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 親父あらわる

「こらぁ!! てめぇ、何スカした表情で遅れて来てやがる!! てめぇ聞いてんのか!!」


 完全にバイトに遅れた。


 というのも、そもそも俺が働いている東都テーマパークは、俺のアパートからなら二十分で到着できるが、結城家からだと三十分以上掛かる。腕時計のアラームにしたって俺が家に居る事前提でセットしてあるために集合の六時半にはギリギリで間に合わないのだ。


 結果的に、目の前の巨漢の酒を飲んでいるのが似合いそうなオヤジに、大声で唾を飛ばしまくられながら説教を頂戴している訳だが―――

 俺は、オヤジが息切れして説教を一時停止したタイミングを見計らい、耳打ちする。


「遅れてきたのはすいません。でも、ここでその格好で説教はやめておいたほうが良いのでは?」

「あンッ?」


 オヤジは訳が分からなさそうに辺りを見回し、ようやく状況に気付く。


 ここは関係者立ち入り禁止区域ではなく、テーマパークの入門場前で、しかもオヤジはテーマパークのキャラクターである蛇に手足を付けただけという風貌の「リザード君」の着ぐるみの頭部だけを脱いでいた。おかげで、入場門の前でビビって逃げ出した客や、「リザード君がぁ、リザード君が悪い人になっちゃったよ、うぇぇえん!!」と泣きだす子供まで出てきて、これは下手したら営業妨害で訴えられるレベルの被害を生み出していた。


 自分が生み出した状況を認知して、オヤジの顔がみるみる青くなっていく。

 やがて逃げ出すようにして、俺の制服の襟首を掴んで俺を引きずりながら、パークの中に引っ込んだ。


 営業事務所の、関係者以外立ち入り禁止になっている控室で、オヤジはさっさと「リザード君」の着ぐるみを脱ぎ、俺に投げつけると、何を思ったか白いTシャツとブリーフ一丁で駆けだして去ってしまった。どうやら羞恥のあまり一刻も早く逃げ出したくて、着替えるのもままならなかったらしい。だが、おかげでもっと羞恥を晒す状態になっている。遠くからきゃあきゃあと女性特有の甲高い悲鳴が控え室までこだましていた。


 警察のサイレンの音を聞きながら、俺はオヤジの汗で臭くなった着ぐるみを、苦労しながら着る。


 そもそも、俺は売店の店員のアルバイトである筈なのだが、暇つぶしに飲んで空になったペットボトルに水を入れて、ジャグリングをしていると、ふと気付けば周りにたくさんの子供が集まっており、それをたまたま目撃した園長が「キミィ、着ぐるみ着て同じ事やらない?給料弾むヨ!」と勧めてきた。

 給料が増えるのはこちらとしてもありがたいし、それほど面倒な仕事でも無かったので二つ返事で引き受けた。現在では大玉の上に乗って、縦横無尽に動き回りながらジャグリングするところまで上達しており、おかげで給料も右肩上がりだ。


 しかし初代「リザード君」である先程のオヤジは、それをあまり快く思っていないらしく、何かあれば必ずいちゃもんをつけてきたが、これで今後はもう唾を飛ばされる事も無いだろう。

 頭部を装着して、着心地を確かめていると、今度は背の低い青年が控室に入って来た。俺のバイトの同僚でもある切枝響太きりえきょうただ。


「ねえ、パトカーとかが来て外が妙に騒がしかったんだけど何があったか知らない?」


 切枝は頭を掻きながら尋ねてくる。


「あれは多分、変態が捕まったんだ」

「?」


 適当に返した言葉が理解できなかったのか、切枝は首を捻りつつ、控室のロッカーから「リザード君」と同じ、このテーマパークのキャラクターであるネズミを意識したデザインの「マウスーネズミ」の着ぐるみを取り出した。


 正直言って名前の語呂が悪いし、「マウスーネズミ」を和訳すると「ねずみねずみ」でおかしいような気もするのだが、それをツッコもうとしたことは無い。


 俺がジャグリングに使う道具を控室から用意していると、切枝がまるで夢を見ているかのような表情で言った。


「ああ、今日は会えるかなぁ、『お姫様』に」


「『お姫様』?」


 切枝が言った言葉に、実際には出来ないので心の中で首を傾げつつ、聞き返した。


 確かにこのテーマパークにはお姫様でも住んでいそうな西洋風の城が建築されているが、残念ながら上に登る手段は存在しない。俺もショウンに頼まれて一度売店のバイトの休憩時間に探った事はあるのだが、やはり登る手段はどこにも存在しなかったのだ。あの上階にお姫様は当然住んでいない。


 それに俺も結構長くここで働いていると思うが、『お姫さま』などという仰々しい存在とは一度もお目見えした事はないのだが………?


 すると切枝は俺が『お姫様』についてよく分かっていないのに気付いたのか、


「あれ? お前『お姫様』見た事が無いの? ……ああ、でもそうか。お前いつも閉園の三十分前には帰るから知らないのも無理はないか」


「……どういうことだ?」


 切枝は俺が聞き返すと、さらに饒舌になった。


「ああ、実は毎週ランダムで一度だけ、閉園終了二十分前ちょうどの時間に、中央広場でサーカスをやってるんだ」

「サーカス? そんなの聞いた事ないな。それにイベント予定表にも載っていない」


 ここでやるものといったら、大抵は舞台劇やヒーローショーぐらいなものだ。サーカスとは聞いたことがない。


「シークレットライブみたいなもんだからな。それにあまり人が来ると大変だし、良い位置で見れなくなるから、あまり口コミで広がってもいかないんだ」


 少し話がずれてきている事に気づいて、軌道修正を試みる。


「……それは良いが、サーカスがどうしたっていうんだ?」


 俺の言葉に、切枝自身もようやく気付いたらしく、


「うん? ああ、すっかり肝心な事を忘れてたな」


 と恥ずかしそうに笑う。

 癖なのか、また頭をポリポリと掻きながら、切枝が言った。


「でな、そのサーカスはいつも閉園ギリギリまでやってるんだけど、なんせピエロ一人でやってるんだから、最初のうちはショーみたいなもんさ。でも、閉園五分前になると、白い髪の可愛い女の子が出てきて、ピエロの指示で人形みたいに動きだすんだ。その美しいぃ姿から『お姫様』ってファンの間で呼ばれてるのさ。あれ、どうした?」


 途中から俺が話を聞いていない事に気がついたのか、切枝は俺の前で手を振るが、俺はそれに反応せず、口元(正確にはリザード君の長い胴の上部)に手をあてて考え込んだ。


 白くて長い髪の女の子? どこかで見た気が――――


 その時、切枝の着ぐるみ「マウスーネズミ」の灰色の拳が俺の鳩尾に食い込んだ。

 腹部に激痛が走り、「ガハゴホッ」と肺から込み上がってきた息を口から吐き出す。

 俺が鳩尾を抑えながら屈みこんでいると、切枝が何事も無かったような調子で言った。


「でも、意外だなあ。お前普段なら『どうでもいい』とか言って興味持たない癖に、なんで『お姫様』の話題は喰いついて来たんだ? ―――っと、これ以上無駄口叩く暇はないな。じゃあお前も急げよ――」


 そう言うが早いか、控室のドアを開いたところで、切枝がこちらを振り返って、


「そうだ、そんなに『お姫様』に興味があるなら、後で一緒に見ようぜ。確か明日から点検で来週まで休業なんだろ。今週はまだサーカスやってないし、今日は絶対サーカスあるはずだから、終わったら控室で待ってろ。じゃあな!」


 言い切ると、急いで控室から飛び出して行ってしまった。

 余計なお世話だと思いつつも、今指摘された事について考える。

 どうして俺はあんなどうでも良さそうな事に興味を持ったんだろうか?

 考えても、やはり答えは出てこなかった。

 時計を見ると時刻はもう七時だった。

 それについて考えるのは後にしようと、俺は腹を擦りつつ、控室を出た。

 控室を出た所で思い出した。

 ――あ、大玉持って来るのを忘れてたな。


 親父、捕まっちゃいましたねww

 次回こそは、バイトシーン

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