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愛を貫く為に命懸なもの

芽衣子と別れた鏡に最大の試練が訪れる

「ねえ芽衣子、谷走くんこの頃来ないけどどうしてだか知ってる?」

 クラスメイトの女子の言葉に芽衣子が首を傾げる。

「谷走くんって誰?」

 その言葉にクラスメイトの女子が驚く。

「何言っているの! 貴方の彼氏よ、彼氏!」

 笑いながら芽衣子が言う。

「もー冗談は止めてよ、あたしに彼なんて居ないわよ。それより今度の休み何処に行く?」

 その態度にクラスメイト達も何かあったのだと勝手に理解して話しを合わせる。

「そうね、映画でも見に行かない?」

 そんな他愛も無い会話が繰り広げられていた頃、白水探偵事務所では大変なことが起こっていた。



「どの様な御用でしょうか萌野モエノの長」

 零子の言葉に、八刃の一つ、萌野家の長、萌野勇一ユウイチが言う。

「とぼけるのは止めろ。心当たりくらいは有るだろう」

 その言葉に零子は覚悟を決めて言う。

「詰り、私の処分の為に来ていただけたのでしょうか?」

 勇一が頷く。

「本来ならば、白風の長の仕事なのだろうが、あやつは海外だからな。代わりにわしが今回の件を任された」

「零刃のまとめ役の解任ですか?」

 零子の言葉に、偶々来ていた鏡の顔に動揺が走る。

 その中、勇一が言う。

「零刃の取り締まりを緩くし、分家の増長を許しているお前の罪は重い。事と次第によっては霧流ダンジョン最深部探索の任務に就いてもらう」

 その言葉に鏡が立ち上がる。

「事実上の死罪ではないですか? 零子さんは職務を十分に行っております!」

 勇一は鏡の方を向かず、気配だけで怯ませる。

 鏡が食いしばりながらも何か反論を続けようとした時、零子が首を横に振った後、勇一を見て言う。

「八刃上層部の裁決には従うつもりです」

 その言葉に勇一が言う。

「八刃にとって一番優先されるのは何だか知っているな?」

 零子が頷き答える。

「力です」

 零子の答えに頷いて、勇一が言う。

「今夜24時より、48時間、萌野の追撃を逃れられれば、そなたにはそれ相応の実力がある事を認めて、今回の処罰は無しにしてやる」

 それだけを告げると、勇一はさっさと帰って行く。

「八刃の中でも一番好戦的と言われる萌野の人間から48時間逃げ続けるなんて、一人では不可能です」

 鏡の言葉に零子が言う。

「そう、そして萌野の長は零刃の部下を使っては、いけないとは言っていない」

 その言葉に鏡が希望を繋ごうとしたが、零子は首を横に振る。

「でも駄目ね、萌野と相手すると言うのに、私の命令を聞いてくれる人は居ない。特に今回は処罰の色が強く、失敗すれば零刃のまとめ役から外されるのだから」

 そして零子が立ち上がる。

「鏡くんごめんね、家族と会って来るわ。下手をすると最後かもしれないから」

 鏡は寂しげなその後姿を見送りながらある決心をするのであった。



「芽衣子どうしたの?」

 芽衣子のクラスメイトがブローチを弄る芽衣子に話しかけた。

「このブローチ、大切な物の筈なのに誰から貰ったか忘れちゃったの。どうしてだろう」

 首を捻る芽衣子にクラスメイトの一人が言う。

「大切な物だって言うなら、谷走くんからもらったんじゃないの?」

 その言葉に芽衣子が溜息を吐いて言う。

「またその名前? もういい加減にして欲しいよ」

 クラスメイト達はなんか事情があると思って何も言わない。

 そこに景一が来て言う。

「そうそう、鏡のことなんて忘れて俺と遊ぼうぜ」

 芽衣子が頷く。

「良いよ」



 放課後、芽衣子はクラスの女子と一緒に景一とカラオケボックスに来ていた。

 元々クラスでも人気者の景一は、すぐにその場の雰囲気を掴み、全員を楽しい気分にさせる。

 楽しい気分のまま解散した芽衣子達。

 芽衣子が一人帰り道を歩いていると景一がやってきて言う。

「芽衣子、話があるんだ、良いか?」

 その言葉に芽衣子は直感的に告白と気付いた。

 そして、自分がこの景一を嫌っていない事と、恋にあこがれる気分からそれを受けようとも考えて答える。

「良いよ」

 公園で行われた景一からの告白を芽衣子はOKした。



 翌日、芽衣子は何気ない事の様にその事をクラスメイトに伝える。

「へーそれじゃあ谷走くんの事は吹っ切ったんだ」

 その言葉に芽衣子が机を叩く。

「もーいい加減にしてよ! 谷走って誰! あたしはそんな人知らない」

 その言葉にクラスメイトの一人が言う。

「芽衣子、本気で言っている?」

 芽衣子が頷くとざわめきが起こる。

「クラスの中で谷走くんと一番仲が良かったのは芽衣子だった筈よ」

「でもあたしは、そんな人知らないよ!」

 その時、クラスメイトの一人が出席簿を持ってきて言う。

「ほら、この頃ずっと休んでいるけどあたし達のクラスメイトよ!」

 芽衣子は出席簿に書かれていた谷走鏡の名前に見つけた。

 その時、芽衣子の脳裏に突然記憶が戻ってくる。



「ほらあたしも同じ谷って付くんだよ」

 同じ谷で始まる苗字だった為、出席番号順の日直で一緒になった芽衣子と鏡。

 それまで大して話した事が無かった鏡の真面目さや芯がある行動に芽衣子は興味を惹かれた。

 それから芽衣子は鏡の行動を注目して、そしていつの間にかに興味は恋心に変わっていた。



「何であたし、谷走くんの事忘れていたの?」

 困惑する芽衣子にクラスメイト達が驚く。

「どうしたの、芽衣子?」

 問いかけてきたクラスメイトに芽衣子は逆に聞く。

「谷走くんは何時から学校来ていないの?」

 その言葉に、そのクラスメイトが答える。

「一週間位かな?」

 芽衣子は教室から駆け出ようとした、しかしその腕を掴み景一が言う。

「芽衣子、昨日OKしてくれたじゃないか?」

 その言葉に芽衣子が頭を下げる。

「ごめんなさい。やっぱあたしは、谷走くんの事が好きなの!」

 そのまま強引に教室を出て行く芽衣子であった。



 芽衣子は、以前調べて、何度か前まで来ていた鏡の住むマンションに来た。

 そこには、前来た時には有った表札が無くなっていた。

「どうして?」

 芽衣子が愕然としていると、ヤヤが現れる。

「何をしているのですか?」

 いたいけな少女モードのヤヤに芽衣子が言う。

「谷走くんの事を知らない?」

 藁にも縋る思いの芽衣子であったが、ヤヤは頬をかきながら言う。

「思い出したんだ?」

 通常モードに戻ったヤヤの言葉に芽衣子が驚いた顔をして言う。

「思い出したってどういう事?」

 ヤヤは少し思案した後言う。

「事情説明してもいいけど、ヨシにはばらさないと誓える?」

 その一言に、芽衣子が頷く。

「あちきと鏡は、八刃って組織の人間なんだよ」

 いきなりの展開に芽衣子が言葉を無くしている間にヤヤが続ける。

「芽衣子さんが妖竜に襲われたのは、鏡の近くに居て鏡の気配が移っていたから。それに責任を感じた鏡は、芽衣子さんから自分の記憶を消して、自分も転校する事にしたの。流石に学生である以上、転校は八刃の仕事にも影響あるから簡単に許可が降りてなくて、今保留中だけどね」

 芽衣子は、転校の言葉にヤヤの肩を掴み問質す。

「それじゃあ谷走くんは、転校するの?」

「でもそんなことより、鏡って今凄くやばい事になってるんだけど知りたい?」

 逆に聞き返すヤヤに芽衣子が頷く。

「鏡の上司に零子さんって女性がいるんだけど、八刃の現行体制に反抗的って事で処罰対処になってるの。そして試し儀式を受けてるんだけど、それを鏡が手伝ってる。まー滅多に死ぬことは無いけどね」

 その一言に芽衣子が怒鳴る。

「滅多に死なないって事は、時たま死ぬって事!」

 ヤヤはあっさり頷く。

「まーね相手が一番好戦的な萌野だもん、手加減誤ったって、殺すことも有り得るね」

 そう言うヤヤに緊張が全く無い事に芽衣子が違和感を覚える。

「どうして平然とそんな事言えるの?」

 ヤヤは何でも無いことの様に答える。

「鏡だって死ぬ覚悟くらいしてる。八刃の人間だったら当然だけどね」

 冷たいその言葉に芽衣子が言う。

「谷走くんは何処に居るの?」

「会いたい?」

 ヤヤの言葉に頷く芽衣子。



「死ね!」

 萌野直系の男が烈火を放つ短剣で斬りかかってくる。

 零子が慌てて術を組むが、古式と呼ばれる白風の技の速度では間に合わない。

 しかし、萌野直系の足元の影が沈む。

「まだ生きてたか!」

 そこに零子の冷気の技が決まり、萌野直系は、そのまま戦闘不能になる。



 全身のいたるところに火傷を負った零子が、人気の無い廃墟ビルの一室で休んでいた。

「周囲に萌野の人間の気配はありません。このままいけば後6時間逃げ切れます」

 鏡が手の中の缶コーヒーを零子に投げ渡しながら言った。

「すまないわね、鏡くんにこんな危ない橋を渡らせてしまって」

 缶を受け取りながら零子が言うが、鏡は首を横に振る。

「構いません。零子さんには何度も虚実がある報告書を受け取って貰いました。感謝しています」

 その言葉に零子は苦笑する。

「別に良いのに、逆に貴方の報告書をそのまま提出するしか、しなかった私の勇気の無さを攻められても仕方ないと思っているわ」

「知っています、今回の件の引き金は私の報告書の不整合点が元になっていた事を」

 鏡の言葉に零子は缶の蓋を開けながら言う。

「引き金になっただけ、前々から色々動いていたのよ。その事実がばれたのは私の未熟な所為。私は、内部監査組織、零刃の中から八刃の開放の為に動いていたの」

 鏡は何も言わない。

「知っている? こんな時代でも毎年何人もの人間が戦死してるのよ」

 鏡もそれは知っていた、八刃の直系には大した事がない魔獣も、分家の人間には十分な脅威になる事を。

 そして、八刃の人間は世界を護る為に隠れて犠牲を払い続けていた、半ば強制的に。

「直系の人たちの理念は解るつもり。私も子供が居るこの世界を護る為だったら、自分の命を差し出すのに後悔はしない。でもそれを強制するのは納得できなかったの」

 その言葉に鏡は、自分が関わった八刃の人間達の事を脳裏に思い浮かべる。

「八刃に生まれたからって犠牲にならないといけないなんて変なのよ。力があるから戦わないといけないなんて私は認めたくないの」

 零子の言葉に鏡はゆっくりと、しかし確りと頷く。

 その時、鏡の携帯が震える。

「こんな時まで携帯の電源を切れないのね?」

 零子が苦笑する。

「すいません。しかしこれから居場所が判明する事はありません」

 鏡は、メールの着信である事を判断し、携帯を見る。

 そこには、次の一文が書かれていた。

『芽衣子さんはあちきと一緒に萌野の長が用意した最終ステージに居る。場所は東京ドーム』

 鏡がメール送信元を慌てて確認すると、芽衣子の携帯である事が示されていた。

 愕然とする鏡。

 そこに零子が来て、メールを見て告げる。

「行きましょう、東京ドームに」

 鏡は必死に嘆願する。

「罠です。ここは私一人で行きますので、零子さんは隠れていてください」

 笑う零子。

「それこそ本末転倒よ、私は自分独りで萌野の直系から逃げ切る自信は無い。死なば諸共よ」



 東京ドームはその夜、萌野が経営する会社が借りていた。

「ここに谷走くんが来るのですか?」

 芽衣子の言葉にヤヤが頷く。

 安堵を覚える芽衣子にヤヤが言う。

「芽衣子さんが人質に取られたと勘違いして、態々敵の懐に入って来るんだよ」

 驚いた顔をする芽衣子。

「それってどういう事ですか?」

 それに対して、ヤヤが立ち上がり、荷物を降ろす。

「今回の件は白風の分家の人間が関わっているからね、40時間過ぎても萌野の人間が捉えられないようだったら、あちきが決着をつけるって事で萌野の長に話しをつけてあるの」

 その言葉に、芽衣子が始めて会う、強い意志を持った瞳を持った老人、萌野勇一が来て言う。

「こっちに向かってきているそうだ」

 不機嫌そうな言葉にヤヤが言う。

「自分の一族の不甲斐無さをあちきに当たるのを止めてください」

 その言葉に、勇一が言う。

「煩い。きっちりしとめろよ」

「誰に向かって言っているんですか?」

 ヤヤの視線に明らかな敵意が篭る。

 勇一の側近が構え、勇一も睨み返し言う。

「やるつもりか?」

「あちきは、強いなら誰でも相手をするつもりですよ」

 ヤヤの狂気を孕んだ瞳に側近たちが自然と半歩下がる。

「良いだろう、全てが終わった後、きっちり己の分を解らせてやる」

 勇一の腕から炎が噴出す。

「ヤヤちゃんどういう事?」

 芽衣子の言葉にヤヤが言う。

「あちきが、鏡の最後の相手だって事、一応殺さないようには気をつけるから安心して良いよ」

「何で戦うの?」

 芽衣子が更に問いかけるとヤヤが言う。

「あちきと鏡が八刃だからだよ」

 その言葉に芽衣子が反発する。

「何で八刃だからって戦わないといけないの! そんなのおかしいよ!」

 その言葉にヤヤは答えないまま、グランドに飛び降りる。

 その異常な跳躍力に言葉を無くす芽衣子。

 そして入り口の一つから、鏡と零子が入ってくる。

「谷本さんは何処です!」

 鏡の言葉にヤヤが観客席に居る芽衣子を指さして言う。

「判断ミスだよ、別に人質にした訳じゃないんだから」

「ヤヤちゃんどうしてこんな事を?」

 零子の言葉にヤヤが言う。

「八子さんがかけた記憶封鎖は開放されてる。自分の意思だけで開放したんですよ。彼女は鏡に会う為にここに来たの」

 鏡が驚き、芽衣子を見る。

 芽衣子が観客席のフェンスまで駆け寄る。

「谷走くん!」

「谷本さん!」

 鏡と芽衣子が見詰め合う中、ヤヤが言う。

「今更逃げるなんて言わせないよ、あちきとの勝負に全てを賭けてもらうよ」

 そして勇一が言う。

「これが最後の大勝負だ! 鏡、お前が万が一にも白風の次期長に勝てたら、零子の処分は無しだ。しかし負けたら諦めろ」

 鏡が首を横に振る。

「そんな事を約束出来ません!」

 その時、ヤヤが言う。

「因みに芽衣子さんはこれから一生八刃の監視下に置かれる事になっているよ」

 その言葉に鏡が驚く。

「どうしてですか?」

 ヤヤが肩を竦めて言う。

「八子さんの記憶操作が無効化された以上、どんな処置をしても無効化される可能性があるの。だから監視下に置くしかないんだよ」

 言葉を無くす鏡と芽衣子。

 その時、零子が決心をした顔をして言う。

「鏡くんがこの勝負に勝ったら、その監視は鏡くんに一任する事にしてもらえるかしら?」

 勇一が質問で返す。

「詰り勝負を受けるという事か?」

 零子が頷く。

 鏡が振り返り言う。

「やめて下さい! 零子さんもヤヤさんの実力は知っている筈です」

 零子は鏡の目を確り見て答える。

「貴方以上に知っているわ。間違いなく最強の鬼神の娘。多分直系の中でも有数の実力者。今の鏡くんでは勝ち目は皆無だって事位」

「逃げる事に全力を向けた方がまだ可能性があります!」

 鏡の反論に零子が言う。

「かもしれない。でもそれでは、あの子の自由は勝ち取れない」

 零子は芽衣子を見る。

 鏡も芽衣子を再び見つめる。

「鏡くんに全てを賭けるわ」

 そのまま、観客席の、その気になれば東京ドーム全てを燃やし尽くせる者、萌野の長勇一の所に歩き出す。

 鏡は強い決意を込めて告げる。

「絶対に勝ちます!」



 観客席に着いた零子を待っていたのは激しい敵意の視線だった。

 しかしその中、勇一は普通に言う。

「疲れているだろう、座れ」

 その言葉に頭を下げて、座る零子。

 少し困惑する零子に対して勇一が言う。

「お前の甘い考えは好かない。しかしお前のそれを貫こうとする姿勢は決して嫌いではない。だからこそ今回の賭けをする事にした」

 その言葉に零子が深く頭を下げる。

「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいのか解りません」

 勇一が厳しい顔をして言う。

「勘違いするな、勝負に負けた場合の処罰に躊躇はしないぞ」

 零子が素直に頷く。

 そんな零子の所に芽衣子が駆け寄る。

「二人を止めてください! 谷走くんもどうかしてます、相手は小学生の女の子なんですよ!」

 その言葉に周囲から笑い声があがる。

「もしかしてこのお嬢さん、鏡の奴が勝てると思ってるのか?」

 芽衣子がきょとんとしていると零子が言う。

「最初に言っておくわ、鏡くんには勝ち目は殆ど無い。白風の次期長、ヤヤ様の実力は尋常では無いの」

 実感できない芽衣子に対して勇一が言う。

「見れば解る。八刃の盟主、白風の長を継ぐ者と認められし、人を超えた存在の力をその目で確認しろ」

 芽衣子が振り返ると、グランドがヤヤを中心に砕けていた。

 鳴動する地面の上を、消えたとしか見えないスピードで鏡に近づき、一撃で鏡をフェンスに叩き付けるヤヤの姿を芽衣子は見てしまった。

「うそ、こんな非常識な事なことがあって良い訳無い!」

 その言葉に零子が言う。

「これが、鏡くんが属する世界よ!」



「尋常じゃないです」

 鏡は、フェンスから体を抜き出して呟いた。

 近距離戦は絶対不利と思い、遠距離からの影刃での攻撃をフェイントとして自分の有利な展開を作ろうとした時、ヤヤが地面を粉砕した事に動揺させられた所に接近されて攻撃を喰らった鏡はたった一撃で体中に激痛が走って居た。

「もう少し、頑張りなさいよ」

 ゆっくりと近づいてくるヤヤの足元に、影沼と呼ばれる相手を影に吸い込み、倒す技を放つ鏡。

「つまらない」

 ヤヤは踏み込みだけでそれを粉砕する。

「八刃の技、特に術や道具を使わない技は全て意志力に左右される。相手の意志力より強い意志力を込めれば打ち破るのは容易。そん位解ってるでしょ」

 鏡は、脳裏に過ぎる敗北の予感を無理やり振り払う。

 そして最後の賭けに出る。

『ああ、我等が守護者、闇を走る存在、偉大なりし八百刃の使徒、我が魂の誓いに答え、その姿を一時、我に写し給え。谷走流終奥義 影走鬼エイソウキ

 鏡の体が、影に覆われた。



「谷走くんが真っ黒になっちゃった」

 驚く芽衣子。

「まさか終奥義を使ってくるとは、もしかするかもしれんな」

 勇一が勝負に負けるかもしれないのに嬉しそうに呟く。

 それとは対照的に勝てるかもしれない零子が立ち上がり叫ぶ。

「なんて馬鹿な真似を! 谷走の終奥義と言えば、使用すれば使用する程その存在を影に取り込まれる技よ! 直ぐに止めなさい!」

 その言葉の意味は解らなくても危険な物を感じ、芽衣子が鏡の方を向いて叫ぶ。

「谷走くん!」



 影を走り、全ての影を操る存在になった鏡は、一気に勝負を決める為にヤヤに接近する。

 相手の終奥義に対して、ヤヤは少しも闘志鈍らせず、右手を引いて唱える。

『ああ、我等が守護者、全てを切り裂く存在、偉大なりし八百刃の第一の使徒、我が魂の訴えに答え、その力を一時、我に貸し与え給え。白風流終奥義 白牙ビャクガ

 白く輝くヤヤの右腕が鏡を包む影走鬼の力を一撃で粉砕する。



 流石の勇一も言葉を無くしていたが激しく高揚して言った。

「凄まじい精神力だ! まさかあの状況で終奥義に終奥義で対応する事を思いつき、実行するとは!」

 そして零子が青褪める。

「何でそんな事を、白風の終奥義は、自分の魂を磨り減らす技。何で自分の寿命を削ってまで戦えるの?」

 芽衣子は、その言葉を聞いていない。

 グランドに倒れる鏡の姿に、フェンスによじ登り、飛び降りる。

 着地に失敗して足から嫌な音が鳴ったが、今の芽衣子にはそんな事は関係なかった。

 必死に鏡に向かって走り出す。



 鏡はもう動けなかった。

 終奥義はまさに最終手段、八刃でもトップクラスの人間ならともかく、鏡の実力ではそれを使った以上もう動く余力は無い。

 しかし、同じ様に終奥義を使ったヤヤはゆっくりとであるが、鏡の戦闘続行不可能な事が傍目からも解るダメージを負わせる一撃を放つ為に近づいてくる。

「これが、実力の差なのですか?」

 鏡の脳裏に諦めの言葉が過ぎった時、その視界に芽衣子が入って来た。

「谷走くん大丈夫!」

 驚き鏡が言う。

「危険です、逃げてください」

 芽衣子は涙を流しながら叫ぶ。

「いや! あたしは谷走くんと一緒に戦う!」

 鏡は芽衣子の説得は不可能だと悟り、ヤヤに言う。

「お願いです、彼女には手を出さないで下さい!」

 それに対してヤヤは淡々と言う。

「あちきの戦いの邪魔になるんだったら相手は誰だって関係ないよ」

 鏡が叫ぶ。

「負けで構いません!」

 ヤヤは歩みを止めず言う。

「この勝負にそんな戯言に意味は無いよ」

 鏡は最後の力を振り絞り、右掌を自分の影に当てる。

『影刀』

 鏡の影から生まれた刀は何時もの刀の数分の一しかなかった。

 しかし、それが鏡の残りの力、全てである。

 そして立ち上がり言う。

「谷本さん、これは私たち八刃の問題です。ですからこれ以上関わらないで下さい」

 それに対して芽衣子が反論する。

「他人みたいに言わないで!」

 芽衣子が怒鳴り続ける。

「あたしは、何にも知らないかも知れない。でも、知りたい! 谷走くんの事をもっと知って、もっと好きになりたい! だってあたしは、谷走くんの事を愛してるから!」

 鏡は何も言葉を返せ無い。

「だから、一緒に戦う!」

 寄り添うように立つ芽衣子。

 ゆっくりと拳を振り上げるヤヤの右手は、雷が纏う。

 その一撃が下手すれば自分の命を奪うものと鏡には理解出来たが、同時に全身からそれと対抗すべく、力が湧き上がってくることを確信した。

 そしてその力の源を口にする。

「私は谷本さんの事が一番大切です。ですから絶対護ります!」

 そしてヤヤの射程距離に入った時、芽衣子は、携帯電話を投げつける。

 ヤヤは避けない、避けて隙を作る訳には行かないからだ。

 ヤヤの顔面にぶつかる直前の携帯から声がする。

『もしもし芽衣子さーん!』

 その良美の一言が、ヤヤの動きをほんの一瞬止めた。



 ヤヤは、グランドに落ちた、まだ声が出て居る携帯を拾い、意識を失って居る鏡を抱きかかえている芽衣子に投げ渡す。

「大人しく負けを認めますから、ヨシには適当な嘘ついて誤魔化して置いてください」

 そう言って、観客席に向かうヤヤ。

 芽衣子は、意識が無い鏡に向かって笑顔で言う。

「あたし達の愛の勝利だよ」



「良い勝負だったな」

 勇一の言葉に肩を竦ませてヤヤが言う。

「あちきもまだ未熟って事です。もっと修行しないといけないので対戦は次の機会という事で良いですか?」

 勇一が強者の笑みを浮かべて言う。

「良いだろう。いつでも相手になってやろう」

 そのまま帰ろうとする二人に対して、萌野の人間が言う。

「今のは無しです! 幾ら鏡が影刀を白風の次期長の首に当てて命をとれる状態になったとは言え、直後に倒れた以上、ノーカウントです!」

 その言葉にヤヤは勇一の方を見て言う。

「あれ本気で言ってるのですか?」

 勇一が怒りの視線を文句有り気な萌野の人間に向ける。

「愚者が! 命のやりとりを想定した勝負は、相手を殺せる状態にした時点で終わりだ! その後死のうが、関係ない!」

 勇一の激怒におよび腰になりながらも反論を続ける萌野の人間。

「しかし、実際の実戦でしたら……」

 その一言が更なる激怒を呼ぶ。

「実際の実戦だと? お前等みたいな軟弱者が実戦を語るな! 実際の実戦ならば尚更先に致命傷を与えた者の勝ちだ! 特に我等八刃は、自分の命より異邪を滅ぼす事を優先する。その位も解らぬ分際で、今の勝負にケチをつけるつもりだったのか!」

 勇一の雷は暫く止まない事を察知して、零子の傍に行くヤヤ。

「大丈夫ですか?」

 その言葉に零子が逆に聞き返す。

「ヤヤ様、終奥義の後遺症はありませんか? かなり大きなダメージを受けてる様に見えます!」

 本当に心配そうにそう言う零子にヤヤが言う。

「本当に優しいんだから。気にしないでこの位、バトルだったらいつもだよ。死に掛けた事だって何度もあるんだから」

 その言葉に、戸惑う零子に苦笑してヤヤが言う。

「さあ明日からまた零刃の仕事なんだから帰って休みなよ、あれに付き合ってたら寝る時間無くなるよ」

 そう言って、怒鳴り続ける勇一を指さす。



 谷走鏡の谷本芽衣子に対する気持ちの報告書



 谷走鏡は、谷本芽衣子の事を一番大切に思い、愛しています。

 その思いは、一生変わらない事を確信しています。

 詳細は次の通りです。



 中略



 正式なお答えを頂く為、本日十八時に御宅に訪問させてもらいます。



 二年B組 谷走鏡



 当日の十七時五十八分、芽衣子は、芽衣子の家前を何度も往復する鏡を見ながら、最後の服装チェックをするのであった。

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