チキン逃走
「あ、待ちなさい!」
僕を追いかけて彼女も階段を駆け上がる。追ってきた!?
「認めなさいよ! あなた私の事見てたでしょう!?」
「だから、み、見てませんよ!」
「目があったのはどう説明する気なの!?」
「あ、あれは……壁の染みが気になっただけです!」
「壁の染み!? ――ざっけんなゴルァ!!消し炭にしてやる!!」
「ひぃぃいいい!?」
彼女丁寧な口調はどこかに吹っ飛び怒号が飛ぶ。怖い怖い怖い怖い怖い!!
振り返ればそこには超絶美人な鬼がいる。ああ、僕は何をしているんだ、あそこで認めていれば何事もなかったかもしれないのに!
悪化してしまった状況に涙しながら僕は階段をひた走る。目指すは魔王科。
教室に逃げ込めば先生に何とかしてもらえるかもしれない。マジチキンな僕は打算的にそう考え足を懸命に動かす。
駆け上がれ! 今この時だけでいい、僕の足よ、限界を超えて稼働しろ……っ!!
心臓が破けそうになるほど脈打つ頃、魔王科の扉が見えた。
やった、助かった!
僕は勢いをそのままに肩から扉に激突する。かなり痛かったが扉は素直に僕を教室内へと入れてくれた。
「助けてください先生!」
開口一番僕は叫ぶが回りを見渡して愕然とする
「そんな……誰もいない!?」
「残念だったわね……魔王科はこの時間魔力実習で中庭にいるわ」
ビクン、と体が跳ねる。振り向けばそこにはあの超絶美人なあの鬼が扉の前で仁王立ちしていた。
なんかオプション増えてるぅぅぅぅ! 何その額の角、さっきまで無かったよね!?
額から生えた一本の角は禍々しく、魔王を連想させるのに十分だった。
コハァ、と彼女が息を吐く。その唇から除く歯は鋭く尖っていた。立ち込める戦闘の雰囲気。剣呑な空気が恐怖心を駆り立てる。くそう、戦うしかないのか!?
巨大化する恐怖を抑え込み、思考を巡らせる。何か武器になるものは、ない! くそ、素手か!
僕は覚悟して心を奮い立たせる。窮鼠猫を噛むってヤツだ。
「諦めなさい、どこにも逃げ場はないわ。さてどうしてくれようか……」
くつくつと笑いながら彼女が軽々と片手で教室の扉を閉める。
ん~~~~~~無理! スペック違い過ぎ! あの扉を片手とか勝てる気がしないね! うん!
戦うことを諦め、思考を切り替える。どうやって生存するか、それが問題だ。
まず逃げるのは不可能だ。扉は閉まっているし、窓は一応あるがココは最上階。飛び降りれば死は免れない。
となれば説得しかない!
「とりあえず一発殴るわ!」
そういって彼女は僕の胸ぐらを掴んでにこやかに笑った。
は、速い! 彼女目の前にいるのに全然気づかなかった!
「えいっ!」
「ぬぉおおおおおお!死んでたまるかぁぁぁぁ!」
僕は体を後ろに倒して拳を躱す。
素敵な笑顔からは想像できない凄まじい拳圧が鼻先を掠める。一瞬後、その威力を物語る風圧が僕の頬を叩く。
「え?」
がっしりと胸ぐらを掴んでいた彼女も僕に引っ張られるようにして倒れこむ。その結果、
――ゴチン!
「おごっ!」「きゃ!」
勢いよくぶつかる額と額。目の前に火花が散る。
僕は床に背中から倒れこみ、彼女は僕に覆いかぶさるような体制になる。
はっ、しまった。これはマウントを取られた!
と今度こそ年貢の納め時か、と覚悟するが、彼女が動く様子はなかった。
「……気を、失ってる?」
おそらく頭突きのせいだろうか? 長い睫に縁どられた瞼を閉じている。
僕は安堵し、ふぅ、と息を吐く。起こさない様にゆっくりと彼女の体を退かして床にそっと寝かせる。
その瞬間、僕の景色は一瞬の暗転の後、学園長室に移動していた。
状況的には馳君が女の子を襲っているように見えなくもない構図です。ラブコメのお約束ですね。