5 ※グロ表現あり
打ち砕かれたのは遍く人々の幸せ
※グロ注意。苦手な方は気をつけて下さい。
楽しかった筈の祭りは、一瞬にして地獄と化した。
黄金の鎖が何十本踊るのに反応し、大量の血飛沫が舞う。
それは全て、この祭りを楽しんでいた人々のものだった。
家族皆で、夏の楽しい思い出づくりに来た人もいるかもしれない。
恋人と一緒に、初めてのデートにやって来た人もいるかもしれない。
それらが全て等しく、
血肉と臓物の詰まった、ただの肉袋と変化した。
内臓が飛び散り、脳漿がばら撒かれ、血液が霧散して、地面にこびり付く。
心臓を掻き切られたものも居た。
首から先が何もない首があった。
四肢を切断され、無残な姿になったものも居た。
それらは等しく、全て死の形。
何者も逃れられぬ、絶対の運命。
死を手繰るように、死を操るように、黄金を振るう死神が居る。
その手に掛けられた者は、全て残さず死んでいく。
「うっ、うぇ~ん!!」
一人の幼い少女の喘ぎが、死神の耳に届いた。
少女の足元には、かつての両親だった残骸がある。
その結果を未だ受け入れられぬ少女は、唯泣く。
「耳障りですねー」
だが、その声は死を招いた。
少女に向かい、全てを等しく死に導く鎖が、少女の頭を穿とうとする。
だが、
「――ふざけるな」
赤い剣が振るわれ、鎖を一瞬にして消し飛ばす。
ピエロは意外そうな顔で、剣を持つ少年を見る。
「案外お人好しなんですねー、あなた」
「クソが…………」
少年は腹の底から苛立ちの混じった声を出す。
少年は、人通りの多い路地に出たのは間違いだったと、今更ながらに後悔する。
戦闘が始まった瞬間、ピエロは何十本もの鎖を一気に生み出した。
そして周りの被害も気にせず、ひたすらに殺戮を行った。
鎖は何本も射出、散開するため、全てに対処する事はできない。
更に、自ら鎖に飛び込んでいくなど、通常考えれば自殺行為に等しい。
だから、ここまでの惨劇となってしまった。
しかし、ピエロも少年も、この惨劇を目の当たりにしながら、あまりにも異常だった。
二人とも、他人の死に対して、両極の考えを有しながらも、しかし反応は同じだった。
死に対し、あまりにも薄い反応しかしない。
ここまでの惨劇を、一つの事柄としか考えていない。
それこそがあまりの異常。
「貴方、あまりにも他人の死に対して無反応なんですねー。過去に猟奇大量殺人でもしたんですかー?」
死を愉悦するピエロは、滑稽さそのままにただ嗤う。
対する少年は、死に対して恐怖を、怖れを抱かない。
「そんなもの、知るか」
少年は、死は見えていても、怖れを抱くものではないと、ただそれを受け入れる。
「今はただ、お前をここで倒すだけだ」
そもそも少年は、今やるべき事の為なら、不必要なものはすべて切り捨てる事が出来る。
改めて剣を構える少年は、目の前に居る死神をしかと見据える。
いや、死神では無い。
ただの、敵だ。
倒すべき、憎むべき敵だ。
「さて、休憩は終わりです」
ピエロは嗤いを止めず、鎖を振るう。
横薙ぎの鎖を裂いて、少年は言う。
「来い、クソ野郎」
瞬間、二人は爆発的に走り出した。
ソフィアは一心不乱に走っていた。
理由は単純。あの男から逃げる為だ。
あそこには恐怖しか存在しない。自分を貶めるものしかない。
逃げて、逃げて、逃げて。
ただ、それだけしかない。
でも、あの少年は、逃げなかった。
初めて助けに来てくれた時も、今も。
怖かった筈なのに、苦しかった筈なのに。
あの少年は、そんな何かを何もかも切り離して、ただ自分を助けに来た。
そんな少年は、強いと思う。
でも、自分はそんなに強く無い。だから逃げる。
これで間違っていない筈だ。これで正しい筈だ。これで責められる事は絶対にない。だってこれが最善なのだから。
でも、最良では無い。
そう思うと、思わず足が止まった。
どうしてだろう。あの人は自分を助けてくれたけど、一体何故あの人は助けてくれたのだろう。
『俺が守る』、そう少年は言ってくれた。
彼は逃げない。自分が言った事に対して、責任を持つ。必ず、自分を守ってくれる。
それに比べ、自分はどうだ?
今、自分は本当にこのまま逃げ続ければ良いと、本当に思っているのか?
ソフィアは気付く。
あの少年が守ってくれた理由を。あの少年が逃げなかった理由を。
きっと彼は気付いていた。逃げた所で何も変わらない。それどころか、大切な何かを失ってしまうかもしれないという事を。
そんな大切な何かを失いたくなければ、守りたいと思っているのなら。
逃げてはいけない。真正面からぶつかって、戦え。
もしかしたら、こんなことはエイジは望んでいないかもしれないけど。
それでも、私はあの人を失いたくない、ソフィアはそう思った。
そう思うや否や、少女は走り出した。
失くしたくない、大切な者の為に。
正しさや、その意味なんて、最初から関係無かった。
そんな事に拘泥しているくらいなら、
今こうして、走り出した方がずっといい。




