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「さっきからの思考のようにワードに反応しないことが不思議だろ?」
俺の考えを読むように声が問いかける。確かに先程の声の中の言葉に対してのデータの展開は行われなかった。
「キミのその思考パターンは、ある特殊で稀有な被検体の思考を模倣したものだ。キミの聞いた言葉が、キミのAIを通じて私のメインフレームのデータから検索をされそれを表示するのだ。実を言えばこの声もキミをモニターしているメインフレームが私の思考を模倣して喋っているにすぎないのだ」
今度は「ある特殊で稀有な被検体」の言葉に反応して、被検体であろう断片的な少年の映像と無数の被験データなど多くのものが脳裏にと浮かぶ。
「つまり今喋っている私は単なるメインフレームの戯言にしかすぎず、よって私自身の個人情報は通常のように此処には入っていない。だが、このあとの言葉は私自身が、記録したものとなる」
俺自身の網膜?に投影されたものだろうか。
俺の他に誰もいないはずのラボの眼前の光景に一人の女性の姿が浮かび上がる。
「これが私だ。名はヴィバームス・マグナ・ルメン・ステラ、現在はLXXと呼ばれる組織の研究施設に従事している。組織は軍需用をベースとした宇宙空間での大型機器をメインに販売する合法的なものだ。私自身の専門は個人レベルで使用される科学兵器の開発。キミの創造はあくまでも個人的なもので、バイオロイドを応用した兵器用サイバノイドの試験的実験、所謂データ集めだな。尚、キミの現在のボディ外郭はある人物の核を模倣した普通のノーマルヒューマン型のシチズンにしか過ぎないのだが…都合によりキミのさらなる開発を断念せざる負えなくなった私は、お詫びにキミに選択権を与えることにした」
次々と示される聞いたこともない言葉に、それを説明するかのようにビジョンとデータがさらに示されてゆく。
混乱はないが解析による理解への移行に時間がかかりそうに思い、中断し話を聞くことを優先とした。
「今の僅かな時間でおおよその言葉の意味がわかったはずだ。キミの元となる核の持ち主の死亡報告を私はまだその母星あてに出してはいない。中身は違うが外見はそのままのトロイと云う名の単なるシチズンとして余生を暮らすか、まだ戦争や紛争のなくならないこの帝国で、特殊戦闘型サイバノイドとして私のために、有用なデータを提供し続けるかは、キミ自身が決めれば良いことだ。定期メンテナンスを私のもとで受け続ければ、終わることのない争いと同じく無限の活動を保証するがね」
今の言葉に俺の核であると言われた見知らぬ男のデータが無限に続き認識される。
その場合の余生に関しては普通のノーマルヒューマンの1.5倍くらいの寿命のようだ。
むろん年を取ることもなく、ただメンテナンス切れで活動停止となるみたいなのだが。
「前者を取るなら私の言葉はキミから削除され、トロイと云う名の男の記憶だけを残されここから立ち去ることとなる。むろん今のようなメインフレームの思考補助は閉ざされるがな」
「また、後者を選べば、私と同じくこの地獄とも言える混乱した帝国の中、終わりそうもない争いに身を無限に投じることとなるが…ただし、争いの中で、その死んでしまった男のようには、私がさせない事を保証しよう。私の持てる限りの知識を使って」
それで、ヴィバームスを名乗る女性の言葉は途切れた。
このあとは、俺の返答により此処の施設のコンピュータが判断し実行をするのだろう。
俺は無限の命を無限の争いにかけてみることにした。
奇しくもノイズのような男の断末魔と同じ思いと重なったのだが。
トロイと云う名の男はもう死んでいるのだ。
俺は彼ではなくデス・トロイとして生き続けることをその時から望んだのだった。
「どうだね普段の顔は?」
換装が終わった俺にドクターが問いかける。
「zuu… やはり こちらが しっくりする」
ヘッド前面に埋め込まれた無機質なレンズの焦点を合わせ、俺は外部通話用音声回路であの時といささかも変わらない彼女の醒めた問いに答えていた。