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 サーカスって、あんまり見たこと無いんですが、こういうことやるんですかね。

 周囲にはたくさんの人が集まっている。


 俺はそれを特に意識せず、あくまで自然体でジャグリングを行う。


 そもそも、ジャグリングはタイミングとリズムが重要なのだが、着ぐるみを着ているせいで視界が狭い。よって目で見てタイミングを計ることが難しく、難易度は通常の倍以上跳ね上がるらしいのだが、俺はそれさえも特に気にせず、全て日常の中にある当たり前の事のようにこなしていく。


 別に昔ジャグリングを練習していた訳ではないのだが、まだ記憶を失って間もなく、結城家に引き取られたばかりの頃、霧果が渡してきたお手玉を三、四つの玉で上手く出来たので、調子に乗った霧果の渡してきたペットボトルを、くるくる投げ回していただけだ。ただ、もしかしたら記憶を失う前の俺はジャグリングをしていたのかもしれないが。


 ふと売店の中の時計を見れば時刻はまだ九時。


 閉園は十時半なので、サーカスまでは一時間近くあるが、俺の勤務時間は九時半までなので時間があまってしまう。

 それまでどうしていようか、と考えながら、俺は頃あいを見計らって、ジャグリングを終了する。


 幾人かの子供達は常連なのかこれから行われる事を知っているらしく、瞳をキラキラさせているが、今日初めてここに来たらしい子供は、「なんだよ、もう終わりかよ、つまんないの~」と口角を尖らせて、不満げな声を上げた。


 この仕事を始めた当初なら、ここで子供達の声を無視して、次のステップへ進んでいたのだが、切枝が、「それだと気遣いが足りないんじゃないかな」と言いだして、こういう場合はどうすればいいか教えて貰った。


 不満げな声を上げた子供達の前まで行き、リザード君の口もとに人差し指を一度当ててから、顔の前に一本だけ人差し指を立てた手を突き出して、手だけを振る。切枝が言うには、「まだ終わってないよ」という合図らしい。


 まだなんかやるのか!? という少し驚いた表情を見てから、もう一ヵ所近くで子供を集めながら軽いダンスを踊っていた切枝――マウスーネズミのほうを向いて手招きした。

 目配せでも良いだろうと言った事もあるのだが、切枝が言うには「それだとあらかじめ用意してたみたいな感じで、子供達のテンションが少し下がってしまう」らしい。俺には子供心というものを全く理解できない為、それが正しいのか間違っているのか判断がつかない。


 手招きされたマウスーネズミが園内にある近くの茂みに近付いて、そこから体育祭で使う大玉転がしの玉より一回り小さい玉を取り出す。

 大きな玉を子供達と一緒にわっせわっせとマウスーネズミがこちらへ押し転がしてくる。こういう「子供達とキャラクターが共同作業して共に楽しむ」のも、このテーマパークの作業方針だ。

 玉が俺の前までやってきたら、勢いの止まらない玉を手でストップさせる。ただ、ここで急に止めてしまうと、子供達に負担が来て怪我をする子も出るかもしれないらしいから、ゆっくり優しくクッション見たいに―――と切枝が言った風では抽象的すぎるので、手を玉に当てた後、玉から離さないままゆっくり引いていく。

 やがて玉が完全に止まれば、俺と切枝が、手伝ってくれた子供達に一礼と握手を交わす。


 一礼をしたら、切枝が俺から子供達を離すために数人の子供の手を取って、俺を取り囲む人の輪の中に紛れる。

 俺はそれを確認し、再度周りに子供がいない事を確認すると、ジャグリング用のクラブ(ボウリングのピンみたいなものだ)を五本程度持って、思いっきりジャンプする。


 玉の上に着地し―――そしてわざと失敗したように勢いよく玉の上に座り込む。


 アハハ、という子供らしい笑い声が広がる中、俺は教えられた通りに、周りを見るように首を左右に振ってがっくり肩を落とす。それがさらなる笑いを誘ったのかクスクスという笑い声が大きくなった。

 そして――――、俺を励ますかのように、「アンコール、アンコール、アンコール」と手拍子と共に皆が合わせて言う。


 俺は、これまた教えられた通りに、ウンと頷き玉から降りて、右腕を勢いよく突きだしながらジャンプ。どうやらこれでやる気が出たように見えるらしい。


 そして、緊迫した空気が流れ始め、客の視線が俺に集中する。

 その視線を受け流しつつ、特に気負わずに跳んだ。


 上手く玉の上に着地。


 周りから、オオッ、という感心した声や拍手が飛び交う。

 しかしまだまだ序盤。

 次はバランスを保ったまま玉の上でジャグリング。三本、四本と投げるクラブの数を一本ずつ増やしていく。

 やがて五本になれば、観客の歓声は最大限となった。


 しかし、まだ技は残っている。


 切枝が事前に開けておいてくれた人垣の間を、俺は玉の上で一歩一歩と歩みを進め、玉を前進させていく。

 そして――――、スピードを上げて城の売店の前を縦横無人に玉の上でジャグリングをしながら走っていく。



「お疲れー、今日も頑張ってくれたネ! お客さんの反応も上々で、もうばんばんざいだネ!」


 俺が控室で荒い息をしてベンチに倒れていたら、このテーマパークの園長、柊誠ひいらぎまことが冷えた炭酸ジュースを片手にやってきた。


 チョコレート色のスーツに派手な赤いネクタイ、つけひげにフレームが丸いサングラスと、一風変わった風貌の、背の低いこの男のなんとも言い難い珍妙な雰囲気は、このパークが人気を博している一つの要因だと言えよう。


 柊は俺に炭酸ジュースを放り、俺がそれをキャッチしたのを見届けると、早口で喋り出した。


「いやーキミのおかげでリピーターもすっかり増えたし、これならサーカスが無くなってもウチは安泰かナ!」

「サーカスが……無くなる?」


 俺は聞き捨てならない事を聞いた気がして、思わず聞き返した。


「あれ、知らなかったノ! なんか活動拠点を変えるとかで来週で場所を変えるって聞いたヨ!」


 つまり、俺がサーカスを見られるのは後二回しかない訳か……と落胆し、そして内心で驚いた。


 俺は今、感情を動かさなかったか、と。


 一体何が自分をサーカスに向かわせるのか分からないまま、炭酸ジュースの蓋を開けると一気に泡が吹き出してきて、思わずペットボトルを取り落とした。

 ジュースの甘い匂いが控え室に充満し、シュワシュワと音をたてる液体が、着ていたリザード君の着ぐるみや、柊のスーツに掛かった。


 柊は特に気にした様子も無く、ペラペラといつの間に取り出したか封筒を揺らしていた。

 封筒には『お給料』と書かれている。

 今の時代に銀行の口座からではなく手渡しはなかなか珍しいのだが、案外柊は昔を重んじるタイプなのだろうか。


 しかし、見せびらかした事に何の意味が―――と考えていると、柊は突然封筒を開けて、諭吉を一枚抜き出して、スーツの懐の中にしまい込んだ。


「げーン、きゅーウ!」


 俺はこれから始まるであろう三個入り一パック八十八円の安い納豆だけが夕飯となる食生活に思いを馳せ、暗澹たる気分で、封筒を受け取った。


 衛士君のジャグリングシーン登場。

 当然僕にはできません。

 次回はあの……!

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