大切な者を護る為に戦うもの
最強の鬼神と呼ばれる男が居た。しかし彼は深い後悔を持つ男でもあった
「明日から一週間ほど学校を休みます」
鏡のいきなりの言葉に芽衣子が力いっぱい叫ぶ。
「何でですか!」
クラス全員が注目する中、芽衣子が今にも泣き出しそうな顔をして鏡を見つめる。
クラス全員が修羅場を予想したが、鏡はあっさりと言う。
「家の用事でちょっと海外に行って来るのですが、こないだ映画に付き合ってもらいましたお礼もありますのでお土産を買って来たいのですが、何が良いですか? 私は、その様な物を選ぶセンスが無いので具体的に言っていただけると助かります」
その一言に、芽衣子は『谷走くんが自分の事を気にかけてくれている』と嬉しそうな顔をする。
「実際、何処に行くんだよ!」
景一の言葉に、鏡が答える。
「イギリスのロンドンです」
「付き合ってもらってすまないね」
飛行機の中でそう鏡に言うのは、文系人間にしか見えない男性、白風焔である。
「構いません。これも零刃の仕事の一環です」
鏡の返事に苦笑する焔。
「君には娘も迷惑をかけているね」
その言葉に、焔の娘、ヤヤの生意気な顔を思い出しながらも、平然と答える鏡。
「気にしていません」
その返事に対して焔が凄く悲しそうな顔をする。
「やはり迷惑なんだね、君には?」
鏡は返事が出来なかった。
「あれには、本当にすまないと思っている。妻を全く無関係な事件で失い、その恐怖から私の側に居たのに護ってやれなかった。安全を確保する為にホテルの部屋に置いて来たばかりに……」
その先を鏡はこの旅の前に零子から聞いた。
ヤヤは、若干9歳の身でレイプされた。
そしてレイプした相手は、当時からずば抜けた才能を見せていたヤヤに殺された。
それ以降ヤヤは、日本の知り合いの家で預けられて、その家の人間から隠れるように技を磨き、父親が参加しているバトルと呼ばれる、戦闘ゲームに参加する様になった。
「白風の長の所為ではありません」
焔は首を横に振る。
「違うよ、私は全てから妻やヤヤを護らなければいけなかった」
無茶だと鏡が思ったのを察したのか、焔は続ける。
「私は、先祖帰りなんだよ。極限までに始祖に近い体質を持っている。その上で熟練された白風の技があった。だからこの時代でも大戦当時の人間にも負けない力を持っている。一対一なら百母の長にも劣らない筈だよ」
鏡が知る八刃の三大能力者の一人、最強の鬼神それが、鏡の目の前に居る焔である。
大人しそうな外見とは全く異なり、世界隔てる壁の穴から漏れ出し、八刃の人間を数十人殺した異邪ですら、焔の前では滅びるしか無かった事実がそれを実証している。
力こそ全ての八刃にとってそれこそが正義である。
しかし、焔からは、それを誇りに思う所が全く無い。
「君は八刃とは何の為にあると思っているかい?」
その言葉に鏡は、お手本の様な答えを返す。
「異邪の脅威から世界を護る事です」
苦笑する焔。
「それはあまり正確ではないよ」
鏡は、夕一に言われた事を思い出す。
「では、正解は何なのですか? 教えて下さい」
その言葉に焔が言う。
「それは決して人から教わるものでは無いよ。自分の手で掴みなさい。そうでなければ私の様な悲しい人間になるだけだよ」
本当に悲しそうな顔をする焔の表情に鏡は何も言えなくなった。
「今回の目的は知っているね?」
空港から市内に向かう車の中で焔が鏡に問いかける。
「はい、こちらに移住した八刃の人間が、八刃の技術を表に流出しようとしていると聞いています」
焔が頷く。
「白風の分家の一つなのだが、こちらの裏ではそこそこ名が通った存在らしいね。そしてその力を使って、表でのし上がろうとしているらしいのだ。愚かな事だ、八刃の力はそんな事に使うためにある訳ではない」
その事を喋る焔の視線は物凄く鋭く、先程までの弱気な姿は無い。
「ホワイトファングと自分達の事を呼んでるらしい。残念ながら見逃せないな」
鏡は唾を飲み込む。
焔と鏡は、ビックベンが見える大きなオフィスビルに入っていく。
その中にホワイトファングと言う名前の会社があった。
受付の女性に焔が告げる。
「ここの社長に、本家の、白風の長が来たと伝えて下さい」
物腰は優しいが、後ろでその様子を見ている鏡にしてみればまるで核ミサイルの隣にいる様な気分であった。
周囲からは、確かに殺気を感じるが、そちらは鏡自身自分でもなんとか出来ると判断しているが、万が一にも白風の長の逆鱗に触れるなんて無謀な事がされたら、自分が居るビルなど跡形もなく、無くなる事が解っているからだ。
「社長は、ご予約が無い人とお会いいたしません」
女性のその言葉に焔が少し思案する顔をして言う。
「解りました。それで、その予約をとって頂きたい」
それに対して、周りに居た男の一人が、焔に近づき言う。
「田舎の御山の大将と会う時間なんて社長には無いぜ!」
焔は大して気にした様子も無く、受付の女性に言う。
「すいませんがよろしくお願いします」
無視された形になった男は、焔に詰め寄るが、鏡が自分の髪の毛を男の影に投げつけて動きを封じる。
「貴様!」
焔の盾になる様な位置に立ち、鏡が言う。
「白風の長に歯向かうと言うなら、私がお相手します」
「舐めやがってイエローモンキーが!」
殴りかかろうとする男達に、十四歳の金髪の少年が声を掛ける。
「止めないか! 白風の長に関する事柄はお前等程度の判断で決められない」
「坊ちゃんしかし……」
その少年が睨見返すと、男達はすぐさま退散する。
「部下が失礼しました。私はホワイト家の次期頭首、キバーノ=ホワイトです。白風の長がいらっしゃると聞いていましたらお迎えにあがりましたのに、何ゆえの突然のご来訪ですか?」
その言葉に、焔が言う。
「よからぬ噂を聞きまして、それを貴方の父上に確認する為に、まいりました」
キバーノは、眉を顰める。
「よからぬ噂とは?」
焔ははっきりという。
「八刃の力を表の事に使うと言うものです」
その一言に、キバーノの表情が苦いものになる。
「それは単なる噂です! その様な事がある筈がありません!」
その言葉を焔は平然と受け止めて言う。
「その一言を貴方の父上の口から聞きたいのです」
キバーノが受付まで行くと、内線電話で連絡を取り合い言う。
「今夜、父の予定を空けました。すいませんがそれまでこちらがお取りするホテルでお休みを。会合の場所にはこちらから迎えをやります」
焔が礼をする。
「了承しました」
焔と鏡は、キバーノが用意した一流ホテルの一室で腰を降ろしていた。
「鏡くん、見張りの人数は解るかい?」
焔の言葉に鏡が大きく溜息を吐く。
「見張りと言うのですか? 襲撃の準備をしている様に感じますが?」
その言葉に焔が苦笑する。
「少なくとも私たちに危害を加える事が出来る相手では無いですよ」
焔は、余裕たっぷりな態度で、お茶を淹れ始める。
「その様な事は私がやります!」
鏡が慌てて立ち上がるが焔が首を横に振る。
「やらせて下さい」
焔にそう言われては反論が出来ず、鏡は改めて腰を下ろす。
焔は紅茶差し出しながら言う。
「君はどう思う、彼を?」
それに対して鏡が言う。
「一族の総意と言う訳ではないのでは無いでしょうか? 父親の暴走をどうにか止めようとしている。そう受け止められます」
焔が頷く。
「最悪は、彼を新たなホワイトの頭首にすえる事になるね」
その言葉が意味する事は、鏡にも重々解っている。
その時、窓ガラスが割れて、銃器で武装した男達が入ってくる。
「死にたくなければ大人しくしろ!」
鏡は大きく溜息を吐いて言う。
「何で無駄な事をするのですか?」
それに対して男達は言う。
「説得のつもりか? どんなに化物じみた力を持っていようともこれだけの銃器の前では無力だぜ!」
高笑いをあげる男に、諦めて鏡が腕を振り上げる。
男達の影が伸びて銃器を切り裂く。
言葉を無くす男達。
「貴方達の事は最初から気づいていました。ですから事前に準備をしていたのです」
冷や汗を垂らす男達。
「最初に言っておきます、白風の長に攻撃をするのは未来を捨てる事です」
だが、それは投げられた。
数十発の手榴弾が焔に向かって放射線を描いていた。
『カーバンクルカーテン』
焔がそう唱えて両手を振るった後、凄まじい爆風が、部屋を半壊させる。
慌てて逃げた男達に中にも被害者がでた程の爆発であった。
「ふん、油断するからこうなるんだよ!」
爆風による砂煙が晴れたとき、そこには焔の服についた埃を払う鏡が居た。
「気にしなくても良いよ、鏡くん」
笑顔で言う焔。
言葉を無くす男達。
そして焔がゆっくり言う。
「選びなさい、逃げるか、未来を無くすかを」
男達は動けなかった。
何故ならばその時初めて気付いたからだ、自分達は決して歯向かってはいけない存在に銃口を向けた事に。
『アポロン』
焔の両手が交差した時、ホテルの一室から太陽が現れた。
ホテルのロビー、警察や消防員が駆けずり回る中、焔は、鏡が運んできた紅茶に口をつけていた。
そこにキバーノが駆け寄ってきた。
「白風の長、大変なご無礼を致しました。この始末は必ず致しますので、どうかご勘弁を」
必死に頭を下げるキバーノに焔が言う。
「気にしないで下さい、こちらこそホテルを台無しにしてしまいました。弁償はさせてもらいます」
キバーノは慌てて首を横に振る。
「いえ、今回の事は私たちで始末を致しますので気にしないで下さい」
その後ろから、一人の男が現れる。
「キバーノ、余計な事を言うな! 弁償したいのなら弁償させれば良いのだ」
キバーノが反論しようと振り返るが、焔が立ち上がり優しげな視線で制止してから言う。
「もちろんです。ところで貴方が、ホワイトの頭首ですか?」
その言葉にその男性が答える。
「そうだ私こそ、この世で一番強い存在、ホワイトファングだ」
その一言に、キバーノが殴りかかろうとするが、焔が押さえる。
「親に向かって拳を上げるものではないよ」
鏡にキバーノを託すと自称ホワイトファングの前に立ち焔が言う。
「正直な話しをしましょう。私は貴方たちが八刃から抜けるというのでしたら構わないと思っています。しかしその際は、八刃としての技術を全て封じさせてもらうつもりです。こちらで開発した技まで封印しろとまでは言いません」
鼻で笑うホワイトファング。
「何時まで宗家のつもりで居る! 八刃の概念は力こそ全て! すなわち我こそがルールなのだ! それが解らぬのか?」
その言葉にキバーノが言う。
「父さん! どんな力が強くても八刃全てを相手にするなど不可能です!」
その言葉に鏡は察知した、このホワイトファングと自称する男はそこそこの力を手に入れたのだろうと、そして同時にホワイト家の無知を。
焔は淡々と言う。
「八刃のルールに従うというのでしたら、私に勝てるつもりですか?」
ホワイトファングが手に持った神器たる、剣を焔に向けて言う。
「当然だ! 神器一つ持たない者など私の相手には成らぬ!」
キバーノが震える様に言う。
「父さんが持つ、あの剣は尋常ではありません! 早く逃げてください!」
その言葉に鏡が首を横に振る。
「君達は八刃で長を務める者の力を知らな過ぎる」
「喰らえ!」
ホワイトファングが神器たる剣を振るうと、ホテルの柱が数本まとめて切断される。
しかしそれだけだった。
「確かにそこそこの切れ味はありますね」
焔は回避せず突き出した左掌が薄く切れているだけだった。
「どんなトリックを使ったか知らないが、我が神器の前には、小細工が何時までも通じると思うな!」
何度も振るわれる剣から、次々と衝撃波が放たれるが、焔が両手を振り唱える。
『ヘルコンドルツイン』
焔の両手から放たれたカマイタチが容易にホワイトファングの放った衝撃波を相殺した。
キバーノが驚愕して呟く。
「ホワイトが数十人がかりで封じた魔剣と正面から渡り合うなんて」
鏡が汗を拭いながら言う。
「それが、最強の鬼神と恐れられる白風の長の実力です」
キバーノが息を呑む中、ホワイトファングが剣に全力を注ぎ込んだ。
「絶対負けない!」
その時、それが起こった。
ホワイトファングが持つ剣が爆発し、この世ならざる空気を撒き散らし始めたのだ。
「あれは何ですか?」
鏡の言葉にキバーノが説明する。
「あれは、50年前に封じた高位の異邪の封印と聞いています。出現したばかりの所を白風の人間と共に封じ、数年前封印された状態で暴れていたのをホワイトの人間が剣に再封印したのです。その力を得て父さんは表の世界に打って出ようとしていました」
焔は鏡の方を向いて言う。
「異邪は決して放置出来ない。私一人で戦うから君達は逃げなさい」
その言葉に鏡が言う。
「出来ません。あれは危険すぎます。白風の長に万が一の事がありましたら八刃にどれ程の影響があるかわかりません。実力不足は承知しています。私を使い捨ての駒と思ってください!」
焔が笑顔で言う。
「安心しなさい、私は負けない。私は強いからね」
強い説得力がその一言にはあった。
しかし鏡は八刃の本能として目の前に具現化しつつある異邪が焔の実力をもってしても勝つのが至難な存在だと理解していた。
「それでも万が一の事がありましたら……」
更に反論しようとした鏡に対して焔は、異邪の方を向いて言う。
「君は考えた事があるかい、もし自分が負けたら自分の大切な物に危険が及ぶ可能性があるという事を」
その言葉に鏡は言葉に詰まる。
「それがどれ程の恐怖か知っていれば負ける事など考えられない。ただ勝つために全力を尽くすそれが八刃の力だよ」
次々と剣から発生した異邪の触手が焔に襲い掛かる。
『オーディーン』
焔の手刀が、触手を全て切り裂いて行く。
しかし、触手の数は加速的に増えていき、回りの人々を襲う触手を優先して切り落としていく焔の体に一本また一本巻きついて行く。
鏡は呆然としているキバーノに言う。
「急いで周りの人間を避難させて下さい」
キバーノは急いで部下に命じて、避難させる。
「急いでこの場を離れるんだ!」
ホテルの人間が全て逃げた時、ロビーに残った人間は四人だった。
避難指示が終わったキバーノ。
触手に囚われて殆ど動けない焔。
触手の中心に居るはずホワイトファング。
そして、鏡の四人。
異邪は全力を焔の確保に力を使っていた。
「白風の長!」
鏡が助けに入ろうと近づこうとした時、触手が鏡を襲う。
『影刀』
自分の影から生み出した刀で切り捨てようとした鏡だったが、触手はあっさり影の刀を打ち砕き、鏡を壁まで弾き飛ばす。
「鏡さん!」
キバーノがその前に立ちはだかるが、触手は直ぐに戻って行った。
キバーノが信じられないという顔をしていると鏡が壁から抜け出ながら言う。
「白風の長を抑えるのに精一杯なのです」
鏡の言葉の正しさを示す様に、たった数秒だけ鏡の相手をしただけで、触手が大きく歪み、今にでも焔が開放されそうになっていた。
しかし、異邪は全力で、焔を押さえにかかる。
「私たちは無力です」
キバーノの言葉に鏡が呟く。
「もしこの異邪が開放されたら誰に倒す事が出来るでしょうか?」
候補を何人か挙げることは鏡には出来たが、それでもその人間が到着するまでの間に大量の人間が犠牲になることは間違いなかった。
そして、その方法が絶対ではない事も、自分が最強と信じていた焔の苦戦から知った。
鏡の脳裏に焔の言葉が蘇った。
もしもこの異邪を止められず日本を襲ったときにどんな被害が出るか。
鏡の脳裏に芽衣子の顔が浮かび、その笑顔が失われる可能性に思い至った時、鏡の拳が強く握り締められた。
「ここで倒すしかありません!」
鏡は、異邪に駆け寄る。
それに答え、比較的細い、触手が鏡に襲い掛かる。
鏡はそれを避けず自分の影に手を当て叫ぶ。
『影断』
鏡の影が、起き上がり触手を切り裂いて行く。
その間も触手は鏡を貫いていく。
そして鏡の影が触手の一部を切り裂いて効力を失う。
それに合わせる様に鏡が触手によって弾き飛ばされて、全身に穴を空けた鏡が壁に当たる。
その様を見ていたキバーノが触手の塊を見る。
そこからは焔の右手一本しか出ていない。
「全力を込めて右手一本だけなんて……」
絶望の呟きだった。
しかし、力強き答えが返ってきた。
「右手一本あれば十分!」
焔の声である。
右手が天をさす。
『ハーデス』
触手が、右手に引き寄せられて、まるで肉団子になっていく。
触手の壁が無くなったそこには、巨大な異邪とそれと融合するような形で取り込まれたホワイトファングが居た。
「父さん!」
そう言ったキバーノに焔が微笑み言う。
「きっと君のお父さんは助け出すよ」
焔が右手に触手の肉団子を持ちながら突き進む。
『ゼウス』
凄まじい雷撃が、触手を通して異邪の本体を貫く。
『グガー』
異邪が地獄の底から聞こえるような叫び声をあげた時、焔は開放された右手でホワイトファングを掴むと力技で抜き出し、キバーノに向かって投げ渡す。
キバーノがそれを慌てて受け止める。
「父さん」
キバーノの声に応えるように、呻くホワイトファング。
再び襲い掛かってくる触手に焔は全身から血を流しながらも、空中を自在に動き、回避する。
『イカロス』
そのまま異邪の上空に上がった焔は、全身を回転させながら急降下する。
『ギガンデス』
蹴りと共に回転により生み出された破壊の衝撃波が、異邪を一片残らず打ち砕いた。
「今はホワイトの人間の術で誰も近づかないようにしています」
キバーノがそう言って、全身が血だらけで片膝をついている焔に拳銃を向ける。
壁に張り付いたままの鏡が言う。
「何のつもりです!」
その言葉に対してキバーノが言う。
「このような失態をした以上、父さんの死罪は逃れられません。。折角助かった父さんの命を救う為なら、ここで私が手を汚します」
その言葉に焔が微笑む。
「本当にお父さんが好きなんだね」
その言葉にキバーノが戸惑う。
「最初からそうだったね。君はお父さんをずっと庇っていた。少しうらやましいよ。私の娘はきっと私を恨んでいるからね」
寂しそうな焔の声にキバーノが言う。
「命懸けで護っている娘が貴方を恨んでる訳無いだろう!」
焔は首を横に振る。
「私は娘にヤヤに二度も死ぬほど怖い思いをさせてしまった。これだけの力を持ちながら娘の本当に危ないときには助けられなかった。そんな駄目な父親を娘は恨んでいても仕方ないよ」
銃口が揺れるが、目を瞑りキバーノが叫ぶ。
「煩い! ここでお前が死ななければ父さんが殺されるんだ!」
銃声が響き渡る。
目を開けたキバーノの前に居たのは血まみれのホワイトファングだった。
「どうして父さんが邪魔をするんだよ?」
ホワイトファングはそんなキバーノを抱きしめて言う。
「お前が人殺しをして、闇の道を進んで欲しくないからだ。お前には光の道を進んで欲しかった。例え私がどんな汚名を受けようと」
そう言いながら足から力が抜けていくホワイトファング。
「父さん!」
叫ぶキバーノにホワイトファングが微笑みながら言う。
「勘違いするな。お前に撃たれたから死ぬ訳ではない。異邪に取り込まれた瞬間から私は、死んでいたのだ」
その言葉にキバーノが涙を流す。
「お前には苦労をかけるな。でも強く生きてくれ。良い父親でなかったが、父親からの最後の頼みだ」
そのまま事切れるホワイトファング。
「父さーん!」
キバーノの悲しき声が荒れ果てたホテルのロビーを振るわせた。
「貧弱者」
日本の八刃の息がかかった病院でベッドの上に居る鏡に対してのヤヤの第一声はそれだった。
「触手で体を貫かれただけで三日も入院するなんてなんて貧弱だね」
呆れたって感じで肩を竦めるヤヤ。
鏡は頭を下げる。
「すいません、白風の長に大怪我を負わせてしまいました」
それに対してヤヤが平然と言う。
「お父さんを貧弱なあんたと一緒にしないでよ。もう次のバトルの為に世界の裏側行ってる。そうそう、例の件の報告書は貴方に一任するって」
鏡は驚いた。
「それはどういうことですか?」
それに対してヤヤは興味が無い様子で椅子から立ち上がり言う。
「さあね。好きな風に判断すれば」
そう言ってそのままドアに向かって歩いていく。
悩む鏡に対して、ヤヤは何かを投げつける。
鏡が咄嗟に受け止めるとそれは、ロンドンで有名な宝石店のブローチだった。
「投げると壊れます」
それに対してヤヤは言う。
「あんた芽衣子さんへのお土産買ってないでしょ?」
その言葉に鏡が頷く。
「仕方ありませんが正直に言って謝ります」
それに対してヤヤが言う。
「ロンドンの露店で買ったと言って、それを渡しなよ」
その言葉に驚く鏡。
「その様な事をして頂く覚えはありませんが?」
それに対してヤヤが恥しそうに頬をかいて言う。
「お父さんを助けてくれたでしょ」
それだけ言ってさっさと病室から出て行くヤヤ。
怪我を完治させた鏡が登校すると芽衣子が駆け寄ってきた。
「谷走くんおはよう」
本当に嬉しそうに言う芽衣子に、鏡はヤヤから貰ったブローチを渡す。
「お土産です。受け取ってもらえますか?」
芽衣子はそのブローチを受け取って驚く。
「なんか物凄く高そうだけど良いの?」
それに対して鏡は苦笑する。
「実は一緒に行った親戚からの貰い物なのですが、不味かったですか?」
その言葉に首を横に振る芽衣子。
「谷走くんからもらえれば何でも良いよ!」
そして本当に嬉しそうに言う、芽衣子の笑顔を見て鏡は思った。
『この笑顔が護れて本当に良かった』
ホワイト家に関する調査報告書
ロンドンに拠点を置く白風の分家、ホワイト家の八刃技術の悪用については、頭首個人の暴走と判断されます。
白風の長の取調べに後が無いと覚悟した頭首が自爆し、取調べを行ったホテルに大きな被害が発生しました。
詳細は次の通りです。
中略
ホワイト家に関しては、頭首の息子、キバーノを新たな頭首とし、更なる忠誠の確約もとれていますので、これ以上の処罰は不要と思われます。
零刃所属 谷走鏡
数年後、ブローチの細部を修正する為に、宝石店に預けた芽衣子はそれが百万円以上する意外な事実を知る事になる。