得る為に挑戦するもの
八刃の一つ霧流家の地下の異空間には巨大で危険な倉庫がある。そこを八刃の人間は霧流ダンジョンと呼ぶ
「それでね……」
勇士の件から鏡と芽衣子は出来るだけ一緒に下校していた。
本日は芽衣子がこの間のブローチのお礼に手作りケーキを作ったと言うので、それを食べに行く所であった。
「ケーキ楽しみだな」
そう言うのは、渋谷で芽衣子と会って何故か気が合った小学生の少女、良美である。
その隣には、少し大きめなぬいぐるみを両手で抱え、よろけるふりをしながらあるくヤヤが居る。
「ヤヤちゃん大丈夫?」
芽衣子の言葉にヤヤが笑顔で答える。
「はい大丈夫です」
そして四人が芽衣子の家に到着した。
「あたしトイレ!」
そう言って、良美が芽衣子に案内されてトイレに向かう。
それを見送ってからヤヤがいやらしい目付きで言う。
「何だったらあちき達はケーキを食べたら直ぐ帰ろうか?」
その言葉に鏡が答える。
「どうしてですか? 確かにヤヤさんとはあまり良好な関係とは言えませんが、谷本さんと大門さんとは仲が良いので問題ないのではないかと思いますが?」
少し思考した後、ヤヤが言う。
「もしかして本気で言ってる?」
鏡が自然に頷くと、ヤヤが大きく溜息を吐く。
「あのねー女性が男性を家に招待するって事はいわゆる、キスしても良いよサインだよ。でも勘違いしたら駄目だよ、若さの暴走でエッチな事をするつもりならあちきが妨害するからね。そーゆーのは十分責任がとれるようになってからって決まってるの」
鏡はヤヤには見せた事が無い少し優しげな顔で言う。
「無理しなくても良いです。ヤヤさんがそっちの話が嫌いだって事は重々承知していますから。それに私に谷本さんの彼になる資格があるとは思えません」
その一言にヤヤが真面目な顔をして言う。
「あちきのお母さんも普通の人間だった。確かに普通の人間が八刃に入るのは尋常じゃない努力が必要だったと思う。でもお母さんは幸せそうだったよ」
その言葉に鏡が首を振る。
「それは相手が白風の長だったからです。私にはとても護りきる自信はありません」
その一言にヤヤは不機嫌そうな顔をするが、芽衣子と良美が帰って来た為、その話題は終わってしまう。
「それではお邪魔しました」
ヤヤが礼儀正しく挨拶して芽衣子の家から出て行く。
「芽衣子さん、またケーキ作ったら呼んでね!」
そう言う良美をヤヤが足を踏んで黙らせる。
鏡も席を立とうとした時、芽衣子が激しく緊張した様子で言う。
「今夜、お父さんもお母さんも遅いんだ」
その言葉の意味を察知できない程、鏡も鈍感ではなくなったが、鏡は鈍感なふりをすることにした。
「そうですか、それでもあまり遅くまでお邪魔してはいけませんね。私はそろそろ帰らせて頂きます」
一礼して玄関に向かおうとした時、芽衣子が鏡の腕に抱きつく。
「一人じゃ怖いの、一緒に居て!」
鏡の胸が高鳴り、激しく鼓動する芽衣子の心音まで確認できたが、鏡はすまなそうな顔をして答える。
「用事がありますので、すいません」
その一言に凄く残念そうな顔をする芽衣子。
「そう。ごめんね、無理言って」
鏡はそんな芽衣子から逃げるように芽衣子の家を出て行った。
「何もしないで出てくるなんて男失格だよね」
夜の街を探索する最中、ヤヤが鏡に言う。
「残念ですが、私は普通の男に成れません」
その言葉にヤヤが言う。
「あっそう。好きにすれば良いよ。それより妖竜って何匹逃げたの?」
鏡が手帳を確認しながら言う。
「後五匹です」
その言葉に詰まらなそうにヤヤが言う。
「それにしても、霧流ダンジョンに生息している妖竜を捕まえて売ろうなんて、馬鹿な事を考える奴が居るもんだね」
その言葉に鏡が頷く。
「霧流ダンジョンに生息するモンスター達は、霧流ダンジョンの外では長時間生息出来ません。もし売買に成功しても相手側からクレームが来たと思われます」
ヤヤが大きく溜息を吐く。
「そして極めつけは、霧流家から抜け出す時、結界に触れて気付かれて追跡された挙句、本人は捕まり、妖竜が逃げ出したから、近隣の八刃に召集がかかって、こうやって探索してるんだけどね」
ヤヤは、自分が始末した妖竜の数を数えながら言う。
「実際、十数匹も良く連れ出したもんだよ」
鏡は、数枚の紙をポケットから取り出し空中に放つ。
『真の主に成り代わり、八刃の盟約の元、汝等に命ずる。邪悪なりしものを探せ、魔追鳥』
紙が、鳥に変化すると、四方に飛んでいく。
「百母の作った術具なんてよく持ってるね」
その言葉に鏡が言う。
「零刃の仕事をやっていますと自分の技だけでは手に負えない事があるからです」
妖竜の反応を伝えてくる、魔追鳥の後を追跡する鏡とヤヤ。
反応の強くなるのと共に鏡の脳裏に嫌な予感が過ぎる。
「鏡、ここって芽衣子さんの家の近くだから、本人に見つかると面倒だから気をつけなよ」
一番理解したくない答えがヤヤの口から放たれた。
鏡の足が速まる。
そして、悪い予感ほど当たるものであった。
「助けて!」
鏡は急いで、駆けつけるとそこには、妖竜に腕を噛まれた芽衣子が居た。
「滅びろ!」
影から無数とも思える影の刃が伸びて妖竜を瞬時に切り刻む。
慌てて芽衣子に駆け寄る鏡。
「……谷走くん来てくれたんだ」
激痛に表情を歪ませながらも芽衣子は嬉しそうに微笑んだ。
「しっかしてください!」
必死にすがりつく鏡。
「あたしのピンチに颯爽と現れるなんて本当に王子様みたい」
そのまま意識を失う芽衣子。
「谷本さん!」
『トール』
そんな後ろでは、ヤヤが残り四匹の妖竜を一人で相手して、最後の一匹の頭に雷を纏った踵落しをきめていた。
鏡は芽衣子を抱き上げると駆け出す。
ヤヤはそれに併走しながら言う。
「鏡、何処に行くつもり?」
それに対して鏡が必死な表情で走りながら言う。
「八子さんでしたらきっと傷一つ残らず直してくれる筈です」
霧流の長の妻、異世界人で、元時空神の巫女で、回復術に長けている女性の名前にヤヤが頷く。
「それじゃあ、あちきは先に行って準備しておいてもらうね」
そう言うと、地上を走る自動車を追い抜くスピードで屋根の上を飛び跳ねていくヤヤ。
鏡は必死に走った。
「応急処置は済んだわ、後は妖竜の毒を中和するだけなんだけど、全滅させたのよね?」
聖母の様な慈愛満ちた顔立ちの女性、霧流八子の言葉に鏡が頷く。
「最善なのは噛んだ妖竜の血液から作った血栓を打つことなんだけど、殺した以上もう消滅してるわね」
強く握り締めた鏡の両手から血が流れ落ちる。
八子は、受話器を持って言う。
「霧流ダンジョンの地下七階に、たいていの竜の毒に有効な毒消しがある筈だから誰かにとりにいってもらうわ」
その言葉に鏡が立ち上がる。
「私が行きます!」
その言葉に八子が首を振る。
「貴方の実力では不可能よ」
普段だったら受け付けるその言葉に鏡は反抗した。
「一刻でも早い方が良い筈です。すいませんが手配はお願いしますが、私も潜らせて頂きます」
駆け出す鏡の併走しながらヤヤが言う。
「あちきは、前回のチャレンジの時に地下6階のボスに勝てなかった。リターンマッチに行くからそこまで体力温存の為に協力しなさい」
ヤヤの言葉に頷く鏡。
そんな二人を見送りながら、八子は受話器を置いた。
「あの二人なら上手く行くわね」
八子は、時間停滞で芽衣子の毒の進行を遅らせるのであった。
『影集』
鏡の言葉に答え、周囲の影が一点に集束される。
そこから、霧流ダンジョン地下4階のボス、影を自由に行きかうシャドーキングが現れる。
『オーディーンクロス』
ヤヤの手刀が、シャドーキングの両側から迫り、交差した。
シャドーキングが消えるのを確認してから汗を拭うヤヤ。
「急ぎます!」
「体力を考えなよ、貧弱男」
駆け出す鏡の後を続くヤヤ。
二人の行く手には、両手を飛ばし攻撃するものや、でかい体がダミーで後ろにある小さな体が本体なモンスターなどが次々現れるが、そこは経験者のヤヤが適切な対応をとる。
鏡は正直驚いていたが、今だけはその強さに頼るしかないと判断する。
そして二人は、地下5階のボスの前に辿り着いた。
「ここで正しいのですか?」
鏡の言葉にヤヤが言う。
「もしかしてボスを理解していない?」
ヤヤの言葉に鏡は改めて周りを見て気付いてしまう、目の前にある壁の様に見えるスライムこそ自分達の敵である事を。
鏡が気付くと同時に壁の様なスライム、ウォールスライムが触手を伸ばしてくる。
『オーディーン』
ヤヤが素早く自分に向かってくる触手だけを手刀で斬りおとす。
当然鏡にも向かって来るが、鏡も影から発生させた刃で斬りおとす。
「あれを全て滅ぼさないといけないのですか?」
鏡の言葉にヤヤは首を横に振る。
「コアがあるからそれを砕けば大丈夫だよ。あちきがコアを破壊するからその為の大穴あけて」
促されて鏡がウォールスライムに近づき自分の影がウォールスライムと交わった所で腕を振り上げる。
『影断』
ウォールスライムを大きく切り裂くと、そこにヤヤが走りこんでくる。
『フェニックスウイング』
両手の振ると同時に発生した炎が、ウォールスライムを内部から溶かしていく。
ヤヤはそのまま、高温だが、粘着力が落ちたウォールスライムの体にダイブする。
激しく鳴動した後、ウォールスライムが崩れていく。
服の所々が解けているが、ヤヤは平然と言う。
「先急ぐよ」
鏡も頷く、二人は地下6階に降りていく。
地下6階は、巨大な構造で大型なモンスターが鏡とヤヤを襲った。
それに対して、鏡とヤヤは、鏡が足止めに徹して、ヤヤが止めを刺すパターンを確立して、突き進んでいきボスの部屋の前に到着する。
「鏡は、ここで待ってて、こいつだけはあちきがやるよ」
その言葉に鏡が反論しようとしたが、ヤヤはあっさり鏡を壁に叩き付けて言う。
「二人の方が早いとか言いたいんだろうけど、疲れきった鏡なんて足手まといなだけだよ。大人しくそこで体力を回復してなよ」
そしてヤヤは扉の中に入っていく。
鏡は一度力を抜くと中々力が入らない体に舌打ちしながら、体を休める。
「何寝てるの?」
鏡が顔を上げると、そこには全身傷だらけのヤヤが居た。
「あちきは目標を達成したから帰るよ。次は単独でここまで来る」
そう言いながら、地上に戻る装置に向かって左足を引きずりながら進んでいく。
鏡が疲れきった体に鞭を入れて立ち上がり、ボスの部屋に入ると自分の目を疑った。
そこには、東京ドームにも負けない空間があり、その大半を占める巨大な竜が存在し、絶命していたからだ。
「たった一人でこんな化物を倒すなんて……」
本気で言葉を無くす鏡。
そして、鏡は地下7階に降りて行く。
鏡がその部屋に着いた時、満身創痍だった。
右足がまともに動かない状態だったが、必死に奥に置かれた薬の瓶を取り、それが八子さんに教わった薬と確認して安堵の息を吐いた時、そいつが現れた。
『その薬を持ち出すと言うなら我を倒していけ』
振り返ると、竜人(リュウジン・人のスタイルとサイズの竜)が立っていた。
鋭い爪を伸ばして鏡に襲い掛かる竜人に鏡は必死に飛びのきながら必殺の一撃を放つ。
『影断』
しかし、竜人があっさりかわすと伸ばされた爪で鏡の左足を貫く。
鏡は口を食いしばり、腕の力だけで飛びのく。
『薬を諦めれば見逃してやろう』
竜人の言葉に、鏡はしっかりと首を横に振る。
「これだけは命に代えても、持って帰ります」
鏡は壁に寄りかかる状態だがしっかりとした口調で言い切った。
『ならば死ね!』
竜人が迫って来た時、鏡は影に自分の右腕を沈めた。
そして鏡の右腕が、竜人の足元から現れて、竜人の足を掴む。
『影断』
全力を込めた影の一撃が竜人を真っ二つにした。
鏡は、力の使いすぎて殆ど力が入らない右腕で薬の瓶を持って、左手を壁について不自由な両足に最後の力を込める。
「峠も越して、傷も全て私が治しておいたわ」
八子の言葉に安堵の息を吐く鏡。
「でもエッチは、控え目にしてね、いきなり5ラウンドとかは駄目よ」
その言葉にこける鏡。
鏡は、杖を使って何とか立ち上がり言う。
「谷本さんとはそういう関係ではありませんよ」
その言葉に八子が驚いた顔をする。
「嘘! 八刃の気配が移るほど一緒に居るのに?」
その一言に鏡が驚愕した。
「どういうことですか?」
それに対して八子が普通に答える。
「芽衣子ちゃんを襲った妖竜は、八刃の、貴方の気配を察知して先手を打つために芽衣子ちゃんを攻撃した筈よ」
その言葉に鏡は愕然とした。
芽衣子が目を空けた時、傍に鏡が居る事に嬉しそうに言う。
「やっぱり居てくれた、谷走くんだったら傍に居てくれると信じていたよ」
「すいません」
鏡の言葉に芽衣子が再び襲い来る出血での体力消耗の為の眠気に負けて目を閉じながら答える。
「平気だよ、あたしは最後には谷走くんが助けてくれると信じてるから」
そのまま再び眠りに入る芽衣子。
そして鏡は芽衣子の調子を確認していた八子に言った。
「谷本さんから私の記憶を消してください」
それに八子は困った顔をする。
「記憶操作位だったら出来るけど、肝心の本人が近くに居たら直ぐに思い出してしまう可能性があるわよ?」
その言葉に鏡が答える。
「転校しますので問題ありません」
八子が鏡の目を見て最終確認を行う。
「本当に良いの?」
鏡は力強く頷いた。
妖竜密売事件報告書
霧流ダンジョンから妖竜を奪取し逃げた犯人は霧流家周囲で確保、その際に開放された妖竜につきましても全部消去された事を確認しました。
妖竜消去の際に一般人に被害が発生しました。
被害者の記憶は、私の事を含めて操作終了しました。
詳細は次の通りです。
中略
被害者と私が学校にて面識があり、私との接触が元に記憶操作が解除される恐れがある為、私が現在の学校から転校を行う事の承認をよろしくお願いします。
零刃所属 谷走鏡
翌日から、芽衣子のクラスから鏡の姿が無くなった。