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ついにあの方がご登場
午前中のみの半日の授業が終われば、おのずと生徒達の行動は二パターンに別れてくる。
まず一つは部活に入っている場合だ。夏は大切な大会も多いので、特に体育会系の部活はヒートアップしてくる。しかし真夏の暑い時間から練習するのは酷だろうし、そもそも下手すれば青春を賭けた結果が惨敗、なんていう風になる可能性だってある。俺にはとても青春を賭けられるだけの魅力は感じられなかった。
もう一つは部活に入ってない場合だ。この場合、大抵の人間はこれから始まる夏をだらだらと過ごす計画でも建てながら友達と駄弁っている人間が多いだろう。しかし、俺の場合はそんな呑気にもいられない。
俺は夏は完全にバイト三昧なのだ。
何故かと問われれば、俺はアパートに絶賛一人暮らし中なので、否が応でも金が居る。こればっかりはどうでもいいなどと切り捨てるわけにもいかない。生活が懸かってくる時はそんなことも言っていられないのだ。
ま、だからと言ってすぐにバイトがある訳が無い。
だから今日は早く家に帰って英気を―――
「お兄ちゃん、何してんの?」
「………………」
一番見つかってはいけない人物に見つかってしまったらしい。
校門を出て、マウンテンバイクを傍らに、霧果と二人で歩く。
結城霧果。
先程も説明したと思うが、学園のアイドル的存在とも言える人物で、そして学園長の実の娘でもあるのだ。
もしそんな少女の隣に居られたならば嬉しさで絶叫してしまう野郎共も多いというが、俺はこの少女の恐ろしさを見染みて実感しているためそうも楽観的にはいられない。それに、大抵俺が暇な時にコイツが絡んでくる場合―――
「お兄ちゃん、どうせ暇でしょ。バイトに行くまで家で休んでなよ」
とお誘いをかけてくるのだ。
俺は心底呆れ果てつつ、横目で霧果を見て、
「……幾ら暇だからと言っても、いつも家に帰る必要はないし、そもそも俺はお前の兄貴じゃない」
すると霧果はむーと膨れて、
「そんな事言わない! 例え義理でもお兄ちゃんはお兄ちゃん! それとも何、別の呼び方が良いの?」
正直言って、なんて呼ばれようと勝手にしてくれという感じなので、呼び方に関しては別にどうでもいい。
違う、俺が言いたいのは―――
「でもやっぱり、俺はお前の兄にはなれない。それに、これ以上お前や稔には迷惑はかけたくない」
正直、いつまでも世話になりっぱなしというのは心苦しい所がある。
普段ならばこんなことはどうでもいいと切り捨ててしまえるが、これに関してもやはりそんな簡単に切り捨てる訳にもいかないのだ。
命の恩人に、出来る限り迷惑をかけてはならない事ぐらい、俺だって分かっている。
しかし、霧果は意外そうな顔をして、
「お兄ちゃん気遣いできる人だったんだぁ~」
と呑気に言った。
といっても、これはいつものやりとり。
ここから先は、俺も霧果も黙り込んでしまう。
結局、俺はこれぐらいの日常会話しかしない。別に他人と喋るのが嫌と言いたい訳ではないが、それでも、無駄話を叩く意味が分からないのだ。
いつの日だったか、霧果に言われたことがあった。
「お兄ちゃんの心は空っぽだよ。何かに引き動かされる事もないし、自分から何かを起こそうという気にもならないなんて。一体どうして、そんなに無関心でいられるの……?」
問いかけられた俺は、それに何とも答える事が出来なかった。
あまりにも正しい指摘だったからだ。
俺は、自分が感情を動かした時を、自分自身見た事が無い。そもそもバイトだったり、一人暮らしだったりというのも、迷惑をかけていけない、働かなければいけないという、ロボットみたいにインプットされた事を機械的にこなしているだけで、そこに一切の感情が存在してないと分かるのだ。
なぜ、こんな風になってしまったのか、自分でも分からない。
もしかしたら、四年前が関係しているのかもしれなかった。
四年前、この東京都西部は大災害に見舞われた。
震度八以上という、復興後最大の震度の地震だったらしい。
特に、震源地直下だった東京都西部は甚大な被害を被る。
地震によって引き起こされた液状化や地割れによって各交通手段は一つ残らず寸断され、そこに来て原因が謎のモンスター大量発生も起こり、ヘリで物資を送る事すらままならなかった。
生存者は数十人の子供たちだけで、残りは全て大災害かモンスターによって殺されていったらしい。
そして俺は、そんな凄惨な状態の東京西部にいたという話だった。
救助にやってきた俺の義父――結城稔によって救助され、俺は数十人の子供達と共に、大災害の生き残りとして病院で治療を受けた。
そこで判明したのが記憶喪失。
俺は四年前以前、つまり東京西部にいた頃の記憶を全て失い、自分の名前しか思い出せないまま、病院でうつろに過ごしていたのだ。
そこに現れたのが俺の命の恩人とも言える結城稔だ。
彼は俺を養子縁組として家に引き取り、数年間のメンタルケアを行い、復興した西部に建てた、自分の学園に招いてきた。
思えば、養子という立場もさることながら、右も左も分からない環境で、俺は人と人との立ち位置というのがよく解らなくなっていたのかもしれない。
だからこんな性格になったのかもしれないが、別にどうでもよかった。
はてさて、俺は霧果に引っ張られるようにして結城家にやって来た。
結城稔という人物について紹介しておこう。
結城稔は現在学園長をしているが、経歴がすごいお方でもある。
各方面を見てみると、大手ファーストフード店の創設者だったり、製薬会社に投資したり、まあ、言いだすと切りがないため大幅に割愛するがとにかく凄い人だ。
しかしそんなお仕事熱心だと家族間のコミュニケーションがおろそかになりそうな気もする。だが、稔はどうも公私をはっきり区別するタイプで、土日には必ず家に帰ってきているし、家族旅行に行った時は仕事用の携帯は絶対持ってこないし、霧果の誕生日に遅れることも無い。こんな俺でも優しい父親だと評価できる人だ。
その愛情は確かに俺にも注がれたようなのだが、俺はよく意味が分からなかった。
そんなことは置いといて。
ようは何が言いたいかというと、結城家は大豪邸だと言いたい訳だ。
だから玄関に入ってすぐお目見えするのは、
「御帰りなさいませ、霧果様。お久しぶりでございます、衛士様」
と可愛らしい声でいうメイド……ではなくダンディなキリッとした声の老年の執事だ。
一応はこの屋敷内には二人のメイドも居るのだが、大抵お出迎えはこの執事だそうだ。理由を聞けば、「メイドだとそういう趣味なのか」となめられてしまうがためらしい。
メイドや執事、と聞くとメルヘンなお城でも想像できそうだが、残念ながら稔はそんな豪勢に金を使う気も無いようだ。
結局どんな家なのかと問われれば、普通の洋風の一軒家を多少豪華にしただけ、と答えるしかない。まあ、普通の一軒家に地下一階があって、プライベートシアターや娯楽場があるのは果たして「普通」なのかどうか聞いてみたいが。
まあ、そんなことはどうでもいい。
実際に問題なのは、この家に入ってからなのだ。
人によるだろうが、例えばショウンのような奴ならばきっと、この後は兄妹であははうふふないちゃつきイベントが待っていたり、(俺にとっては不吉でしかない)ベッドシーンを想像したかもしれない。
しかし、ここから俺を待ちうけるのは生き残りを賭けたサバイバルゲームだ。
どういうことかと言えば、
「はい、お兄ちゃん、私特製ロールケーキだよ」
「あ、ああ、ありがとう?」
どうして疑問形? と問われても肩を竦めるしかない。
なぜなら、果たしてスポンジを丸めて、フォークで仮止めのように突き刺したものがロールケーキと言えるのか分からないからだ。
どうも恐怖とは縁遠いせいか理性は何も告げてこないのだが、それ以前に知識が「これはロールケーキではありません。(食器とかを洗う)スポンジでフォークを巻いただけの危険物です」と冷静に教えてくれる。
何一つ食べられる要素がないロールケーキを前に、俺はどうすればいいのか分からなくて、霧果のほうを見る。
謎の期待に満ちた爛欄とした表情が、暗に「どうツッコむ!?」と期待をしているようで、俺はますます困る。なぜなら感受性など一切無い人間が、上手いツッコミをできるのかという根本的な問題が存在するからだ。
霧果のこういう所は昔からで、いつだったか稔に聞いてみると、「俺の心に感受性を持たせる為の特訓」らしい。確かに不意のアドリブに対応できるようにはなれそうだが、これは果たして感受性と関係あるのか。
ゆったりとしたダイニングで、俺はテーブルに置いたロールケーキとにらめっこする。
何がツッコミどころなんだろう、と考えるが、やはりそもそも「面白い」という感情がよく分からない人間に、ツッコミなどできる訳も無く、刻一刻と時間は過ぎて行く。
じれったそうに、霧果は言った。
「どうしたの? もしかして――何か変、かな?」
「変も何も、端っこから端っこまで全て変の塊だと思うんだが?」
霧果の問いに、俺は思わずツッコんでしまう。しまった……ここでは一つの言動が命取りだと言うのに……。
「へえ、お兄ちゃん何がどう変なのか教えてくれる?」
ほら、始まった。
「……そもそもコイツは食い物じゃない。食器洗い用のスポンジだ。噛んだって水が染みでるだけで、何一つ味が無いに決まってる」
「本当にぃ? お兄ちゃん、ちょっと食べてみてよ」
――また余計な事を……っ。
自分らしくもなく怒りに打ち震えていると、
ビビビッ! ビビビッ! と右腕に着けていた腕時計が甲高い電子音を撒き散らし、俺はともかく霧果が飛びあがった。
俺は腕時計のアラームを何時に設定したか覚えていたので、時計を確認する事も無く、
「六時か」
と安堵のため息と共に言った。
「お兄ちゃん、もうバイト? こんな可愛い妹をほったらかしにして行っちゃうの?」
霧果が媚びるような声で俺に迫るが、俺は呆れ果てて、
「自分で可愛いなんていう奴にロクなのはいない。それに、バイトが終わったらまた帰ってくる」
「ホント?」
「ああホントだ。稔さんに言わなきゃいけない事もあるしな」
「よし、お兄ちゃん、今晩は返さないからね!」
「……それは普通男が言う事じゃないか? それからその言葉は要らぬ誤解を招きそうだからやめておけ」
完全に呆れながら言い放つと、霧果は嬉しそうに、
「よっし、ツッコンだ」
ガッツポーズした。どうも俺は嵌められたらしい。
「じゃ、行ってきます」
玄関でまで来て、スニーカーを履いて俺は霧果に言った。
霧果はにぃと笑って、
「行ってらっしゃい」
と弾んだ声で言った。
いつもの会話、いつもの挨拶だった。
でも玄関をでた俺は、ふと思ってしまった。
この会話を当たり前に楽しめない俺に、あいつはどうして楽しそうに話かけてくるのだろう、と。
そして俺は、どうしてこうも人生につまらなさしか感じないのだろうか、と。
マウンテンバイクに跨りながら、俺は自分に対していくつもの疑問が湧くのを感じて、
まあ、どうでもいいか、といつものように切り捨てた。
皆大好きですよね、妹。
義理にしたら逃げ道とか言われますが、もう気にしません。これを貫いていきますよ。
次回は衛士君がバイトしてますww