「初恋は難しい」
観月(起)→ 甲姫(承)→あべせつ(転)→ タカノケイ(結)
の順に執筆しました。
ボクは男四人兄弟の末っ子だ。しかも上の三人とは年がちょっと離れていたので、甘やかされて育った。(自分でもその自覚がある。)甘やかされる要因としては、ボクの外見が大いに一役買っているのだと思う。上の三人は、体型も顔立ちも男くさくむさくるしい。なのにボクはどこでどう間違ったのか、小柄で色白、柔らかい髪に大きな瞳。どこへ行ってもかわいいねえ、と言われて育った。
父もクマのような体形だったし、母も、ごついわけでは無いが背が高かった。だからなのか、家族全員がボクをかわいがることを楽しんでいたのだと思う。
ボクのこの容姿は、女の子にも案外好評だった。
ボクの名前は公平というのだが、友達には「へーすけ」とか「へーちゃん」と呼ばれている。ボクのことを「へーちゃん」と呼ぶようなタイプの女の子は、ボクに腕をからめてきたり、頭にリボンをつけてみたりする。数人で取り囲んでボクをいじっては「かわいい」とはしゃぐ。ボクは、はしゃぐ彼女たちの方がかわいいと思う。髪をピンでとめたり、ネクタイをリボンに変えられたり。……別にそういう恰好が好きなわけではないけれど、女の子たちはよろこんでいるので、それはそれでいいかと思っている。実際似合うしね。
そういう女の子と戯れているのは好きだけれども、ボクが惹かれるのは実はそういうタイプの子ではない。
ボクの中で、女の子は三通りに分類されている。
一つは、先にも出てきたような、何人かで連れだってかわいらしくさざめいているグループ。彼女たちは男子とも気軽に話すし、外見にもとても気を使っている。もう一つは鉄壁の鎧を着ていらっしゃるタイプ。このタイプは話しかけても「必要なこと以外は話しかけないで!」とでもいうようなオーラを纏い、下手に近づくとはじき飛ばされたあげくに心のシャッターを目の前で閉ざされ悲しい気持になる。こういう子を、何とか陥落させてみたいなぁとも思うけれど、高一のボクにはちょっとハードルが高い。そして最後に、どのグループともつかず離れず、表面的には仲良くやるが、気が付くと一人でいるようなタイプ。少数派だけれども、僕はこの手の女の子に魅かれる。ただ、残念なことにこのタイプはしっかりした女の子が多い。ボクは実はかわいらしい子が好きなのだ。
そんなボクには、今、ひじょーに気になる女の子がいる。
星野美麗ちゃん。
こんなに綺麗な名前なのに、彼女はしゃれっ気一つもなく、大ぶりな黒縁メガネをかけて、絶対自分で切ったよね? 的に切りそろえられた前髪、そして男子を寄せ付けない鉄壁の無表情を持つ女の子だった。
……そう、だった。
二学期の始業式。彼女の雰囲気ががらりと変わっていたのだ。別に劇的に美女になったわけじゃない。外見的には、メガネをはずして、髪が軽くなったという感じ。だが、彼女の持つ雰囲気が一学期の頃とはまるで違ったのだ。しかも小柄な彼女はかわいい系だ。
始業式の朝、美麗ちゃんの変化を見つけたボクの胸は高鳴った。
「星野さん、その髪型かわいいね。すごく似合ってるよ」
彼女のすぐ後ろに立つ女生徒が小声で話しかけた。
「ありがとう」
はにかんで笑う彼女に、ボクの視線は釘付けになった……。
それから放課後までの間、ボクは一日中そわそわしていた。周りの女の子が何か話しかけてきても、腕にたわわな胸を押し付けてきても、生返事を返すほどに。
だって彼女が次々と他の人に注目されるのが、許せないんだ。声をかけるタイミングが欲しい。だけど時は無情にも過ぎていって、ついにボクは校舎を後にし始めた。
「なあ、星野! お前何があったんだよ、いきなり可愛いじゃねえか! メガネどーしたよ、メガネ」
背後から聴こえてきたのは、学校一のサッカーバカの無駄に大きい声――
「ごめん用事思い出しちゃった。また明日ね!」
居てもたっても居られない。ボクは「へーちゃんどーしたのー?」と残念がる女子を振り払って下駄箱の前に駆け戻る。今まさに返事をしそうになっていた彼女の肩を指一本でトンとたたく。
「星野さん。これ落とした?」
たまたまポケットに入ってた白紙のメモ用紙を取り出して見せると、大きな瞳がボクを向いた。ドキっとしたしゾクッともした。ああ、なんてふしぎな感覚だ。
彼女がメモに気を取られている間にさりげなく、後ろのバカにだけ見えるようにドヤ顔をした。バカはおもちゃを取られた子供みたいにムッとした表情になりながらも、何も言わずに立ち去った。
「違い、ます。えっと、あの……」
可憐な声でどもるところがますますかわいい。
「公平だよ。へーすけ、とかへーちゃん、って呼んで」
「ええ……?」
「ん? どうしたの」
「いえ、いきなり苗字じゃなくて名前で名乗る人ってあんまり、いないから……」
「そっか。そうかもね」
どうしてかそれきり、話は続かなかった。彼女は緊張したように口元に手を寄せている。
運のいいことに、周りはいつの間にか無人となっていた。下駄箱の前、こうして彼女と向き合う時間はとても静かに流れた。家族も友達も多くていつも周りが騒がしいボクにとっては、貴重だ。
だからボクは群れない女の子が好きなのかな、とちょっと思えてきた。しかもしっかりしていそうで、こんなにかわいらしいなんて。
「星野さんてイメチェンしたよね」
生まれて初めて、女の子と話していて言葉に詰まった。うまい言葉が出てこない。
「う、うん。ピアノのコンクールに出ることになったの。それで……人前に出るんだから、もっとちゃんとしなさいってお姉ちゃんに美容院に連れてかれちゃった」
――その時、世界が暗転したような衝撃を受けた。
ボクはショックだった――このままでは、よく一人になっている女の子に話しかけて、まるで救いの王子様みたいに彼女の世界を広げたい欲求が満たされない。いや、どういうことだ? 自分にそんな欲求があったなんて、今初めて知った。これは恋じゃなかったのか?
「そのコンクール、観に行ってもイイかな」
こうなったら、ボクは彼女に対するこの気持ちが本当は何であるのか、探りに行くことにしよう。
「えっ? 公平くん、ピアノに興味あるの?」
「あっ、いや、ええっと、ピアノっていうか音楽に興味があってさ。で、星野さんは何ていう曲を弾くの?」
「ラヴェルの『水の戯れ』よ。知ってる?」
「うん、なんとなくだけど」
(ってホントは全然何のことやらだけど、とにかく話をあわさなきゃ)
「そう、ピアノのお話ができるなんてうれしいわ。じゃあ明日招待券を持ってくるわね。それからコンクールだからフォーマルな服装で来てね」
「うん、わかった」
とか言いながらボクは内心焦っていた。フォーマルって何だ?
「ただいまお母さん、あのさ、今度ピアノコンクールに招待されたんだけど、フォーマルな服装で来てねって言われたんだよ」
「公平はまだ高校生なんだから制服でいいんじゃないの?」
「ええ~、制服なんかヤダよ。ビシッと決めたいんだ」
「なんだ?好きな女の子のピアノ発表会か?」
リビングでテレビを見ていた、すぐ上の兄の良平兄ちゃんが話に入って来た。
「俺のスーツを貸してやろうか?今年の成人式に着ただけだから、まだサラっピンだぜ」
「良平兄ちゃんのはデカ過ぎるよ。お母さん、ボクにもスーツ買ってよ」
「そうねえ、お父さんと相談してみるわ」
それからボクは、部屋にこもってラヴェルの『水の戯れ』がどんな曲だかをネットで動画を探して聴いた。
翌朝、登校して下駄箱を開けると白い封筒が入っていた。封を開けるとピアノコンクールの招待状が2枚。せっかく彼女がくれた券をムダにするのも悪い。かと言って誰を連れて行けばいいのかなあ。ボクは色々悩んだ末に、結局無難なところで一番ヒマしている大学二年の良平兄ちゃんに付いてきてもらうことにした。
コンクール当日、彼女はとてもステキだった。演奏の良しあしはボクにはわからなかったけど、まっすぐに伸びた背筋に、凛とした横顔、それに白い清楚なドレスが彼女にピッタリ似合ってまるで妖精の王女様みたいだった。
ステージが終わると、ボクは兄貴と一緒に彼女の楽屋に持ってきた花束を届けに行った。
「まあ、すてきな花束をどうもありがとう」
喜んで受け取った彼女の視線がボクを飛び越えて後ろへと飛んだ。
「こちらの方は?」
「あ、ボクのすぐ上の兄貴だよ。今日一緒に来たんだ」
「そう、お兄様なの」
それからボクは色々と話しかけたのだけれど、彼女は急に生返事になって、チラチラと良平兄ちゃんのほうばかり見るようになってしまったのだ。
翌日、ボクは美麗ちゃんを自宅に誘った。最初こそ戸惑っていたものの「お兄ちゃんが居るかもしれないけど」の一言で、彼女はノコノコついてきた。
「ここがボクの部屋だよ。どうぞ」
「お邪魔します」
何の警戒心もなく美麗ちゃんは部屋に入る。その様子も可愛らしくはあったけれど、昨日までのようなときめきは全くなかった。本当にがっかりだ。気取ってるだけで、中身は男の子の話しかしない女の子達と何も変わらない……ボクはため息をつきながら、カチャリと部屋の鍵を閉めた。
「え?」
美麗ちゃんは驚いて振り向く。
「どうして鍵を閉めるの?」
無防備な顔に初めて浮かぶ、警戒の色。
「そりゃあ、美麗ちゃんを逃がさないためだよ」
「……どうゆうこと?」
怪訝な様子で聞き返す美麗ちゃんにボクはにっこり笑う。まだ事態が飲み込めていないのか、美麗ちゃんは戸惑った顔に笑いを浮かべる。バカみたいな顔だ。
「……いやっ」
近寄ってブレザーの襟を掴むと、美麗ちゃんは胸を隠すように体の前で腕を組んだ。
「え? もしかしてエッチなこと期待してるの?」
ボクはそう言いながら、彼女のみぞおちを蹴りつけた。美麗ちゃんは部屋の隅まで飛んでいく。だから小柄な女の子って好きなんだ。ボクは細いから、ちょっと大きい子だとこうはいかない。
「美麗ちゃんが先にボクを傷つけたんだからね」
それからボクは気が済むまで美麗ちゃんを殴ったり蹴ったりした。抵抗されて、少し引っ搔かれた。お母さんが帰ってきたら消毒してもらおう。ばい菌がはいったら大変だ。
「こーへー、居るか?」
部屋の外から良平兄ちゃんの声が聞こえた。その途端、凄い勢いで美麗ちゃんが起き上がった。
「良平さん! 助けて!!」
美麗ちゃんはボクを突き飛ばしてドアを開けた。良平兄ちゃんは、傷だらけの美麗ちゃんと床に倒れたボクを交互に見た。
「公平……お前……何を」
驚きに見開かれる良平兄ちゃんの目。ボクはそっと目を伏せた。
「公平に何をしてくれてんだ!」
良平兄ちゃんは美麗ちゃんを思い切り殴りつける。すごく痛そうだ。
「大丈夫か? 怪我してないか? 公平」
「うん」
「肉まん買ってきたけど食うか?」
「うん!」
ボクは喜んで立ち上がった。肉まんは大好きだ。それから申し訳なさそうに美麗ちゃんを振り返り、上目遣いで良平兄ちゃんを見つめる。
「大丈夫だよ、ちゃんと片付けてやるから。かわいい弟だもんな」
「ありがとー良平兄ちゃん!」
「誰かに見られてないか?」
「大丈夫、気がつくと一人でいるような子だから」
そんな子を誘ってやったのか、公平は優しいなあ、と言いながら良平兄ちゃんはボクの頭を撫でた。かわいい外見で末っ子に生まれるって本当に得だと思う。
数日後の放課後、ボクは地味な女の子に声をかけられた。
「公平君、美麗ちゃんのこと、何か知らない?」
「うん」
「……美麗ちゃん、どこに行ったんだろう」
ぽろぽろと泣いて、彼女はメガネを外した。地味な子だと思ってたのに、メガネの奥からは大きくて可愛らしい目が現れた。ボクの胸はときめいた。この子を変えて、いろんな世界を見せてあげたい。
「探すの手伝おうか」
ボクは彼女の涙を拭きながら耳元で囁く。
「……ありがとう」
彼女は涙の残った目でボクを見上げて微笑む。今度こそ、本当の恋かもしれない。