見てません
と、突っ込みを入れて僕は身を起こした。見渡せば見慣れてしまった景色。ここは保健室だ。どうやらまた僕は失神して保健室に運ばれてしまったらしい。
「起きたかい? 元気そうで何よりだよ」
と声をかけられその方向に視線を移す。黒髪に黒い瞳、僕から見ても整った顔立ちに優しそうな笑顔を浮かべているのは保険医である吸鬼族のリリケイラ先生だ。
「魔欠で倒れたらしいじゃないか。気分はどうだい?」
と言って僕のいるほうへ歩み寄ってくる。
「あ、悪くないです」
決してよくはないが。
ふーん、とリリケイラ先生は額に手を当てて熱を測る。
「熱はないから次の授業には出られるだろう」
しまった。反射的に悪くはないと言ったがこのままではあの魔王科に戻ってしまう事になる、が小心者の僕はずる休みなどできない位チキンなので素直にベットから出る。
保健室を後にする際にリリケイラ先生に魔素ドリンクなるものを渡されて顔が引きつるのを堪えながらありがとうございましたと礼をいって保健室を出た。
「はぁ……戻りたくない」
この三日間授業を受けていたが存外人間界のものと変わらない。いや、内容は全くと言っていいほど分からないのだがまともに授業をしているのが驚きだった。
ちょっと見た目のせいもあって魔族は力こそすべてみたいな、暴力的というかそういったイメージを持っていたのだが授業態度はいたって真面目であった。
でも、見た目がなぁ。怖すぎるだろうあれは。なんであんなに怖いの?
この気の重さが意味するところはそこにある。魔族の見た目が怖い。チキンな僕にとってそれはもはや死活問題である。
もちろん魔族には見た目が人間同様なひと? もいる。ちらっと見たが憧れの獣耳な人もいて割合にすれば6:4くらいで人間寄りなのだが残り四割の怖さが半端じゃない。
特にデスピサロ君はヤバい。なんで顔二つあるの? どっちからご飯食うの? ていうかデスピサロ君制服着てないけどそれ裸じゃないの? と疑問は尽きないが少なくとも一緒に食事はしたくない。僕がご飯にされそうな感じがする。
そんな感じで階段を登りながら僕は思考を遊ばせていた。
ふと、上に視線を上げる。そして僕の思考は固まった。
それを目にして心臓が止まったかと思った。実際僕は呼吸をすることを忘れていた。息を呑むとはこの事だろう。
彼女はそれほどまでに美しかった。
揺れる髪は深紅、炎を連想させるその髪は腰元程の長さがあるのにさらさらと揺れる。その髪と同じ深紅の瞳は揺らがぬ意志を持つような輝きを放ち、きゅっと結ばれた形の良い唇がさらにその印象を強くする。
耳は長く尖っていることで彼女が人間ではないと知る。反面、妖艶な、でもどこか神聖でもある、そんなちぐはぐな印象を与える。
ぼーっとしていると僕はやがて彼女と目があった。
「……何か私の顔についているのかしら?」
くすりと笑ってわざとらしく彼女はそういう。僕ははっとなって僕は慌てて彼女から視線を外す。
「い、いやいや、これっぽっちも見てませんよ貴方の事なんか」
何言ってんの僕!?
十人中十人が、ねーよ。と言うであろう最悪の返答を彼女に返す。
自分でもあり得ないと思うがこの時僕はこの上ないほど困惑していたのだ。思考が狂う程、心を彼女の美貌によってかき乱されていたのだ。
ひくっ、と彼女の顔が引きつる。
「そ、そう。 てっきり私の美貌に見とれていたのかと思ったけど」
「見、見てませんよ」
「嘘ね。だって目があったもの」
「み、見てませんって」
「見てたわ」
「見てません」
「見てたわよ!」
「見てません! すいません!」
ダッと僕は階段を駆け上がる。口を切ってしまった手前、彼女を見ていたのを認めるわけにはいかない。
認めたら何だか余罪で冤罪でセクハラとかヤバい事になりそうだ。と、いうわけでうやむやにして逃げる。
チキンで上がり症な馳君はネガティブ思考なので常に最悪な状況を考えて無意識的に最悪な手段を選んでしまいます。