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第1章 ロボットとイタコ-1


「お・は・よ・う、翔ちゃん」


 脳みそを揺さぶるような甘い声がオレの鼓膜を刺激した。


 聞き慣れた、そして、六年ぶりに聞いた懐かしいその声にオレは慌ててベッドから飛び起きた。


「さすが翔ちゃん。一発で起きてくれるから助かるわ」


 波打つような長い栗色の髪をした女が満面の笑みをたたえて、オレの眼前に迫った。フリルのついたブラウスの胸元からマスクメロンのような巨乳の谷間が覗き、大きくスリットの入ったミニスカートからはモデルのようなすらっと細くて長い足が伸びている。



 どうしてオレの部屋に見知らぬ女が入り込んでるんだ?



「お前、誰だ?」


 オレは巨乳女を半眼で睨みつける。


「ひどいわ、翔ちゃん。お母さんのこと忘れちゃったの? 小さい頃はいつもお母さんお母さんってくっついて離れなかったのに」


「お前みたいな巨乳女を母親に持った覚えはない。どちらかというと母さんは貧にゅ」


 言いかけて、オレは巨乳女からのラリアットをまともに食らってベッドに轟沈した。


 意識が飛ぶこと数分。


 花畑で天使たちと別れを告げて現実世界へと舞い戻ってきたオレは愕然とした。



 マジかよ? 



 中学時代からケンカ無敗で恐れられているこのオレがよけきれず、あげくの果てに意識を失うなんてことありえねぇ。


 巨乳女の細い二の腕にそんなパワーがあるとも思えねぇし。


「あ、ごめんなさいね。まだ力加減が慣れてなくて」


 巨乳女は悪びれた様子も見せず舌をペロリと出す。あきらかにオレを挑発しているとしか思えねぇ。


「人をおちょくるのもいい加減にしろよ。さっさとここから出ていけ!」


「あんなに可愛かった翔ちゃんがまるで不良のような口をきいて……。きっと私が死んでしまったのがいけなかったのね。ずっとそばにいたのに何もできなかったお母さんを許してね」


 巨乳女は驚愕の表情を見せたかと思うと、双眸を潤ませながらオレに抱きついて号泣した。


 オレは必死に引き離そうとしたがびくともせず、背中の骨が悲鳴を上げる。



 どんだけバカ力なんだよ!



 たかが女一人にこのオレがいいようにあしらわれるとは。男のプライドが粉砕されていくのをひしひしと感じた。


「嬉しいのはわかりますが、そろそろ放してあげないと翔くんの命の灯が消えてしまいますよ、桃子ももこさん」


 緊迫感のない男の声が、オレの神経を逆なでした。


 開け放たれた部屋の扉の向こう側には、一本線で描いたような双眸の笑顔を浮かべた大河真史たいがまさふみ――半年ぶりに会うオレの親父が立っていた。四十歳を過ぎたとは思えない子供のような無邪気な笑顔は母さんの七回忌に会った時と何ひとつ変わっていない。あれでロボット工学の権威だっていうんだから、大学でそんな奴の講義を受けなきゃならない学生には同情するぜ。


「大丈夫、翔ちゃん?」


 巨乳女が顔面蒼白のオレに気付いて、慌てて離れる。何なんだ、この女は。しかも、母さんと同じ名前で声までそっくりときている。どう見ても二十歳そこらの女子大生のようだが、まさかこの女が「今日から新しいお母さんですよ」なんて言うんじゃないだろうな? 


「何しに来た?」


「翔ちゃん、お父さんに向かってそんな口のきき方はないでしょう」


 巨乳女が母親ぶってしゃしゃり出てくる。大学の教え子か何だか知らないが、よその女を勝手にこの家に入れやがって、何を考えてんだ?


「ここは僕の家でもあるのですから、帰ってくるのは自由だと思いますが。それに」


 言いかけていた親父はどこからか聞こえてきたパトカーのサイレンのような音に言葉を切った。


「え? もう三分経っちゃったの?」


 巨乳女は赤く点滅する腕時計を見て狼狽していた。


「だから、言ったではありませんか。先に翔くんに説明してからと」


「ごめんね、真史さん。じゃあ、後はよろしく」


 巨乳女はそう言うと、糸の切れた操り人形のようにくずおれた。



 と思ったら、即座に立ち上がり背伸びをした。


「ホント、桃子さんって強引なんだからぁ」


「どちらかというと猪突猛進な人ですからね」


 巨乳女の声色が変わっていた。色気が加わったというのだろうか、外見は同じなのにまるで別人のように見えた。


 何がどうなっているのかさっぱりわけがわからない。


 オレの苛立ちは増すばかりだった。


 いつもの悪夢が脳裏をよぎる。オレは高く掲げた右足で親父の顔面を蹴り飛ばす。そして、吹き飛ばされた親父は壁に頭を強打して、血に染まる。


 今のオレの心境ならば、それが現実になってもおかしくはなかった。


「桃子さんの暴走のせいで説明の手順が狂ってしまいましたが、彼女は夏恋かれんと言って」


「出ていけ」


 オレは親父の言葉を遮って低く唸った。


 早くオレの目の前から姿を消してくれ。悪夢が現実になるその前に。


「ちょっと、翔ちゃん。それが久しぶりに会ったお父さんに対する態度なの?」


「うるさいな。お前には関係ないだろう! 母親気取ってるつもりかよ?」


「母親?」


 夏恋と呼ばれた巨乳女は目をパチパチさせると何か思いついたように親父を背後から抱きしめると、妖艶な笑みを浮かべてみせた。


「だとしたら?」


「!」


「ぷっ」


 夏恋は殺気立ったオレの顔を見て、吹き出した。


「やだやだ、翔ちゃん、やきもち? お父さんを私に取られると思ったの? 髪の毛金色に染めて反抗期アピールしてみせてもやっぱりまだ子供なのねぇ」


「母さんを殺した男に誰がやきもちなんかやくかよ!」


 オレは親父の顔を一瞥した。反応が知りたかった。けど、それは無意味な行為にすぎなかった。親父は表情を変えることなくいつものように柔和な笑みを浮かべていた。逆に夏恋の方がピタッと笑うのを止めて、真摯の眼差しをオレに向けてきた。


「逆恨みもいいとこね。そんなことをいつまでも思っているからガキだって言うのよ」


「なっ」


 オレは一瞬言葉を失った。


 これは逆恨みなんかじゃない。母さんを殺したのは親父なんだ。


 オレは自分に何度もそう言い聞かせてきた。


「夏恋、僕のかわいい息子をあまりいじめないでくれるかな? しかも、話がややこしくなるばかりですよ」


「でも、こういうことはハッキリさせておいた方がいいんじゃない?」


「翔くんは多感なお年頃ですから」


「もう甘いんだからぁ、教授はぁ」


 夏恋は頬を紅潮させて親父にベタベタと抱きつきまくった。


 何なんだよ、このほのぼの感は。オレの居場所がなくなっているじゃないか。


「翔くん、安心してください。僕は再婚したりしませんから」


 誰もそんなこと心配してねえよ、と、オレは胸中で毒づく。


「夏恋はね、僕が作ったロボットなんですよ」


「は?」


 オレは思わず素っ頓狂な声を上げて、夏恋を凝視した。


 表情、言葉遣い、皮膚の感触。どれをとっても人間と何ら変わらない。


「夏恋は僕が十六年かけて作り上げた最高のイタコロボットなんです」


 親父の言葉に夏恋が誇らしげに胸を張る。


 確かに科学は日進月歩だ。ロボットが出るテレビコマーシャルなんかもあったりするが、あれとは比べ物にならない。夏恋は人間にしか見えなかった。


「イタコだがイカダだが知らないが、もっとマシなウソをついたらどうだ?」


「教授はウソなんかつかないわよ。そんなに信じられないなら、わたしがロボットだっていう証拠を見せてあげるわ」


 そう言って夏恋はブラウスのボタンを恥じらうことなく次々とはずしていく。豊満な胸が露になり、オレは咄嗟に目を反らした。


「ほら、翔ちゃん見て」


「んなもん見たくねぇよ」


「もういいから早く」


 夏恋は背を向けていたオレの頭を両手でつかむと、強引に自分の方へと向けさせようとする。オレは必死に抵抗するが、夏恋のバカ力には適わなかった。


「……?」


 オレは唖然とした。


 夏恋の胸の谷間には単三サイズの乾電池が一個埋め込まれていたのだ。


「夏恋は省エネタイプでしてね。乾電池一個で一ヶ月以上は動けるんですよ」


「ね。これで私が人間じゃないってわかったでしょう?」


 ブラウスのボタンをはめながら、ウインクする夏恋。


 夏恋がロボットであることは認める。それを作った親父はすごいかもしれないが、自慢げに夏恋のことを説明する親父を見ていると無性に腹が立ってくる。


「こんなもん作るために何年も母さんを放ったらかしにしたのかよ?」


「こんなもん、って失礼ね。私は桃子さんの」


「夏恋」


 親父が夏恋を制した。オレの問いには答えもせず。


「あなたはちょっとおしゃべりがすぎますね。これではなかなか本題に辿り着くことができませんよ」


「はーい、ごめんなさい」


「というわけで、翔くん。急で申し訳ありませんが、夏恋と一緒に忌野神社に行ってくれませんか?」


 オレは思い切り怪訝な顔をしてみせた。


 オレたちが住む尾仁おに市は人口十万人たらずの小さな町だ。山と海に囲まれ、寺や神社が多く、けっこうな観光客が訪れる。しかし、忌野神社なんて聞いたことのない名前の神社だ。


「何が、というわけで、なんだよ?」


「行きながら私が説明してあげるわ」


 夏恋はオレの体をひょいと軽く左脇に抱えた。


「おい、何するんだ? オレは行くなんて一言も言ってないぞ!」


「それじゃ教授、行ってくるわねぇ」


「待ってください、夏恋」


「何?」


「せめて玄関から出ていってくれますか?」


 夏恋は二階の窓から出ようとしていた。


「あ、ごめんなさ~い」


「放せ!」


 夏恋はジタバタと暴れるオレをものともせず、涼しい顔をして一八〇度方向転換すると部屋から飛び出していく。


 平然とした顔でオレたちを見送る親父の顔がいつも以上に腹立たしく思えてしょうがなかった。


「てめぇ、憶えてろよ!」


 小悪党のような陳腐なセリフを親父に投げ捨てて、オレは夏恋に拉致された。











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