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第2章 姉と妹-1



「お・は・よ・う、翔ちゃん」


 耳元で吐息をかけられ、オレはベッドから飛び起きた。


 眼前で微笑するエプロン姿の夏恋を凝視する。


 どっちだ?


 母さん?


「残念でした。私は桃子さんじゃないわよ」


 あからさまに不機嫌なオレの顔を見て、夏恋は小悪魔的な笑みを浮かべて、得意げに人差し指を振る。


 いつにもまして最悪な朝だ。


 昨日、忌野神社から戻ったオレは、その足ですぐに牛丼屋のアルバイトに出掛けた。家に帰りたくなかったオレは店長に無理言って二十二時まで働かせてもらった。だが、家に戻ると親父も夏恋もいなかった。さんざん人を振り回しておいて、姿をくらましやがった。やきもきしていたオレがバカをみただけだ。


 おかげで何もする気になれず、そのままベッドに倒れ込んでいつの間にか眠っていた。


 そして、今朝もまたこいつがオレの生活のリズムを崩しに現れたってわけだ。


「勝手に人の部屋に入ってくるな」


「そんな他人行儀なこと言わなくてもいいでしょう」


「他人だ。いや、そもそもお前人間じゃないだろうが」


「あ、それ差別よ、翔ちゃん」


「うるせぇ。ロボットのくせに」


 オレをまっすぐに見つめてくる夏恋の眼差しがうっとうしくて、オレは制服に着替えると部屋を飛び出した。


 そして、階下に降りたオレは唖然とした。


 ダイニングテーブルに、所狭しと料理が並べられていたからだ。



 ハンバーグ。


 オムライス。


 スパゲティー。


 エビフライ。


 グラタン。


 ステーキ。


 朝食には不向きな料理ばかりだ。


「頑張って作っちゃった。腹が減っては軍はできぬ、って言うでしょ。今日も梅子さんに嘆願しにいかなきゃいけないし」


 下りてきた夏恋が自慢げに胸を張る。


「行かねぇよ。今日は登校日だし」


「そうなの? だったら、尚更しっかりと朝食は取らないと。途中でお腹の虫が鳴いたら恥ずかしいでしょ」


「いらねぇ。あいつに食わせりゃいいだろう」


「教授は昨日から私の作った料理の味見ばかりして胃袋がパンクして救急車で運ばれちゃったの」


 それで昨日の夜から姿が見当たらなかったのか。まあいない方がせいせいしてちょうどよかったが。


 オレは冷蔵庫から紙パックの野菜ジュースを取り出し、玄関へ向かう。


「待ってよ、翔ちゃん。これ、あなたの好きな物ばかりでしょう?」


「朝からんなもん食えるかよ」


「そうなの? 教授は普通に食べてたけど」


「あの男といっしょにするな!」


「でも、せっかくなんだから一口くらい。あーん」


 夏恋がフォークに刺さったエビフライをオレの口元に運んでくる。


「いらねぇって言ってるだろう!」


 オレはそれを手で振り払う。


 エビフライがフォークから外れて床へ落ちた。


「あらあら、もったいない」


 夏恋はオレに文句を言うわけでもなく落ちたエビフライを拾う。


 オレは悪くないからな。無理矢理食べさせようとしたあいつが悪いんだ。


 罪悪感がオレの胸を絞めつける。


 昨日からもやもやするわけのわからない感情がオレを苛む。


 結局、オレはその場からまた逃げるようにして家を飛び出した。












 県立尾仁東高等学校。


 家から自転車なら十五分ほどで通える一番近い距離にある、こんなオレでも入学することができる極普通の公立高校だ。


 しかし、小学校じゃあるまいし、どうして高校生にもなって夏休みに学校に行かなきゃならねぇんだ。


 高校は絶対に行ってほしい、という母さんの口癖がなければ、こんなところには来たくないんだが。


 あからさまにしかめっ面して教室に入ると、ほとんどの奴がオレと目を合わさないようにする。ま、オレのようなはみ出し者は普通の奴らからすれば迷惑な存在なだけだろうからな。


 そんな中。


「おっはよー、大河!」


 戸佐賢祐とさけんゆうがすっ飛んできた。通称トサケン。大きな目とくるくる天然パーマ頭はぽっちゃり系トイプードルといった感じだ。出身校が違うせいか、こんなオレに馴れ馴れしく話しかけてくる変な奴だ。


「夏休みに入ってからボクは今日という日をどんなに待ちわびたことか。あぁ、やっぱりセーラー服最高! そう思わないかい、大河」


 トサケンは鼻息を荒くして教室内の女子生徒を舐め回すように眺める。こんなのと同類だと思われたら迷惑だ。こういう手合いは無視するに限る。


「今日はいつにもまして眼光が鋭いね。凄味にますます拍車がかかってきた感じだ。いいよいいよー」


 しかし、トサケンはそんなのおかまいなしでオレの背中をバンバン叩いてくる。こいつにはオレの睨みはまったく通用しなかった。


「ところでさ、大河。この間の件、考え直してくれたかな?」


「この間の件?」


「ボクといっしょにヤクザになろうって話だよ」


 そう言えば、夏休み前にそんなこと言ってたな。興味がなかったんで、すっかり忘れていた。


「お前一人で行けばいいだろう」


「いや、ほらボクってこんな外見だからさ。大河がいっしょにいれば暴力団に入れる確率も高くなるだろう」


「興味がない」


「お前は絶対にそっちの道に進むべきだ! その才能をうずもらせておくのはもったいない!」


 力説するトサケンに、お前の方こそそっちの道よりももっと自分の才能を活かせる道へ進め、と、胸中で突っ込む。いや、こいつは流行にすぐ感化されるタイプだから、自分の才能が活かせる道なんかないかもしれない。ヤクザになりたいと言い出したのも新人俳優が深夜ドラマでヤクザの役を演じて一気に人気俳優になったのを知って、自分もヤクザになれば人気者になって女にモテるだろうという邪な理由からだった。そういえば、その前は韓国人になるとかって言って韓国語を猛勉強していた時があったな。放っとけば、また気が変わるか。


「ヤクザが無理ならとりあえず大河のバイト先でもいいんだけど。あの強面店長に口きいてもらえないかな?」


「断る。それにあー見えてもうちの店は堅気だ」


「ボクたち友達だろう」


「オレに友達はいねぇよ」


「そんなこと言うなよ、大河」


 トサケンは涙を流しながらオレの足にすがりついて懇願してくる。


 ったく、うっとうしい。


 トサケンといい夏恋といい、どうしてオレの周りには変なのが集まってくるんだ。


「そこ、邪魔なんだけど」


 教室の入り口の前で、桜木悠花が怒気を含んだ双眸でこちらを睨みつけていた。ショートヘアが勝気な雰囲気を醸し出している。クラス委員だか何だか知らないが、やたらとオレにつっかかってくる生意気な女だ。


「あ、桜木さん、どうぞどうぞ」


 トサケンが慌ててオレから離れて通路を開けると、ふん、と鼻を鳴らして自分の席に着く。


「文武両道で美人、あのキツイ性格がまたいいんだよね」


 頬を紅潮させるトサケン。オレにはただのムカツク女でしかないけどな。


 ん? 待てよ。あの顔、昨日もどっかで見たような気がするぞ。


「じろじろ見ないでくれる?」


 オレの視線に気付いた悠花が怪訝な顔を向けてくる。


 そうだ。昨日、忌野神社で出会ったイタコ見習いの萌花に似てるんだ。そういえば、苗字も同じだし、何か関係があるのか?


「お前、姉妹とかいるのか?」


「あなたには関係ないでしょ」


「桜木……萌花」


 その名前を呟くと、悠花はあからさまに動揺してみせた。


「あんな人、姉さんなんかじゃないから」


 やっぱり姉妹か。にしても、仲は悪そうだな。萌花は妹のためにイタコになろうとしているのに、妹は姉を拒絶してやがる。


 でも、確かに悠花の言うとおりだ。あいつらが姉妹だろうが他人だろうがオレには関係ないことだ。


「なになに? 大河、桜木さんに興味があるわけ?」


 興味津津に瞳を輝かしながら、トサケンが聞いてくる。そういえば、こいつの愛読書はゴシップ誌だったな。常にアンテナを張って人の行動に興味を示してくる。


「桜木さんはね、小さい頃に両親を亡くしてお姉さんといっしょに叔父さん夫婦に引き取られたんだよ。でも、迷惑掛けたくないからと言ってアルバイトして学費は稼いでいるんだって。けなげだよね。そんなそぶりまったく見せないで」


 おかげで情報通ときている。聞いてもないことまで、根掘り葉掘りしゃべりだす。


「お前は少し黙ってろ」


 オレはトサケンの顔面を鷲掴みにする。


 教室内の空気が一気に緊迫した。巻き添えを食うのはごめんだと言わんばかりに、クラスメイトはオレから視線を背ける。


 しかし、トサケンは痛覚がないのかヘラヘラと笑っていた。ダメだ。こいつにはこういった脅しの類は一切通用しない。


 オレは諦めてさっさと自分の席に着いた。






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