残惜しそうに膝から離れ慎の横に座り寄り掛かる
「二年目のクリスマスで漸く差し上げれました。・・・・本当でしたら去年にでも差し上げたかったのですが」
「ん〜。もしかしてファーストキスでした?」
「貴方は?」
「そりゃ勿論」
お互い初々しく笑い降り注そぐ雪を眺める
「去年は仕方ないよ」
慎は遠くを眺める。拡がるは月明かりに反射する雪と静かに吹く風音
「慎様・・・・いえ、慎さん。あの言葉を覚えていますか?」
「覚えてる。忘れるわけ無いよ。絶対」
二人は寄り添い空を見る
空には白く雪が舞い
忘れてくれ。忘れてくれ
何時までも何時までも覚えようとするな
時移ろうと記憶に残すことはするな
それが俺の唯一の幸いだ
路面には雨に濡れ黒く染まる雨雪が溜まっている
日が照らす岬に一人の女性が立つ
吹く風に白いスカートが翻り、女性は鍔の長い帽子を押さえ空を見る
「ふう・・・・いい天気ね。あっちはクリスマスイブよ」
大人びた女性は小さな花を添え隣に腰掛ける
「まったく。少しは気遣いがないのかしら」
女性は軽く小突きそっと寄り添う
「今日は1日一緒に居てあげる。感謝しなさい」
幸せは全て等しく訪れる
どんな形であれ、幸せと感じた時が有るのならばそれは幸いなのだろう
幾つも流れる道の末
ここにある幸せも又数ある枝の一本に過ぎない
この道に辿り着く時もある。全く別の枝に行く時もある
ただどの枝にも幸せの欠片はある筈である
幸せは全て等しく訪れる
どんな形であれ
「悪いけど約束は忘れるわ。貴方の約束の方を」
岬に吹く強い風に小さな花が天を舞う
「霞、隣に居るからね。嫌がっても無駄よ」
隣には質素な墓標が大海の果てを見つめる
このお話は枝の一本
此から起きるかもしれないし違うかもしれない
これはあくまで予測に過ぎない曖昧な一本の枝のお話
くだらない文を読んで頂き感謝です
このお話は総て全く関係ありません
何故なら枝の一本に過ぎないからです
これはあくま予測の一話
どうなるかは彼等と彼女達次第なのです
それではまた何処かで会いましょう
よいお年を