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第1章 ロボットとイタコ-4



「萌花、塩だ! 玄関に塩をまいておくれ!」


「は、はい!」


 萌花は慌てて待合室を飛び出していった。


 オレは母さんにそっくりな若い女を茫然と見つめていた。


 忌野梅子って言ったっけ。オレのばあさんだ? んなわけないだろう。どう見たって二十代後半くらいにしか見えないぞ。


「翔、かい?」


 オレの顔を見て狼狽しているようだった。


「どうしてオレの名前を?」


「お前の肩に親不幸な女の守護霊がいるからね」


「え?」


 オレは自分の肩を交互に見やった。当然何もいない。けど、この女には何かが見えているらしい。


「桃子がお前の写真を一度だけ送ってきたことがあった。あの男の血を引いているとはいえ、お前がアタシの孫であることは事実だからね」


 オレのことを孫だと認めたってことは、やっぱりオレのばあさんってことになるのか。一体何歳なんだ?


 いや、そんなこと今はどうでもいい。このばあさんの言っていることが真実ならば、母さんはこの神社の娘だったってことになる。そういえば、オレは母さんの家族に一度も会ったことがないし、親父と結婚する前のことは何も教えてもらっていない。オレが大人になったら全部話すと言っていたのを何となく憶えている。


 当然、親父からも今まで何も教えてもらってない。それなのに、夏恋というお荷物をつけてオレをばあさんにいきなり会わせたりして親父は何を考えているんだ。ばあさんにオレを押しつけるつもりだったのか?


「で、何しに来たんだい?」


「あ、私が説明しまーす!」


 夏恋が右手を高々を挙げてしゃしゃり出てきた。


「初めまして、梅子さん。私、夏恋って言います。ここでイタコの修業をさせてください」


「断る」


 一刀両断の即答が返ってきた。


 頑固そうなばあさんだから、こんなチャラチャラした女-ロボットだが-の弟子入りを認めるはずがない。当然の結果だ。


「どうしてなんですか?」


「心を持たない人形がイタコ、つまり神の花嫁になれるはずがないだろう」


 このばあさん、只者じゃないと持っていたけど、一目で夏恋をロボットだと見抜きやがった。


 だが、夏恋は動じていない。


「さすが梅子さん。でも、私だって人工知能っていう心を持っているのよ」


「からくり好きの男の差し金かい? 孫の顔でも見せればアタシが許すと思ったら大間違いだよ」


「教授はそんなせこい真似はしないわ。ただ梅子さんに翔ちゃんを会わせたかっただけ」


 ばあさんはオレを見据える。そりゃそうだよな。いきなり孫が現れりゃ困惑もする。オレだって、眼前にいるのがばあさん(見た目からはそうは思えないが)だって言われれば動揺もする。


「お前は全部知っててオレをここに連れてきたのか?」


 オレは夏恋を問いただした。


 母さんの魂を宿した変なロボットが現れたかと思えば、今度はばあさん。オレの思考回路はショート寸前だった。


「何だい、この子は何も知らずに来たって言うのかい?」


 呆れ顔のばあさんは大仰な吐息をもらすと、オレを指差した。


「お前の父親はね、アタシの大事な一人娘を奪った外道なんだよ」


「あら、人聞きの悪いこと言わないでほしいわ。桃子さんはイタコの道を捨てて教授を選んだだけじゃない。愛に生きる女性ってステキだわ」


 緊迫した雰囲気そっちのけで、夏恋は両手を握りしめロマンチックに浸っていた。


「何が愛だい。あんな男のもとへ行かなければ早死にすることもなかったというのに」


 ばあさんが吐き捨てるように言う。


 ばあさんも親父を憎んでるんだ。オレと同じ。いや、それ以上かもしれない。


「だから、親父を憎んでる者同士で一緒に暮せってっことか?」


 オレは小声で呟いた。


「翔ちゃん、教授のこと誤解しないでほしいの。教授は翔ちゃんと歩み寄りたいの。でも、そのためにはお互いが桃子さんの死を乗り越えなければならない。だから」


「そう思うなら、どうして自分の口で言わねえんだよ? ロボットなんかに頼りやがって。だいたいこんな風になったのは誰のせいだと思ってんだよ!」


 カッとなったオレは思わず夏恋に向けて右拳を繰り出していた。が、拳は夏恋の眼前で止まった。いや、止められた。


「例え作り物の人形だとしても女に手を上げるのは感心しないね」


 ばあさんがオレの右拳を鷲掴みにして、鋭い眼光で睨みつけてきた。


 夏恋は避ける気がなかったのか微動だにしない。まるで泣いているような、哀れんでいるような目でオレを見ていた。正確には思えたと言うべきだろうか。感情のないロボットが悲しい顔なんてするはずがない。


「教授、言ってたよ。翔ちゃんが小さかった頃は桃子さんと大学の研究室によく遊びに来てたって。翔ちゃんは大きくなったら教授と一緒にロボットを作るんだって言ってくれたって。教授嬉しそうに話してくれたもの」


「んなの憶えてねえよ」


「思い出して、翔ちゃん。桃子さんの死と一緒に楽しかった思い出まで封じ込めないで」


「黙れ! ロボットのくせにオレに説教なんかするな! もしお前の言っていることが本当なら、なぜ親父は今までオレのことを放ったらかしにしてたんだよ?」


「それは」


 珍しく夏恋が口ごもる。


「お前たち、ケンカするならよそでやっておくれ」


 動転するオレと違ってばあさんは冷静だった。


「わかりました。翔ちゃんも動揺しているし、今日のところは帰ります。でも、私諦めませんから」


「来るだけ無駄だよ」


「私の諦めの悪さは桃子さん譲りですから」


 夏恋は微笑すると、何事のなかったかのようにオレを抱えて忌野神社を後にした。


 最悪だ。













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