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第1章 ロボットとイタコ-2



 夏恋は左脇にオレを抱えたまま、車並みの速度で走っていた。前を走っていた原チャリを追い越すと、原チャリに乗っていた若い男が茫然とした顔でこちらを見送っていた。当然の反応だよな。


 オレは夏恋がロボットであることを改めて実感した。


 しかし、こんなところを知っている奴に見られたらいい笑い者だ。寝起きのオレは、タンクトップとハーフパンツ、それに裸足だ。しかも、疾走する巨乳女に抱きかかえられている。最悪のシチュエーションだ。


「降ろせよ!」


「いやーよ。だって、降ろしたら翔ちゃん逃げちゃうもの」


 夏恋はそう言ってオレを降ろそうとはせず、ひたすら走り続けた。


 どうしてこんなことになるんだよ。そうだ、あいつだ。全部親父のせいだ。あいつが帰ってこなければこんなことにはならなかったはずだ。


「翔ちゃん、イタコって知ってる? イタコっていうのはね、死者の降霊を行う巫女のことなのよ」


「……」


 オレは無言の抵抗をした。


 そんなオレを見て夏恋はくすくすと笑い出した。


「翔ちゃんって、ホント子供よねぇ。ま、仕方ないか。多感なお年頃の十六歳だもんね」


 あきらかに小バカにした口調だった。さすがは親父が作ったロボットのことだけはある。人の神経を逆なでするのが上手いときている。


「知ったふうな口をきくな。ロボットのくせに」


「あら、ロボットだからってバカにしないでくれる? 私の人工知能は桃子さんのデータをベースにして作られているんだから」


「母さんはお前みたいにベラベラしゃべる怪力女じゃなかった」


「それは翔ちゃんの思い出が美化されていているだけじゃない? 現にさっきまで桃子さんは私の中にいたんだから」


「まさか?」


「そうよ。翔ちゃんを起こしたのは桃子さん」


「ウソだ」


「教授、わたしのことイタコロボットだって説明していたでしょう」


 オレは愕然とした。確かに最初の夏恋の所作と声色は母さんにそっくりだった。親父も母さんの名を呼んでいた。じゃあ、さっきのは本当に母さんだったのか? 外見があまりにも違いすぎて素直に受け止めることができなかった。第一、それなら母さんに似たロボットを作ればいいのに、なぜあんな似ても似つかない巨乳女なんかにしたんだ?


「今、どうしてお母さんそっくりのロボットじゃないんだ、って思ったでしょ?」


 図星をつかれて、オレは返す言葉が見つからなかった。


「私の外見は桃子さんの理想なんだって」


「母さんの?」


「そ。自分は貧乳だったからって」


 オレの中で大切な何かが音を立てて崩れていったような気がした。夏恋が言うようにオレは母さんという存在を美化しすぎていたのだろうか。


「ちなみに、さっきのは私が降霊したわけではないの。桃子さんが待ちきれなくて入ってきただけで、だから三分間しか私の中に留まることができないの。しかも、一日一回の制限付き」


 タイムリミット付って、どこぞのヒーローか? 信じがたい話だな。


 待てよ。今母さんが入ってきたって言ったよな? なら、夏恋がわざわざイタコになる必要はないんじゃないか? タイムリミット付だが、放っておいても母さんは勝手に夏恋の中に入れるみたいだし。


「で、これから向かう忌野神社には本物のイタコがいて、その人に一人前のイタコになるための修業をつけてもらわなければならないの」


「だったら、お前一人で行けばいいだろう」


「それはそうなんだけど。ほら。私って外見はこうだけど」


 夏恋は風になびいている長い髪の毛を指に巻きつけ、妖艶さをアピールしてみせた。ロボットだとは知らないスケベ心を持った男たちは間違いなく悩殺されるな。


「今朝生まれたばかりで、言わば赤ちゃんも同然。だから、一人じゃ心細いのよ」


「だったら、親父と行けばいいだろう」


「教授はダメなの」


「どうしてだよ?」


 夏恋はふれくされているオレの顔を見て、


「ひ・み・つ」


 小悪魔的な笑みを浮かべた。


「まあいいじゃないの。何事も経験よ。翔ちゃんだって無関係じゃないんだから」


「どういう意味だよ?」


「今は教えてあげない。いずれわかることだし。それに私がイタコになれば桃子さんの霊を口寄せできるようになるから長い時間私の中にいることができるってわけ。そうなったら、翔ちゃんも嬉しいでしょう?」


「別に嬉しかねぇ!」


 ムカツク女だな。隙を見つけて胸元の乾電池抜いて必ずぶっ壊してやる。


 オレは拳をきつく握り締め、とりあえず現状を堪えた。


 そうこうしているうちに、いつの間にか長い階段へと続く細い道まで来ていた。自転車なら三十分はかかる距離を、夏恋は十分程度で来ちまっていた。この上に神社があったなんて全然知らなかったな。


 夏恋は軽快な足取りで長い階段を上っていく。


「到着!」


 赤い鳥居の下で、夏恋はやっとオレを解放した。しかし、ここまで来ておいてこんな恰好で歩いて家に帰るのは不可能だ。恥さらしにされるのは目に見えている。


 振り向くと、海を隔てて向南島こうなんじまが見渡せた。柑橘系の農家が多い小さな島だ。


 この場所、かなり標高があるな。


 オレは小さく舌打つ。


 太陽光を遮るように茂った青々とした桜の木で蝉が大合唱する参道を歩いて行くと、小さな拝殿が見えた。その後ろに本殿があった。少し離れた所に古ぼけた平屋の一軒家が立っている。


 夏恋が周囲を見回す。寂れた神社なのか人っ子一人見当たらない。まあ地元のオレが知らなかったくらいだからな。


「誰もいないのかしら? すみませーん!」


 夏恋が大声を上げると、本殿の裏から竹ぼうきを持った巫女さん姿の女がひょっこりと顔を覗かせた。


「はい? あ、すぐ参りますので、少々お待ち下さい」


 巫女さんが駆け寄ってくる。が、慌てていたせいか袴の裾を踏んづけて玉砂利の上で見事にすっ転んだ。


「大丈夫?」


 さすがの夏恋も巫女さんに同情の目を向ける。


「大丈夫です! いつものことなので」


 巫女さんは飛び起きると、顔を真っ赤にして袴の裾を持ち上げながら今度は慎重に歩いてくる。


 おいおい、こんなトロ臭そうなのがイタコって言うんじゃないだろうな。勘弁してくれよ。


「おはようございます。口寄せのご依頼でしょうか?」


 お辞儀の後の笑った顔が幼く見えた。オレと同じ年くらいだろうか。長い黒髪を一つに束ねて、巫女さんの服を着ていると多少は大人びて見えたりもするが。


 ん? この顔、どっかで見たことがあるような気がする。


「口寄せの依頼じゃなくて、イタコの修業をさせてもらいたいんだけど」


 夏恋の言葉に、巫女さんは大きな双眸をパチパチさせてしばし呆然としていたかと思うと、胸の前で両手を合わせて瞳にキラキラ星を浮かべた。


「感激です! 私の他にもイタコになりたいって思っている人がいたなんて」


「じゃあ、あなたも?」


「はい。私、ここでイタコ修業させていただいております桜木萌花さくらぎほのかと申します」


 巫女さん――萌花は自己紹介すると改めてペコリとお辞儀した。


「私は夏恋。こっちの目つき悪いのがただ今反抗期中の大河翔くん。よろしくね、萌花ちゃん」


 夏恋のぞんざいな紹介にも関わらず、萌花は臆することなくオレに笑顔を向けてきた。


「こちらこそよろしくお願いいたします」


 世間知らずなのか、頭のネジが二、三本ゆるんでるのか知らないが、何度も頭を下げては柔和な笑みを見せる。オレの中で母さんと萌花のイメージが重なった。母さんはどんな時でも笑顔を絶やさなかった。


 ……はずだ。


「お師匠様は今お仕事中ですので、中に入ってお待ちください。どうぞ、こちらです」


 オレたちは萌花に促されて、本殿へと入っていく。


 何やら引き返せない方向へと進んでいるような、いやな予感がしてならなかった。









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