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約束を護る為に駆けるもの

八刃は何故戦うのか? その答えはまだ鏡は知らない

「谷走くん、今度の連休どうするの?」

 芽衣子の言葉に鏡が即答する。

「家の行事が入っています」

 残念そうな顔をする芽衣子に、景一が近づき言う。

「そんな付き合いが悪い奴ほっておいて、俺と一緒に楽しもうぜ」

「でも、あたしは……」

 芽衣子が鏡の方を向くのを見て景一が言う。

「構わないだろ鏡」

 鏡は少しだけ躊躇した後、頷く。

「楽しんで来た方が良い」

 すると芽衣子は無理やりな笑顔で言う。

「……そうだね」



 連休中に八刃の子供が合同で行う強化合宿の中、鏡は珍しく呆然としていた。

「馬鹿男」

 その声に振り返るとヤヤが居た。

「ヨシ経由で聞いたけど、芽衣子さんに他の男と遊ぶのを勧めたんだってね。本当に最低だね」

 鏡は平然と答える。

「谷本さんは遊び友達を探していました。勧めて当然です」

 大きく溜息を吐いてヤヤが言う。

「自分の気持ち位ちゃんとコントロールしな。そうしないと早死にするよ」

「気持ちのコントロールは、ヤヤさんに言われなくても出来ています」

 鏡が宣言すると、ヤヤは鏡の手を指さして言う。

「血が出るほど手を握り締めてた人間の言葉じゃないね」

 ヤヤの言葉に鏡は自分の手を見ると、血がにじんでいた。

「あちきはヨシと約束あるから、とっとと終わらせて帰るから」

 そう言って、教官の所に行き無理難題を言い始める。

 そんな騒動すら鏡にとってはどうでも良いことに思えた。

「私は、どうしてこんなに動揺しているのです?」

 鏡の質問に誰も答える人間は居なかった。



 合宿一日目の夜、鏡は人気の無い川沿いの岩の上に座っていた。

「早く寝ないと明日がきついぞ」

 その言葉に鏡は慌てて立ち上がり、頭を下げる。

「すいません。神谷カミヤの長」

「謝る必要は無い。全ては自分の為の事だ」

 そう悠然と答える山の様などっしりとした威厳を感じさせる男、神谷夕一ユウイチ

 夕一は、鏡が座っていた隣に座って言う。

「今は座れ」

「失礼します」

 岩の上で正座をする鏡に苦笑する夕一。

「冗談としては最高だが、岩の上で正座は体に悪影響があるから止めろ」

 その言葉に頷き、足を崩す鏡に夕一が問いかける。

「お主は何を悩んでる事に悩む?」

 いきなりに不可解な質問に何も答えられない鏡に夕一が続けて言う。

「白風の次期長は強いな」

 鏡は、昼間教官に対して自分が勝ったら強化合宿終了として帰って良いだろうと宣言して、熟練者で成り立つ教官に打ち勝って帰ったヤヤの事を思い浮かべて頷く。

「しかしあれはまだ八刃とは言えない」

 その言葉に鏡が言う。

「ヤヤさんでも未熟という事ですか?」

 夕一は首を横に振る。

「違う。あれは戦うために戦っている。それでは八刃とは言えないのだ」

 その言葉に鏡は困惑する。

「異邪と戦うための存在、それが八刃だと聞いています。それなのに戦う為の存在では駄目だと言うのですか?」

 自分達直系、分家全ての八刃は戦う事を定め付けられていると思っていた鏡の質問に夕一が言う。

「当然だ。戦う為に戦う者など、単なる獣と違わない。八刃はそんなものでは決して無い」

「では何のために戦うのが正しいのですか?」

 鏡の質問に夕一が立ち上がり言う。

「それが最初の質問にも繋がる」

 それだけを言い残し、夕一は去っていく。



 合宿二日目、修練は過酷を極めていた。

 夕食の時には、参加者の半数が吐く惨状の中、鏡は一人の女性に目が行く。

 殆どの人間が疲れ果てて、気力が無さそうにしている中、必死に食事を口に押し込んでいた。

 その女性、神田カンダ夜三ヤミ、神谷の分家の人間で、高い才能を示していた。

 鏡は気になったが、他人に気を配れるほど鏡自身にも余裕は無かった。

 しかしトラブルは、鏡の考えを無視して鏡を巻き込む。



「鏡くん、仕事よ」

 零子の言葉に疲れて布団に入っていた鏡(当然零子が近づいて来た所で意識を覚醒させていた)が答える。

「零刃の仕事ですか?」

 零子が頷くと、他の人間を目覚めさせない様に宿を出ると零子が言う。

「神谷の分家、神田家の夜三が合宿を抜け出したわ」

 その言葉に鏡は、必死に食事をしていた理由を理解した。

「追跡班は?」

 その言葉に零子が首を横に振る。

「脱走者追跡に確保していた人間は皆やられていたの」

 その言葉に、鏡が驚く。

 過酷を極めるこの合宿を抜け出そうとするものは毎年居る為、かなりの使い手が追跡班に配置されていた筈だからだ。

「夜三は、分家の中ではホープ。いずれはあたしの右腕に成る人間だと思っていたのだけどね」

 そう言いながら一人の女性が現れる。

「神谷の次期長、余計なお手間をお掛けしてすいません」

 零子が頭を下げる。

「気にしないでうちの分家の人間だもの。正直あたしだけで処理したい位。逃亡だけに集中されたら一人では難しいからね」

 その女性、神谷の次期長候補、神谷千夜チヤが言う。

「鏡くん貴方の仕事は、神谷の次期長をフォローして、夜三の逃亡を許さない事。後は千夜さんがやってくれるわ」

 その言葉に鏡が頷く。

「了解しました」



 千夜と鏡が、合宿場がある人が決して踏み入れない山林をオリンピックの短距離選手すら凌駕するスピードで駆け下りていく。

 一人の女性の背中を見つけて千夜が視線で指示を出すと鏡は大きく迂回を開始する。

『我は神をも殺す意思を持つ者なり、ここに我が意を示す剣を与えよ』

 千夜の呪文に答えて、千夜の手に一振りの刀、神威カムイが生まれる。

 その刀が圧倒的な力の存在感を周囲に示すと、夜三が振り返る。

「次期長!」

 夜三は、慌てて腰の木刀を抜く。

『我は神をも殺す意思を持つ者なり、わが剣に我が意を宿せ』

 神木を元に作られた木刀に夜三の意志力が込められて、神撃シンゲキと言われる武器に変化する。

 神威と神撃がぶつかり合う。

 夜三はあっさり吹き飛ばされる。

 千夜は悠然と言う。

「大人しく帰れば、貴女の実力に免じて許してあげるわ」

 その言葉に対して神撃を杖代わりにしながら立ち上がった夜三が構えをとり答える。

「駄目です。彼と約束したんです。外国に留学する彼の最後の一日を一緒にすごすって!」

 その言葉に千夜が溜息を吐く。

「愚かね、そんなくだらない約束の為に貴女は八刃での立場を無くそうとしているのよ」

 それに対して夜三は真っ直ぐな決意を持って答える。

「愚かでも構いません。私にとっては、八刃の立場より彼との約束の方が大切なんです!」

 千夜は神威を構えて言う。

「八刃では力こそ全て、その我侭を通したかったらあたしを倒す事ね」

 お互いの緊張が高まる中、夜三の進行方向に移動していた鏡は自分の仕事は無い事を確信した。

 気を抜いたその瞬間、鏡の後ろから声がした。

「お主はどっちが勝つと思う?」

 言葉を無くす鏡が振り返るとそこには夕一が居た。

 何か言おうとした鏡の口を押さえて夕一が言う。

「静かにしてくれるか?」

 鏡は頷くしかなかった。

 手が外されてから鏡が小声で言う。

「神谷の長、どうしてここに?」

 その言葉に夕一が答える。

「神谷の問題だからな、一応事の成り行きを見守るつもりで来たが、面白い展開になってきた」

 鏡が眉を顰めるのを見ながら夕一が言う。

「ところでさっきの質問の答えはもう出たか?」

 その言葉に鏡は何を言っているのか直ぐには解らなかったが、少し考えて最初に質問された内容を思い出す。

「神谷の次期長に決まっています。先程のぶつかり合いでも明らかな力差が出ています」

 その言葉に夕一が言う。

「それでは賭けをしよう。私は、夜三が勝つ方に賭ける。私が勝ったら君には夜三を取り逃がした事にしてもらう」

 その言葉に驚く鏡に夕一が視線で二人の戦いが再開する事を示す。

「小細工は無意味よ」

 千夜がそう言って、突進し、常人では目にも止まらない暫撃を放った。

 その結果に鏡が言葉を無くした。

「賭けは私の勝ちの様だな」

 夕一が宣言する。

「……非常識です」

 鏡はどうにかそれだけを呟くが、夕一に示されるままに気配を消す。

 気配を消した鏡と夕一の前を、左腕を砕かれた夜三が走っていく。

「最初の激突で、力勝負をしたら負けると察知して、防御を捨てた。殺すつもりが無い千夜には神威を振りきれず、無理な体勢になる。そこに全力を込めた神撃を打ち込む。多分唯一の勝ち方だな」

 夜三の気配が無くなったのを確認してから夕一は、千夜に近づき抱き上げる。

「こいつも良い経験をしただろう。お主には迷惑をかける」

 そのまま宿に戻ろうとする夕一に鏡が言う。

「正気ではありません! もし振りぬいていたらあの人は死んでいました」

 夕一は自信たっぷりな顔で答える。

「信じていたのさ千夜の実力を。だからこそあんな無謀とも思える賭けが出来た。そしてあいつは賭けに勝った。それだけの事だ」

 鏡は何も反論できなかった。



 翌朝、鏡に待っていたのは意外な任務であった。

「鏡くん、貴方には神田夜三の探索の任務を命じます」

 零子の言葉に鏡は驚く。

「しかし私は、強化合宿中です。合宿に参加していない零刃が行うのが正しいと思います」

 その言葉に、零子が言う。

「神谷の長から逃亡先の心当りを聞いているの。それは遊園地なのよ。そして相手は神谷の次期長を打ち勝った相手、力技では無理だから、こちらもデートしている様に振舞い油断させる必要があるの。それで適任者として貴方が選ばれたの」

 そう言って零子は二枚の入場券を見せる。

「パートナーは、自分で調達して。出来るだけ自然に恋人のふりが出来る相手がベストよ。当然八刃の人間二人で動くなんて怪しまれるまねは駄目よ」

 零子に券を渡されて戸惑う鏡であった。



「谷走くん、次はあれに乗ろうよ!」

 鏡の腕を引っ張る芽衣子に鏡が言う。

「私は人探しをしていますので乗り物に乗る事が出来ません。すいませんが一人で乗ってください」

 その言葉に芽衣子が笑顔で言う。

「大丈夫、観覧車に乗って上から探せばきっと見つかるよ」

「そうですか?」

 質問する鏡に芽衣子が自信たっぷり答える。

「本当だよ!」

 そして二人は観覧車に乗るのであった。



 神田夜三合宿脱走事件報告書



 神田夜三は、合宿二日目の夜、脱走の為に追跡班を事前に排除してから脱走を行い、追跡の神谷千夜を撃退し逃亡。

 同行していた私は、神谷千夜が破れた事でのショックで反応が遅れた為、逃走を許しました。

 詳細は次の通りです。



 中略



 脱走後、逃走先が某遊園地と予測され、協力者と共に探索するも、発見に至りませんでした。



 補足



 神田夜三は、後日神谷本家に出頭しましたが、神谷千夜を破った事により、神谷としては合宿の必要性が無かったと判断し、処罰を行わないと神谷の長、神谷夕一より報告がありました。



 零刃所属 谷走鏡



 数日後、芽衣子がとった写真に左腕を吊っているが幸せそうな女性が後ろに写っていた。

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