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ついに、彼は彼女と出会います
炭酸ジュース片手に、こっくりこっくりしていた俺は、肩を叩かれて、重たい目蓋をゆっくりと開いて、肩を叩いた人物を認識した。
「よ、お疲れ」
切枝だ。
現在、俺がいるのは中央広場の隅に併設されたベンチだ。目を開いて周囲を見ると、すでに大勢の人々が集まってきており、わくわくとした雰囲気だけでなく、映画館で映画が始まる前のような、一種の緊張感が漂っている。
俺は切枝に気になっていた事を聞いた。
「切枝、園長が言っていたんだが、来週でサーカスが移転するっていう話は本当なのか?」
すると、切枝は一瞬虚を突かれたような顔をして、それからすぐに顔を平静に戻した。そして頭を掻きながら、
「園長が言っていたなら本当なんじゃないかな? ――全く、急がないといけないな」
「急がないと?」
最後に小声で何かを言ったのが断片的に聞こえて、聞き返す。
すると切枝は頭を掻きながら慌てて、
「あ、ああいや、あの、見たい番組があるからこの後急いで帰らなきゃ――なんて」
曖昧な笑みを浮かべる切枝に、俺は何か釈然としないものを感じていると、観客の歓声が聞こえて、中央広場に設営されているステージのほうを見た。
ステージ中央には見る人が見れば不気味な笑みを浮かべたピエロが、胸に手を当てて会釈しており、俺は妙な胸騒ぎを覚えつつも、そのピエロを眺める。
傍らにはビジネスに使うため限界まで無骨にした感じのキャリーバックがあり、会釈したピエロはそのまま、キャリーバックから五つのブロックを取り出し、更には小さなサッカーボール――リフティングボールと言うらしい――を取り出した。
ここから起きる事は見なくても想像できる。五つのブロックを並べて両端のブロックを持ち、挟むようにして持ち上げる。そこから、五つのブロックを落とさないように持ちかえたり、並べ替えたりする。ただそれだけではあまりにも芸に新しさがないため、ボールでリフティングをしながら芸を行うのだろう。
これといった真新しさや面白みもないサーカスだった。トークもないし、わざとらしい失敗もしないため、観客は段々と飽きてしまっていた。
「ま、サーカスそのものはそんなもんさ」
傍らで同じくベンチに座っている切枝が笑みを浮かべて言った。
「でも、本命はここからなんだ」
その言葉と共に、唐突にステージの照明、否、このテーマパークの全ての照明が落ちた。
真っ暗闇の中で、「停電か?」「どうなってるんだ」という不安も露わな声がぼそぼそと聞こえるが、少なくとも隣の青年は全く動揺していなかった。多分これは毎度の事なのだろう。
まさしく一寸先も闇という中、パチン! と指を鳴らす音が突き刺さるように響き、次の瞬間一気に照明が復活する。
いきなりの莫大な光量に目が眩む。
しかしなんとか目を瞑って耐える事ができ、ステージに現れた新たな人物を見据える事ができた。
そこに居たのは、
そのピエロの傍らに居たのは、
白くて長い髪に、人形のように整った顔立ち。
白一色のワンピース。
まるで幽霊かと思うほどの透明感。
そして、
最早感情というものが壊れているかのように、その表情には何も浮かんでいなかった。
はっとする。
俺は確かにこの少女を見た事がある。
あの表情を知っている。
でもどこで?
分からない。
分からないが、この心の中を渦巻くものだけは理解できる。
危機感。
あの少女に対してではなく、あの少女に迫るものに対して、俺は何故か危機感を覚えた。
そして焦燥感。
早くしなければあの少女を失ってしまうという焦燥感が、俺を突き動かそうとしていた。
一体、この気持ちはなんなのか。
いままで、何一つ興味を持てず、感情も無く、何かに突き動かされることは無かった心が、明らかに、焦りや恐怖を訴えてくる。
しかし、理屈もなにも見つからない俺は、
そのまま、人形のように狂い踊る少女を、
黙って見つめる他に出来る事は何もなかった。
さあ、この後衛士はどうするんでしょうか
まさしくわくわくですよね。
いや、しませんか。




