4
切り裂かれた幸せ。
「仲睦まじい事何よりですねー」
突然、背後から聞き覚えのある声がした。
ソフィアが、露骨に反応する。
「ッ!? てめえは!?」
食べかけの焼きそばが地面にぶち撒けられるのも構わず、俺は強引にソフィアを引っ張り、前方へと逃げ出す。
「そう焦らないでくださいよー」
しかし、一瞬にして目の前に、あの男が立ちふさがる。
奇怪な風貌をした、ここにはあまりにも場違いな男。
ソフィアを攫い、監禁したあのピエロが、目の前に居る。
「……また、コイツを攫いに来たのか」
俺はピエロに向かって確認する。答えなど、とうに分かっていた。
「ええ、その通りですー。なにせこのままじゃ、私の計画が破綻してしまいますからねー。そうなると、困りますからねー」
ピエロはまるで滑稽なものを見るかのように、毒々しい笑みを浮かべて嘲笑う。
その滑稽を体現するものは、気持ちの悪い感情の篭った声で、
「そもそも、その子の宝具を考えると、私に使われたほうがまだ貴方もその子も幸せだと思うのですがねー」
「………………………」
ピエロは涎のようにベタベタした声を紡ぐ。
「ま、なんにせよ、もう貴方は関わってしまいましたから、もう手遅れですが―――!!」
いつまでもそんな言葉聞き続けられるほど、俺は我慢強くは無かった。
ピエロに悟られぬように、マスターキーを生み出し、ピエロが完全に調子付いて来た所で、全力の突きを放つ。
しかし、
「やれやれ、人の話は最後まで聞くって、学校で習わなかったんですかねー」
ピエロは完全に不意を突かれたにも関わらず、鋭敏な反応で半身ずらして突きをかわした。
完全に無防備になる。ピエロが横でニヘラとグロテスクな笑みを浮かべる。
しかし、
残念ながら、そこで終わるような軟弱者になったつもりなど、ない。
俺は突きだした右腕をすぐさま回転。突きから裏拳に動きを変える。
ピエロの腰辺りに打撃を―――、
ふっと、ピエロの体が消える。
しまった、後ろのソフィアは無防備だ!
そう思い、振り返った瞬間だった。
トン、とくぐもった足音が背後に生まれた。
奴は頭上にテレポートしていたのか!?
一瞬の判断で腰を屈める。頭上スレスレで拳が通過した。
下がったついでに前転。ソフィアの足元の所で勢いを利用して立ち、強引に向きを反転。剣を構え直して、改めてピエロと向き合う。
「……そんなに、その子がいいですかねー」
ピエロは俺の様子を見て、そんな事を言う。
同時に、右手には光が集まり、鎖を形作っている。
「あなたは、そんなに不幸になりたいんですかー? その子の力は、貴方を不幸にしかしませんよー?」
隣で、少女は震えていた。あの男は、きっと彼女にとって、最大のトラウマとなっているのだろう。
「ま、今さら思い直しても、遅いですがねーっ!!」
ピエロは、光に包まれた右手を突きだす。瞬間、光が急速に収束し、黄金の鎖が生み出される。先端には槍のように切っ先の鋭い刃が付けられ、次の瞬間には俺達に向かって射出された。
だが、そんな事はどうだっていい。
俺は剣を振るう。次の瞬間には、鎖は光となって爆散した。
少女を守るように、一歩踏み出し、更に剣を構え直す。
「理屈なんて、どうでもいい」
俺はただ、コイツを守るだけだ。
次の瞬間。
爆発したように走り出す。
一瞬のうちに豹変する俺の行動に、ピエロは完全に虚を突かれた。
剣を振るっていては間に合わない。
勢いのまま、ピエロの体に体当たりをする。
「げぅ!?」
ピエロの口から空気が漏れる。気にせず更に突きだす。
ゴロゴロと転がって、人がたくさんいる大通りに出た。
周辺の人々が、転がって来た二人の男に驚くが、気にしていられる余裕は無い。
「ソフィア! 遠くに逃げろ!」
俺の声に反応し、木陰でウロウロするソフィア。
くそ、何を迷っているんだ。
「早く!!」
さっきよりも大きな声で催促すると、ようやく少女は背を向けて、何処かへ走り出した。
「させませ――ぐぅっ!?」
テレポートをしようと立ち上がるピエロを、足で蹴り倒す。
「させると思うか」
再度剣を構え、ピエロを睨みつける。
「フフ……確かに、このままではテレポート出来ませんねー」
テレポートは高度な演算能力を必要とする。少しでも計算を間違えたり、焦りが入ると、テレポートは失敗する危険性が高くなるのだ。テレポートさせないようにするなら、とにかく隙のない攻撃で、ピエロに余裕を与えなければ良い。
しかし、今すぐにでもソフィアを追いかけたいであろうピエロは、焦りの一つすら見せない。
余裕の表情で、立ち上がった。
「確かに、このまま追うのも一つの手ですがねー。ここは不確定因子を潰した方が効果的ですかねー。下手にあの子から捕まえてしまうと、無意味に希望が残って、壊れにくくなるかもしれませんしねー」
ピエロは、両の手に鎖を生み出してブルン、と振る。動きが先にまで伝わり、スパン! と足元の地面を抉った。
「それに、」
ピエロは少しずつ、こっちに近付きながら、不気味に言葉を紡ぎ続ける。
「貴方が死んだ方が、あの子も簡単に壊れるでしょうし、ねぇっ!!」
ピエロは両の手の鎖を、振るうのではなく射出する。
弾丸のように向かってくる弾丸を半身でかわし、正面から来た鎖を一閃する。
「ふふふっ、私の鎖は巻きついた人間を強制コントロールするんですよー!!」
しめた、とでも言うように、ピエロは俺の背後を行く鎖を、俺に巻きつかせるように振るう。
だが遅い。
上から下に一閃した剣を、跳ね上げるように体ごと反転させて下から上へ。背後にあった鎖は一瞬にして光の粒子と化す。
ピエロは憎しげな表情を浮かべて、俺を見てくる。
それを見て、俺は相対するように睨みつけた。
「とりあえず、血肉踊るパーティと行きましょうかぁ!?」
「お前に、ソフィアは渡さない!!」




