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少年とピエロが、激突する。
ピエロやクラウンという職業は、西洋では王室の娯楽の一つとしてたしなまれてきた。また、そのふざけた格好から想像できない、とても思慮深い一面を持っていて、とあるクラウンは本職として娯楽を行いつつも、裏では戦略家として戦場を動かしていた。
しかし一方で、その格好から『悪魔』など連想させる事から、一部からは恐怖の対象として恐れられてきた。
俺は、別にピエロにそんな偏見を持った事は無いし、また恐怖心とは縁遠い性格もさることながら、そういう「恐怖の対象」と見た事は一度として無かった。
だがしかし、俺は目の前の男だけは違うと感じた。
この男は、間違いなく悪魔と形容できる。それだけの異様な雰囲気と、性格を重ね持っている。
「私の『モノ』を返して下さいませんかー」
ピエロという職業柄なのか、随分とふざけた喋り方だが、今の俺には不快感の権化のように思える。
まるで敵意を誘うような、吐き気を催すような、そんな感じだった。
俺は吐き捨てるように言った。
「お前のモノ? どこにそんなもんあるんだ?」
「ありますよー。あなたが背負ってるモノがそれですー」
ピエロは俺を指差してそう言った。多分、少女の事を言っているのだろう。
「それにしても不思議ですねー。どうやってここに来られたのやらー。今までテレポートに紛れこんで来た人は何人もいましたが、『あの場所』で全員死んでましたのにー。まったく、どうやってここに来たのやら」
『あの場所』というのは、さっきのトラックがあった場所なのだろうか。特に死体とかは無かった気もするが、特に関係は無いので、気に留める事は無かった。
それより、問題はここからどうするかだ。もし、俺の予想通りなら――、
「おとなしく引き渡してもらえれば、楽なんですがねー。ここまで来た人が、引き渡してくれる筈が無いですもんねー。と言う訳で――」
ピエロは振り回していた金の鎖を停めて、改めて掴み直した。そして鎖をこちらに向けて、
「こうするしか、ありませんよねぇ!!」
銃弾のように射出する。
それを俺は斜めに動いてかわす。掠るようにして真横を黄金の閃が通り過ぎた。
そこを、新たに生み出された鎖が真横から薙ぐように襲い掛かって来る。
まずい、と思った。
鎌を避ける事はなんて事無い、前に直進すれば避けられる。
しかし、鎖の能力は厄介だった。私見では拘束したものを自由に操る事が出来る感じだった。それも拘束している限り永続的に能力は続きそうだ。
ということは、例え鎌を避けた所で真横から来る鎖によって遠心力でぐるぐる巻きに拘束されて操られてしまえば、そこでもうデッドエンドだ。向こうが「少女を引き渡せ」と命令したら嫌でも従う事になる。
ジャンプして避けようにも、しゃがんで避けようにも難しい高さで、正確に風切りながら鎖は迫って来る。
どうすれば―――いや、そういえば避ける必要もなかったな。
横から薙ぎ払うような勢いの鎖を、真正面から剣で受ける。すると、剣の刃に触れた鎖は、その部分から一気に真っ二つに裂けた。そして避けて瞬間に光の粒子となって霧散した。
ピエロは一瞬驚いたように、動きを止めたが、すぐに嘲笑し、馬鹿にし嘲るように口端を歪めながら叫ぶように言った。
「あっはっはー!! そうですか、それがあなたの宝具!! いやはや、それなら鎖でも壁でも断ち切ってしまえますねー!!」
実際は宝具の能力によるものなのだが、教えてやる気は無かった。というか、教えて何になるのか。
狂ったようにケタケタと嗤うピエロは、持っている鎖を引いて、ブルン! と反時計回りに遷回する。さっきと同じ方向から、黄金の鎖が音すらも切り裂く勢いで迫ってくるが、俺は焦りすらしなかった。
さっきと同じように、縦に斬り裂く。ズパン、と快音と共に、鎖が霧散して消え失せる。
この分なら、余裕で相手の攻撃を受け続けることができるだろう。だが―――、
ずっとこのままでは延々と膠着状態だ。それに向こうにはまだ、『光学迷彩』がある。それを使われたらこっちはもう受けようがない。
先程とは打って変って、縦から裂くように垂直に鎖が振り下ろされる。俺は前に走って剣を刃で受ける向きで横にして、そのまま上に掲げる。おそろしい速度で迫る鎖は、刃に触れて切断されながらも霧散はせず、眼前に現れる。一瞬ぎょっとしたが、掠ることもせずに床に叩きつけられ、深々と抉って霧になった。
遊ばれている、と思った。相変わらずピエロは狂笑したまま、次から次へと鎖を生み出し、横に縦に叩きつける。しかし、その一挙一動には遊びがあった。例えば、俺が射出された鎖を体を捻って回避している時は、完全に無防備で横から攻撃すれば殺せるはずなのにそうしなかったり、そもそも、同時に両側から鎖で挟むようにすれば、簡単に俺を拘束できるはずなのだ。
くそ、と舌打ちする。あんなにも鎖を生み出しているのに、疲れ一つ相手は見せない。それどころか、鎖を生み出し直すのにタイムラグが殆ど無い。
おかしい、あの男も、あの宝具も、絶対におかしい。
だが、そんな事も長くは考え続けては居られないほどの勢いで、鎖は俺に襲い掛かる。まるで地獄へ引き摺りこまんとするかの如くだ。それらを斬り捨てながらも、しかし俺は自身の動きが少しずつ鈍くなっている事に気が付いていた。
「さて、そろそろ面倒になってきましたし―――」
言葉と共に、嵐のようだった攻撃が止む。
更なる攻撃の前の準備のようだ。
ピエロは持っていた二本の鎖の内の一本を消すと、残っている一本を両手でしっかりと掴み直した。何が来る、と身構えていると、
何の脈絡もなく、唐突に鎖が消えた。
「!?」
思わず一瞬息を飲むが、よく見ればピエロの両拳は多少丸まっており、まるで剣か何かを持っているようだ。と言う事は鎖はまだあそこにある。鎖が消える事態も事前に予測していた筈だ。ピエロの挙動を見れば鎖の軌道も予測でき―――
そこまで思考を進めた時、唐突にピエロの両拳が握られた。
「なっ――」
演技だったのか!? と俺が驚愕した時、
背後からズパン、と何かが切断される音がした。
まさか――と俺は思わず後ろを見る。
思った通り、背後にあったコンクリートの壁は縦に一メートル半程度の長細い線を描いて抉り取られていた。それも、抉り取られた深さは全て均一だ。
笑い死ぬとでも言うように腹を抱えて笑うピエロは、馬鹿にしたように言う。
「くぷぷ、あは、ひひっ、まさか考えていなかったんですかー? うぷっ、ぷくく、私がテレポートの宝具の所持者って言う事ぐらい、考えはついていたでしょうにー。ぷひひ、こういう能力の応用する事ぐらい、小学生でも考えつけますよー」
確かに気付いていなかった。いや、気付いてなかったつもりでいたかった。考えれば、不可視の鎖とテレ―ポートの能力があるなら、見えない所から、突然に見えない斬撃を放つことなど、容易に考えつく。
見ることも、予測する事も、そもそも攻撃が来るかどうかも分からない攻撃が、明確に俺に狙いを定める。
ピエロは両手に一本ずつ鎖を生み出すと、右の鎖を不可視にする。
そして右腕を上に掲げるように上げ、左腕を横に大きく開くように引いた。
十字にクロスする軌道で、腕が振られた。
まずい、縦の鎖がテレポートしているかどうかがわからない。
普通に避けるなら、まず左に動いて縦の鎖を回避し、その後改めて横の鎖を斬り落とせばいい。だが、もしその動きを事前に察知されて、テレポートで移動した位置に鎖を設置されたら、それで体を斬り飛ばされる。
俺は唇を血が滲むほど噛み締める。
どうすればいい! 一体、どうすれば――――
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衛士が焦燥と恐怖に駆られていた時、その少年の背中では、白い少女が目を開いた。
彼女は殆ど無傷だった。ピエロは気付いていなかったようだが、衛士はしっかり彼女も守っていたのだ。
少女は、自分が誰かの背中に乗せられている事に気付いた。
その背中は暖かくて、とても頼りになりそうで、
何もかも壊れ、無くなっていた少女の心に『何か』が生まれた。
そして、少しもせずに少女は急激な眠気に駆られて、眠りに落ちた。
ただ、その瞬間にほんの少しだけ、彼を抱く腕の力が強くなった。
✚
どうすればいい! 一体、どうすれば―――
焦って、俺は明確に動きが取れなくなった。
もう無理だ、と思った。
結局、あの時コンビニで強盗に殺されなかったから調子に乗っていたのだ。自分には人を助ける力があると。
奢っていた。侮っていた。
後悔するだけ無駄だった。
せめてこの子だけでもなんとか助けようと、俺が思案しかけた時―――、
不意に肩を掴む腕の力が強くなった気がして、
その瞬間、不可視だった筈の鎖が可視になった。
「!? そんな、全て壊した筈なのに何故ー!?」
ピエロが初めて明確に焦りを見せるが、しかし気にしている場合ではない。
鎖はテレポートなどしておらず、縦に振り下ろされる軌道で、こちらに向かってきている。左斜め後ろに下がって縦に振られた鎖を回避し、更に遅れて横薙ぎの鎖を真正面から切り払う。
俺は新たなる攻撃に身構えるが、ピエロはうろたえたように何もしてこなかった。ピエロは強引な笑みを浮かべて、
「……どうしたものか、あなたはどうも嫌な人ですねー。その子を目覚めさせてくれちゃって……まあ、今回の所は退散としましょうかー」
言うと、まるで何事も無かったかのようにピエロは一瞬で消え去った。
ピエロはどこかへと消え去る。
一体何が起きたかわからない衛士は、とにかく、ここからの脱出を試みる。




