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ピエロは気付く。その少年の強さに。
少年は気付く。守るということの大切さに。
そして少女は――?
「うおおおおぉぉぉぉっ!!」
少年は叫び、剣を振るう。
周りには光が爆散し、舞っている。
「……あなた、本当に何者なんですかー?」
鎖を生み出し、射出し続けるピエロは、しかし訝しげに語尾を上げた。
おかしい、とピエロは気付く。
確かに、あの少年は多少は運動神経や瞬発力、動体視力に洞察力があるとは思っていたが、さすがにこれは尋常ではないと思う。
鎖の射出速度は、流石に銃器ほどは無いが、しかしプロのハンドボール選手が投げるボール並にはスピードがある。
加えて、あの細さだ。鎖を正確に切り裂くなど、ほぼ不可能。それを幾つも相手するとなれば、まず無理だろう。
だが、おかしい。
目の前に居るあの男は、それを余さず全て切り開く。
莫大な量の光が散り、また霧散する。
延々これが続く。
最初は相手の集中力や体力が切れれば良いと、この持久戦に持ち込んだが、相手の動きは途切れをしらない。アスリートでも持たないような、尋常じゃない集中力と体力で、全てに応対する。
鎖の増産に体力を裂いている分、ステルスやテレポートにまで余裕が回らない。しかも、それらは体力が異常なほど必要だ。帰りに逃げる時の算段を考えれば、増産し、射出し続けるしかない。だが、それでも彼の体力には圧倒される。下手をすれば、こっちが先にスタミナ切れを起こしてしまうかもしれない。
判断力も優れている。こちらがたまに仕掛ける引っ掛けに、冷静に身を引いて対処している。さらにはこの状況で、
「他人も、出来る限り守っていると言うのですか……!!」
先程から、明確な悲劇が起こっていない。
先程起きた惨劇。それは、守るべき人の数が多すぎたというのもあるし、鎖の量も異常だったからと言える。
だからとはいえ、ショックで動けない人間は多数点在している。
しかし目の前の男は、そちらに向かう鎖の弾丸を全て阻み、避ける時でさえ、人間に当たらないように計算して避けられている。
内心で、焦りが生まれ始めた。
何故こんなにもあの少年は強いのだ?
以前あった時は、どこか迷っているように思え、大した奴では無いと思っていた。
しかしもう、その迷いはどこかに消え去ったようで、後に残っているのはとても鋭い刃のようで、盾のように硬い感情だ。
一体何が、彼をそこまで奮い立たせるのか?
そんなものは、きっと問いかけるまでもなく、簡単な答えだ。
守りたい。
人は、たったそれだけの感情で、だれよりも何よりも、きっと強くなる。
その事を体現しているかのように思えた。
(……あの子を後回しにしたのは、あまりよくない選択でしたかねー)
先にあちらを捕らえていれば、もう少し彼の行動を制限できたかもしれない。
いくら後悔しても、もう遅い。あの少女は逃げてしまったし、今こうして戦闘している以上、逃げ出す事もままならない。
(せめて、行動不能にして、あの子の目の前で殺してしまえば、余興としては充分すぎる位でしょう)
そう思い、行動方針を固めた。
嵐のようにやって来る鎖を、吹き飛ばすように断ち切っていく。
ソフィアはどこまで逃げただろうかと、ほんの少し思った。
だが、いつまでもそんな事を考えている余裕など無い。
横に振るう鎖を剣で裂き、縦から来る鎖をワンステップで横に避け、跳ね上がって来る鎖を剣で断ち来る。
しかし、断ち切っても、断ち切っても切りがない。
おかしい、とは以前から気付いていた事だが、幾らなんでもおかしすぎる。
宝具は一度消すと、再復元までに多少の時間がかかる。それは共通の筈だ。
しかし、あの宝具は違う。
以前と倍以上の複製を、タイムラグを殆ど無しでやってのけている。
相手の腕が二本しかないという事が、俺にとってもっとも幸運なことだろう。おかげで、鎖の軌道は読みやすい。二本しかないという事は、鎖が幾つあっても、軌道はある程度同じになる。だからここまで対処出来たのだと思う。
だが、このままでは埒があかない。
以前のように鎖をステルス化されたり、テレポートさせられたりすれば、完全にこちらの終わりだ。そうでなくても、このまま戦闘が続けば、疲労で動けなくなって、鎖を避けきれずに喰らってしまう可能性だってある。
早くなんとかしなくては、負ける。
そうは思っても、具体的な作戦なんてものは、全く浮かんでこなかった。
二本の鎖が、直線で向かってくる。
その二本の鎖の間の空間に、横に体を割り込ませ、一本を断ち切る。
断ち切っている間に、後方の鎖が黄金の弧を描き、こちらに向かって振るわれる。
倒れこむように、体を低く屈める。頭上を掠るようにして黄金の線が通過した。
と同時、立ち上がる勢いで跳ね上げるように剣を振り上げ、黄金の線にクロスするように、赤い光が走る。次には、黄金は白い光となって空中に消えた。
途端に、攻撃が止んだ。
改めてピエロに向かって剣を構える俺に、ピエロは厭らしい表情を向けて、
「本当に面白いですねー貴方。本当に面白い……」
愉悦し、舐めまわすような顔で、グロテスクに嗤う。
「その剣、大抵のものなら皆斬り裂くみたいですねー。でも、」
ピエロは右手に同時、六本の鎖を生み出す。
そして、それぞれが絡み合うように、六本の鎖を一本の太い鎖に変化させる。
「古来から、矢は一本では軟弱だが、何本も束ねれば強靭になると聞きますー。なら私も、その教訓を学びましょうかねぇっ!!」
柱のような黄金の鎖が、勢いよく振り下ろされた。
剣を掲げ、受け止める。
が、
「うおおおおぉぉぉぉっ!?」
断ち切られない。
遠心力などが相まって、生み出される圧力に、押し潰されそうになる。
それを遠くでピエロが、馬鹿にするように嗤うのが聞こえた。
だが、負けるわけにはいかない。
「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
叫び、撥ね退けるようにして、押し出す。
すると、剣が、鎖に少し喰い込んだのが見えた。
もう少し、力強く押し返せ!
思い、両手で剣を支えて、さらに力を腕に込める。
ずぶずぶと、泥に埋まるように太い鎖を断ち切っていき、
ズパン! と鎖が千切れた。
やった、と思い、一瞬にして視界が白く染まった。全て鎖の残骸だ。視界を阻むように、莫大な量の閃光が、目に突き刺さる。
まさか、奴の狙いは―――
俺がようやく、奴の狙いに気付いた時には、もう遅かった。
光で身動きが取れないで居ると、その光を吹き飛ばして、鎖が飛んでくる。
目の前に。至近距離で。
避けなくては。そう思考回路が思い立った瞬間にはもう遅い。
ズパン、と左の脇腹が、焼けるような痛みを発した。
「光があったので、目測が狂っちゃいましたかー、残念」
少しも残念そうにない表情で、ピエロはケタケタ嗤う。
痛みを堪えられず、脇腹を押さえる。傷は深く無さそうだが、浅くも無い。血が吹き出るように迸っている。
「っ、テメエ……」
出てきた声も、心無しか掠れていた。
「おーおー。まだ喋る余裕がありますかー。いやはや本当に凄い。……ですが、そう言っていられる余裕がありますかねー」
何だと、と言い返そうとして、ガクン、と足から力が抜けて、立て膝になる。しかしその状態も数秒と持たない。その内バタン、と地面に突っ伏した。
「ク……ソ……」
声が段々と掠れ、小さくなっていくのが分かる。
視界が急激に狭まってきて、唐突に莫大な気だるさや、眠気が襲ってくる。いけないとは思うものの、全身から力が抜けて行くような気がして、抵抗できなくなっていく。
もう、駄目なのだろうか?
ここで、終わりなのだろうか?
それでもいい。そうなっても構わない。
彼女はきっと逃げのびてくれる。
そういう結末なら、甘んじて受け入れよう。
だけど、まだ、まだ――――、
「待って」
聞き覚えのある声が、眠りに就く寸前の脳に、深く突き刺さり、意識を呼び戻す。
俺は驚きのままに、首を持ち上げ、声の方向に向く。
その先には、
「……ソ…フィア……?」
少女の選択とは――?




