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朝登校すれば何が待っているかといえば、特に何のイベントもまってやしない。
特に興味も無い有名なミステリー小説片手に、まるで追いやられたようにある、窓側の隅っこの席に腰をおろして、静かに読書でもしようとして、ふと窓に目がいく。
外には何百人という生徒が登校していて、いかにも和気あいあいといった雰囲気で出会った友人達と談笑している。
―――私立結城学園。それがこの学校の名前だ。
小等部、中等部、高等部の三つに分かれており、それぞれ七百人近く在籍しているマンモス校だ。私立の割には学費はそこらの公立よりも安く、設備も充実していて学校も清潔のため、入学希望者が定員を割るなんて、ざらにある話だ。
おかげで当初は少人数指導を主体としてきたはずが、いつのまにか四十人学級だ。それも十クラス近くある。
また、人数の増加に伴い、改築や増築を繰り返しており、最近では移動するのに二十分近くかかる場所もあり、また内部も複雑で、毎年十人以上の行方不明者がいるともっぱらの噂だった。
俺はそんな学校の、高等部の、二―三に在籍している。
この学校に来た理由は、別に施設や授業内容に興味を引かれた訳ではなくて、ありとあらゆる複雑な理由があるのだが、現状ではどうでも良かった。
しばらく読み耽っていると八時になった。そろそろ部活が終わって、生徒達が一斉にやってくる時間帯である。
よってここで気にしなければならない事とは………――――
ガラガラッ、と教室のスライドドアが開く音ともに、「よっ、皆おはよー!!」と俺しかいないのに皆に挨拶するバカな声が飛んできて、俺はその声を聞いた瞬間、ハァーと思わず溜息を吐いた。
視線を教室の前側のドアのほうへ向けると、そこには金髪碧眼の実に頭の軽そうな少年が立っている。
俺の視線に気付いた少年は、笑顔で軽く手を挙げたが、素早く視線を本に戻して無視した。
が、その程度でへこたれるような奴じゃないと俺はよく知っている。
やはりその少年はこちらに近付き、爛々と目を輝かせてこちらを覗いて来た。
うっとうしい奴だが、この男、実は物理的にも鬱陶しい奴なのだ。
金髪碧眼、と言うと、爽やか系イケメンを想像しそうなものだが、こいつの場合、その評価はかなり当てはまらないだろう。むしろ的外れと言っても良い。
なぜならこの少年は――学年、いや学校随一の筋肉マンだからだ。
彼の一挙一動には分かりやすいほど筋肉が痙攣しており、制服は筋肉の形に盛り上げられ、彼が本気を出せばきっと制服がアニメみたいに吹っ飛ぶであろうとまで言われている。
そんな彼を傍から見る分には幾分かマシだろうが、実際に近寄られ、彼にのしかかられれば筋肉の重圧で痛いし重いし熱い。
そんな奴が何故こんな友人ないし喋り相手すらいない俺の所にやって来たかといえば、
「衛士~お前の妹に俺の事紹介してくれたぁ?」
「……昨日は霧果に会ってもいないし、そもそもあいつは妹じゃない」
……この通り、俺の妹、結城霧果がお目当てで、近寄ってきている様子だった。
「……大体ショウン、お前他人を頼る前に、自分で頑張ったらどうなんだ」
呆れながら返しつつ、俺の義妹の事を思い出す。
結城霧果。中等部の三年生で、この学校のアイドル的な存在らしい。なにせ容姿はかわいいし、成績は普通だけど一生懸命だし、活発で上級生にもきちんとあいさつするから上級生方に大人気らしい(ショウン談)。
「いーじゃんべっつに~。減るもんでもないだろ~」
駄々をこねるように、口角を上げて粘るショウン。
「仕方ない。じゃあ、アイツのタイプを教えてやろう」
こうなったショウンを止めるのはかなり面倒だ。だから俺は、とりあえず邪魔者を排除する為にハッタリをかます事にした。
「霧果のタイプはな……全裸に葉っぱで股間を隠して、しかしその肉体は筋肉隆々で美しく、尚且つ金髪碧眼の男子だ」
その言葉を聞いたショウンは、途端に目の色を輝かせた。
「それって……まんま俺ん事じゃああぁぁああああああんんんッ!!」
そんな感じで俺の前で跳ね、フィーバーしだした。どうも歓喜のあまり興奮が抑えられないらしい。……こいつ、全裸に葉っぱと言った時点で冗談だと気付かないのだろうか?
「ありがとう衛士!! 俺お前と同じクラスでよかったよ!!」
「そりゃあ良かったな」
勝手に有難がればいい。俺は別にどうでもいいから気にしない。
「じゃあ俺、今から中等部に葉っぱに全裸で飛び込んでくる!!」
――……は?
「おい、ちょっとま」
「じゃあな!! 情報ありがとう!!」
それだけ言い残すと、俺の制止の声も聞こえないのか、そのままショウンは廊下を駆け出して行った。
「……まあ、いいか」
俺には関係ない事だし、と俺は自身の言動の責任を放棄した。
そうこうしていると、かなりの人数の生徒が教室内に入って来る。
その中には赤髪の少女や、金髪の男子なんかがざらにいる。その殆どはイギリス人だったり、アメリカ人だったり、やっぱり日本人以外の人種が多い。
かくいう金髪碧眼筋肉ダルマ、ようはさっき廊下を走り去っていった本田ショウンは、アメリカ人と日本人のハーフだ。
なぜこうも外国人が多いかと言えば、多分私立校だから、とかいう理由を考えるかもしれない。
しかし、これには私立校とか関係なく、全く別の訳がある。
そもそもの話は二百年ほど前まで遡らなくてはならないだろうか。
百年前、人類が人口爆発やら環境問題やら生ぬるい問題で悩んでいたころだ。
天体観測中だった超巨大望遠鏡イトカワや、宇宙圏や成層圏でぷかぷかしていた人工衛星は、地球に接近する天体群を観測した。
それは観測されて数時間で、地球の成層圏へと辿りつき、巨大な隕石群として大地を焼き尽くす。
その隕石群は数時間に一気に落ちてきたのではなく、ゆっくりと時間を掛けて大量の隕石群を落としてきた為、被害は世界中に及び、ありとあらゆる文化を全て消し飛ばし、滅ぼしていった。
こうしてみると、隕石群が一気に落ちてきたほうが良かったような気もしてくるが、一気に落ちてきたら文明が消しさるだけでは済まなかっただろう。地球そのものが滅亡した可能性すらあったのだ。まだマシだったと言えよう。
しかし幸運にも、人類の半数は何とか生き残ることができた。一個一個の威力が原爆ほどじゃなかったというのもあるし、人類には幸い核シェルターと呼ばれるものもあった為に、普段よりそれ相応の準備をしていた人間はかなり多くが助かったのだ。
生き残った人類は、復興をするために世界中で団結していく。
だが、そんな簡単に物事は運ばない。モンストルオによる人類駆逐によって、生き残った者たちも次々とやられていった。しかし、その内対抗策が発見され、人類はモンストルオを逆に殲滅。そうして四十年前、何とか過去の生活体系を取り戻した。
だが、しばらくの間非政府組織によって各々に動いていた世界は、しばらく無政府状態が続いた。というのも、生き残っていた政治体系は何者かによってことごとく破壊されて、世界は一時的にとはいえ無法地帯に近い状況と化していた為だ。そんな酷い状況を打破するために生まれたのが『世界維持政府』と呼ばれる組織だ。
世界維持政府は、世界中の国々の代表者でまとめられた組織で、公平を保つために『リーダー』と呼べる存在をつくらず、議会形式で存在していた。
それら世界維持政府は、最早世界中が国に別れて政治をしていられる状況ではないと判断し、一つの条約を公布する。
世界統一条約。
その条約の中には関税の完全撤廃、領有権の撤廃など、国と国を分けていた代表的な条約を完全に撤廃する内容が盛り込まれており、ようは地球を一つの『国』に見立て、国をその『地域』にするといった内容だ。
それから地球基本法と呼ばれる日本でいう憲法のようなものができた。法律は基本的にアメリカや日本の法律を準拠としたもので、日本の平和主義が認められたものでもあったのだ。
まあ、そうするとどうなるかというと、もともと日本は外国人に人気だったので、日本に移り住む外国人が多くなってくる。
その結果が、現状のウチのクラスみたいなものだ。しかしこれは人種差別などが日常茶飯事だった世の中で、そういう差別が消え去りつつある兆候ともとれるので、良い事なのではないかな、という意見が多数ある。
まあ俺にとってはどうでもいいが。
それはともかく、ついにチャイムが鳴った。チャイムといっても、学校長お気に入りの陽気なミュージックだが。
パンパン、と教壇で担任が手を叩いた。これはつまり、「早く座れ」ということを暗に示しているもので、雑談に耽っていた周りの生徒達は素早く席に座る。五秒以内に座れなかったら、教壇から赤いチョークの弾丸が飛んでくる。それを頂戴した事はないが相当に痛そうだった。喰らいたいとは思えない。
俺は教師の「ホームルーム始めるぞ――」という声を聞き、憂鬱な気分を振り払えぬまま頬杖をついた―――。
はい、続きです。
まだまだ序盤です。文章もまだ下手くそです。
でも、まだこれからです。
温かいめで、見守ってください