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7

 ――衛士は少女を救えるのか。

 俺はその少女を見下ろす。


 顔は俯いて見えない。だが、そこからは何の覇気も、希望も、何一つ生気といったものが感じ取れなかった。


 体を抱くようにしている腕や、抱かれている足にはやはり鎖があった。黄金に煌めく、全てを呪縛せしめんとする鎖。


 その少女は、それに完全に囚われていた。


 俺はそんな弱くて脆くて壊れた少女に触れようと手を伸ばして、途中で手を引っ込めた。

 なぜか、まだこの少女は俺を許してくれない気がした。


 いや違う、俺はまだ、それに値する行いをしていない。


 そう思うと、やはり自然にやるべき事は決まってくる。


 俺は少女の足に繋がれた鎖を救うように手に取った。


 それはこの熱い筈の気温の中でも、無情なほど冷たかった。まるでこの少女を縛した人間の心の冷たさを示すように。


 この鎖を断ち切る。


 俺には、それがこの少女を救う唯一の方法に思えた。

 だが、方法を思いつかない。


「なんでこんな時に限って、俺は馬鹿なんだ……」


 そう小さく自分を嘲って、自己嫌悪したい気分になる。

 でも、気持ちを切り替えた。


 この鎖が宝具であろう事は確かだ。でなければ、光学迷彩や人を操るなどできる訳も無い。


 だが、宝具と言うものは自らの意思で消滅させる以外、破壊する方法は無い。それに『オブジェクト』というものは発現のみをさせて、その能力を行使しないのならば、微弱にしか持ち主の力を奪わないので、待っていても消え去るのは随分後になるだろう。それにいつピエロがやって来るかも分からない。時間はあまりにも無かった。


 まるで神様が決めたみたいに、解決策は満に一つも思い当たらなかった。


 八方塞がり、という言葉が浮かび、首を振るう。まだだ、まだ諦めては―――


 その時、握っていた鎖が引っ張られる感触がして、思わず手を離した。


「何が――――」


 と引っ張られた方向を見て、一瞬だけ息が止まった。


 少女が立っていた。


 真っ白なドレスのようなワンピースを着て、幽霊のように立ち上がり、その顔の蒼眼はこちらを見ていた。ただ、その焦点は合っていないように見え、俺を認識出来ているのかどうかもよく解らなかった。


 俺はその時ようやく気付く。もしあの時見た夢が本当に予知夢だとしたら、


 この後どうなるかなんて、目に見えているだろう?


 嫌な予感を裏付けるように、少女はベランダの柵をよじ登り始める。


 まずい、まずい!


 嫌な予感が、現実になり始める。


 俺は走って、少女の手か、足を掴もうとする。


 少女のバランスが前を向き始め、暗闇に吸い込まれそうになる。


 そして―――、


 俺の伸ばした右手は、するりと少女の体に避けられて、



 咄嗟に伸ばした左手で、少女の足首を掴んだ。



「させて、たまるか……」


 左腕に重量がかかり、軋むような痛みが肩に圧し掛かって来る。

 右手でもその足首を掴んで、そのまま引っ張り上げた。


「うぉぉおおおッ!!」


 勢いよく持ち上げた為、バランスを失い後ろに倒れると、俺の上に少女が圧し掛かった。

慌てて押しのけ、立ち上がった。


 少女は、引き揚げた際に打ちどころが悪かったのか、眠るように気を失っていた。少女を傷つけてしまった事に少しだけ罪悪感を覚えつつも、しかし都合が良いと俺は思った。これなら鎖の能力で操られる事も無い。


 改めて、少女を縛る鎖を見る。


 しかし、どんなに考えても、今ある持ち札で、この状況を切り返せるものは何もない。何か、何か一つ、どんなに不確かな事でも良いから、こんな鎖を断ち切れる力が欲しかった。


 どんなに戒める鎖でも、簡単に引き千切る事が出来る、断ち切る事が出来る力が――――、


 その時、思い浮かべたのは、

 あの時、たった一度だけ具現化できたあの赤い剣。

 どんな鎖も戒めも斬って捨てされる、全ての戒めを解き放つあの剣を強く、強く思い浮かべ、


 次の瞬間、確かにその右手には光を放つ赤いあの剣があった。


 俺には何故か、この剣が今、この瞬間の為にあるような気がした。


 だからこそ、今すぐにでもやることをやる。


 俺は少女を戒める鎖を、睨みつける。


 その剣を、呼び出したときと同じように、強く、強く握り締め、


 鎖を、勢いよく断ち切った。


 音も無く、綺麗に鎖は断ち切られた。


 それは自分を戒めるものをも断ち切る音にも聞こえた気がした。


 衛士は少女を解放する。

 当然、その先には――

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