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少女を日常に連れ帰った衛士は、清々しい朝を迎えた――?
布団の中がもぞもぞする。
俺の清々しいはずの朝は、そんな感想から始まった。
布団の中に誰かが居る事は確かだ。しかし、誰が入っているんだ? 霧果辺りが怪しいが、俺が来た頃にはもう寝ていたし、俺がここで寝静まっているという情報は……多分、知らない筈だ、多分。
まさか稔か? いやいやそんなまさかそれこそあり得ない。あり得るとしたら―――
「ぱっと出てきてこんにちは、メイドの三木原です♪」
「おうわぁ!? いきなり出てくるんじゃねえよ!?」
「ふふ、口調が崩れていますよ」
あ、いかん、いかん。平静になれ落ち着け俺。
一呼吸してから、精神を落ち着かせて、改めて訊く。
「三木原さん、ここで何をしているんだ?」
「もっちろん、あんな事やこんな事を……ってギャー!? 冗談です、冗談ですってば!? だから剣を取り出して明確に殺意をむき出しにするのをやめてー!?」
ひとまず落ち着いてマスターキーを光の粒子に還すと、三木原さんはようやく本題に入る。
「あの、ちょっと手伝って欲しい事あるんです」
「手伝って欲しい事?」
はい、と頷いて三木原さんがズリズリと俺に体を押しつけながら言う。
「実はさっき、あなたが助け出した女の子が目を醒ましましてですね……」
「なんで俺がこんな事をやらなきゃいけないんだ?」
「稔さんも『もしかしたら』って言ってましたから、どうなるか分かりませんけど、とりあえず挑戦してみれば良いじゃないですか」
「あーもう面倒くさい」
ぐだぐだと愚痴言いながら廊下を進んでいくと、確かに説明された通りの光景があった。
白い少女は目を醒ましていたが、相変わらず虚ろな目と表情で、ベッドに倒れていた。ただし、ベッドの端をしっかりと掴んで。霧果やメイド&執事部隊が懸命に放させようとしているが、どうも駄目だったらしく、そこらには敗残兵が荒い息をして転がっていた。メイドや執事がそこらに転げまわっている光景はちょっとばかしシュールな光景だ。
「あ、お兄ちゃん」
と、俺に気付いた霧果が俺に声を掛けてきた。
「話は聞いてるから良いんだけどさ、この子思ったより強情でさぁ。中々ベッドから離れないんだよぉ」
話を聞いたって、今まだ六時半だぞ!? と俺は思わず戦慄する。こいつと稔は一体何時に起きているんだろう。夏休みなんだからもっとゆっくりすれば良いのに。
「で、なんかお父さんが、『もしかしたら、初めて見る人は信用できないのかもしれない。この子を助けだした衛士君ならもしかしたら』とか言ってたから、とりあえずお兄ちゃん試してみてよ」
「その旨は三木原さんに聞いた。でも無理だと思うんだがなあ」
比較的消極な意見な俺に対して、霧果や三木原さんは積極的な意見を言う。
「そんなのやってみないと分からないでしょ。さ、ほら早く」
「それぐらい試してみないと分からないでしょう。さ、行く行く」
女性二名の意見に強引に押される形で、俺は少女がうつぶせになっているベッドの前に押し出される。
……ところで、俺はここからどうすればいいんだ?
簡単だ。コイツをベッドから引き剥し、朝食の場に引き摺りだせば良い。
目的は分かる。だが俺はその目的を達成する為にこれから一体何をどうやってどうすればいいんだ!?
「……とりあえず、呼びかけてみるか?」
俺は少女の耳元まで口を寄せると、「おーい、起きろー」と何回か呼びかける。だが、やはり駄目だった。どうしようと考え、出来るだけ卑猥ではない方向に考えを巡らせる。
脇から腕を通して持ち上げてみようと思い、ベッドに乗り込むと、
「衛士さんが女の子に襲い掛かろうとしている―――ッ!?」
「違う! 脇に腕通して持ち上げようとしているだけだ!!」
三木原さんの極端な誤解を解くと、改めて脇に腕を通そうとして少女に覆いかぶさるように屈み、
「お、お兄ちゃんが女の子に馬乗りであんな事やこんな事をしようとしている―――ッ!?」
「曲解するな!! 俺はそんなやましい事をしようとしているんじゃなくて――――」
「あれあれ? 私は『あんな事やこんな事』って言っただけなんだけど? お兄ちゃんもしかして実はそんな事考えていたりするの?」
「―――!!」
か、鎌をかけられただと!?
もうこのままでは何一つ進んでいかないので、俺は後方からやって来る侮蔑や蔑みの目線を全て無視して、目の前の事にだけ集中する事にする。
脇から腕を通すと、そのまま挟みこむように関節を曲げ、グッと持ち上げる。すると、少女はすんなりと持ちあがった。
思ったより苦戦しなかったな? と俺はそのまま少女をベッドから引き摺り下ろした。
ふと、周りが急に静かになっているのに気付いた。
何だ、俺はまさかミスをしたのか? いやしかし確かにこの両手にある感触は肩だし、確かにこの手がガシッと肩を鷲掴んでいるのが見える。
じゃあ何だ? と思っていると、全員の視線が一点に集中しているのに気が付いた。
……コイツの、目?
彼らの視線はこの少女の目に注がれている。一体どうしてと思い、俺は一旦少女をベッドに座らせると、視線もそれに追従するように移動し、常に彼女の目に注がれていた。
仕方が無いので霧果の体を揺さぶってやると「? あ、あれ?」と何故か疑問符を打ちながら霧果が正気に戻る。
「……一体どうしたんだ?」
問いかけに対し、霧果は数秒考え込むように「うーん」と首を捻って、
「綺麗な青い眼だなーと思って見てたらね、なんか突然吸い込まれたみたいにヒューッと……何て言えばいいのかな、何か、孤独とか寂しさとかそういうものしかない世界に連れて行かれたような?」
「何だ? 何が言いたいのかさっぱりなんだが」
訳が分からない説明をされても、ますますこちらは困惑するばかりだ。霧果は「しょうがないでしょ! 私にだって分かんないんだから!!」と大層憤慨していたが、これではもう説明どころではなさそうなので放っておき、三木原さんを今度は揺さぶり、正気に戻す。三木原さんも同じように「あ、あれ? 私一体……」と不思議そうに首を傾げ、
「何でしょう? 何かと繋がっていたような……でもよく解りませんね……」
「何かあったのか?」
三木原さんが何かに引っ掛かっているようで、問いかけてみたが三木原さん自身、何が何だか分からず混乱しているようで、それ以上の情報は得られなかった。
他のメイドや執事を揺り動かして正気に戻しても、結果は同じだった。ただ、みんな一様に「何か繋がっていた」「孤独」「寂しい」等のワードを連呼していて、それが何かに関連するのか不思議だったが、
「ま、別にどうでもいいか」
「お兄ちゃん、もしかして面倒事に対してもそうやって処理してるんじゃないよね?」
割と真理を言われた気がするが、気にしないようにしようと、俺は部屋から出ようとして、
「……まさか、これで仕事が終わったとか思っていませんよね?」
と、笑顔の三木原さんが俺のパジャマの襟を後ろから掴んで脅すように言った。
「……まだ、何かあるのか」
思わず狼狽した口調になってしまう。もう俺はとっとと二度寝したい。
そんな俺に、三木原さんに続くようにして笑顔の霧果が言った。
「この子をダイニングまで連れてって」
その笑顔は、どこか詐欺師のような営業スマイルの気がしたが。
朝から御苦労な衛士。だが、心中では少女の様子に不安を覚えていた。




